超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第十六話  天使長の要件

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 屈強の剣士二人を簡単にしゆくさせたスレームの姿を視界に捉えながら、ふとダーンは思案していた。

 ホーチィニは、スレームに対して「お婆さま」と呼び、以前少々話に聞いた限りでも、確かにアーク王立科学研究所の所長たるこの女性は、宮廷司祭の祖母に当たるという。

 だが、実際に会ってみた感想として、十七歳になるホーチィニの祖母というには、あまりにも若すぎる容姿だ。


――なにか複雑な戸籍上の関係で、祖母ということになるのだろうか?


 そう推理するも、ダーン自身その考えには無理があるような気がしていた。

 スレームの容姿は、明らかに二十代のものなのだ。


――きっと、深く考えちゃいけないんだろうな……よし。……考えないようにしよう。


 そもそも女性のことについては、どうも考えるのが苦手なのだからと、ダーンは思い至り、彼女が洩らした情報、アークの《大佐殿》がアリオスの街にいる可能性について考え始める。


――って、これも女性のことじゃないか……。


 なぜか、引っ込み思案になりつつも、ダーンは、エルやホーチィニの方に向き直り、今後の方針について「とにかくアリオスに行ってみようか」と提案する。

 女性二人は無言で首肯し、各々手荷物を整え始めるが――――


「ちょっと待て」

 スレームになにやらさとされていたカリアスが、ダーンに待ったを掛けてきた。
 さらに、ダーンの方にアイスブルーの相貌を向けて言う。

「お前はしばらくの間ここに残ってもらうぞ、ダーン」

「何故です?」

 先ほど命を救われたとはいえ、いきなり現れた部外者に任務中の行動を制限される覚えはない。
 視線と言葉にはっきりとした嫌悪を織り交ぜるダーン。

「そもそも、私はお前に用があってここに来たのだ、ダーン。それに、今のままのお前では、このまま先に進んでも単なるお荷物だろう」

 カリアスはダーンの嫌悪など素知らぬ顔で、逆に嫌みを返す。

 それに真っ先に反応したのは、嫌みを言われたダーン自身ではなく、傭兵隊長のほうだ。

「おいおい、いくらなんでもそいつは言い過ぎじゃねーか」

「いえ、ナスカ。あながち言い過ぎではないですよ……」

 ナスカの反論に、スレームが追い打ちを掛けた。

「……俺が足手まといになると?」

 押し殺した声で少し睨むように申し向けるダーンに対し、カリアスは涼しげに応じる。

「そうだ。……剣士として中途半端な今のままではな」

「ぐッ……。確かに、俺の剣は貴方には及ばないかも知れないが、一体貴方は何者なんですか?」

 苦し紛れに尋ねるダーンに、その場の全員が一瞬きょとんとし、それから思い出したように各々が「そういえば」と息を漏らす。

 カリアスが名乗りを上げたとき、ダーンは意識を失っていたのだから、知らないのも当然だった。

「カリアス・エリンだそうだぜ、その男は」

 耳打ちしてくるナスカの言葉に、ダーンは狐につつまされたように目を丸くした。

「フフフ……わざわざ『剣聖』とまでうたわれた男がこの場に来て、貴方に用があると言うのだから、決して捨てたものでもないでしょう。……カリアスも意地が悪いですねぇ。彼に教える気になったからここに来たのでしょうに」

 スレームが微笑を混ぜて言うと、カリアスは自嘲気味に軽く鼻で笑う。

「実はなダーン、お前が習得した剣術……颯刹流剣法は、もともと剣術としては未完成のものだ。だから、お前の剣が中途半端なのは仕方がないとも言えよう」

 その剣術の創始者と目される男が、自らの残した剣術を中途半端と言い放った。

 これまで、その剣術を信じ厳しい訓練に耐えて、身につけてきたダーンにとっては、目の前の男に疑心暗鬼にならない方がおかしい。

「何を言い出すかと思えば! ……颯刹流剣法は、アテネ、いや、ユーロン地方全体でも、剣術の源流にして最高峰の剣術として……」

 ダーンは反論の途中で言葉を飲み込んだ。
 アイスブルーの視線に一瞥されただけで、筆舌しがたいプレッシャーがかけられたのだ。

「それは……並の人間が扱うレベルでの話だ。そのレベルでは、お前も達人クラスの実力と言えるだろう。だが、先の様に人智の及ばない者が相手となれば、お前の実力では通じないことは十分理解できただろう。
 こちらの世界でも、アークとゴートのいざこざで、魔竜共がきな臭い動きを見せ始めているようだ。言いたいことはわかるかね?」

「あ……」

 威圧的な視線と声。
 カリアスの言葉の意味と、先ほど人狼との一戦でナスカが見せた戦闘とその裏で討ち取られそうになっていた自分自身。

 ダーンはこれ以上反論することはできなかった。

「詳しい話は後でしてやる。……ナスカ、かまわないな?」

「一応、オレたち国王陛下からの任務中だぜ。あんまり悠長にはしていられないんだが……」

 カリアスの提案が何なのかを察していたナスカが、時間的な猶予がない旨を申し立てているが、かといって、特にカリアスの提案に反対といった風でもなかった。

 本当に、時間的な心配だけといった感じだ。

 それに対し、カリアスは軽く笑みをこぼす。

「なあに、半日もあれば充分さ。ただ……私が鍛えたからといって、そいつがモノになるかは保証できないがな」

 カリアスの言葉に、ナスカはニヤリと表情を崩した。

「……いいぜ。ダーン、オレたちは《レイナー号》の救援に向かった騎士団と接触して、『ファルコン』の回収要請なんかの手続きをしておく。そうすれば、ちょうどアリオスで夜にでも合流できるだろう…………一皮剥けてこい」

 ナスカの言葉に、ダーンは釈然としないままだったが、俯き口の中で小さく「わかった」と答えていた。




     ☆





 ナスカ率いる傭兵隊は、スレームと一緒に《レイナー号》が着水している湖畔へと出発した。

 ナスカ達の姿が森の木々で見えなくなると、赤髪の剣士カリアスはダーンに対して、少し移動すると伝え、湖のある方向とは反対の方角の、森林に入り込む形で歩き始めた。

 色々と釈然としない思いを抱えながらも、ダーンは無言でカリアスの後に続き歩き始める。

「ダーン、お前は信仰術や魔法についてどの程度知っている?」

 人はおろか獣の通過した痕跡すらない、ひんやりとした森にカリアスの声が反響する。

「ほとんど知りませんね」

 自分でも子供っぽいメンタリティと思いつつも、ダーンは目の前を歩く赤髪の剣士にトゲのこもった言い方をしてしまう。

 そんなダーンとは裏腹に、カリアスは気にもとめていない風で、振り返ることもなく言葉を続ける。

「だろうな……。では、サイキックについてはどうだ」

「ほんの一握りの《超能力者サイキッカー》が使う異能の力としか……実際にそういう奴に会ったことないですから」

「フッ……会ったことがないだと? 実際には会っていても、その者が《超能力者サイキッカー》と気付かないだけではないかな」

 ちらりと首だけでこちらを振り返ったカリアスの目は、鋭さの中に嘲笑の色が混じっているとダーンは感じた。

「それは……ですが、少なくとも戦闘中にそんな力を使う者がいたことはないはず」

「ふむ……やはり、理解はしていないか。……まあよかろう。その辺もおいおい教えてやるとして、先に私が今使っている法術について、簡単に教えよう」

 カリアスがそう言った刹那、周囲の空気が変わった。

「何だ?」

 湿度の高い熱を持った空気が、ダーンの身体にまつわりつき、その不快さに彼は顔をしかめ足を止めた。

「足を止めるな、私にしっかりついてこい」

 アイスブルーの瞳が鋭く向けられ、思わず言われたとおりに歩み出すダーン、その額には汗が滲み始め、呼吸もわずかに荒くなりつつある。

「苦しかろう……意図的にそういう世界を構築したからな。しよう結界《灼界しやくかい》……この法術の名前だ」

「具象……結界?」

「私が法術でお前と私の歩む先に築いたモノだ。現実空間の時間や現象を変化させて、術者の意のままの世界を作り出すのが具象結界の特徴だ。私はこれを、『歩いて行く』という形で形成し、お前を招き入れたのさ。
 この《灼界》では、気温と湿度が赤道直下の熱帯以上に不快なものになり、空気は通常の半分程に薄い。そして流れる時間は三十倍の早さだ。つまり、現実の半日の間に、ここでは十五日間過ごすことができる」

「その具象結界とかの凄さよりも、この状況に十五日もいることにうんざりというのが率直な感想です」

 暗澹な気分を露骨に顕わにするダーンに、カリアスは苦笑する。

「ま、そうだろうな。さて……」

 カリアスは立ち止まり、ダーンの方にきびすを返しつつ長剣を抜き放ち、すぐさま剣の柄を逆さに持ち替えて、切っ先を大地に突き立てた。

 「キンッ」という甲高い音が辺りに響き、その音の耳障りさに思わず目を閉じたダーンの視界は、瞬きする間の一瞬で変貌を遂げる。

 うつそうと茂っていた森の木々が消え、空は朱に染まり、赤くただれた大地が地平線まで続く何もない世界となっていた。

「まだちゃんと名乗っていなかったな……。
 私は神界《ルイベルディア》第十七階層を守護する者の一人、カリアス・エリン。主神デウス・ラー様からは天使長の座をたまわっている。
 お前も知っていようが、颯刹流剣法をこの世界に残したのもこの私だ」

「天使長……」

「信じる信じないは勝手だ。役職なぞお前を鍛えるには関係のない話だからな。さあ、始めるぞ。太古の闘神達から我ら神界の戦士にまで受け継がれた剣法の極み《闘神剣》の鍛錬をな」
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