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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第一話 爽やかな朝と少女の葛藤
しおりを挟む爽やかな朝だった。
こんなにも熟睡できる夜が二夜も続くとは。
少女は、ベッドの上で寝返りをうち部屋の中央に置かれたソファーの方に視線を送る。
ソファーには、蒼い髪の少年が静かに寝息をたてていた。
――というか、二晩連続で二人きりって……。
こんな経験は初めてだったので、気恥ずかしさが身体の芯からあふれてくる。
だけど――――
ラブロマンス的な何かが全くないというのは、一体何故だろう。
昨日のソルブライトとの契約時に、処女だと思いっきりバレて、それ以来、無理に大人の女を演じる必要性はなくなった。
だからなのか、一緒の部屋で休むことが決まったとき、随分とダーンを男として意識してしまうのだが……。
――コイツは、どこまで無反応なのよッ!
少女の心のざわめきとは裏腹に、蒼髪の剣士は何もアクションを起こさない。
――いや、別に何かしてこいとか言わないけどさ。
それでも、何かときめくことがあってもいいのではないだろうか。
――まあ、昨日の食堂での『アレ』は、ときめいたけど。
あの後、調理場の後片付けをして、いざ、料理の感想やその他諸々、とにかくあまい感じのトークをと思い部屋に戻ってみれば――――
屋根の上からかすかに聞こえてきた、男女の歓談。
その内容までは聞こえなかったが、あの鋭い剣閃を放つ銀髪の少女が明るく笑っているのがわかった。
嫉妬――――
その通りよ。
これは、嫉妬なのは解っているし、それが極々くだらないことだということも理解している。
でも、この胸をモヤモヤさせる感覚は我慢できるものじゃない。
――アイツはあたしの護衛役であって、あの娘はあたしを襲った敵なのよッ。
いつの間にか、爽やかな気分が台無しになりつつあった。
それも結局アイツのせいだし、こんなくだらない事でヤキモキできる余裕があるのも、アイツのおかげなのだが。
昨夜、寝る前も、ソルブライトがいるからそれ程警戒を強めなくとも大丈夫ということだったが、用心のためだと言って、この部屋に残ってくれた。
それこそ、昨夜は同じ部屋に寝ることになって、あんなに狼狽していたくせに……。
こちらが男性経験皆無と知って余裕でもできたのだろうか?
そっちだってチェリーボーイなのは変わらないのに。
ま、べつにバレる前だって、大人の女と見せかけたかっただけで、男性経験があるとまでは思わせる気も無かった。
――そりゃあ、少しお色気を見せると驚くほど反応してたし、面白がって調子に乗ってたのは否定しないケドさ。
しばらく前のことだが、男の子からみた大人の女というものが、イマイチイメージできなくて、恥を忍んで妹のカレリアに聞いてみたことがある。
すると、妹は、「男性の性的情操を刺激するような魅力ですわ」と、色々と男の子の視線を惹きつける仕草などを二人で検討したりしたが……。
結局のところ、二人の教育係であるスレームの影響がでまくっただけだった。
その効果のほどは、まあ、考えようによってはあったのかもしれないが、よくよく考えれば、自分自身の純潔性を隠す方が、男の子の気持ちを萎えさせるような……。
今考えると、仮にダーンが噂通りの朴念仁ではなく、本能のままに積極的な行動にでる男だったら?
きっと、今胸元にあるソルブライトとの契約はできない身体になっていたことだろう。
――危なかったかも……。
少しゾッとしたが、これからはたとえダーンが狼に大変身してもおいそれとこの身の純潔を奪うことはできない。
昨夜、ダーンがこの部屋に留まると決まったときのソルブライトの言葉。
『全ての精霊王との契約が締結しないままステフが汚されるようなことがあれば、精霊王との契約は破棄され、異界への活力の流出を止めることはできません。やがてこの世界は枯れ果てるでしょう。
世界を崩壊させてでも……と言うのならば止めはしませんので、どうぞお楽しみください』
あんなことを言われて、この身を襲ってくるヤツなどいないだろう。
後で、こっそりとソルブライトに、姦淫はともかくアウトだろうけれど、どこまでの行為ならセーフか聞いてみたが、彼女からは、『具体的に何をするおつもりか言ってみてください』とからかわれた。
その会話は、同じ精神波長を持つダーンにも聞こえない、契約者たる者との秘話状態であったが――――
顔から火が出そうな思いで、「その……舌が絡み合うような激しい口づけとか」と聞いてみたら、数秒の沈黙の後、『流石は完全ラッピングの箱入り娘ですね』と笑われた。
――けっこう、大胆に言ってみたのに……。
とりあえず、少女の考える程度は聞くまでもなかったらしい。
だから、昨夜は寝る前にソファーまで出向いて、上目遣いに就寝の挨拶をし、ちょっと近づき過ぎかもしれない程度には寄ってみて彼に隙を見せたつもりだったが。
返ってきたのは、「ああ、おやすみ」の二言のみ。
少し艶のあるリップクリームまで塗って、ややあざといかなとすら思っていたのに――――
やっぱり、あたしに魅力が足りないのか?
そもそも、敵であるはずのルナフィスと何を愉しげに話していたの?
――こんの朴念仁めッ。
またもや、ムカムカしてしまった。
爽やかな朝だったのだが――――
多感な少女の朝は、甘く苦い葛藤でいっぱいだった。
この後――――
目を覚まし、体を起こしたダーンの元に蒼い髪の少女がツカツカと歩いて近づき、おはようの挨拶とともに、彼の左脛を蹴飛ばすことで、彼女は溜飲を下げるのだった。
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