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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第二十二話 記憶・あの月夜の王宮にて
しおりを挟む少女の背後で拍手しつつ豪快に笑う男の声がした。
少女は心臓が飛び出るような思いをして長い黒髪を揺らし後ろを振り返ると――――
アテネ王家の正装をした壮年の男が愉快そうに笑いながら、テラスの出入り口に立っている姿を視界に捉える。
さらに壮年の男の隣には、ニヤニヤと含み笑う茶髪の少年が立っていた。
「いやはや、なかなかに見事だ。流石リドルの娘だ、なあオイ」
壮年の男が羞恥に顔を赤らめる少女の姿を細めた瞳に映しながら、隣の茶髪少年の頭頂部を手にした錫杖でごりごりと小突いた。
「んなあッ……痛ぇじゃねーかッ。なんでそこでオレの頭ゴリゴリすんだ? こンの不良国王がッ」
茶髪の少年が隣りに立つ壮年の男――――アテネ国王ジオ・ザ・ラバート・アテネに食いかかるが、ラバートは気にもせずに豪快に笑い飛ばす。
「聞いてた? いつから?」
大理石で築かれたバルコニーの外周部、胸元までの高さの外壁に狼狽しながら背中を預ける少女。
その視線の先には、ラバートと茶髪の少年が立つバルコニーの出入り口と、その奥に王宮内の晩餐会場の明かりがある。
「たしか『剣士なんて人殺しの野蛮なお仕事でしょ』のあたりからだな……いや、その前の『王宮抜け出して世界中を旅したい』も聞こえた気がすんなぁ」
茶髪の少年が意地悪な笑顔で告げてくると、少女は顔から火が出るような状態で俯いた。
「ナスカ、お前もからかってるような立場じゃないぞ。三つ下の弟分の方が先に可愛い子引っ掛けてるんだぜ。お前も漢なら、あれくらいいい女捕まえて見せろよ……」
「ぬかせッ」
「そおだ! ナスカ、お前あの娘の妹を狙ってみろよ。今回はウチの国に来てないが、何せ双子だ、瓜二つだぞ」
おおよそ、国王という立場には似つかわしくない下卑た笑みを浮かべるラバート。
「なに言ってんの?」
心底あきれ果てた目で、自分の叔父を眺めるナスカ。
彼はこのとき十三歳。
七年後にはアテネ一の《駄目男》と揶揄される彼も、生まれ落ちて最初からあのような変態紳士であったわけではない。
「バカもん。真面目な話だぞぉ……いいか、同盟国のウチとしてもおいしい話だし、何せあのレイナーの娘達だ。きっと成長したら凄くいい女になる。レイナーはそりゃーいい女だった……リドルのヤツにゾッコンだったから俺様も諦めたが、あの美貌に加えて絶品なボディーラインがだなぁ……」
熱く語り始める《駄目国王》に、半ばウンザリした視線を向け始めた将来の《駄目男》だったが、その視界に、新たな影が入り込んだことで茶髪少年は戦慄と共に全身が硬直した。
「あらあら……そのお話、わたくしにもお聞かせ願えませんこと?」
背後から聞こえてきた涼やかな女性の声と、自身の肩胛骨の間あたりに感じ始めた焼けるような小さな痛みに、ラバートは気をつけの姿勢で固まった。
「フィリア……そのぉだな……、子供達が見てる前でそぉゆーのは、よくないぞぉ……」
上擦った弱々しい声で言うラバート。
その後方二歩の位置に、豪華な水色のドレスを着た女性はおしとやかな微笑をたたえたまま、袖付きの白いレースの手袋をした両手を自然にスカートの前に組んで佇立している。
「あらあら……陛下、この場でわたくしの《灼鱗の羽》が見えるのは、貴方とナスカくらいのものですよ、どうか心配なさらないで」
「うわぁ……妖精の王族マジ怖ぇぇぇ」
ナスカが震えるように身を竦めながら、小声で畏怖を漏らしつつラバートからそろりと離れ始める。
「聞こえていますよ、ナスカ」
「ヒッ……」
おしとやかな微笑のまま向けられた鋭い視線に、短い悲鳴を漏らすナスカ。
「な……なあ、フィリア……俺は確かにリドルの妃がいい女だとは言ったが、アテネの王妃にお前を選んだのも、そのために色々苦労したのもお前が一っ番いい女だったからだぞぉ……。そういう俺の純情もわかってくれると、とぉっても救われるなぁ……」
両手を肩の上に上げて、硬直したまま弱々しく語るアテネ国王。
「あらぁ……そのおっしゃりようは、わたくしが嫉妬していると見ておられるのですね」
「あー……うん、ほら、俺って罪な漢だからぁ……」
そう弱々しく話すラバートは、その全身に嫌な汗を流し始めている。
その彼の言葉に一応の納得を得たのか、アテネ王妃の鋭い視線は彼の背中から離れ、純白のドレスを着た少女の方に柔らかな視線を送ってきた。
「全く……姫様、国は違えど王族の女として一つだけご忠告を進言させてもらいますと……このような《駄目男》には充分ご注意なさいませ」
「あ……は、はい……気をつけます……あはは……」
胸を撫下ろすラバートの姿とおしとやかな微笑を一切崩さないアテネ王妃を見比べながら、少女は愛想笑いを浮かべて応じるしかなかった。
だが――――
少女が愛想笑いしたのも束の間、すぐにその表情が険しいものになることとなる。
少女の視界の奥、未だ晩餐が行なわれていた王宮の広間で、小さな爆発と人々の悲鳴が巻き起こっていたからだ。
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