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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第二十二話 闘神剣の継承~魔を断つ剣~
しおりを挟む天使長カリアス・エリンによるダーンの鍛錬は、開始から七日が過ぎていた。
瞑想による修練が終了した後、始めと同じく真剣による稽古が始まったが、ダーン自身が驚くほど、稽古の手応えに違いが生じる。
無論『剣聖』と謳われた男には及ばないものの、無様に自滅したり派手に吹き飛ばされたりするようなことはなく、互いの激しい剣戟が延々と重なり合う形となった。
恐らくカリアスは、ダーンの実力よりもほんの少し上手をいくような力のさじ加減で、この稽古を続けているのだろう。
ダーン自身、カリアスがそのような力の調整をしていることは判っていたが、逆にカリアスの思惑を超える一撃を目指し、結果、恐ろしい速度で蒼髪の剣士は成長していく。
瞑想の修練により得た戦いの知識を、この稽古において実践していくダーンは、《灼界》の過酷な環境において、すでに何の苦も感じないようになっていた。
それは、自らの闘気の繊細なコントロールにより、自己の肉体の周囲に防護幕を形成し、肺、心臓、そして血液中の赤血球に至るまで、闘気により強化して少ない酸素を効率よく活用し、息切れを防止しているからだった。
さらに攻撃の動き自体が、筋肉だけに頼らず、洗練された闘気によるアシストが行われていた。
そして、これらの闘気の洗練されたコントロールは、意志の力、すなわちサイキックにより行われている。
――これほどとはな……。
一撃を捌くごとに強さと鋭さを増していくダーンの剣戟に、《灼髪の天使長》は息をのむ思いだった。
彼に《闘神剣》の鍛錬を施す前から、目の前の蒼髪の剣士が剣の天才であること、神界にとっても重要な意味を持つ剣士であることは承知している。
主神デウス・ラーにすらはっきりとしたことは判らないらしいが、太古の女神《森羅万象の理》が遺した予言のとおりならば、確かに《闘神剣》を取得し得る存在だろう。
そんな前知識があったカリアスだったが、ダーンの成長速度は驚嘆すべきものだった。
「フフ……《闘神王》か……」
剣を斬り合いながら、口の端をつり上げる笑みと共に洩らしたカリアスの言葉。
その言葉が聞こえたのか、一瞬だけダーンの表情が怪訝なものとなるが、その一瞬に隙が生じたとみて、カリアスが強めに打ち込んでくる。
次の瞬間、不意打ちを受けたのは、ダーンに生じた一瞬の隙を突きにいこうと、軸足に重心を移動させたカリアスの方だった。
強めの刺突を打ち込もうと、ほんの僅かに、軸足たる左足に体重移動させる瞬間。
その動きを読んでいたダーンが素早く身を沈め、カリアスの軸足に対して地を這うような回し蹴りを放ったのだ。
体重が移動している最中だったために、カリアスはまともに足払いを食らった。
それでもなんとか後方に転げるようにして、間合いをとるが。
その刹那、後方へ下がるカリアスに、身を沈めていたダーンが一気に地を蹴り、右手に持つ長剣が音速以上の刺突となって迫った。
「見事だ」
自分の右肩に深々と突き刺さった長剣を見つめ、カリアスは呟いた。
「……教えていただいた成果です……でも、まだまだ未熟だ」
ダーンは答えて、長剣をカリアスの肩から引き抜いた……が、その剣には血糊は一切なく、カリアス自身も出血はない。
瞑想の修練で知識として知っていたが、この《灼界》ではカリアス自身半分実体がない存在となり、剣で突き刺した程度では傷つきもしないのだ。
もしも、この《灼界》の作り手にダメージを与えたいのなら、まずはこの具象結界自体を破壊しなければならない。
「自らの未熟を知るのも、また成長ということだ。しかし、正直言って驚いたぞ。まさかこうも早く私に一撃を入れられるようになるとはな……」
「貴方が本気だったら、一撃を入れるどころの話ではないと思いますが。今のも苦し紛れの不意打ちですし……」
「うむ……だが、やはり大した成長速度だ……私の予測を完全に凌駕している。その部分は誇っていい。故に、予定より早いが修了試験といこうか」
「試験」
「そうだ。内容は簡単だ、この私の《灼界》を破壊してみせることだ。方法は解るな?」
「《闘神剣》による強力な一撃……」
そう呟いて、ダーンは長剣を握る右手に力が入る。
稽古の終盤から、闘気の扱い方はカリアスがくれた知識の通りに、剣のみならず全身の動きをアシストできるようになっている。
颯刹流剣法にも、剣に闘気を伝わらせ、剣自体の強度や切れ味を強化する技はあった。
しかし、それは剣のみにただ闘気を流し込むだけであって、無駄も多ければ肉体に寄与するものがない。
カリアスから授かった《闘神剣》はこの点が似ているようでまるで違うのだ。
《闘神剣》は、剣の強化はもちろん、肉体の全てに至るまで闘気の強化制御を精密に行う――――端的に言えば、一つの斬撃にかかる全てを闘気で強化補正する。
この複雑で精密さを要する闘気のコントロールを、『意志の力』により行うのだ。
今は、《闘神剣》の基本的な技であるこの闘気のコントロールは出来るようになったが、《灼界》を破壊する為の一撃は、基本的な技の先にある剣技だ。
それは、単に威力があればいいのではなく、切るべき対象を意識で捉え、斬撃の全てに斬るべき意思が闘気として伝わったものである。
「もうわかるとは思うが……具象結界は現実の空間に特殊な事象を持った空間を強引に膨らませたものだ。それは風船を膨らませた状況に似ている。結界と現実空間との境界面に亀裂を生じさせれば、風船が割れるように簡単に破壊できる」
そう説明し、カリアスは納刀しさらに続ける。
「私が築いた《灼界》は、見ての通り地平線の向こうまで広がっているように見えるが、実際にはそれほど広くはない。まずは結界の境界面を感知すること。そしてこの境界を引き裂くことの出来うる一撃……対象を切り裂く意志を具現化した一刀を放てるかが成否の分かれ目だ」
「つまり、必要なのは……サイキックを伴った一太刀」
ダーンの言葉にカリアスは首肯する。
「お前は既に、これまでの稽古で闘気のコントロールを自らの意志、強化された精神波で行っている。《闘神剣》の基本技については完璧だな。あとは、決め技に相当する一撃だけだ。そのためには、お前の剣に足りなかったものの本質を導き出さねばならないだろう」
「ナスカにあって俺になかったもの……」
ダーンは握った長剣に視線を落とし呟くと、激しい稽古にも耐え抜き刃こぼれ一つないその刀身に、自分の顔が映り込むのを見た。
ナスカが持つ長剣とは刀身の形が違えど、同じ東方の刀匠が鍛えた剣だ。
刀身に映る自分の瞳を見て、ダーンは少しだけ自嘲を含む笑いを漏らした。
本当はとっくに答えを知っている。
ただそれが、ナスカとは違って実感のない対象……だから、あまり認めることができなかった。
それでも、自分の剣に力を与えてくれるなら、信じてみよう。
曖昧な記憶……実在したか確証のない夜。
白い吐息と朧気な言葉。
虚実的に感じる長く艶やかな黒髪。
そして――確固たる存在感を示す琥珀の瞳。
ふと朧気に、かつて月の清廉な光が注ぐ夜の帳で、言葉と共に吐息を熱くした問答の記憶が浮かび上がる。
剣は殺傷するための凶器か。
剣士はただ殺すことを目的とする凶人か。
否、目指したものは修羅ではない。
大切な何かを守り切るための力を持つこと。
剣はそのための武器。
だからこそ、強くあって戦う相手の本質を見切り、守るべきを護り断つべきを斬る。
「いきます……」
剣を正中に構え直し、ダーンは瞳を閉じ感覚を澄ました。
自らの五感を自己の肉体から周囲に拡散させていくと、カリアスの後方数メライ(メートル)のところで、押し込めばなめらかに変形する柔軟でいてゴムのように伸縮性のある物体。
その不思議な材質でできた壁のようなものを捉えた。
――これを斬ればいい!
水のように柔らかく変形し衝撃を吸収するそれを、崩壊するのを防ぐ変形を許さない神速を誇る鋭利な斬撃。
刀身が洗練された闘気を纏い、眩いほど蒼白く輝き始める。
輝く剣先を左下に一度下げ、逆袈裟に虚空を切り裂こうとするダーンの視線が、見えない結界の境界面を捉えるその刹那――――
彼の脳裏で魅力的な琥珀の瞳を持つ少女が微笑んでいた。
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