上 下
42 / 47

36

しおりを挟む
私は茜様とお話をするため、自室から離れへ向かった。
「茜様、お願いがあるのですが...」
「あら、なになに?穂香ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうわよ~」
「あの、茜様にチョコレート作りのお手伝いをお願いしたいんです。王城の厨房も使え...」
「えっ!毎日お手伝いしていいの?うれしいわ~。あ、でも青王がヤキモチ焼くかしら?穂香を独り占めするな!とか言って怒ったりして。でもいいわ。わたしはなにをすればいいの?さぁ、今からお手伝いするわよ~。そうだ!割烹着かっぽうぎ持っていかなきゃ...」
いきなりテンションの上がった茜様は私の話をさえぎり、腕を組んだり頬杖をついたりしながら勢いよくしゃべり続けた。
「茜様、落ち着いてください。とりあえず厨房にいきましょう」
「わかったわ、先に向かってて。わたしはちょっと準備してからいくわね」
「わかりました」
私は懐中時計を手に取ったものの、やっぱり歩いていこうと思い外へ出ると、目の前の風景にちょっとした違和感を感じた。
「あれ...?あ、泉が!」
いつもは泉の底にある石の色まではっきりわかるほど無色透明な水が、今は少し緑がかって見える。とくに濁っているわけではない。だけど、今まで色が付くことなんて一度もなかった。
「あら穂香ちゃん、先にいってよかったのに」
「茜様!泉の水が!青王様になにかあったんじゃ...」
泉をのぞき込んだ茜様は「あらあら」と言いつつとても落ち着いている。
「青王がどこにいるか知ってる?」
「私が部屋を出るときは、まだお部屋にいらっしゃったと思います」
「それなら青王の部屋に移動しましょう。大丈夫よ。たいしたことないわ」
そう言われても不安は消えず、わずかに震える手で懐中時計を握りしめ青王様のお部屋の前まで移動した。
ドンドンとドアをたたき「青王、入るわよ」と声をかけ、返事を待たずにドアを開けて入っていく。私も茜様の後ろからついていくと、布団の上で毛布に包まった青王様がひょこっと顔を出した。
「青王、あなたそんなに妖力減らして何してるの?」
「ちょっと、あれこれ考えすぎて...」
話しについていけずその場でおろおろしている私に、茜様が振り向きニコッと笑いかけて「穂香ちゃん、青王に妖力を分けてあげてくれる?」と言ってきた。
「えっと...」
「ほら青王、早く手を出して」
青王様がもぞもぞと手を伸ばすと、茜様がその手をガシッと掴み私の手を握らせた。
「早く受け取りなさい」
茜様がそう言うと、私は身体中にふわっとした暖かさを感じた。
すると青王様がガバッと起き上がり「穂香、すまない!」と頭を下げた。
「あの、ちょっとなにが起きているのかわからなくて...」
「あのね、たぶん青王はね、結婚のことを考えたり~、隣の部屋にいる穂香ちゃんのことが気になったりして~」
「は、母上!白状するから...」
なにかもごもごと言い淀む青王様は、真っ赤な顔をしていて目も泳いでいる。
「穂香はここへ来てからちゃんと休めているか気になって、夜中に何度も部屋の前までいったり...あ!決してドアを開けたりはしていない!断じて!それから...」
「それから、何?早く言っちゃいなさい」
茜様、完全に子どもを叱る母親の顔になってる...
「穂香と、結婚や、その...子どもについて話をしたいと思っているのに、なかなか言い出せなくて...」
「それで、一人で悶々と考え続けて睡眠不足で妖力まで弱まってしまった、ということね。まったく、なにやってるの?あなたはこの国の王なのよ。しっかりしなさい!」
面目めんぼくない。穂香、今夜少し話す時間をもらえないだろうか」
「はい、大丈夫ですよ」
その後、青王様は泉に妖力を注ぎ、水は無事に無色透明に戻った。

「青王様は少し休んでいてくださいね。私たちは厨房にいますから、なにかあったら声をかけてください」
「穂香のおかげでもう大丈夫だから、わたしにも手伝わせてほしい」
「それでは...トマトを収穫してきてください」
「わかった、いってくるよ!」
茜様は、うれしそうに走っていく青王様を目で追い「はぁ~」と大きなため息をついた。
「まったく、泉の水は元に戻ったけど体内の妖力はまだ戻りきっていないはずよ。また動けなくなっても知らないんだから」
茜様はだいぶ呆れているようだけど、私はチクッと胸が痛んだ。青王様が妖力を弱らせたのは、私が結婚の話をうやむやにしていることも原因だと思ったから...
「青王様が戻ってきたら、もう一度妖力を渡しますね」
「無理しなくていいのよ。穂香ちゃんはなにも悪くないんだからね。でも青王の気持ちもわかるのよね。空良妃を亡くしたとき、ずいぶん落ち込んでいたから。その記憶が蘇ってきて、穂香ちゃんまで離れていってしまったら、って考えてしまうから怖くてしかたないのよ」
「そうですか...今夜、青王様とこれからのことをしっかりお話してみますね」
茜様は「青王のこと、よろしくね」と微笑み「さあ、早くチョコレート作りましょう」と厨房へ向かった。

「穂香、トマト持ってきたよ。それと、ちょっと前に収穫しておいたバナナもしっかり熟して食べ頃だった」
「バナナの木なんてありましたっけ?」
「カカオの森の中に温室を作ったんだ。もうすぐマンゴーも収穫できる」
「いつの間に...」
青王様は「褒めて」とでも言いたげな瞳でこちらを見つめてくる。
「ありがとうございます。青王様が育てた果物はおいしいですからね」
上機嫌の青王様は「割烹着持ってくる!」と言って厨房を出ていった。

「茜様、今日はハイカカオチョコとトマトジャムのボンボンショコラ、それと、せっかくなのでバナナクリームのボンボンショコラを作ろうと思います。まずはバナナクリームを作りましょう」
茜様にバナナを潰してもらっている間に、ほかの材料を準備する。
少しつぶつぶが残るぐらいまで潰したバナナに、砂糖、レモン汁、コーンスターチを入れてよく混ぜ、牛乳を少しずつ加えながらさらによく混ぜる。
これを火にかけ、とろみがつくまで焦げないように混ぜながら加熱する。
そこへ割烹着に三角巾姿の青王様が戻って来た。
「わたしはなにをすればいい?」
「青王様はトマトの湯むきをお願いします。でもその前に私の妖力を受け取ってください。また動けなくなったらお手伝いできなくなっちゃいますからね」
そう言って手を差し出すと、ちょっと困ったような顔をしながら「ありがとう」と言って私の手をそっと握った。
身体がふわっとあたたかくなるのを感じると、青王様の顔色が良くなったように見える。やっぱりまだ妖力が足りなかったのだろう。
そうしている間に、バナナクリームがちょうどいい感じになっている。バターとバニラエッセンスを加えてバターが溶けるまで混ぜたら、あとは冷ますだけ。それは茜様にお願いして、私はトマトジャムのほうへ。
湯むきをしたトマトを刻み砂糖を加えて火にかけ、とろみがつくまでゆっくり煮詰める。青王様には焦げないように混ぜているようお願いして、茜様と私はハイカカオチョコを作り始めた。

「これはこの前と同じね。さあ、どんどん固めるからね~」
やる気満々の茜様は、チョコを型に流す作業が間に合わないほどのスピードで、どんどんと固めていく。

青王様に任せていたトマトジャムもできあがり、今度はみんなでボンボンショコラを作る。青王様と私が作ったものを茜様が固めていく。
もうずっとこうしてやってきたような見事な連携で、想定よりずいぶん早く作業が終わった。
「ありがとうございました。紅茶を淹れたので、できたてのボンボンショコラを食べて休憩してください。もうすぐ瑠璃ちゃんがケーキを作りに来ると思うので、私はその準備をしますね」
「わたしたちにできることはもうないの?」
「今日はもう大丈夫です。でも、明日ちょっとやりたいことがあるので、その時はまたお手伝いしてくださいね」
「わかったわ」と言ってトマトジャムのボンボンショコラを口に放り込む茜様。
その隣でバナナクリームのボンボンショコラを頬張る青王様。
そして、一度顔を見合わせた二人は、同時に私のほうに向き直り「おいしい!」と声を揃えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

Mr. Valentine 〜お菓子が嫌いな王子様がショコラトリー に転がり込む〜

時計の針-clock hands-
恋愛
才色兼備と謳われる王子様の本当の気持ちと、街のショコラティエのお話。 折り目正しい眉目秀麗と世に謳われる第二王子は甘いお菓子と女性が大嫌いだった。 あることをきっかけに、城を飛び出した王子。 そこに待ち受けていたのは絶望か、光か……? バレンタイン大嫌い王子様と、甘いもの大好きショコラティエの奇跡の出会い! ☆主な登場人物☆ グウェナエル(Gwenael) 第二王子。兄はジョス(Josse)。性格は落ち着いていて、兄ほど人付き合いが上手ではない。周りに対して口出ししないが、自分のことも語ろうとはしない。どちらかといえば寡黙。 コレット(Colette) 心優しいショコラティエ。chocolaterie Cを一人で切り盛りしている。ある日突然グウェンと名乗るグウェナエルと出会う。 ──────────────── ※フィクションです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

【ショートショート】やさしい薬

坂神美桜
ファンタジー
ある日 誤って階段から転落してしまった奈子。 目が覚めるとそこは、まったく見覚えのない豪華な部屋だった。しかもそばにいたのは自称王子様。 その王子様が薬だと言って奈子にくれたのは…

【短編】小さなキミともう一度

坂神美桜
ライト文芸
実体験を元にした、ルナとの思い出のお話。 重い病気を持って生まれたぼくは、小さな家族のおかげで元気になることができた。 でもその子との別れは突然やってきた。 しばらくは辛くてしかたなかったけど、なんとか立ち直り落ち着いた暮らしに戻りつつあった。そんな時、思いもよらぬ幸せな出会いが待っていた…

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...