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47 夜明け
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「そうだな。だからお前は上手くいかないんだよ。教えてやるよ、もし赫を追い出してこの村に居ついたとしても、早晩駄目になる」
「そんなわけがあるか! 今度こそ、こんどこそ俺はうまくやれる!」
あの時、父は「お狐様なら分かってくれる」と言っていた。軽んじていたのではない。信頼していて、これからも一緒にいてほしいと思ったが故の行動だ。
「家も、食べ物も、みんなやったろう? お前はな、ずっと……大切にされてたんだよ。でもな、そこにお前はただ胡坐をかいた。それじゃ、どこに行ったってうまくいかないんだよ」
「うるさいうるさいっ! 俺はあの時よりもっと強くなったんだ、今度こそちゃんとやってやる!」
叫ぶ黎は、最早駄々っ子のようにしか見えなかった。尻尾を振った赫が近づくと、ぺたりとその耳が伏せられる。
「兄さん、どんなに強くなったって、大切にしてもらえるとは――」
「うるさい、出来損ない! お前に兄なんて言われたくないっ!」
黎が跳ねた瞬間、修造が撃った銃弾はその首を貫いていた。同時に飛び上がった赫がその体を岩場にたたきつけ、上から押さえつける。
「まだ分からないのかい、兄さん」
「……っ!」
ごう、と地面に伏せた黎の全身が火に包まれた。赫が飛びのくと、その炎はますます大きくなり、空を焦がさんばかりに膨れ上がった。熱が修造の皮膚を炙る。
「な、なんだ……?」
修造が銃口をずらさないまま凝視していると、ぱち、と小さな音がした。炎の下の方が、石に変化しているのだ。
「うるさいっ! 俺は……お前らなんかに、負けたりしないっ!」
ぱち、ぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち、と弾けるような音と共に炎が岩に変化していく。唖然とした修造が目を瞬いているうちに、そこには大きな炎の形をした黒岩ができあがっていた。色こそ違えど、どこか見慣れたような形に見える。艶やかな黒色をした表面は、黎の毛皮の色と一緒だった。
修造が固唾を呑んで立ち尽くしていると、ぴちちちち、とどこかから小鳥の声が聞こえてきた。蛙の声、虫の声、風に擦れる葉の音――そんなものが一気に戻ってくる。
隣に来た赫がきゅう、と修造に身を摺り寄せた。
「終わった……のか」
「うん」
修造が小さく呟いて見下ろすと、修造を見上げる赫と目があった。
「……あっけないもんだな」
ふう、と座り込み、膝の上に乗ってきた赫の頭を撫でる。仇の黒狐を自分で倒せなくて残念なような、どこかほっとしているような、今すぐにでもこの岩をかち割ってやりたいような気分だったが、赫に触れていると「とりあえず今、二人とも無事でよかった」という落ち着きにそれが変化していく。
見上げた空からは赤みが消え、抜けるような青空になっていた。
「……風呂入りてえ」
黎に噛まれたせいで全身がべとべとだったし、転がったせいでそこに土や小石などがくっついて不愉快極まりない。どろどろの寝間着を叩くと、「ぼくも」と赫が笑い、人の姿に戻った。黎と取っ組み合ったせいだろう、その髪の毛にも木の葉が絡まり、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
「温泉いく?」
「あーいいな、行くかぁ」
二人が立ちあがると、「おーい!」と斜面の下側から声が聞こえた。
「修造ーっ、赫ーっ! 無事かーっ!」
降りていくと、貞宗が息を切らせながら登ってくるところだった。下の方に宗二郎の姿も見える。
「な、何があったんだ? 便所行こうとしたら修造が攫われて行くのが見えたから来たんだけどよ、なんで……新しい炎岩ができてんだ?」
「ああ……」
修造は後ろを振り向いた。何か既視感があると思ったら炎岩か。
「ええとね、んーと」
赫は後ろを振り向いて、それから修造を見て、最後に貞宗に視線を戻した。
「そのうち分かるよ、きっと」
「は? なんだよそれ!」
「んふふぅ」
「後で説明してやる」
先に温泉だ。修造が猟銃を担ぎなおすと、その隣でにやにやとしながら赫は尻尾を振った。
「そんなわけがあるか! 今度こそ、こんどこそ俺はうまくやれる!」
あの時、父は「お狐様なら分かってくれる」と言っていた。軽んじていたのではない。信頼していて、これからも一緒にいてほしいと思ったが故の行動だ。
「家も、食べ物も、みんなやったろう? お前はな、ずっと……大切にされてたんだよ。でもな、そこにお前はただ胡坐をかいた。それじゃ、どこに行ったってうまくいかないんだよ」
「うるさいうるさいっ! 俺はあの時よりもっと強くなったんだ、今度こそちゃんとやってやる!」
叫ぶ黎は、最早駄々っ子のようにしか見えなかった。尻尾を振った赫が近づくと、ぺたりとその耳が伏せられる。
「兄さん、どんなに強くなったって、大切にしてもらえるとは――」
「うるさい、出来損ない! お前に兄なんて言われたくないっ!」
黎が跳ねた瞬間、修造が撃った銃弾はその首を貫いていた。同時に飛び上がった赫がその体を岩場にたたきつけ、上から押さえつける。
「まだ分からないのかい、兄さん」
「……っ!」
ごう、と地面に伏せた黎の全身が火に包まれた。赫が飛びのくと、その炎はますます大きくなり、空を焦がさんばかりに膨れ上がった。熱が修造の皮膚を炙る。
「な、なんだ……?」
修造が銃口をずらさないまま凝視していると、ぱち、と小さな音がした。炎の下の方が、石に変化しているのだ。
「うるさいっ! 俺は……お前らなんかに、負けたりしないっ!」
ぱち、ぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち、と弾けるような音と共に炎が岩に変化していく。唖然とした修造が目を瞬いているうちに、そこには大きな炎の形をした黒岩ができあがっていた。色こそ違えど、どこか見慣れたような形に見える。艶やかな黒色をした表面は、黎の毛皮の色と一緒だった。
修造が固唾を呑んで立ち尽くしていると、ぴちちちち、とどこかから小鳥の声が聞こえてきた。蛙の声、虫の声、風に擦れる葉の音――そんなものが一気に戻ってくる。
隣に来た赫がきゅう、と修造に身を摺り寄せた。
「終わった……のか」
「うん」
修造が小さく呟いて見下ろすと、修造を見上げる赫と目があった。
「……あっけないもんだな」
ふう、と座り込み、膝の上に乗ってきた赫の頭を撫でる。仇の黒狐を自分で倒せなくて残念なような、どこかほっとしているような、今すぐにでもこの岩をかち割ってやりたいような気分だったが、赫に触れていると「とりあえず今、二人とも無事でよかった」という落ち着きにそれが変化していく。
見上げた空からは赤みが消え、抜けるような青空になっていた。
「……風呂入りてえ」
黎に噛まれたせいで全身がべとべとだったし、転がったせいでそこに土や小石などがくっついて不愉快極まりない。どろどろの寝間着を叩くと、「ぼくも」と赫が笑い、人の姿に戻った。黎と取っ組み合ったせいだろう、その髪の毛にも木の葉が絡まり、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
「温泉いく?」
「あーいいな、行くかぁ」
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「ああ……」
修造は後ろを振り向いた。何か既視感があると思ったら炎岩か。
「ええとね、んーと」
赫は後ろを振り向いて、それから修造を見て、最後に貞宗に視線を戻した。
「そのうち分かるよ、きっと」
「は? なんだよそれ!」
「んふふぅ」
「後で説明してやる」
先に温泉だ。修造が猟銃を担ぎなおすと、その隣でにやにやとしながら赫は尻尾を振った。
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