お山の狐は連れ添いたい

にっきょ

文字の大きさ
上 下
14 / 48

14 雪落ちる

しおりを挟む
 横に膝をつくと、うっすらと狐が目を開けた。鼻先が修造の膝に当たる。細く息をするたびに喉の奥でぜろぜろと音がした。

「ああ……うれしいな。しゅうぞうが………なまえ、よんでくれた……」
「赫……」

 撃たれたのを見ていたのに、血止め薬も手ぬぐいも準備していない。何も考えずに飛び出してきてしまったことを後悔しながら修造はその頭に手を置いた。雪と泥に濡れ、ぺたりとしてしまった毛並みに沿って手を動かす。

「おい、薬とかあるか」
「……ない……」
「だよ、なあ……ちょっと待ってられるか、ヨモギでも取ってきてやるから。ないよりはいいだろ」
「やだ……やだよう」

 きゅう、と赫は鼻を鳴らし、前足を少しだけ動かした。畳に爪が引っかかってカリリと音を立てる。

「そばに、いてくれよう……なあ、しゅうぞう……」
「……わかった」

 いくつか部屋を探すと、押し入れに入れられたままの布団があった。実家のものとは比べ物にならないほど分厚くふわふわとしているそれを抱えて戻り、赫の横に敷く。着ていた羽織を引き裂いて傷の上に巻き、心ばかりの手当てをした赫をそこに寝かせた。
 自分も隣に潜り込んだ修造は、傷に干渉しないように気をつけながら血や溶けた雪で濡れた毛皮に自分の体をくっつけた。ゆっくりと背中をなでてやると、安心したように赤い耳が伏せられる。

「……ごめんな」
「ん……ううん……ありあと、ね」
「何がだよ……ああ、いい、もう喋んな」

 修造がそう言うと、赫はふう、と幸せそうに息を吐いて目を閉じた。一瞬焦った修造だったが、ぜろぜろと息をする音がまだ聞こえてくることに気づいて安堵する。

「……優しいんだな、赫は」

修造のせいで死ぬ羽目になった、お前なんかに関わらなきゃよかった、と言ってほしかった。
赫がどれくらい山頂の石の中にいたか知らないが、村の誰も石に閉じ込められたところを見たことがないのだから、そう短い間のことではないはずだ。やっと出てきたと思ったら嫁の人選を間違えたせいで殴られるし、挙句ちょっと親切心を出したら銃で撃たれてこの様である。

(とんでもねえな……主にオレのせいだけど)

 きっと乾いていればふわふわで温かいであろう毛皮は、今はしとしとと冷たい。くっついた修造の着物も水分を含み、冷たくなっていく。

「おやすみ、赫」

 この家だってだだっ広いだけだし、きっと、ずっと一人だったに違いない。せめて最期は、そばにいてやろう。償いにはならないだろうが、今の修造にできることはそれしか思いつかなかった。
 次は幸せになれよ、と祈りながら目を閉じ、頬を寄せる。表面は冷たいが、その芯にはまだ温もりが感じられる。

 ぱさり、と屋根から雪の落ちる音がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※本作はちいさい子と青年のほんのりストーリが軸なので、過激な描写は控えています。バトルシーンが多めなので(矛盾)怪我をしている描写もあります。苦手な方はご注意ください。 『BL短編』の方に、この作品のキャラクターの挿絵を投稿してあります。自作です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

処理中です...