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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第十一話 剣への想い
しおりを挟むルナフィスが退室した後、ステフは部屋の中を見渡し深いため息を吐く。
板目の床には、ダーンの血痕が点々と落ちている。
最悪なのはベッド。
その上は天窓のガラスが散乱し、とても安眠できる状況ではない。
――また……ロクに眠れない……まあ、ベッドが無事でも大差ないけど……。
身体の疲れは蓄積し、本来ならすぐにでも深い眠りに落ちそうなものだが。
元々自分自身を取り巻く情勢に不安を抱え、精神的にも追い込まれている。
ここ数日、まともに眠れたためしがない。
それなのに――――
昨夜の変態吸血鬼に、今夜の銀髪女剣士。
こうも連続で襲われてはたまったものではない。
折角、ダーンと出会い少しは気も紛れつつあったのに。
就寝前の無防備なところを襲われたのは正直痛恨だった。
ただし――――
ステフは、浅い傷口をタオルで抑えたりしている蒼髪の剣士に視線を向ける。
今夜は、危ないところを二度も彼が救ってくれた。
しかも、今回はまさか天窓からこの部屋に突入してくるとは予想外だ。
――ん? 何でだろう?
ふと、ステフは疑問に感じる。
彼の部屋は同じ二階にある隣の部屋のはずだ。
廊下を通って、扉から侵入すれば最短であるはずなのに、何故、わざわざ天窓からだったのだろう。
「ねえ、ダーン……ちょっと聞いてもいい?」
「ん? なんだいステフ」
「どうして、天窓から入ってきたの? 助けてもらってなんだけど、もしかして……のぞき?」
少し半目でジロリとダーンを見つめるステフに、ダーンは苦笑する。
「俺がこんな疑惑をかけられる日がくるとは……。まあ、不自然かもしれないが、実は俺の誤算が原因かな」
ダーンはバツの悪い表情のまま言い、こめかみあたりを指で掻く。
「誤算って?」
「君が何者かに狙われているっていうのは、予測していたんでね。ボディーガードとしては、外からの襲撃に備えて周囲を見渡せる屋根の上を選んだんだよ。……まさか、正面玄関から入ってきて、廊下を堂々と歩いてくるとは思ってなかったんだ」
「え? じゃあ、さっきまで屋根にいて警戒しててくれたの」
「まあ……一応な。食事を済ませてすぐ、自分の部屋の天窓から登っていたんだ。ルナフィスがこの宿に入ってきたのまでは気付かなかったし、屋根に登ってすぐに小さな魔力の波動を君の部屋に感じたから、きっと、俺が屋根に登った頃には、彼女は宿の中にいたんだろうな」
面目ないといった感じで話すダーンに、ステフは目を見開き訪ねる。
「もしかして、そのまま屋根で一夜を過ごす気だったの?」
「まあ任務中だし、そうなるだろ普通……なんか変か?」
さも当然とばかりに言いつつ聞き返すダーン。
その彼に、ステフはちょっとオドオドしつつも言う。
「いや、だって、ちゃんと部屋をとったじゃない。私はてっきり隣にいるものだと……」
「宿をちゃんととったのは、ミランダさんやノムに不審に思われないように君の護衛に撤するためだ。別にベッドが恋しかったわけじゃないって」
ダーンは片目を瞑りつつ、誇らしげに話している。
そんなダーンに対し、ステフは厳しい疑いの視線を向けた。
「と、格好つけてるけど……ミランダさんの色香に惑わされて宿をとった、だったりしない?」
本当はちょっと頼もしいかも……と感じてはいたのだが――――
そんな気持ちを悟られないように茶化すと、ダーンは少しむくれ面をして言い返してくる。
「なわけあるかよ……というか、この宿に着いてから随分機嫌が悪いぞ、君」
「べっつにィ……あたしはいつも通りよ」
そっぽを向いて、ステフは白々しい言葉を口にした。
ダーンが、「むぅ……」と小さく唸るような声を漏らす。
そのいじけているような姿を横目で見て、ステフは口の端に笑みを浮かべる。
そして、静かに彼の元に歩み寄ると、
「ちょっと見せて……」
柔らかな口調で告げて、彼がタオルを当てていた左肘の傷を見始めた。
「大した傷じゃないよ……」
「でも、ダーンは《治癒》のサイキック、使えないんでしょ……ほっとくと破傷風になるかもしれないわ」
「後で自分の部屋に置いてある救急キットを使うさ、消毒くらいはできる」
「あたしは使えるよ、《治癒》」
そう告げて、ステフは左手にダーンの左腕を取ると……。
白く華奢な右手をその傷口にかざして、瞳を閉じる。
「いや、いくら君が使えたって、他人の俺の傷じゃあ、治せるわけ……え……」
ダーンは絶句する。
驚くことに、左肘の刺すような痛みが和らいでいき――――
ステフの右手が白い輝きを放つ下、切り傷がどんどん塞がっていくではないか。
この手のサイキックは、癒やす対象のことを熟知している必要がある。
対象が自分の身体であるならば、健全な自己の肉体を熟知しているため、発動に支障はない。
しかし、他人の身体となると、表面的な部分しか解らないこともあり、ほとんど上手くいかないはずなのだ。
自分自身以外の治療を行うには、特別な条件が必要だ。
相手を自分と同等かそれ以上の存在と認識すること。
相手の健全な状態を脳が認識していること。
例えば、恋人同士でお互いのことを深く想い、相手を自然と熟知している。
さらに認識校正という特殊な作業を行って、脳が相手の健全状態を記憶している場合などだ。
特に認識校正は、他人の身体を癒やすのにどうしても必要になってくるはずなのだが。
「よし……上手くいった。忘れたの? あたしと貴方、こうして肌が直接触れてれば認識の共有も出来るはずでしょ」
すこし顔を赤らめて言うステフに、ダーンは「そういえばそうか……」と得心する。
「まあ、実際にはこうやって傷口そのものをよく観察しなくちゃ、効果は発揮できないけど。認識を共有っていっても、事細かに全部わかるわけじゃないし……正直わかるのもどうかと」
ステフに言われて、ダーンも若干顔を紅潮させた。
たしかに、自分の肉体の特徴などについて相手に筒抜けというのは、正直ありがたくはない。
「まさか……ステフ、俺って今、不当に辱めを受けている状況だったりするのか?」
「バカ……そんなわけないでしょッ。貴方が変なコト念じない限り、そこまで深く認識できないわよ。どちらかと言えば、治癒のイメージをあたしが送り込んで、貴方の体細胞自体が勝手に自己修復してるような感じよ。…………言っておくけど、あたしの方を探ろうとしても無駄だからね。妙なこと考えないよーに、いい?」
「そんな気は元々ないが……肝に銘じておくよ」
おどけて見せるダーンに、ステフは、ダーンの他の傷の様子を確認しながら、少し鋭い視線を送りつつ、
「ところで……さっきあのルナフィスっていう子と何を話していたの?」
それはルナフィスがこの部屋を立ち去る際のこと。
彼女が出入り口付近で、ダーンと一言二言短い会話を交わしていたことについて、その確認だった。
少し離れた位置にいたステフにはよく聞こえなかった会話である。
「ん? あ……ああ、単なる雑談だよ……。戦っていた相手にいきなり背中を向けて剣を納めたのは流石に呆れたとか言われた……」
苦笑いしつつ話すダーンに、ステフは半目で睨み上げて、
「それ、あたしも思ったのよね。剣を抜いたままの敵を前にして、いくらなんでも無防備すぎるんじゃない? あの時あたしなんか、生きた心地しなかったわよ」
「まあ……その、すまない。ただ、確信はあったんだ。ルナフィスは背中を向けた相手に攻撃してこないってね。彼女と剣を交えて、随分とまっすぐな性格というか……正々堂々の勝負にこだわりがあるタイプに感じたんだよ。だから……」
ダーンの説明が終わる前に、ステフは彼の顎先を右手の人差し指で軽く押しつける。
人差し指と親指で形作られたのは、まるで拳銃だった。
「あたしを襲った敵だというのに、一度、闘いを回避しようとして背を向けたと?」
「うッ……あのぅ、ステフ……」
銃口を押し当てられたかのような気分で、軽く両手を挙げるダーン。
その彼に、ステフは棘のある口調でさらに続ける。
「随分とお優しいのねッ、敵だというのに女の子には」
「そういうつもりじゃなかったんだが……」
「じゃあ、どういうつもりよッ」
「戦士ディンがあそこまで強かった裏を知りたかったんだ」
「なに? それとあの娘がどう結びつくのよ」
「ディンは、あのルナフィスを最後まで気にしていた。多分、彼が護ろうとした対象なんだと思う。最期を看取ったものとして、あのまま彼女の首を刎ねることは出来なかった。今になって考えれば君には、その……申し訳なかったんだけど……」
ダーンは恐る恐るステフの顔色を覗うが……。
彼女は再びダーンの傷の状態を確かめるように顔を下に向けていた。
そして、小さく口の中で呟くように、
「剣は凶器じゃない……か」
その呟きに、ダーンは思わず息を呑む。
その後しばらく、二人は何も言葉を交わさなかった。
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