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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第二十一話 蒼の聖女と神器
しおりを挟むアーク王国軍特務隊大佐であるステフの説明した内容は、天使長カリアスの知識を持つダーンにとっても驚きのものであった。
アーク王国は、かつての魔竜戦争以降、残存した一部の《魔竜人》達との交流を秘密裏に行っていたようだ。
その交流の中で、彼ら魔竜が人の肉体を得るために異界の神々と契約した事実が詳細に判明する。
そもそも、魔竜軍の総大将だった魔竜皇は、異界の神々に唆されて人類世界への侵攻を決断したらしい。
彼ら魔竜達が住む世界である竜界は、こちらの世界よりも広大であった。
さらに人間などの高度な知的生命体は魔竜達以外に存在しないが、大型の動植物は数多く存在していたようだ。
だが、魔竜達はその巨体故に捕食する量も多い上に、長命で屈強だったことから、その繁栄自体が彼らを滅亡に導いていたのだ。
魔竜達は、各領地を治める貴族と領民にわかれて統制をもった世界を構築してはいたものの、彼らの世界では徐々に世界の均衡を維持しきれなくなってしまった。
その彼らに異界の神々は異世界侵攻と、同時に燃費の悪い巨体を捨て魔力による肉体を得るよう勧めたというわけだ。
今となっては、異界の神々がこの事によってどういった利益を得るのか、その思惑までは不明だったが……。
魔竜軍侵攻の背景に異界の神々が関わっていることを重く見たアーク王国とその同盟国首脳達は、終戦後間もなく、互いに連携しつつ異界の神々の思惑とその動向を探り始めていた。
さらに、封印した境界回廊の構造を分析して、この世界以外の異世界の存在についても調査してきたのだが。
その結果、予想もしていないことが最近になって判明したという。
それは、この世界を構成する各元素の活力が、どこか別の世界に少しずつ漏れ出しているという事実だった。
その流出量は徐々に増大しつつあり、このまま放置すればいずれこの世界は活力のない死の世界となってしまう。
当然、活力を根源とする理力文明も、割と早い段階で使用できなくなり、人類世界は未曾有の混乱に陥ることとなるだろう。
人類文明損亡の危機に瀕し、これを回避するためには、まずは活力の流出源を突き止める、あるいは現在の理力科学ではなしえない活力の完全制御を行い、その流出をくい止めるしかないのだ。
それを可能とするものとして唯一アーク軍が思い至ったのが、魔竜戦争時に《蒼の聖女》が操っていた『神器』というわけだ。
その神器を、アーク王国軍では高位精霊仲介装置と呼んでいた。
この世界の活力は、自然界に存在する各元素から成り立ち、その各元素を司る精霊の王がそれぞれの元素から由来する活力を統括するといわれている。
したがって、各元素を司る精霊の王と直接交渉し、各活力の完全制御を行えれば、異世界への活力流出を阻止、あるいはその原因究明が可能となるのだが。
アーク王国軍がこの事実を知り得た背景に、理力科学の発展に多大な影響を与えてきたブリティア王国がアーク王国の同盟国の一つであったからだ。
かの国は、妖精王国と揶揄される程に、この手の研究が盛んであり、理力科学研究機関『王家の庭園』という公的機関が存在する。
そのブリティアでも、精霊の王の力、その一部を一時的借用することは出来ても、王と直接交渉しその力の全てを制御することは出来なかったという。
しかし、かつての所有者たる《蒼の聖女》の話では、神器・高位精霊仲介装置はその精霊の王達と交渉し、その力を完全に制御することが出来るとのことだった。
「この遺跡にその高位精霊仲介装置とやらがあるのか?」
ステフの話を聞いていたダーンは、その話に少々疑問に感じる点もあった。
それは、高位精霊仲介装置という神器についてだ。
先ほどステフは『神界の神器』と言っていたが、カリアスのくれた知識の中に、そのような神器の存在はない。
単に、カリアスすらも知らないモノなのか、それとも知識の提供者たるカリアス自身がこの情報を隠したのかは定かではないが、自分としてはそんな神器は実際に存在しないのではないかと考えてしまう。
「なーんか……疑っているわね、その目」
ジト目で蒼髪の剣士を見つめつつ、ステフは溜め息交じりに応じてくる。
「あ……いや、その……神界の神器っていうのがどうも……」
ステフの視線に半ばたじろぎつつ、うまく疑問を言葉に出来ないダーンだったが、その彼の発言に間髪入れずにステフは言う。
「神界は現実に存在するわよ……もちろん神様や女神様もね」
「そっちじゃなくてさ……って、随分神界のこと自信持って肯定するんだな」
ここで話す神や神界とは、主神デウス・ラーが頂となる神界、ルイ・ベルディアのことだが、天使長と出会ったダーンは当然、この存在を疑う余地はない。
だが、彼も天使長カリアスと出会うまでは半信半疑であったし、聞けばアーク王国は科学技術の進歩めざましく、現実に見えないものや観測できない事象には懐疑的な国民性である。
そんなアーク王国の軍人で要職にあるステフが、さも当然のように神界のことを話すことに妙な違和感すら感じるダーンだったが――――
「まあね…………知り合いにちょっとあちらの事情に詳しい人がいて。あたしとしては、貴方が神界の存在を疑わないことに驚いているわよ」
「俺も、その……知り合いに天使がいてね」
「天使? まあ、いいわ。その辺の情報交換はまたいずれするとして、高位精霊仲介装置が現実に存在することも、それがここに封じられているのも本当よ。《蒼の聖女》自身がここに封じたと記録を残していたからね」
「その《蒼の聖女》ってさ、アークの人なんだろう? その人がここに来てその神器とやらを回収するのが一番いいんじゃないか。実際に使っていた人なんだろ、君が探すよりも……」
ダーンのその言葉に、ステフの表情が一瞬曇る。
「いないのよ、今……」
「え?」
「彼女は、今アークにいないの……いなくなってもう六年が経ってる」
「えっと……お亡くなりに?」
まずいことを言ってしまったかと声のトーンを落としてしまうダーン。
「違うわよッ……帰ったのよ、自分の元いた『故郷』に…………」
俯いてステフは告げると、さらに小さい声で「あたしを……」と言っていたが語尾は掠れて聞き取れないものだった。
「とにかく、この祭壇の奥に封じたというのは確かなの」
少し強めに言い放って、ステフは再び祭壇の方に近付いて大理石の彫像を調べ始める。
「この奥って言っても……行き止まりだしなぁ」
肩を竦めながら言うダーンも、ステフのとなりに立って大理石に触れるながら彫像を調べてみた。
次の瞬間、大理石の祭壇に触れていた二人は突然落下したような感覚に陥る。
それは落下しているのではなく、彼らの身体に重力が一切働かなくなったからだったが、地面から僅かに浮き上がる自己の身体に自由がきかなくなる。
「クッ……ステフ!」
ダーンは敵の魔法攻撃かもしれないと考え、近くにいたステフの右手を左手で掴むと、無重力の感覚の中、強引に彼女の身体を引き寄せた。
「なっ……何が起こって……」
いきなりの無重力の感覚に、若干のパニックを起こしかけながら、ステフはダーンの胸元に飛び込むように抱きつくと――――
抱き合う形になった二人を乳白色の光が包み込み、その瞬間、二人の意識が途絶してしまった。
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