お山の狐は連れ添いたい

にっきょ

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19 積もる雪、先行く尾

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 雪は、それから二日間降り続いた。
 三日目の朝に修造が起きると、開け放された襖の向こうは白く輝いていた。すっかり人の姿にも馴染んだ赫が縁側に座り、庭をぼうっと眺めている。
 その尻から伸びる尻尾は二本だ。人の形になったことが衝撃的すぎて修造はしばらく気づかなかったのだが、赫の尻尾はいつの間にか増えていた。なぜ増えたのか、増えるとどうなるのかと聞いても赫は困ったように顔を赤らめて黙り込むだけなのでよく分からないが、悪いことではないようだ。

「おい、寒くねえのか」

 修造がそう言って横に並ぶと、赫は泣きそうな顔で修造をちらりと見た後、また庭に目を戻した。低い庭木はすっかり雪に覆われ、ポコポコと丸い茸のような見た目になってしまっている。

「ん、大丈夫……」
「待ってろ、今飯炊いてやるから」

 赫の出す火の玉のお陰で室内は暖かい。修造は反対側の襖を開け、土間に降りた。襷を掛けて米を研ぎ、釜に水を計りとる。

「おい、赫?」

 ここ数日で、修造が食事の準備をし、赫が火の玉を竈に入れてそれを煮炊きするのが無言のうちにお決まりになっていた。今日はそうならないことに疑問を抱きながら振り向くと、赫は上がり框に座り込んだまま俯いていた。耳がぺたりと垂れている。

「あのさ、修造……雪、やんだよ」
「そうだな」

 言われなくとも分かっている。赫の意図がわからず、ただ修造は頷いた。

「……帰るの?」

 二本の尻尾を抱えた赫の、ぽそぽそと悲しそうな声が聞こえた。

「は?」
「いや、だって……修造、雪が降ってたからいてくれたんだろ? ぼくの傷もすっかり良くなったし、もうここにいる必要ないじゃないか」
「オレがいたら迷惑か?」

 包丁を置いた修造が横に座ると、赫は小さな体をますます縮め、修造から距離を取るように少し移動した。尻尾で体を覆うように丸まり、毛玉のようになる。

「め、迷惑なんてそんな……でも、修造は嫌だろ。こんな妖狐と一緒にいるなんて」
「嫌だったら、すぐに帰せって言ってるよ」

 その気になれば、赫は襖の繋がる先を修造の実家に変えられるはずである。雪が止むのなど待つ必要はない。それを言わなかったのは、この家に赫を一人で置いていくのがなんだか忍びなかったからだ。

(そばにいてくれって頼まれたしな)

 文字通り血を吐きながら言われたとあっては無下にもできない。それだけではないような気もしたが、とりあえず修造はそういうことにした。
 頭を撫でてやると、嬉しそうに頬を染めた、それでいて泣きそうな赫の顔が尻尾の間から見えた。

「ほら、晴れたら温泉案内してくれるんだろ」

 修造がしつこく拭いたのと、狐らしく赫が毎日身繕いをするせいで、もう血の名残もなく髪の毛はふわふわになっていた。それでもなんだか元気づけたくて言ってみる。

「ん、うん!」

 ごしごしと尻尾で顔を拭き、立ち上がった赫が笑顔になっているのを見て修造はほっとした。この狐がしょんぼりしていると、なんだか自分まで悲しくなってくるのだ。

 簡単に朝食を済ませ、たらいに手ぬぐいを入れたものを携えて家の外に出る。くるりと空中で前転した赫が狐の姿になり、膝のあたりまで積もった雪の中を楽しげにもりもりとかき分けはじめた。狐というのはやたらと穴を掘るものだが、それは化け狐においても変わらないようだった。 
 雪を跳ね飛ばしながら、夢中で進んでいく赫の後を追う。

「温泉ってのはどこにあるんだ」
「そんなに遠くないよ!」

 もこもこと動く雪の下から弾んだ声が聞こえる。やれやれ、と上を見上げると、木の葉を落とした木の枝の先に、黒いものが刺さっているのが見えた。

(なんだ、焦げた鳥……?)

 はやにえのようにも見えるが、妙におどろおどろしく不吉な感じがする。かすかな不安を感じて修造が立ち止まった瞬間、跳ね飛ばされた雪が修造の顔にかかった。

「おい赫!」
「あっ、ごめん……わぷっ!」

 雪の中から出てきた赫の鼻先めがけ、修造は雪玉を投げつけた。

「何すんのさー」
「そりゃこっちの台詞だ」
「もうっ!」

 修造が雪玉を投げ、それに対して赫が雪を跳ね上げつつ斜面を駆け降りる。そのうちに頭を下げ、尻を振った赫が大きく跳んで修造を押し倒した。

「うわっ!」
「つーかまーえた! んへっ、これで修造はぼく、の……」

 そこまで言ったところで赫は黙り込んだ。紅玉のような深い赤色の目に、息の上がった修造の顔が大きく映りこんでいる。赤い髭の先についた白い六角形まで、手に取るように見えた。
 雪よりもなおきらきらと輝く、炎のように美しく力強い姿。

「……綺麗だな、赫は」

 雪に埋もれたまま思ったことを口にすると、「んなっ」と修造の上にいた赫が飛びあがった。そのまま身を翻したかと思うと、柔らかい尻尾でぼふりと顔を打たれる。

「なんだよ」
「な、なんでもないっ! ほらっ、もう! 着いたよ!」

 修造に後ろ足で雪をかけてくる赫の言う通り、目の前にはぱかりと割れた巨大な岩が転がっており、その横から湯気が立ち上っていた。近づくと一畳ほどの広さに地面が掘られ、泥が混じらないように丁寧に岩で囲われているのが湯気の向こうから現れてくる。

「早く早く!」

 人の姿に戻った赫が尾を振り、ざぶんと湯船に飛び込む。帯を解き、雪だらけになった服を木に掛けた修造も、恐る恐る足先を湯につけた。じわりとした温かさが、雪で冷えた爪先に心地いい。とろりとした白い湯に隠れた中は意外と深く、修造は大きく息を吐きながら身体を伸ばした。足先が赫の尻尾に触れる。

「気持ちいいだろ? 頑張って掘って岩風呂に整えたんだ」
「ああ……いいな、これは。この山に湯が湧いているとは知らなかった」

 一面の雪景色を眺めながら修造は答えた。これは酒を持ってくればよかった。

「これね、夏の地揺れの後に吹き出してきたんだよ」
「お前と叔父さんが落っこちたあれか」
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