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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十九話 漢達の握手
しおりを挟むアーク王立科学研究所長スレーム・リー・マクベインと合流したナスカ達は、昼頃にはアリオス湖の南側湖畔に到着していた。
湖畔の砂浜には、アテネ王国国境警備隊や騎士団、機甲師団の整備兵達が数十人活動していて、湖に浮かぶ大型客船《レイナー号》に向けて、仮設の桟橋が延びている。
その桟橋から少し離れたところに、白い布製の屋根と金属製のポールを組み合わせた仮設テントがあり、どうやらそこが復旧作業の指揮本部となっているようだ。
テント内には長机がいくつか並べられており、数人の男達がいくつかの機材や資料をやりとりしては、理力無線で指示をしていた。
その中には、騎士団や機甲師団の者とは異色の、レイナー号の制服を着た者も数人いる。
その内の一人、初老の男がテントに近づいてくるスレーム達の姿を認め、彼女らに手招きをした。
「進捗状況はいかがでしょうか? 艦長殿」
薄笑いして問いかけてくるスレームに対し、客船の制服姿をした初老の男は、不機嫌そうに眉根をつり上げた。
「私はまだ船長です、密航者殿」
「密航?」
スレームと初老の男とのやりとりに、ホーチィニが疑問調の息を漏らす。
肩を竦める素振りをしれっと見せるスレームの背後に、ホーチィニの他ナスカとエルの姿もあり、初老の男はスレームの背後にいる三人を認めると、軽く一礼した。
「レイナー号船長のジョセフ・レオ・リーガルです。……以後お見知りおきを」
一礼しつつ名乗るリーガルの動きに、ナスカは一瞬目を奪われてしまい、一拍遅れて挨拶を返す。
「……アテネ王国傭兵隊長、ナスカ・レト・アルドナーグだ。こちらこそよろしく頼むぜ」
スレームの右隣から前に出て、リーガルに右手を差し出すナスカ。
そのナスカの手を少し口の端を綻ばせて、リーガルが握手に応じた。
「お噂はかねがね拝聴しておりましたが……流石ですな」
「アンタもな……アーク王国軍の『獅子』については、オレも親父から聞いていたぜ」
「恐縮です」
言葉を交わし合いつつ、お互い固い握手を交わす。
「隊長、お知り合いなんですか?」
エルの疑問に、ナスカはリーガルから離れ、彼女の方に向き直る。
「直接会うのは初めてだが、親父の古い友人だ」
「ふーん……あ、申し遅れました……傭兵隊のエル・ビナシスです」
ポニーテールの金髪を揺らし、弓兵の少女が前に出ると、リーガルは柔らかい笑みを浮かべ彼女と握手。
さらに、宮廷司祭とも簡単に自己紹介と握手を交わした後、背後にいた部下と思しき男と一言二言言葉を交わした。
そして、手近にあったパイプ椅子を皆に勧めると、最初にスレームから問われた案件について話し始めた。
「船の復旧は順調です。アテネ側からの助力もあり、予定よりも早く抜錨可能となるでしょう。乗客についても、今のところさしたる混乱はなく、体調を崩された方もいない状況です」
リーガルの言葉にスレームは軽く頷く。
「なによりです。こちらは、先ほどナスカ達が人狼と戦闘をしたということで、ここへ来る道中、周辺を警戒しましたが、敵勢の存在は認められませんでした。ただ……ナスカ達が遭遇した敵とレイナー号を襲撃した敵は、同一の勢力とみて間違いないでしょう」
スレームの言葉にリーガルは軽い溜め息を吐く。
「となると……アメリアゴートと魔竜達の一部が手を組み何かを画策しているのも確定というわけですな」
リーガルは机上を見たまま呟き、その言葉にエルが反応する。
「帝国が魔竜と手を組んだ……」
「それだけではありませんよ」
愕然としている弓兵の少女に、やんわりとスレームが言葉を繋げる。
「我が国と帝国の緊張は、現在最悪です。帝国側が魔竜という強大な戦力を手にしたとなれば、開戦ということも考えられます。そうなれば……」
「同盟国のオレ達も戦渦に巻き込まれるだろうな」
スレームの言葉にナスカが口を差し込み、その彼の右手を隣りにいたホーチィニが握ってくる。
「まあ、今ここで私達が話していてもどうにかなることではありませんので、取り敢えずこの話はおいておきましょう」
スレームは、急に声のトーンを軽くし皆に言い渡すと、机上にあったアリオス湖の周辺地図を指し示した。
「船が襲撃された後消息不明になった乗客は、ステフ・ティファ・マクベイン一名のみです。
彼女は、湖の南岸にたどり着き、その後南下していったところまではわかっています。その先には、先ほども言ったとおり……」
「アリオスの街ですね」
スレームの言葉に続くように街の名を口にしたホーチィニにスレームが頷く。
「ただし……敵勢勢力も、どうやら彼女を付け狙っているようですので、今後、先の人狼やその一味との遭遇戦になることも予想されます」
スレームの説明に、ナスカは少しウンザリとしつつ、
「しかし、なんで彼女、奴らに狙われてんだ? 帝国が彼女を狙うのは、立場上判らんでもないが、それにしても、強大な戦闘能力を持つ魔竜共が、たった一人の人間の女を付け狙うっていうのがどうも引っかかる」
「……それは、きっと彼女の、あふれる……と言うより、こぼれ落ちそうなばかりの魅力のせいというところでしょうか」
ナスカの疑問に、妙な含みを持たせて答えるスレーム。
「……なにか知ってんな、色気ババア」
怪訝な視線をスレームに向けるナスカに対し、スレームは涼しい顔のまま、
「はい。ただ、それこそ国の最重要機密事項です。彼女のスリーサイズ以上のね」
「あ……ははは……、スリーサイズはオッケイなんだ」
エルの苦笑いを含んだ言葉に、スレームは少し真剣な表情で弓兵を見つめると――
「はい。お教えしても差し支えありませんが……女性としては聞かない方がよろしいかと。後悔しますよ。どうしてもと言うなら……」
「け……結構ですぅ」
愛想笑いをして、断るエル。
「そういえば……」
スレーム達のやりとりに深いため息を吐いていたリーガルが、思い出したように口を開く。
「アテネからの捜索隊は四人と伺っていましたが?」
「ああ。今は一人別行動中でね。……まあ、お探しの『彼女』が、この色気ババアが言うように本当に『いい女』なら……案外、ヤツの方が先に見つけるかも知れねーな」
ナスカの言葉に、リーガルは少々怪訝な表情をしたが、ナスカはそれ以上この話題を言及しなかった。
☆
「直接会われた感想はいかがでしょう?」
一通りの情報交換が終わり、ナスカ達三人は昼食を摂るため、アテネ王国の国境警備隊が詰めているテントに向かった。
「父親以上の資質を感じるな。お前から例の計画書を見たときには、『英雄の息子』という印象だったが……予想以上の漢だ」
スレームの少し含みがある問いかけに、リーガルは憮然としながら答えたが、最後には口元を緩めていた。
「フフフ……会っていきなり、ナスカだけに集中して殺気を放つ貴方も、軍から十年以上離れていた者とは思えませんねぇ」
スレームの言葉に、リーガルは肩を竦めてみせる。
「海兵としての挨拶みたいなものだ、たいしたことじゃないな」
スレームに話しながら、リーガルは先ほどナスカと握手を交わした時のことを思い返す。
彼はナスカに対し、最初の一礼をした際強烈な殺気を放っていた。
それは、通常の剣士や騎士程度なら、抜刀しつつ飛び去るほどのものだった。
しかしナスカは、他のメンツが気付かない程に自然体でこちらに握手を求め、こちらが握手に応じた瞬間、歴戦の海兵であるリーガルの心臓が跳ね踊るほどの殺気を返してきたのだ。
その殺気には、「オレ以外の二人の女に同じことをしたら、速攻で挽き肉にしてやる」という意志がこもっていた。
当然、お互い相手を試そうとしていたことは共通認識していたので、その後は何もなかったように会話をしている。
「それより、別行動中のもう一人ってのは?」
リーガルの問いに、スレームは思わず笑みを浮かべていた。
「レビンのもう一人の息子ですよ。こちらはもっと貴方を驚かせるかも知れませんね」
「期待しているとしよう……」
久々に昂ぶる軍人としての自分自身に、リーガルは心地よさを覚えて静かに笑みを洩らしていた。
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