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宇治川に架かる朝霧橋の上で、ふと空を見上げると綺麗な彩雲が出ていた。
空を指さしながら青王様に声をかけると、私と同じように空を見上げ「彩雲か。わたしたちがここへ来たことを歓迎してもらえているのかな」と私の顔を見て微笑んだ。
「なんだか良いことがありそうですね。これから行くお店でいいものを見つけられそうな気がします」
目的のお店に着き色とりどりの雑貨やアクセサリーが並ぶ店内に入ると、そのかわいらしさに目を奪われた。つい見入ってしまったけれど「いけない。ちゃんとした目的があって来たのに...」なにも言わず後ろからそっと見守ってくれていた青王様に
「ここは組紐のお店なんですよ。実は青王様にこの組紐をプレゼントしたくてここに来たんです」
「わたしに?」
「はい。青王様はいつも、着物の端切れで作った紐で髪を結ってますよね。でもせっかく綺麗な髪なのだからこういう綺麗な組紐で結ってほしくて」
「穂香...」
私は何本もの組紐を、あれでもない、これでもないと、一本ずつ青王様の髪に合わせていく。
「あっ、これがいいと思います。どうですか?」
「うん、わたしもこの色がいいと思う」
「ではこれにしましょう」
薄いベージュと白の糸で組まれた組紐を店員さんに渡し、会計をして包んでもらう。
店を出たあとは宇治川のほうへ戻り、宇治公園で休憩することにした。
公園のベンチに座ってお茶を飲んでいると、私たちの前を、手をつないでお散歩をしている老夫婦や犬のお散歩をしている親子が通り過ぎていく。
わた雲が浮かぶ空を見上げていると穏やかな気持ちになる。そういえば、あの頃も青王様とよくこうして空を見上げて、雲の流れや星の瞬きを眺めていたなぁ。
「こうしてゆっくり空を眺めるのはいつぶりだろう。空良がいなくなってから、わたしはこういう穏やかな時間があることを忘れていたよ」
「青王様...私も今、あの頃のことを思い出していました。懐かしいですね」
「穂香、もしよかったら...あ、いやその...先ほどの組紐で髪を結ってくれるかい?」
「わかりました。少し横を向いてください」
青王様のサラサラとした絹のような髪を後ろで一つに結う。組紐が解けてしまわないようにしっかりと。
スマホで写真を撮り「こんな感じです」と青王様に見せた。
「素敵だね。この色にしてよかった。ありがとう、穂香」
「いえいえ、よくお似合いです」
さっき青王様は、もしよかったら...このあと本当はなにを言おうとしたのだろう。きっと髪を結って欲しかったわけではないと思う。
「そろそろ帰りましょうか。伏見稲荷駅の近くでちょっと買いたいものがあるんです」
「ではゆっくり行こうか」
「はい。帰りは京阪に乗るのでこっちです」
青王様の少し後ろで、大きな背中を見ながら歩いていると「やっぱり私は青王様のことが好きなのかも」と思う。でも私はただの人間で、青王様とは住む世界も生きる時間も違いすぎる。
伏見稲荷駅に着き、近くにあるお店へ向かう。
「ここの生姜のおせんべいが大好きなんです。とってもおいしいですよ」
薄く焼いた玉子せんべいを折りたたみ生姜味の砂糖蜜をかけたもので、サクサクした食感としっかりした生姜の風味がクセになるお菓子なのだ。
「それではわたしも買っていこう。穂香のおすすめなら母上もよろこぶだろう」
生姜のおせんべいを二袋ずつ購入すると、お店のお姉さんが「これ失敗作だけど、おまけに入れておきますね」と、耳の先が少し割れてしまった狐のお面のような形のおせんべいも入れてくれた。
「今日はとても楽しかった。ありがとう。それにこの組紐はわたしの宝物だ。大切にするよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
青王様は「穂香...」と、なにか言いかけて黙ってしまった。宇治公園で休んでいるときもなにか言いたそうだった。もしかして、絵馬になにを書いたか聞きたい...とか?
「あっ、そろそろ藤の開店準備を始めたいので、明日の閉店後に誉と寿に会えますか?」
「あ、ああ、わかった。二人に声をかけておくよ」
「では明日、王城にうかがいますね。よろしくおねがいします」
青王様は笑顔でうなずき「店まで送るよ」と言って一緒に帰ってくれた。
部屋に戻り一人になったとき「もう少し青王様と一緒にいたかったな」と、少し寂しさを感じた。
一緒にお出かけをして楽しい時間を過ごしているうちに、青王様に対する自分の気持ちを確信した。空良ではなく穂香として、今の私として青王様のことが好きなんだ。
でもそんなこと絶対に言えない。人間の私に好きだと言われても、きっと青王様は困ってしまうだけだ。
「青王様おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「ちょっと散歩にね」
「おしゃれして、デートですか?ん?その組紐は...」
瑠璃は目敏く組紐を見つけわたしに詰め寄ってくる。
「いや、これは...しかもデートって...いいか、ただの散歩に行っていただけだ」
「ごまかさなくてもいいじゃないですか。穂香さんと一緒だったんですよね」
顔がどんどん熱くなっていく。瑠璃には隠し事ができないようだ。穂香、すまない...
「穂香から瑠璃には内緒にしてほしいと言われているんだが...」
瑠璃はちょっといじけたような恨めしそうな目で見てくる。
「出かけるから一緒に来てほしいと言われて、宇治まで行ってきた。いつもの端切れの紐ではなく綺麗な組紐を使ってほしいからと、組紐の店でこれを選んでくれたんだ」
「まぁたしかに、青王様の髪にあの紐は合わないですからね。それで、青王様は穂香さんに誘われたとき、どう感じました?うれしいと思いましたか?」
「もちろんうれしかった。つい...その...口づけをしそうになってしまった...でも穂香は下を向いたまま顔を上げてくれなかった。恥ずかしくなったと言っていたけれど、穂香に不快な思いをさせてしまったかもしれない」
「はぁ...見ていればわかりますけど、青王様は穂香さんのことがお好きなんですよね。どうしてちゃんと穂香さんの気持ちを聞こうとしないんですか?」
「それは...穂香のことはしっかり考えるからそんなに焦るな」
瑠璃はため息をつき呆れたという顔をしている。けれどわたしも、どうすればいいかわからないのだ。穂香の気持ちもわからないのに、自分の気持ちを伝えることで彼女を苦しめることになってしまったら...と思うと怖いのだ。
「あっそうだ。穂香が藤の開店準備のために誉と寿に会いたいと言っていた。二人に、明日の夕方王城へ来るよう伝えておいて欲しい」
「わかりました。伝えておきます」
空を指さしながら青王様に声をかけると、私と同じように空を見上げ「彩雲か。わたしたちがここへ来たことを歓迎してもらえているのかな」と私の顔を見て微笑んだ。
「なんだか良いことがありそうですね。これから行くお店でいいものを見つけられそうな気がします」
目的のお店に着き色とりどりの雑貨やアクセサリーが並ぶ店内に入ると、そのかわいらしさに目を奪われた。つい見入ってしまったけれど「いけない。ちゃんとした目的があって来たのに...」なにも言わず後ろからそっと見守ってくれていた青王様に
「ここは組紐のお店なんですよ。実は青王様にこの組紐をプレゼントしたくてここに来たんです」
「わたしに?」
「はい。青王様はいつも、着物の端切れで作った紐で髪を結ってますよね。でもせっかく綺麗な髪なのだからこういう綺麗な組紐で結ってほしくて」
「穂香...」
私は何本もの組紐を、あれでもない、これでもないと、一本ずつ青王様の髪に合わせていく。
「あっ、これがいいと思います。どうですか?」
「うん、わたしもこの色がいいと思う」
「ではこれにしましょう」
薄いベージュと白の糸で組まれた組紐を店員さんに渡し、会計をして包んでもらう。
店を出たあとは宇治川のほうへ戻り、宇治公園で休憩することにした。
公園のベンチに座ってお茶を飲んでいると、私たちの前を、手をつないでお散歩をしている老夫婦や犬のお散歩をしている親子が通り過ぎていく。
わた雲が浮かぶ空を見上げていると穏やかな気持ちになる。そういえば、あの頃も青王様とよくこうして空を見上げて、雲の流れや星の瞬きを眺めていたなぁ。
「こうしてゆっくり空を眺めるのはいつぶりだろう。空良がいなくなってから、わたしはこういう穏やかな時間があることを忘れていたよ」
「青王様...私も今、あの頃のことを思い出していました。懐かしいですね」
「穂香、もしよかったら...あ、いやその...先ほどの組紐で髪を結ってくれるかい?」
「わかりました。少し横を向いてください」
青王様のサラサラとした絹のような髪を後ろで一つに結う。組紐が解けてしまわないようにしっかりと。
スマホで写真を撮り「こんな感じです」と青王様に見せた。
「素敵だね。この色にしてよかった。ありがとう、穂香」
「いえいえ、よくお似合いです」
さっき青王様は、もしよかったら...このあと本当はなにを言おうとしたのだろう。きっと髪を結って欲しかったわけではないと思う。
「そろそろ帰りましょうか。伏見稲荷駅の近くでちょっと買いたいものがあるんです」
「ではゆっくり行こうか」
「はい。帰りは京阪に乗るのでこっちです」
青王様の少し後ろで、大きな背中を見ながら歩いていると「やっぱり私は青王様のことが好きなのかも」と思う。でも私はただの人間で、青王様とは住む世界も生きる時間も違いすぎる。
伏見稲荷駅に着き、近くにあるお店へ向かう。
「ここの生姜のおせんべいが大好きなんです。とってもおいしいですよ」
薄く焼いた玉子せんべいを折りたたみ生姜味の砂糖蜜をかけたもので、サクサクした食感としっかりした生姜の風味がクセになるお菓子なのだ。
「それではわたしも買っていこう。穂香のおすすめなら母上もよろこぶだろう」
生姜のおせんべいを二袋ずつ購入すると、お店のお姉さんが「これ失敗作だけど、おまけに入れておきますね」と、耳の先が少し割れてしまった狐のお面のような形のおせんべいも入れてくれた。
「今日はとても楽しかった。ありがとう。それにこの組紐はわたしの宝物だ。大切にするよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
青王様は「穂香...」と、なにか言いかけて黙ってしまった。宇治公園で休んでいるときもなにか言いたそうだった。もしかして、絵馬になにを書いたか聞きたい...とか?
「あっ、そろそろ藤の開店準備を始めたいので、明日の閉店後に誉と寿に会えますか?」
「あ、ああ、わかった。二人に声をかけておくよ」
「では明日、王城にうかがいますね。よろしくおねがいします」
青王様は笑顔でうなずき「店まで送るよ」と言って一緒に帰ってくれた。
部屋に戻り一人になったとき「もう少し青王様と一緒にいたかったな」と、少し寂しさを感じた。
一緒にお出かけをして楽しい時間を過ごしているうちに、青王様に対する自分の気持ちを確信した。空良ではなく穂香として、今の私として青王様のことが好きなんだ。
でもそんなこと絶対に言えない。人間の私に好きだと言われても、きっと青王様は困ってしまうだけだ。
「青王様おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「ちょっと散歩にね」
「おしゃれして、デートですか?ん?その組紐は...」
瑠璃は目敏く組紐を見つけわたしに詰め寄ってくる。
「いや、これは...しかもデートって...いいか、ただの散歩に行っていただけだ」
「ごまかさなくてもいいじゃないですか。穂香さんと一緒だったんですよね」
顔がどんどん熱くなっていく。瑠璃には隠し事ができないようだ。穂香、すまない...
「穂香から瑠璃には内緒にしてほしいと言われているんだが...」
瑠璃はちょっといじけたような恨めしそうな目で見てくる。
「出かけるから一緒に来てほしいと言われて、宇治まで行ってきた。いつもの端切れの紐ではなく綺麗な組紐を使ってほしいからと、組紐の店でこれを選んでくれたんだ」
「まぁたしかに、青王様の髪にあの紐は合わないですからね。それで、青王様は穂香さんに誘われたとき、どう感じました?うれしいと思いましたか?」
「もちろんうれしかった。つい...その...口づけをしそうになってしまった...でも穂香は下を向いたまま顔を上げてくれなかった。恥ずかしくなったと言っていたけれど、穂香に不快な思いをさせてしまったかもしれない」
「はぁ...見ていればわかりますけど、青王様は穂香さんのことがお好きなんですよね。どうしてちゃんと穂香さんの気持ちを聞こうとしないんですか?」
「それは...穂香のことはしっかり考えるからそんなに焦るな」
瑠璃はため息をつき呆れたという顔をしている。けれどわたしも、どうすればいいかわからないのだ。穂香の気持ちもわからないのに、自分の気持ちを伝えることで彼女を苦しめることになってしまったら...と思うと怖いのだ。
「あっそうだ。穂香が藤の開店準備のために誉と寿に会いたいと言っていた。二人に、明日の夕方王城へ来るよう伝えておいて欲しい」
「わかりました。伝えておきます」
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