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「も、もしかして、もしかしてなんだけど……ぼく、人になってる?」
「まあ、まだ耳と尻尾が……」
「やった! 凄いよ修造!」
あられもない格好のままぴょんと跳ねた赫は、そのまま修造に抱きついてきた。不意を突かれ、畳の上に転がる。
「ちょっ……」
「修造、修造!」
ぐりぐりと押し付けられる顔と、犬のように振られる尻尾に戸惑いながら、修造は赫の肩にそっと手をかけた。張りのある皮膚の下に、確かな温もりがある。
生きている。何が起こっているのか修造には全く把握できなかったが、少なくともそれだけは分かった。
「まあ……なんだ、とにかく良かったな」
長く伸びた赤い髪の毛を弄ぶ。ところどころ血がついて固まってしまっているものの、こちらも狐だった頃の面影残してふわふわと柔らかく、非常に触り心地がいい。
「えへへ、修造のおかげだよ!」
「……いいから落ち着け。傷に障るぞ」
ぶんぶんと尻尾を振り回し、跳ねまわりそうな雰囲気の赫を布団へと押しやる。今まで大きな狐の形をしていたから何とも思わなかったが、人の形で、しかも裸で抱きつかれるとどうにもいろいろと意識してしまう。
「大丈夫、もう治ってるから」
「はあ? 何いってんだ」
「えー、じゃあ見せてあげるよ」
布団の上に大きく足を開いて座った赫は、自分の体に巻き付いた布を引っ張った。ついその足の間を注視してしまう。
(そこも人間と同じなのか……)
「ええっと、あれ、ん……解けないな……ねえ修造、刃物持ってない? なんか、いつも持ってるだろ、小さな……」
そこまで言いかけた赫が、「もうっ!」と抗議するような声をあげ、修造に背を向けるように股間を隠した。ぎくりとなって視線を上げると、顔を赤くした赫がピンと耳を立てて修造を睨みつけている。
「な、何見てんのさ!」
「なにって……いや、うん、まあ、狸みたいに金玉がでけえわけじゃないんだなあ、って……」
もそもそと答えると、「莫迦っ」と太い尻尾が修造の顔を打った。いつの間にか乾いていた、ふわふわとした尻尾に視界を覆われる。
「んだよ……ちょっと覗くくれえいいだろがよ、こっちとしては気になるんだから」
夫のイチモツを妻が見るのに、何の問題があるというのか。二本の尻尾を押しのけ、口の中に入ってきた毛を吐き出しながら文句を言うと、「んへぁ」と赫は変な声を上げた。
「へへ、そっか、そっかあ……気になっちゃうかぁ」
むふむふ、と含み笑いをした赫は、目を眇めて修造にしなをつくってみせた。
「じゃあ、ちょっとだけなら……いいよ、見ても。それとも触りたい?」
「馬鹿、いいから傷見せろ」
巻いていた布を外し、血で皮膚に張り付いた部分を注意深く外していく。小さな弾がくっついた巻き布の下からは、少し赤みが残るもののすっかり塞がった傷口が出てきた。
「ほら、もう平気だよ」
撃たれた胸を張るようにしながら、赫の赤い目が修造を見上げる。人と違う、縦に細い瞳孔が捕食者であることを主張しているようで、修造は体の芯がざわりとなるのを感じた。
ね、と立ち上がった赫はくるりと空中で一回転した。すとん、と足音軽く畳に降りたときには海老茶の着物に鉄色の帯を巻いた姿になっている。
「ん、っとと……」
「ほら、まだ本調子じゃねえんだろ」
よろめく赫を布団に押し込んだ修造は、欄間から射す光を見て障子を開けた。思ったとおり、曇った空から大粒の雪が降っている。
背後から、きゅうと淋しげな鳴き声がした。
「修造、帰るのか?」
「こんなに雪が降ってたら帰れねえよ。飯くらい作ってやる、土間どこだ」
安心したらなんだか腹が減ってきたのである。修造の真意を知ってか知らずか、布団から飛び出た尻尾の先がぴくぴくと動いた。
「なら、反対の襖を開けてくれ」
言われるままに障子を閉じ、逆側を開けると土間になっていた。
「……んん?」
家に上がってきた時、こちら側には別の部屋があったはずだ。背後からは面白がるようなくすくす笑いが聞こえてくるのて、赫の妖術なのだろう。
土間にある米びつの中には、たっぷりと白米が入っていた。
「手慣れたもんだねえ」
竈の上に釜を置くと、ふわふわと飛んできた火の玉が下に入っていった。振り向くと、うつ伏せになった赫がじっと修造を見ている。
「……まあ」
赫に持って行く分の弁当をトヨに頼んでいたら、「好いたもんの胃袋を掴みたいんだったら自分でやらんね!」と言われたのである。まだまだトヨに比べたら手際が悪いのだが、褒められて悪い気はしない。隅に吊るされていた大根で汁を、ごぼうできんぴらを作る。
隅に置かれた水瓶は、中の水をいくら汲み出しても水面が下がっていかなかった。こりゃいいや、と見つけたたらいの中に手ぬぐいを入れて水を張り、赫のもとへ戻る。
「ほら、起きられるか」
「まあ、まだ耳と尻尾が……」
「やった! 凄いよ修造!」
あられもない格好のままぴょんと跳ねた赫は、そのまま修造に抱きついてきた。不意を突かれ、畳の上に転がる。
「ちょっ……」
「修造、修造!」
ぐりぐりと押し付けられる顔と、犬のように振られる尻尾に戸惑いながら、修造は赫の肩にそっと手をかけた。張りのある皮膚の下に、確かな温もりがある。
生きている。何が起こっているのか修造には全く把握できなかったが、少なくともそれだけは分かった。
「まあ……なんだ、とにかく良かったな」
長く伸びた赤い髪の毛を弄ぶ。ところどころ血がついて固まってしまっているものの、こちらも狐だった頃の面影残してふわふわと柔らかく、非常に触り心地がいい。
「えへへ、修造のおかげだよ!」
「……いいから落ち着け。傷に障るぞ」
ぶんぶんと尻尾を振り回し、跳ねまわりそうな雰囲気の赫を布団へと押しやる。今まで大きな狐の形をしていたから何とも思わなかったが、人の形で、しかも裸で抱きつかれるとどうにもいろいろと意識してしまう。
「大丈夫、もう治ってるから」
「はあ? 何いってんだ」
「えー、じゃあ見せてあげるよ」
布団の上に大きく足を開いて座った赫は、自分の体に巻き付いた布を引っ張った。ついその足の間を注視してしまう。
(そこも人間と同じなのか……)
「ええっと、あれ、ん……解けないな……ねえ修造、刃物持ってない? なんか、いつも持ってるだろ、小さな……」
そこまで言いかけた赫が、「もうっ!」と抗議するような声をあげ、修造に背を向けるように股間を隠した。ぎくりとなって視線を上げると、顔を赤くした赫がピンと耳を立てて修造を睨みつけている。
「な、何見てんのさ!」
「なにって……いや、うん、まあ、狸みたいに金玉がでけえわけじゃないんだなあ、って……」
もそもそと答えると、「莫迦っ」と太い尻尾が修造の顔を打った。いつの間にか乾いていた、ふわふわとした尻尾に視界を覆われる。
「んだよ……ちょっと覗くくれえいいだろがよ、こっちとしては気になるんだから」
夫のイチモツを妻が見るのに、何の問題があるというのか。二本の尻尾を押しのけ、口の中に入ってきた毛を吐き出しながら文句を言うと、「んへぁ」と赫は変な声を上げた。
「へへ、そっか、そっかあ……気になっちゃうかぁ」
むふむふ、と含み笑いをした赫は、目を眇めて修造にしなをつくってみせた。
「じゃあ、ちょっとだけなら……いいよ、見ても。それとも触りたい?」
「馬鹿、いいから傷見せろ」
巻いていた布を外し、血で皮膚に張り付いた部分を注意深く外していく。小さな弾がくっついた巻き布の下からは、少し赤みが残るもののすっかり塞がった傷口が出てきた。
「ほら、もう平気だよ」
撃たれた胸を張るようにしながら、赫の赤い目が修造を見上げる。人と違う、縦に細い瞳孔が捕食者であることを主張しているようで、修造は体の芯がざわりとなるのを感じた。
ね、と立ち上がった赫はくるりと空中で一回転した。すとん、と足音軽く畳に降りたときには海老茶の着物に鉄色の帯を巻いた姿になっている。
「ん、っとと……」
「ほら、まだ本調子じゃねえんだろ」
よろめく赫を布団に押し込んだ修造は、欄間から射す光を見て障子を開けた。思ったとおり、曇った空から大粒の雪が降っている。
背後から、きゅうと淋しげな鳴き声がした。
「修造、帰るのか?」
「こんなに雪が降ってたら帰れねえよ。飯くらい作ってやる、土間どこだ」
安心したらなんだか腹が減ってきたのである。修造の真意を知ってか知らずか、布団から飛び出た尻尾の先がぴくぴくと動いた。
「なら、反対の襖を開けてくれ」
言われるままに障子を閉じ、逆側を開けると土間になっていた。
「……んん?」
家に上がってきた時、こちら側には別の部屋があったはずだ。背後からは面白がるようなくすくす笑いが聞こえてくるのて、赫の妖術なのだろう。
土間にある米びつの中には、たっぷりと白米が入っていた。
「手慣れたもんだねえ」
竈の上に釜を置くと、ふわふわと飛んできた火の玉が下に入っていった。振り向くと、うつ伏せになった赫がじっと修造を見ている。
「……まあ」
赫に持って行く分の弁当をトヨに頼んでいたら、「好いたもんの胃袋を掴みたいんだったら自分でやらんね!」と言われたのである。まだまだトヨに比べたら手際が悪いのだが、褒められて悪い気はしない。隅に吊るされていた大根で汁を、ごぼうできんぴらを作る。
隅に置かれた水瓶は、中の水をいくら汲み出しても水面が下がっていかなかった。こりゃいいや、と見つけたたらいの中に手ぬぐいを入れて水を張り、赫のもとへ戻る。
「ほら、起きられるか」
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