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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第二十四話 大地の抱擁2
しおりを挟む具象結界で作られた洞窟内を歩き進むこと一時間あまりが経過していた。
未だ、出口や終着点は見えてきてはおらず、進もうとする先は三十メライほど先しか視認することが出来ない状態で、その先は暗闇になっている。
その暗闇はダーンとステフが歩を進めていく度に、先の方の闇が晴れていくような仕掛けだった。
いや、もしかしたら、彼らが歩を進める度にその先が形成されていくようになっているのかもしれない。
洞窟の地面は乾いた岩場で、凹凸も少なく傾斜もなかったが、何故か進むにつれて足取りが重くなっているように感じられた。
「いつになったら着くのよ……」
少々息を切らしながら、ステフは独り言のように悪態を吐く。
その隣を歩いていたダーンも同じような気分だったが、彼は別のことで悪態を吐きたい気分になっていた。
それは、自分自身の迂闊さに対してだ。
この具象結界の特性を今更ながらに気がついたのだが――――
自分たちが感じている足取りの重さは、何時までも終わりが見えない洞窟の長さや、歩き続けた疲労によるものではない。
「ステフ……ここ、どうやら重力が強くなっていくみたいだ」
ダーンは額に浮いた汗を手で拭いながら、気がついた点を彼女に告げると、ステフも軽く頷いた。
「やっぱり……。あたしもそんなことだろうとは思っていたのよ。でも、正直自信がなくて言わなかったの。歩く度に微かに、でも確かに重力が強くなっていく仕掛けのようね」
歩み続ける自分の足先を見つめながらステフは応じた。
「気がついてたか……でも未だに魔力や法術の気配は感じないんだ。この結界の特性だろうとは思うけど」
具象結界自体は、その形成を魔法によって行う者と法術によって行う者がいるが、どちらも今のダーンなら術式の根源たる気配を感じることが出来るはずだった。
しかし、周囲に感じる気配は術者の心象の残滓みたいなものだけで、肝心の魔力や法術そのものの気配を感じることが出来ないでいる。
カリアスの使った《灼界》では、心象の残滓の他に、彼が用いた法術の気配もちゃんと感じられたのだが……。
「そうなると、もしかしてこれって具象結界じゃないんじゃ……」
ステフの疑うような視線に、ダーンは少しムッとして、
「そんなはずはない。この空気は確かに具象結界のものだよ。現実を術者の描いた心象によって変質させているからこそ、微かに心象の残滓を感じるんだ。ただ……この感じはなんとなく悪い気がしないんだよな……何というか、まるで優しく包まれているような……」
ダーンが昨日カリアスに引き込まれた《灼界》では、その場に居続けることがつらく感じるように意図的に環境を悪化させたものだったが、今回のものは違っていた。
徐々に重力が強まっていくこと以外、ここの環境は奇妙な安心感すら与えてくるものだ。
だからこそ逆に、重力が強まっていく仕掛けに気がつきにくかったのかもしれない。
「その感覚、あたしも感じるんだけど……なーんか、つい最近どこかで感じたような感覚なのよね……」
そう呟きつつステフは、途方もなく続いているようなこの洞窟の気配に、自分たちを包み込むどころか圧倒的なまでの包容力を感じていた。
これに似た感覚は一体何時どこで感じたものだったろうか。
自分がよく知る《蒼の聖女》も、確かにこのような包容力を持っていた気もするが、彼女のものとは明らかに異質だ。
実は、ステフが思案していく中で、ただ一人だけここの雰囲気と似たようなイメージの人物に思い当たるが、確証もなくはっきりとしたことがわからない。
そして、ここが岩肌に囲まれた洞窟の中だからなのか、周囲に満ちる空気には何となく大地の臭いのようなものを感じるのだが……。
そんな風に思案しつつ歩き続けていたステフの視線の先で突如、新たに開けてきた洞窟の景色に変化が生じていた。
「ステフ!」
視線の先に生じた変化に、ダーンは即座に長剣を抜刀してステフの前に躍り出る。
その変化とは、彼らが歩いて行こうとした先の大地が隆起して、歪な石像のように立ちふさがっていたものだ。
ダーンが抜刀した直後、限りなく人型に近いその石像は、人の頭部に見立てた部分に赤い眼光のような光を灯しつつ彼らに襲いかかってきた。
「これって……石のゴーレム?」
言いながらスカートの中から《衝撃銃》を抜き出すステフ。
「見た目はな。でも妙だぞ、魔力を感じない」
ステフの言葉に応じながら、ダーンは前に飛び出してゴーレムの攻撃に対応しようとする。
ダーンがあえて前に飛び出たのは、相方のステフが近接戦闘に向かないタイプだったからだが、こちらに迫る石のゴーレムはダーンの動きを予測していたかのように、石の腕を振り上げて彼の頭部めがけて一気に振り落としてきた。
石のゴーレムは、その見た目二メライ以上の巨体であるのにその動きは俊敏で、振り下ろされた石の拳は大気を振るわせる轟音を孕んでダーンに迫る。
石の塊の強烈な一撃を、ダーンは無理に長剣で受け止めようとはせずに、身をひねって寸前のところで躱すと、石の拳が大地をひしゃげるのを尻目に、その腕の付け根に洗練された闘気を纏う長剣の斬撃をたたき込んだ。
石と金属の打ち合う音が洞窟内を反響し、ステフの視界にはダーンの剣とゴーレムの腕との間ではじけた火花が映り込む。
「あまり無駄弾は撃ちたくないんだけどッ」
吐き捨てつつ、ステフは動きの止まったゴーレムの頭部、赤く光る眼光めがけて《衝撃銃》を二連射した。
ステフの放った衝撃波の銃弾は、牽制の為に撃ち込んだものだ。
石で出来たゴーレムがその目に当たる部分だけ赤く光らせているのは、何とも怪しいところだが、まさかこれほどわかりやすい弱点もないだろうし、一般的にゴーレムは魔核により駆動している存在だ。
昨夜撃破した花弁の魔物同様、その活動を停止させるには、どこかに隠匿された魔核を探し出し破壊するしかない。
そう考えていたステフだったが、《衝撃銃》を撃った後、彼女はその結果に拍子抜けしてしまう。
赤い眼光を撃ち抜いた瞬間、石のゴーレムはその動きを不自然に止めてしまい、さらにその巨体が砂になって崩れていくではないか。
「え? うそ、なんかあっけないわね」
少し上擦った声で言うステフだったが、ダーンは警戒を解かずに砂となって崩れるゴーレムから間合いをとるように後ずさる。
「いや……まだだッ」
ステフの方を振り返らずに警告するダーンの前で、砂となって崩れ落ちていたゴーレムの残骸が、不自然にいくつかの塊に集まっていく。
「今度は何?」
誰にともなく問い詰めるステフ、その琥珀の瞳に映っていくのは砂が固まってさらに水分を少し含んだ粘土の塊だった。
黄土色の粘土の数は五つ、それらはうねうねと脈打ってから、これまた人型になっていく。
「土人形……というか土で出来た剣士か」
ダーンは長剣を正中に構えて言う。
黄土色の人型をした粘土は、剣を持つ兵士の形になって、ダーンに襲いかかった。
「色々と芸が細かいわね」
嫌みのように悪態を吐いて、ステフはダーンから少し離れた位置に立つ土の兵士に衝撃銃を連射する。
「全くだ」
ダーンも溜め息交じりに言い捨てて、正面に立つ土の兵士に斬撃をお見舞いする。
ダーンの長剣を土の兵士は手にした土製の剣で受け止めようとするが、それはやはり土でしかなく、斬撃を打ち込んだダーンですら拍子抜けするくらい簡単に土の剣は真っ二つになり、そのまま兵士の身体も切り裂かれた。
昨日の昼間相手にした、鈍色の金属兵達とは違い、驚くほど簡単に土の兵士は切り裂かれて動きを止め、さらにそのまま砂となって崩れ落ちた。
そしてステフが衝撃銃で撃ち抜いた兵士達も、数発の光弾を受けて砂になってしまう。
「なんなの? このあっけなさ……」
ダーンがさらにもう一体の兵士を始末するウチに、ステフが連射した光弾が残りの土の兵士に風穴を開けていた。
全ての土の兵士が砂になり、少しだけ安堵しつつ、やはり無駄に貴重な残弾を消費してしまったことを悔やむステフだったが、次の瞬間、彼女の視界が黄土色一杯になっていた。
「うわッ」
土の兵士のなれの果て、その砂が突如勢いよく舞い上がり、黄土色の土煙が小さな竜巻のように渦を巻いてダーンの身体を包み込んだ。
「ダーン!」
慌ててステフが駆け寄ろうとするが――――
細かい砂の粒子が行く手を阻み、無理に突入すれば体中砂だらけになるどころか、目や鼻に砂の粒子が入り込みただではすまないだろう。
巻き起こる土煙の竜巻の前に、ステフが蹈鞴を踏んでいると、程なくして土煙の中からダーンの声が力強く聞こえてきた。
「大丈夫だ! ステフ、今吹き飛ばすから離れていてくれ」
その言葉に胸を撫で下ろし、ステフは振り返って距離をとると、それを待っていたかのように、土煙の竜巻が内部から風船を爆ぜさせるようにかき消える。
「大丈夫? ダーン……って……ええッ?」
土煙が晴れて姿を現した人影を琥珀の瞳に映したステフは、洞窟内に思いっきり反響する素っ頓狂な声を上げてしまった。
その彼女の前に、軽い砂埃をかぶったダーンがなんと二人立っていたのだ。
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