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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第二十七話 器なき存在
しおりを挟む脳裏に直接響いてきた『声』は、先ほど念話として聞こえてきたものと同じであるとステフは認識したが、次の瞬間には彼女の視界は真っ白に変化していた。
一瞬だけ、視界がホワイトアウトし、やがて今までいた岩肌が剥き出しの洞窟とは全く異質の景色が琥珀の瞳に映り込む。
「ここは?」
ステフは問いかけながら、自分の周囲を見回す。
そこは白亜の大理石で造られた円柱で囲まれた神殿だった。
床や天井も磨かれた大理石で構成され、その広さは二十メライ四方はあるのではないかとステフは推測する。
そして、円柱が天井……と言うよりは天蓋部分を支えていて、円柱と円柱の間隔はおよそ三メライ程、その間に壁のようなものはなく外の様子が見て取れるのだが……。
「何だ、ここは?」
自分たちがいる神殿の外側を視界に捉えたダーンが、その光景に驚いて呻いた。
彼らがいる神殿の外は、無限に広がるかのような暗闇に、小さな光の明滅がおびただしくまき散らされていたのだ。
「まるで星の海ね。凄い……吸い込まれそうになるほど綺麗……」
神秘的な光景を前に、ほぉう……っと吐息してステフが感嘆を漏らした。
「ここは契約の祭壇となる神殿です。あなた方が調べていた遺跡の奥に隠されていた場所と説明すればおわかりになるかと」
おしとやかなミランダの説明を聞き、ダーンは彼女の方を向き直る。
「ということは、貴女の具象結界を解いたわけか……重力も元に戻っているな。でも、とても現実の世界には思えないぞ」
「具象結界じゃないとすると、異世界にでも『転移』させたのかしら……」
ステフは一応の警戒を持ちつつも、この世界に案内したであろう張本人のミランダに視線を送るが、当のミランダは柔らかい微笑をたたえたまま軽く頷いた。
「そのとおりです。ここはあなた方からすれば異世界と言っても差し支えありませんし、具象結界のように人為的に創られた世界ではなく、実在していた世界です」
ミランダの含みある説明に耳を傾けていたダーンだったが、彼女の言う世界云々よりも、彼には明確に察知できたことの確認をしようと口を開く。
「……また魔力や法術による波動を感じなかったが、なるほどな……貴女の具象結界や転移はサイキックによるものか」
ダーンの確信に近い推察に、当のミランダは微笑んだまま肯定の意を含んで軽く頷いたが。
「サイキック? コレが?」
ダーンの言葉に、ステフはきょとんとして尋ね返すとダーンは口の端に薄い笑みを浮かべ、
「ああ。神族なら人間が扱うよりも高度な具現化が出来るんだ。そもそも……信仰術や法術そのものが、神々の力を借りてその力を発現させたりするものだからな」
「その神々の力というものの正体が、とてつもなく高度なサイキックというわけね……なんとなくわかってきた気もするけど……」
ダーンに相づちを打つように話すステフだったが、その彼女の言葉は途中で区切られることとなる。
『お話中に失礼しますが……』
女性の凜とした『声』で念話が再び聞こえてきたからだ。
『神殿の中央に……来ていただけますか』
「え? キャッ……」
小さな悲鳴を上げたステフの目の前を光の帯が通過する。
突如、神殿の外に見えていた宇宙空間に浮かぶ星のきらめきが、四方八方から神殿に流れ集まってきて、数条の光の帯を形成していたのだ。
その光の帯は神殿の中央に収束し、やがて目を細めたいほどの眩い金色の光玉が生まれる。
ステフ達が神殿の中央に歩いて行き、光の元にゆっくりと近付くと、丁度ステフの胸の位置と同じ高さに、人の頭程度の大きさを持つ球体が金色に光を漏らしているのを認めた。
『よくぞいらしてくれましたね……ステフとお呼びしてもよろしいでしょうか?』
金色の輝きを放つ球体から、先ほどの『声』が語りかけてきた。
「……いいわ。で? あなたがあたし達に念話で語りかけてきたの?」
一瞬息をのむような間を空けて、ステフは金色の輝きを放つ球体と対話し始める。
『はい、そのとおりです』
その『声』は、ステフ達の脳裏に直接響く若い女性の声だったが、不思議とその声が目の前の輝く球体から発せられていると感じられた。
「なんなんだ……通信の為の法具かなんかか?」
考えられる推察を漏らすダーンは目の前の球体を覗き込むが。
『いいえ、私は貴方が見ているままの存在です、ダーン・エリン』
球体からの『声』はダーンの推察を否定し、ダーン自身は自分の名を言い当てられたことに半ば驚愕した。
その彼の隣に立つステフは、眼前の球体の正体を完全に見切っていたわけではなかったが、ここに至った経緯を踏まえて言葉を向ける。
「そして、多分あたしが求めていた存在というわけかしら? 神器・高位精霊仲介装置」
そのステフの推測に、当の球体は軽く笑みを漏らした。
それは、球体自体が表情を持っているわけでもなく、脳裏に直接『声』が笑い出したわけでもなかったが、念話として意志を伝えてくる影響なのか、相手のちょっとした感情の起伏が感じられるようだ。
『その表現は、必ずしも正しくはありません。私は器を待たない存在なのですから。実はこの姿も仮のものです……私を呼称するのならば、以後は《ソルブライト》とお呼び下さい』
「ソルブライト……わかったわ。それでソルブライト、あたしの目的はもうご存じよね。それに、『以後』ということは、これから私達に協力してくれると思っていいのかしら?」
『はい。貴女の母君が残した情報を元に、私を回収に来たのでしょう。私も世界の活力が他界に漏れ出していることを察知してますので、それを何とかしたいという貴女の《願い》に協力したいと思います。
……ですが、この私をここより連れ出すには、貴女自身が私の契約者となる必要があります。先ほども申し上げましたが、私は器なき存在ですから物理的に持ち出すなど不可能です』
「イマイチ、言っていることに納得がいかないわね。ソルブライト、貴女の存在が形ないものだということはわかったけど、仮に、あたしが契約したらどうして持ち出せるのよ」
『簡単に言うと、貴女が私と契約出来れば、私という存在は貴女との因果に強制的に繋がれます。そうなれば、貴女が大事にしている所持品などに憑依することが出来るのです』
「ふーん……それで、あたしは契約者として合格なのかしら……」
ステフの問いに、ソルブライトではなく端から微笑をたたえたまま見守っていたミランダが右手を挙げて、大地母神の化身としての判断を言及する。
「私はそう思っていますよ……ソルブライト」
ミランダの肯定に、ステフは彼女の方に視線を送り口元に微笑を浮かべた。
『もちろん、そのためにここにおいでいただいたのですから……ステフ、私との契約そして同時に、私を介して大地母神との契約をいたしましょう』
契約を望むソルブライトの言葉に、ステフは胸をなで下ろし、ダーンも安堵の息を吐くのだった。
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