88 / 165
第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第二十七話 器なき存在
しおりを挟む脳裏に直接響いてきた『声』は、先ほど念話として聞こえてきたものと同じであるとステフは認識したが、次の瞬間には彼女の視界は真っ白に変化していた。
一瞬だけ、視界がホワイトアウトし、やがて今までいた岩肌が剥き出しの洞窟とは全く異質の景色が琥珀の瞳に映り込む。
「ここは?」
ステフは問いかけながら、自分の周囲を見回す。
そこは白亜の大理石で造られた円柱で囲まれた神殿だった。
床や天井も磨かれた大理石で構成され、その広さは二十メライ四方はあるのではないかとステフは推測する。
そして、円柱が天井……と言うよりは天蓋部分を支えていて、円柱と円柱の間隔はおよそ三メライ程、その間に壁のようなものはなく外の様子が見て取れるのだが……。
「何だ、ここは?」
自分たちがいる神殿の外側を視界に捉えたダーンが、その光景に驚いて呻いた。
彼らがいる神殿の外は、無限に広がるかのような暗闇に、小さな光の明滅がおびただしくまき散らされていたのだ。
「まるで星の海ね。凄い……吸い込まれそうになるほど綺麗……」
神秘的な光景を前に、ほぉう……っと吐息してステフが感嘆を漏らした。
「ここは契約の祭壇となる神殿です。あなた方が調べていた遺跡の奥に隠されていた場所と説明すればおわかりになるかと」
おしとやかなミランダの説明を聞き、ダーンは彼女の方を向き直る。
「ということは、貴女の具象結界を解いたわけか……重力も元に戻っているな。でも、とても現実の世界には思えないぞ」
「具象結界じゃないとすると、異世界にでも『転移』させたのかしら……」
ステフは一応の警戒を持ちつつも、この世界に案内したであろう張本人のミランダに視線を送るが、当のミランダは柔らかい微笑をたたえたまま軽く頷いた。
「そのとおりです。ここはあなた方からすれば異世界と言っても差し支えありませんし、具象結界のように人為的に創られた世界ではなく、実在していた世界です」
ミランダの含みある説明に耳を傾けていたダーンだったが、彼女の言う世界云々よりも、彼には明確に察知できたことの確認をしようと口を開く。
「……また魔力や法術による波動を感じなかったが、なるほどな……貴女の具象結界や転移はサイキックによるものか」
ダーンの確信に近い推察に、当のミランダは微笑んだまま肯定の意を含んで軽く頷いたが。
「サイキック? コレが?」
ダーンの言葉に、ステフはきょとんとして尋ね返すとダーンは口の端に薄い笑みを浮かべ、
「ああ。神族なら人間が扱うよりも高度な具現化が出来るんだ。そもそも……信仰術や法術そのものが、神々の力を借りてその力を発現させたりするものだからな」
「その神々の力というものの正体が、とてつもなく高度なサイキックというわけね……なんとなくわかってきた気もするけど……」
ダーンに相づちを打つように話すステフだったが、その彼女の言葉は途中で区切られることとなる。
『お話中に失礼しますが……』
女性の凜とした『声』で念話が再び聞こえてきたからだ。
『神殿の中央に……来ていただけますか』
「え? キャッ……」
小さな悲鳴を上げたステフの目の前を光の帯が通過する。
突如、神殿の外に見えていた宇宙空間に浮かぶ星のきらめきが、四方八方から神殿に流れ集まってきて、数条の光の帯を形成していたのだ。
その光の帯は神殿の中央に収束し、やがて目を細めたいほどの眩い金色の光玉が生まれる。
ステフ達が神殿の中央に歩いて行き、光の元にゆっくりと近付くと、丁度ステフの胸の位置と同じ高さに、人の頭程度の大きさを持つ球体が金色に光を漏らしているのを認めた。
『よくぞいらしてくれましたね……ステフとお呼びしてもよろしいでしょうか?』
金色の輝きを放つ球体から、先ほどの『声』が語りかけてきた。
「……いいわ。で? あなたがあたし達に念話で語りかけてきたの?」
一瞬息をのむような間を空けて、ステフは金色の輝きを放つ球体と対話し始める。
『はい、そのとおりです』
その『声』は、ステフ達の脳裏に直接響く若い女性の声だったが、不思議とその声が目の前の輝く球体から発せられていると感じられた。
「なんなんだ……通信の為の法具かなんかか?」
考えられる推察を漏らすダーンは目の前の球体を覗き込むが。
『いいえ、私は貴方が見ているままの存在です、ダーン・エリン』
球体からの『声』はダーンの推察を否定し、ダーン自身は自分の名を言い当てられたことに半ば驚愕した。
その彼の隣に立つステフは、眼前の球体の正体を完全に見切っていたわけではなかったが、ここに至った経緯を踏まえて言葉を向ける。
「そして、多分あたしが求めていた存在というわけかしら? 神器・高位精霊仲介装置」
そのステフの推測に、当の球体は軽く笑みを漏らした。
それは、球体自体が表情を持っているわけでもなく、脳裏に直接『声』が笑い出したわけでもなかったが、念話として意志を伝えてくる影響なのか、相手のちょっとした感情の起伏が感じられるようだ。
『その表現は、必ずしも正しくはありません。私は器を待たない存在なのですから。実はこの姿も仮のものです……私を呼称するのならば、以後は《ソルブライト》とお呼び下さい』
「ソルブライト……わかったわ。それでソルブライト、あたしの目的はもうご存じよね。それに、『以後』ということは、これから私達に協力してくれると思っていいのかしら?」
『はい。貴女の母君が残した情報を元に、私を回収に来たのでしょう。私も世界の活力が他界に漏れ出していることを察知してますので、それを何とかしたいという貴女の《願い》に協力したいと思います。
……ですが、この私をここより連れ出すには、貴女自身が私の契約者となる必要があります。先ほども申し上げましたが、私は器なき存在ですから物理的に持ち出すなど不可能です』
「イマイチ、言っていることに納得がいかないわね。ソルブライト、貴女の存在が形ないものだということはわかったけど、仮に、あたしが契約したらどうして持ち出せるのよ」
『簡単に言うと、貴女が私と契約出来れば、私という存在は貴女との因果に強制的に繋がれます。そうなれば、貴女が大事にしている所持品などに憑依することが出来るのです』
「ふーん……それで、あたしは契約者として合格なのかしら……」
ステフの問いに、ソルブライトではなく端から微笑をたたえたまま見守っていたミランダが右手を挙げて、大地母神の化身としての判断を言及する。
「私はそう思っていますよ……ソルブライト」
ミランダの肯定に、ステフは彼女の方に視線を送り口元に微笑を浮かべた。
『もちろん、そのためにここにおいでいただいたのですから……ステフ、私との契約そして同時に、私を介して大地母神との契約をいたしましょう』
契約を望むソルブライトの言葉に、ステフは胸をなで下ろし、ダーンも安堵の息を吐くのだった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった


金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。
そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。
彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。
そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。
しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。
戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。
8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!?
執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!

そして、アドレーヌは眠る。
緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。
彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。
眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。
これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。
*あらすじ*
~第一篇~
かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。
それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。
そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。
~第二篇~
アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。
中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。
それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。
~第三篇~
かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。
『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。
愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。
~第四篇~
最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。
辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。
この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。
*
*2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。
*他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。
*毎週、火曜日に更新を予定しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる