超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
上 下
42 / 165
第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第十五話  天使長の動揺

しおりを挟む
 
 突然の背後からのささやきに、ナスカは完全に硬直してしまった。

 背後に現れたその女性、スレーム・リー・マクベインは、硬直してしまった彼の耳元に、ふうっ……と息を吹きかける。

 身の毛のよだつような感触に、思わず全身を震わすナスカ。

 スレームは薄く笑いつつ、そのナスカをホーチィニのいる方へ押してやった。

「お婆さま……どうしてここに?」

「あれだけ派手に戦闘していれば、流石に偵察に来るというものです、ホーチ」

 ホーチィニの問いに答えるスレームは肩を竦ませつつ、そのままゆっくりと、その視線を赤髪の剣士の方に向ける。

「どこに行くのです? 折角久しぶりにお目にかかれましたのに」

 含み笑っているかのような、スレームの声。

 そろりと林の影へ移動し始めていたカリアスが、ビクッと背筋を伸ばして停止した。

「いや……コホンッ……その、リドルの奴は息災か?」

 わざとらしい咳払いをし話すカリアスの声は、心なしかうわっていた。

「ええ、相変わらず……。そちらこそ、アーディアとはその後どうなのかしらぁ?」

「そ……その節は世話になった…………副官のレヴァムならば相変わらず優秀だぞ」

 さらに上擦った声で応じたカリアスは、意味もなくそっぽを向くが……。

 スレームにだけ聞こえるように、悪態を念に込めてやる。

『……今ここでその話を振るか? 相変わらずなのはお前の方だなッ』

『あ~ら……急に精神波での内緒話ですかぁ? 先ほどこの子達の前で、ご自身の身の上を平気でバラしておいて、あからさまに誤魔化すような貴方が……』

 カリアスの念話に対して、スレームも念で応じ、さらに悪態の返礼とばかりに、たっぷりと含みを持たせて念話を送る。

『まあ、いいでしょう。彼女からは時々、神鳥リーンが運んでくれる手紙でのろを伺ってますしね。――二人きりの時はカリアスがアーディって呼んでくれるようになったの――最後にハートマーク……とか』

『ぐぬぬッ』

 そっぽを向きつつ、歯ぎしりをし始める《灼髪の天使長》。

『他にも、この場では精神波で語ることすらはばかれるようなことも手紙にはありましたが……その、一言だけ…………燃え上がると熱いこと』

 スレームの涼しい視線の先で、燃えるような髪を持つ男が、顔から火を出さんばかりになっていた。

「さて……」

 神界の守護者としては最高位に立つ男を一通りからかってから、スレームは視線をナスカと孫娘のホーチィニに移す。


「ふむ……。どうやら、我が国アークの『主砲』について話を聞きに来ましたか?」




     ☆




 「はぁ?」

 スレームの言葉に、その場にいた全員が疑問調の言葉を発した。

「おや? 違いましたか……。えーっと、アークの『大艦巨砲』でしたっけ?」

 右手を顎に添えて一人思案するような素振りを見せるスレームに、ナスカは怪訝な表情をあらわにする。

「何言ってんだ、アンタ……」

「フフフ……。『彼女』……我らが王国軍きっての才女たる《大佐殿》のあだ名ですよ。彼女を探していただけるのでしょう?」

 スレームは薄笑いを浮かべて、少しからかうように問いかけてくる。

「そのつもりだが……なーんか、その態度に腹が立つッ」

 若干悔しそうにも聞こえる語調で言い飛ばし、拳を握りしめるナスカ。
 その彼の前で涼しげな笑顔を絶やさずに、スレームは続ける。

「いい男は、常に女性の前で優しい態度を保っていなければなりませんが……」

「ああ……いい女の前ではなッ」

「ならば、貴方の修行が足りていませんねぇ……」

「ケッ……言ってろッ」

「あのー……」

 そっぽを向いたナスカの脇から、恐る恐る手を挙げるダーン。

「正直……今のままではラチがあかないので、もう少し具体的な情報が欲しいのですが……」

「なるほど、確かにそのとおりですね。……ああ、その見事な蒼髪……アナタガ、ダーンデスネ……オウワサハカナガネ、チョット、ウンザリスルホド、オウカガイシテマスヨ」

「なぜ片言の棒読み?」

 抑揚のない無機質なスレームの言葉に、ダーンが少し身を退くようにして言葉を挟む。

「いえ、こちらのチョットした事情でして……。冗談はさておき、お目にかかれて光栄ですよ。そう……貴方がアレを陥落おとした男ですか……」

 言葉に妙な含みを持たせ、スレームは目を妖しく細めて、ダーンを見据える。

「は?」

「オイッ……」

 ダーンは困惑気味に疑問調の声を発し、スレームのとなりにいたナスカが、肘で彼女の脇を小突いた。
 するとスレームは両腕で自らの身体を抱き、少し震えた声で――――

「あんっ……ナスカが孫のホーチだけでは飽き足りず、とうとう私にまで……」

「ナスカ、私刑…………」

「隊長、サイテー」

 女性陣の冷たすぎる視線の中、ナスカは額に嫌な汗を滲ませつつ、スレームに、

「彼女の誓いを尊重するんじゃなかったのかよ……」

 小声で耳打ちする。

「ふふふ……分かっていますよ」

 スレームは軽くウインクして応じた。そして、彼女はダーンの方に向き直る。

「剣士ダーン、あなた方を信用していないわけではないのですが、《大佐殿》の詳しい情報は我が軍の守秘事項なのです。彼女は、王家直轄の特務隊に所属する者でして、私も王国軍中将の地位をいただいてはいますが、私の権限で開示できる情報ではありません」

「そんなんで、彼女を探して欲しいってのは、随分と都合のいい話じゃない?」

 エルが不平を申し立てるが、スレームは涼しげな表情のまま軽く肩を竦め、

「おっしゃるとおりです。……そこで、私が知る限りで、彼女のふうひようなどを伝えておければと思いましてね……」

「それで…………『主砲』?」

 スレームの言葉に、ダーンはげんな顔で聞き返す。

「はい。……他にも『難攻不落の撃墜女王』とかいうのも聞いたことがあります。
 これを聞いた時は、その身の防衛力と攻撃力を表現した見事な風評と、私も腹筋がキレるほど感心しましたが」

「なんか……女性でありながら凄い人ですね。聞くところでは、魔竜を一人で撃退されたとか」

 ダーンがラバート王との会話を思い出し口にした言葉を、スレームはニヤリと笑みをこぼしつつ、

「ええ、その通りですよ。恐ろしい魔力を持った《魔竜人》を、一個艦隊が行動不能におちいるような火力を用いて罠に掛け、戦艦数隻を轟沈させるような一撃でほんろう、最後は彼女の最大の武器と我が研究所の最新鋭兵器を有効活用し、これを葬りました。
 さすがに驚きました……私も最近は、彼女のその身に隠す凶器の成長にはすら覚えていたのですが」

「凶器?」

 ダーンの短い疑問に、スレームは微笑を絶やさずに応じる。

「ええ、見る者の心すら揺さぶるような」


「……精神攻撃の類いか」


 魔竜すらおとしめるほどのその凶器について、目を閉じ思案するダーンだったが、スレームはその彼から視線を外して、遠い空を見やると、口の中でひとり呟く。

「ある意味、貴方の言葉こそ、私の精神をくすぐります……」

「は?」

「いえ、こちらの話です。……ナスカ、えきれずに表情筋と腹筋がピクピクしていますよ。流石に気持ち悪いので向こうでやって下さい」

 スレームとダーンの会話を聞いては、妙に落ち着かない風のナスカは、軽い舌打ちをした。

「アンタ……完璧に楽しんでるだろ」

 非難の視線を込め言い放つナスカに対し、スレームは肩に掛かった黒髪を片手で払いつつ、

「人生は常に楽しむべきですよ」

 本当に楽しそうな語調で答えた。

 その二人のやりとりに、ダーンは理解不能と言った面持ちだったが、その姿を見て、スレームは一度軽い咳払いをする。

「ああ、申し訳ありません。それで、彼女についてですが、恐らくは、ここから最寄りの街『アリオス』へ向かったと推測します。そしてダーン、貴方なら彼女を一目見れば、探している《大佐殿》とすぐにわかるでしょう。彼女は目立ちますから、色々とね」

 スレームは、なんとなくわざとらしい仕草で、自らの胸を抱きつつしたり顔で言った、

「その、せめて年齢とかは?」

 せめてもう少しくらい情報が欲しいダーンの質問に対し――――

「女性に年齢を聞くなど、紳士にあるまじき行為ですよ」

「ぐ……。も、申し訳ありません」

 謝罪しつつもダーンは、何となく奥歯にものが詰まったような感覚を払拭できなかった。

「まあ、私と同じく若い見た目ですけどね。おっと、失礼…………。ちなみに、私は二十四歳とウンヶ月というところから数えていませんので……」

 さらりと言うスレームからそろりと離れたナスカは、憮然とした表情で近くに立っていたカリアスの方に近づいた。

「ウンヶ月の方が多いじゃねぇか、二十四年よりもはるかに……」

 さらに、小声で耳打ちする。

 ナスカの言葉に応じ、カリアスも口元を片手で覆いながら声を潜め応じる。

「ああ……一万ヶ月は軽く超えるはずだ」

「そこの二人……ちゃんと聞こえていますよ……」

 やんわりと静かに響いてきたスレームの声に、茶髪と赤髪の剣士は、揃ってびくりと身体を硬直させるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火曜日に更新を予定しています。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...