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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
エピローグ~単独行動へ~
しおりを挟む嗄れた声を上げていたのは、身体の大半を失い大地に倒れていた人狼だった。
その肉体はまるで燃え尽きた灰のように徐々に崩れ、胸部より下の肉体は千切れて別の場所に転がっている。
胸部に開いた穴から覗くのは、僅かに再生されつつあった肺が、かろうじて呼吸を残し、しぼんだり膨らんだりをしているが、横隔膜自体がないため、肩の筋肉や一部残った胸骨を動かしているようだ。
息をしているのが不思議な状態である。
「ディンか……ホントにしぶといなアンタ」
身体が動かないナスカは、なんとか首だけをひねって大地に転がっている人狼の方に視線を送る。
「全く同感ですな。私自身、ここまで自分がしぶとい化け物だとは思っていませんでした」
そう言って、ディンは不器用に笑って見せた。
その姿にダーンも安堵と哀愁の混じった溜め息を吐き、静かに納刀すると、人狼の上半身に近付いていく。
「どうやら、《魔核》がなくなったせいで自我を取り戻したようだな……」
ダーンの言葉に、ディンは苦笑いを返す。
「そのようです。ただ、あの忌々しい魔法を受けて戦っていたときのことも一応覚えていますよ。貴方の剣は見事でした」
「それはどうも……素直に賛辞として受け取っておくよ。《魔》に支配されてしまった時はともかくとして、まともに戦っていた時の貴方は本物の戦士だった」
「お心遣い痛み入ります。――――さて……そろそろのようです……な……」
人狼の肉体崩壊が徐々に広がっていく。
「ディン……」
「剣士殿……最後に……貴殿の名を……」
「ダーン・エリン。ダーン・エリン・フォン・アルドナーグだ。……戦士ディン、貴方の強さとその名は忘れはしない」
「奇妙なものです……な……。互いに命をかけて争った……仲……であるのに……剣士ダーン・エリン……我が名を覚え……ていただくついでに……ルナフィスとい……名……覚えていていただ……たい……貴殿の剣と……似た……光を……」
ディンの呼吸が止まる。
既に胸部は肺も崩れ落ち、最後に人狼の元々あった《核》がある頭部がまともに残っていた。
「俺と同じ剣閃を持つ者、ルナフィスだな」
ダーンがそう言うと、ディンは最後に笑みを残し――――
彼が最も安らぎを得ることの出来た森の中で絶命し、土へと帰っていく。
かつて魔竜軍の先兵として《魔竜人》に合成され生まれた人狼戦士は、かつての人間としての自分を思い起こすことなく逝った。
最期まで、《魔》の因縁に翻弄された彼の生涯に、何らかの意義があったのだろうか――――
ダーンは、近くに転がっていた人狼の戦斧を拾い上げる。
その重量を感じつつ、人狼ディンが最期に朽ちた大地にその戦斧を突き立てた。
そしてダーンは、名も無きその墓標に一礼をし、踵を返す。
「感傷に浸っている暇はねえな……」
歩いて行く先、大地に仰向けとなったままのナスカが口を開いた。
「取り敢えず、さっきの赤い髪の女は近くにいないみたいだが……」
再度あの妖しげな魔法の矢が飛んでくるのではないかと、周囲に微弱な精神波を放ち警戒していたダーンだったが、今のところそんな気配はない。
一瞬だけ、東の方角にある大木の上辺りに、薄汚れた悪意と、それとは別に、山の清流のように澄んだ気配を感知していたが、その二つの気配も今は消えていた。
「ディンも言っていた、ルナフィスというヤツが気になるな。もう少しまともに話が出来ればよかったんだが……。ディンが大事にしていた主人のようだが、どうも『彼女』を拉致することが目的らしい……しかも、ディンの話しぶりからすれば、依頼人は別にいるだろう」
「依頼人?」
ダーンのオウム返しに、ナスカは一度目蓋を閉じて夜天を仰ぎ見る。
星々が明滅をうっすらと現し始め、十六夜の月が視界の端、東の空に昇り始めている。
「ああ。可能性が高いのは、アークと敵対するアメリアゴート帝国だが、なんとなくだが、もっと裏がある気もすんだよなぁ……とにかくだ、ディンがオレ達と戦う際そのルナフィスと一緒じゃなかったのは……」
「陽動か……」
ダーンの言葉にナスカは首肯する。
「そうだ。『彼女』がアリオスの街でおとなしくしていりゃあ、町中でおいそれと襲われることも少ないとは思うが……念のためだ。ダーン、急いでアリオスに向かってくれ」
「ナスカ達はどうするんだ?」
「オレはこの通り龍闘気を派手に使い過ぎちまったんでな。当分動けねぇし、ホーチのおかげで命に関わる状態じゃないが、全身の骨がポキポキだよ……。ホーチも昏睡しててダメだ」
普通に説明しているナスカだったが、本当は全身が痛むのだろう……若干顔に脂汗が滲んでいる。
「あ……ごめん、私もここでリタイア」
「エル?」
「実は、さっき女王から帰還命令がネットワークから届いててね……無許可で精霊使ったの怒ってるッぽい……」
そう言ってエルはゲンナリと肩を落とした。
「救援は携帯理力無線で要請するし、それが来るまではなんとか他の敵に遭遇しないことを祈るしかねぇかな……ともかく、一刻を争うかも知れない状況だ。すぐに『彼女』の捜索に出発してくれ」
「しかし……今ここを何者かが襲撃したらやばいぞ」
「心配には及びません」
森林の奥から、聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
「おい……このタイミングで来るのかよ……」
ナスカの悪態に、女性――アーク王国王立科学研究所長スレーム・リー・マクベインは涼しげに笑って見せた。
「別に……それほどタイミングを見計らっていたわけではありませんよ。戦闘の気配を感じ、ここから歩いて三時間かかる場所のレイナー号から、僅か二十分ほどで急行したのです。久々に全力疾走したので足なんかパンパンですよ」
「その割に、息切れどころか、汗すらかいてねえじゃねーか」
「それは、淑女の秘密です」
「ケッ……言ってろ」
「さて……ナスカ達は私が責任を持ってアテネにお送りしますので、貴方は《大佐殿》の捜索をお願いしてもよろしいでしょうか」
スレームはダーンの方に向き直り言葉を続ける。
「実を言えば、私も彼女の捜索に行きたいのは山々ですが、流石に他国で自由気ままに動き回れる立場でもありませんので。特に……ぶっちゃけ、今回密入国でしてね……」
「は……?」
スレームの発言に疑問調の声を上げるダーン、その彼の隣でエルが「あ……そういえば密航がどうとか」と呟いた。
「ホントは増援を用意してやりたいが、とにかく時間も惜しいからな……すまないが任務の継続をお前に任せる」
いまだ逡巡するダーンにナスカが重ねて言ってきて、ダーンは腹を決めて首肯する。
「わかった……どちらにしろ、彼女をアークに連れて行くとこまでやらなきゃならないんだったら、いずれ一度アテネに帰るだろうから、その時に落ち合おう」
「よし、それまでになんとか動けるようにはしとくぜ。任務の成功を祈る」
そう言ってナスカは痛む右腕を額の辺りにまでなんとか持ち上げ、人差し指と中指をそろえて右のこめかみにつける。アテネ傭兵隊式の敬礼だ。
その敬礼に同じようにして答礼すると、ダーンは最後にエルと一言二言別れの挨拶を交わし、一人、アリオスの街がある一本道へと歩を進めるのだった。
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