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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第三十六話 秘剣
しおりを挟む蒼い閃光が収束して空を裂いた。
加速した感覚をもってしても、その弾道を追い切れない。
圧倒的な威力と凄まじい速度をもって、衝撃波はカラス馬の肉体とその直前に展開された魔法障壁をいとも簡単に貫く。
ダーンは、華奢な背中から左手を通じ、一瞬流れてきた切ない哀愁に苦い思いを抱きつつ、強力な衝撃波の束が《魔核》を完全に破壊するのを察知した。
――なんだ?
はるか上空を飛翔していたカラス馬、その《魔核》が消え去りその肉体が崩壊しかけた姿を見ながら、何故かダーンは言い得ぬ不快を感じていた。
そう、不快感だ。
何かがしっくりこない、でも、それがなんなのかはっきりしない。
まるで、濃霧の中に見知っているはずの人影を認め、しかしそれが誰なのか判別できないような……。
思えば今回の戦闘で、《魔核》を持つ魔物を三体も撃破したことになる。
ステフが神器ソルブライトとの契約を経て、限定的とは言え大地母神の力を借り、それによって予測していたよりも容易に三体の魔獣を屠ることに成功した。
始めの二体がそれほど凶悪な存在ではなかったし、本来なら一番厄介な相手になるはずだったグレモリーと名乗った異界の神たる女を、早々にミランダが撃退してくれたのも大きい。
その後相手にしたカラス馬に関しては、ソルブライトの協力なしでは、とても突破できなかったが――――
それをこうして撃破したばかりなのに、そう……何かがしっくりこない。
未だ加速し、さらにステフとの《ユニゾン》で、《予知》のサイキックまでも身につけ始めたダーンの知覚が、カラス馬の肉体が崩壊していくにつれて警鐘を強くする。
そもそも、これら魔獣は、誰がなんの目的で放ったものなのか。
《魔核》を持って自然界の生物から魔物を精製したのは、禍々しいまでの赤を髪となびかせる、グレモリーと名乗った異界の女だ。
彼女の目的はなんだったか?
このような魔物を精製しこちらにけしかけたのは、一体どのような意図なのか?
――あの女の目的は!
ダーンの脳裏に一瞬、赤みのかかった銀髪を持つ少女の面影がちらつく。
その彼女が話していた内容を朧気に思い出して、彼の不快感は一気に戦慄へと激変した。
上空では、《魔核》が崩壊したはずのカラス馬の肉体が一気に破裂し、赤黒い霧となっていた。
その霧が上空に平面的な円状に広がって、異様な幾何学模様やら、不可解な文字らしきものを象り、禍々しい波動を放ち始めている。
それと同時に、ミランダが防御障壁ではじき落としていたカラス馬の放った弾丸、その正体である黒い羽が、ステフの足下で広がり、無数の羽が大地にやはり禍々しい模様を描いていた。
――強制転移と捕縛系の魔法ッ!
そうだ。
あの女――――
リンザー・グレモリーの目的は、ステフの殺害ではなく拉致!
強力な魔物を三体も用意していたことで、こちらの殲滅を目的にしているように見せかけ、実際には、ステフを無傷で捕縛・転移させるための魔法的罠を仕組んで隠匿していたのだ。
《固有時間加速》を発動中のダーンやステフでさえも逃れる暇を与えない速度で、その魔法の罠は発動する。
上空には、赤黒い霧で描かれた魔方陣の中心に、《魔核》が不吉な光を放っていた。
あの《魔核》は、恐らく合成された馬の魔物かもしくはカラスの魔物の核だったものだろう。
あのカラス馬の魔物は、一つの《魔核》だけで形成されてはいなかったのだ。
予め合成する素体であるカラスと馬のそれぞれに《魔核》埋め込ませておき、敵の接近に合わせて埋め込まれた二つの《魔核》が発動し、接敵する直前に二つの魔物を合成する。
そして合成が完了したのならば、二つある《魔核》のうち、片方を休止させて、一つしか《魔核》がないと錯覚させ、この魔導の罠を隠匿、万が一にも本来の目的を悟られないようにしていたようだ。
敵は、こちらがカラス馬を撃破することも予測していたのだろう。
魔獣を活動させていた《魔核》が撃破されこちら気を緩める瞬間に、休止していた《魔核》は本来の目的であるステフの捕縛という罠を発動させるという仕組みだったのだ。
その罠は、どうやら上空の魔方陣が制御システムで、羽で出来た魔方陣が、亜空間への扉を担っているようだが――――
――クッ……だが、ステフは……絶対に渡さないッ!
既に罠が発動し、血の赤を連想させる緋色の光を放ち始めた羽に囲まれ、驚きあえぐステフ。
彼女は、発動した魔法により身体の自由がきかないことに驚愕し、かろうじて後ろのダーンを振り向いた。
その次の瞬間――――
ステフの鼓膜に、大気が膨張することで生まれた轟音が打ち込んでいた。
一瞬前、蒼い髪の少女が琥珀の瞳に映したのは、彼女の背中から手を離しいつの間にか抜剣していたダーンの姿だった。
ダーンは、抜剣の直後、《固有時間加速》の状態で強化された感覚を持つステフさえも知覚不能な速度で凄まじい剣戟を放っていた。
音速をはるかに上回る剣先の速度と、圧縮された膨大な闘気が、意思の力によって精練され幾重にも重なった衝撃波を形成する。
それはあまりに強烈で、引き裂く大気中の分子を崩壊、プラズマ化させながら、怒涛の破壊力を孕む閃光となって上空の《魔核》へと迫っていた。
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