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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第三十二話 光明元帥
しおりを挟む闘いの場から少し離れた大木の上、赤い髪の女が抑え込んだ《魔》の気配を滲ませている。
戦いの状況を離れた大木の枝の上で眺めていた女は、喉から不気味な笑みをこぼしていた。
「まさかぁ……あそこまで強化した狼くんがやられちゃうなんて。ちょおっと驚いちゃった」
茶化すようにひとり言をしつつ、女は右手に持つ緋色の小さな矢を妖しく見つめる。
あの場にいる人間達は、なかなかの戦力だ。
特に、蒼髪の剣士は幾重にも高度な魔法を編み込んだ《魔核》を、たった一太刀で破壊している。
さらにその前――――
爆光を放つ剣を撃った茶髪の剣士は、単純な攻撃力なら、彼女の故郷たる世界に《将》として君臨し、いくつもの軍団を率いている魔神に匹敵するだろう。
「ま、魔神と言っても色々あるし……下の方の奴らならあれくらいかねぇ。た・だ・しィ」
女は愉悦に顔を歪めて、手に持つ魔法のこもった矢を投じようと振りかぶる。
「私の魔法を受ければ、上位の魔神達にも匹敵するかもねン」
目標の男に命中するよう、その矢に魔力を付加する。
その男は、先の大技を放った影響なのか地に仰向けとなっているが、この魔法を発動するには些末な問題だ。
対象に《魔核》を植え付け凶悪な魔人と化させる秘術。
これまで、女が独自に研究し極めてきた魔導の結晶は、たとえその対象が行動不能の状況にあっても瞬時に肉体を再構成し、その潜在能力を限界以上にまで引き上げる。
投擲する瞬間に、女は愉悦に酔って破顔した。
そんな淀む夜の帳に、一陣の清廉なる風が吹き込んでいく。
「これ以上無粋な真似は許せませんね……」
背後からいきなり発生した凜とした声に、女の動きが硬直する。
慌てて背後を振り返れば、その瞬間に右手の矢が白銀の刃に貫かれていた。
その刃――二メライ以上ある白銀の槍を構えた人影が虚空に浮いている。
「誰よ?」
詰問する声に、人影が軽く苦笑した。
「他人には名乗らないのに……随分と自分勝手が過ぎるのですね」
東の空に上り始めた月、その光がその人物の姿を照らし出した。
アッシュブロンドのクセのない髪を肩に触れる程度までで切りそろえた頭髪、袖の無い白い開襟シャツに『防護』の法術を編み込んだ赤い刺繍の円紋、黒い短めのスカートを履いた、女性だ。
エメラルドの瞳に隙の無い闘志が宿っている。
なにより、彼女が持つ槍からは膨大でいて神聖な気配を感じさせた。
「まあ、いいでしょう……貴女のような魔神の名など興味ありませんし。ただし、私の名はその胸に刻んでおくといいでしょう。……私は、神界の第十七階層防人が一人、アーディア・レヴァムです。以後お見知りおきを」
「神界の天使かッ。しかも、レヴァムですってッ……あの光明元帥とかいう……」
赤い髪の女は、天使を名乗った女槍兵に対し慌てて構えるが、先ほどまでの妖艶な笑みは消え去り、焦燥の脂汗すら滲ませていた。
「あら……意外と私のことも有名なのですね。てっきり私の彼の勇名に隠れていると思っていたのですけど」
対峙する女槍兵は、その槍をくるくると軽やかに回しながら、あっけらかんと何やら惚気始めている。
しかし、その軽やかにただ回されてている槍の穂先は、空を切る度に風きり音と、さらには、周囲の空間を断つ歪みを纏っていた。
超常を孕むその武器に、赤い髪の女は戦慄する。
そこへ、赤い髪の女にとってのさらなる驚異が訪れていた。
「そういう恥ずかしいことを外で言うな……」
回していた槍持ち替えて構える女性の背後にもう一人、灼髪を持つ男が現れる。
「クッ……カリアス・エリンか」
毒々しく名を呼ばれたカリアスだったが、涼しい表情で抜刀し、その緋色の刀身も、女槍兵の槍に同じく、周囲の空間を歪めるほどの超常的な攻撃力を発現する。
赤い髪の女は知る由もないが、先ほどダーンに稽古を施したときのそれとは、明らかに刀身が持つ威力が違う。
特殊な術式で抑え込んでいた本来の威力を介抱した結果だった。
「あまりオイタが過ぎると、この場で斬ることになるがどうするかね? 一応、まだ地上でのいざこざに我々が直接介入する予定はないんだが……奴らは旧知の友人の孫とその仲間だからな。あまりに無粋なマネをされては、極々個人的に手出ししたくもなる」
カリアスの凄みに、赤い髪の女は悔しそうな怒りを露わにするも、無言でその姿を消した。
女が姿を消すと、アッシュブロンドの女槍兵――アーディアは急に表情を柔らかくする。
その手に持っていた槍が虚空に消え、そのまま剣を鞘に収めるカリアスの方を振り返った。
「さあ、取り敢えず片づきましたし、丁度スレームから教えてもらったアップルパイが焼き上がる頃です。急いで帰りましょう」
若干照れくさそうにする《灼髪の天使長》、その左腕を抱きしめたアーディアは、短い言霊を唱える。
瞬間、二人の天使は光の扉をくぐって神界へと帰って行った。
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