超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第二十一話  その記憶は束縛する

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 赤い髪の女が姿を消した後――――

 ルナフィスは半ば自失気味に足下に転がった自分のレイピアを拾い上げ、腰のさやに納刀する。

「あの女が……私の記憶を蘇らせる……この依頼を完遂すれば……私の……」

 小さくぼそぼそと呟くルナフィスの姿に、人狼は胸の締め付ける思いを抱いていた。

 人狼は肩を小刻みに振るわす銀髪の少女から目を背け、過去の記憶を思い起こす。




 吸血鬼の《魔竜人》、サジヴァルド・デルマイーユが、先の人類との戦争終結後に人狼を拾ってから二十年以上になる。

 元々、人狼は戦争末期に、サジヴァルドとは別の《魔竜人》により生み出された合成種族キマイラだった。

 終戦間際、レビン・カルド・アルドナーグ率いる魔竜討伐隊に、人狼を生み出した《魔竜人》はあっけなく敗北し討伐されたが、人狼だけは偶然にも生き残ってしまったのだ。

 戦争は終結し、戦う必要がなくなった戦うだけが能の化け物は、特に行く当てもなく森をさまよった。

 人狼の《自分》という意識の根源――合成された種族の中、唯一高度な知性を持っていた人間の部分……。

 その記憶はほとんど消去されていたが、どうやら人間だった頃は森で活動する仕事でもしていたようで、森の中にいるだけで、ささくれた心が癒やされる気がしていた。

 逆に、森をさまよい続ければ、かつての《自分》の記憶、人間だった頃の記憶が戻るのではないかと、歩ける限りの森をさまよい続けた。

 そんなさまよい続けていた人狼を拾ってくれたのがサジヴァルドだった。

 サジヴァルドは、共に人の世界になじまない者同士、ひっそりと暮らしていこうと言ってくれた。

 そして彼は、人の寄りつかない最北の海に浮かぶ小さな無人島に建つ古城に、自分を連れていき、彼の管理する箱庭の住人として迎え入れてくれたのだ。

 当時、サジヴァルド以外にも、その箱庭には何人かの《魔竜人》が共同生活していた。

 彼らは、《魔竜人》とも独自の流通をしてくれる人間の商人達と物資のやりとりをしてもいた。

 彼らの魔力で人の手ではつくることの出来ない特殊な《理力器》のパーツを作り、あるいは独特の感性で創造した芸術品を売る代わりに、日々のかてを得ていた。

 人狼も、彼らの生活を助けるため、力仕事や木材の加工などを行い、まるで人間のようにささやかながら平和な生活を謳歌したのだ。

 そんな生活が十年ほど続いたある日、銀髪のその少女は、突然人狼達の前に現れた。

 島の外に交易船で出かけていたサジヴァルドが、連れてきたのだが……彼曰く、戦争中に行き別れた妹であるらしい。

 その少女――ルナフィスは、他の《魔竜人》にはない強大な《力》を持っていた。

 しかし、その《力》はまるで澄んだ夜のとばりに差し込む月の清廉せいれんな光のように、《魔》とはまるで対極のものだったのだ。

 さらにルナフィスには、魔竜だった頃の記憶が欠けていたが、サジヴァルドが《吸血の洗礼》をすることにより、今の肉体を得たという。

 確かに、吸血鬼の《真祖》たるサジヴァルドには、《吸血の洗礼》を行い仲間を増やす力があった。
 だから、最初の内は人狼も、特に不審に思うこともなかったのだが……。

 様子が変化したのは、ルナフィスが城に来て数年が経った頃だった。


 サジヴァルドが急に人が変わったように、外出先の人間の街で人間を襲うようになったのだ。


 城での生活の中で、人狼は他の《魔竜人》から、サジヴァルドがこの世界に来た経緯を聞かされていた。

 元々サジヴァルドは魔竜の世界では小さな領地の主であったが、人の世界に侵攻することには反対であったらしい。

 だが領主として、魔竜の王の意向には逆らえず、やむなく《魔竜人》となって人界に来たのだと。

 戦いには参加したものの、無意味な殺生は好まず、他の将からは腰抜け呼ばわりまでされていたとも聞いていた。

 そんな彼が、こともあろうにえつを求めて人を襲うようになったのだ。

 事態を重く見た他の《魔竜人》達は、サジヴァルドをなるべく外出させずにいたが、サジヴァルドの吸血衝動は月日が重なる度に非道くなっていく。


 そんなある日……人狼は、息も絶え絶えになりながら、何とか理性を保とうとするサジヴァルドと二人きりで話す機会を得た。

 その時語られた言葉は、あまりに残酷なものだった。

 そして、その時交わした言葉の内容は二人だけの秘密として、主亡き今もその胸に秘めたままである。
 その秘密は――――



 再び、人狼はかたわらにちよりつする銀髪の少女を見つめる。

 失われた己が記憶に執着する少女。

 ふと、彼女のその姿が――かつて、森を一人でさまよいつつ人間だった頃の記憶を必死に手繰たぐろうとしていた《自分》自身に重なって見えた。

 人狼は頭を振り、一度深い深呼吸をすると、ルナフィスに話を切り出し始める。

「ルナフィス様、私は目標の確保に障害となり得るあの傭兵隊をせんめつします」

 人狼の言葉に、うつむいていたルナフィスが顔を上げこちらを見上げる。

「ディン……」

「その間に、貴女あなた様は目標の確保を。ここから二手に分かれて行動いたしましょう」

 人狼の申し出に、ルナフィスはしばし思案し、すぐに不安要素に思い当たる。

「でも流石にアンタだけじゃ……さっき手ひどくやられてきたんでしょう」

「あの悪魔が置いていった玩具おもちやを利用させていただきます。三つの内二つお与え下さい。予備の斧も先ほど使用した物より小ぶりですが、かえってあの男との戦いには合っているでしょう」

 そう人狼に言われても、ルナフィスはすぐに首肯しなかったが、禍々しい気配を放つ三本ある魔法の矢の内、その一つを彼女の手に持たせると、人狼は力強く言葉を続けた。

「私も次は、なりふり構わず全力で勝利をもぎ取りますので、どうかご安心を。そして、不快な相手からの依頼ではありますが、我らのためにこの仕事、必ずや達成して見せましょうぞ」

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