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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第三十三話 高空を舞う標的
しおりを挟む独特の轟音である《衝撃銃》の射撃音が五連発、夕暮れの大気を揺らし、その直後近くにあった《魔》の気配が急速に消滅していく。
それを感知して、ダーンは口元を綻ばせていた。
正直なところ《衝撃銃》の性能からして、若干の懸念はあったが、そのような懸念など全く必要なかったかのように、ステフは魔物の一匹を見事に仕留めている。
やはり彼女は強い女性だ。
ダーンは改めて蒼い髪の少女に感服する思いを抱くと同時に、先程より感じている高揚感がさらに強まっていく自覚があった。
残る敵は、高空を悠然と飛翔するカラスと馬の合成魔獣だけだ。
感じている《魔》の気配の大きさから、他の二匹とは別格のようだが、今のステフと連携していけば必ず勝機は掴めることだろう。
ただし、先程から不気味に感じているのは、カラス馬が積極的にこちらに攻撃を仕掛けけた来ないことだ。
当初は、大地母神たるミランダの能力を本能的に警戒しているだけと感じていたが、どうも様子がおかしい。
というのは、先程カラス馬に放った《真空の刃》のサイキックが、先に攻撃したときよりも効果が薄くなっているからだ。
さらに言えば、始めの頃よりもカラス馬から感じる《魔》の波動、その嫌悪感が明確に強まっている。
「お待たせ!」
少し弾む声で、ステフがダーンの隣に並ぶと、ダーンは彼女の方に瞳を向けて口を開く。
「どうやら……時間稼ぎだったみたいだ」
「え?」
一人で苦手としていた虫の魔物を倒したことで、少しハイになっていたステフだったが、ダーンの顔色が芳しくなく、発せられた言葉も同様に少し重苦しいものだったため、つい気の抜けた疑問調の言葉が漏れてしまう。
『恐らく、ダーンのおっしゃるとおりかと……。魔力合成による魔物を生み出すには、高度な魔法技術と、合成が安定するまでの時間が必要です。きっと、あのカラス馬が本命で、ムカデもカマキリも単なる時間稼ぎの捨て駒だったのでしょう』
きょとんとする契約主の胸元でソルブライトが補足解説する。
「じゃあ……」
カマキリやムカデの魔物を倒したものの、始めの頃に手間取ったせいかそこそこの時間はかかっていた。
敵の意図がどの程度の時間稼ぎなのかは分からないが、もしかするとと思い、ステフはカラス馬の方を仰ぎ見ると……。
「うわぁ……とってもヤな感じに……」
ムカデやカマキリの魔物とは比較にならないほどの禍々しい《魔》の気配が、ステフの胸元を締め付けるように不快感を与えてきた。
その身体は魔力によって強化され、全身の筋肉は肥大化し、体格も三回り以上大きくなっていたが、漆黒の巨大な翼を広げてどんどん高度を上げている。
いくら巨大な翼とはいえ、馬の巨体を空中に舞わせるには無理があるのだが、その辺の不合理は禍々しい魔力が補っているのだろう。
「あれだけ上空にいたら、俺の剣じゃどうしようもないな……剣技の威力もあそこまでは届かないし、仮に届いたとしても距離があるから避けられやすい」
「あたしの《衝撃銃》なら……一応届きはするけど」
ステフは《衝撃銃》を構えてカラス馬に狙いを定める。
――遠い!
先程カマキリと戦っていた時に、あのカラス馬の方へ牽制射撃したが、あの時とは比較にならないほどカラス馬は上空に飛び上がっていたため、その巨体も見た目は豆粒以下の大きさになっていた。
ステフが手にしているのは大型とはいえハンドガンだ。
本来、ハンドガンタイプの銃は近接戦闘のための武器でしかなく、実際の戦闘での使用例もほとんどが十メライ以内の間合いにいる対象に向け撃たれている。
固定された標的をじっくり狙って撃つ場合であっても、よほど訓練された者ですら、五十メライも離れれば命中精度はかなり落ちてしまうのだ。
ステフは射撃に関して天才的な才能を持ち合わせた上に、厳しい訓練を重ねたことで超人的な射撃精度を誇るが……。
流石に数百メライも離れ、しかも動きのある標的をハンドガンで狙い撃つのはほぼ不可能だ。
それでも、彼女は引き金を引き、最大連射の六発をカラス馬にお見舞いする。
対するカラス馬は高速で回避飛行し、迫る光弾のほとんどを躱したが、その回避の動きを先読みしていたかのように、最後の一発だけがカラス馬の胴体部を捉えようとした。
しかし――――
「うそ……あんなの反則よ」
呻くステフの視界に、カラス馬の胴体へ向かっていた光弾が幾何学模様を浮かび上がらせた光の幕に受け止めていられた光景が映る。
『魔力による障壁ですね……かなり強力のようです』
「チッ……あんなのさっきはなかったのに……って、おいッ、なんかヤバイぞ!」
ダーンの警告する言葉が早いか、上空に飛翔しているカラス馬の下に浮かんだ魔力障壁が、複雑な幾何学模様を変化させて妖しい輝きを放ち始めた。
「お任せを……」
ミランダがダーンとステフの前に飛び出して、その両手をカラス馬の方にかざすと、同時に上空に浮かんだ魔方陣から黒い小さな影が無数に射出された。
射出された黒い何かは、ミランダの両手の前に発生した陽炎のような揺らぎに阻まれて砕け散ると、黒い羽毛が大地にゆっくりと舞い落ちていく。
射出されているのは漆黒の羽だった。
そして、その攻撃をミランダは重力により空間に小さな断裂を築き、障壁にして防護しているのだ。
「……ミランダさん、さっき赤い髪の女をやっつけたヤツ、もう一回出来ませんか?」
ムカデとの戦闘中、脇目でミランダとグレモリーの戦闘を見ていたダーンは、その時彼女が放った強烈な熱線に期待するが……。
「結論から申し上げて、無理です」
あっさりと断られ、ダーンは苦笑いすると、ミランダは付け加える様に言葉を続ける。
「私の力は大地に依るところですから、あれほど上空に行かれては威力は半減しますのであの禍々しい障壁は貫けませんわ。それに……あの馬は元々この地の生物たちです。私には直接手を下すことが出来ません……これは大地の精霊王としての戒律です」
大地母神としての立場でものを言うミランダだったが、それでも、「今回限りはサービスで防護障壁くらいは担当しますけど」と大人の愛嬌を感じさせるウインクをして、その場の全員を防護する障壁を維持してくれていた。
カラス馬からの黒い羽の弾丸は、どうやら連続に射出することは出来ないようで、一度大量の弾丸を放ってきた後、再び上空を旋回し、さらにダーンが放つ風の刃を魔力障壁で簡単に打ち消している。
剣は届かず、サイキックも阻まれてしまい、上空を飛翔する敵には全く攻撃する手立てがないダーンは、歯がみするしかなかった。
それは、近接戦闘を担当する剣士である以上仕方のないことだが、もしも、この空を自由に飛翔し、剣を振るうことが出来るならばと考えてしまう。
実際、彼に《闘神剣》を教えた天使長カリアスならば、そういった空中戦も可能であることを知っているだけに、自分の現在の実力不足を痛感するのだ。
もっとも、彼のその戦闘の知識そのものが、もはや人外の戦闘であり、生身の人間が空を駆けることなど、本来出来はしないのだが……。
一方、こういうときこそ剣士に変わって活躍を期待される銃士たるステフは、その攻撃を無効化されて、苛立ちを覚えていた。
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