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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十五話 天使長の動揺
しおりを挟む突然の背後からのささやきに、ナスカは完全に硬直してしまった。
背後に現れたその女性、スレーム・リー・マクベインは、硬直してしまった彼の耳元に、ふうっ……と息を吹きかける。
身の毛のよだつような感触に、思わず全身を震わすナスカ。
スレームは薄く笑いつつ、そのナスカをホーチィニのいる方へ押してやった。
「お婆さま……どうしてここに?」
「あれだけ派手に戦闘していれば、流石に偵察に来るというものです、ホーチ」
ホーチィニの問いに答えるスレームは肩を竦ませつつ、そのままゆっくりと、その視線を赤髪の剣士の方に向ける。
「どこに行くのです? 折角久しぶりにお目にかかれましたのに」
含み笑っているかのような、スレームの声。
そろりと林の影へ移動し始めていたカリアスが、ビクッと背筋を伸ばして停止した。
「いや……コホンッ……その、リドルの奴は息災か?」
わざとらしい咳払いをし話すカリアスの声は、心なしか上擦っていた。
「ええ、相変わらず……。そちらこそ、アーディアとはその後どうなのかしらぁ?」
「そ……その節は世話になった…………副官のレヴァムならば相変わらず優秀だぞ」
さらに上擦った声で応じたカリアスは、意味もなくそっぽを向くが……。
スレームにだけ聞こえるように、悪態を念に込めてやる。
『……今ここでその話を振るか? 相変わらずなのはお前の方だなッ』
『あ~ら……急に精神波での内緒話ですかぁ? 先ほどこの子達の前で、ご自身の身の上を平気でバラしておいて、あからさまに誤魔化すような貴方が……』
カリアスの念話に対して、スレームも念で応じ、さらに悪態の返礼とばかりに、たっぷりと含みを持たせて念話を送る。
『まあ、いいでしょう。彼女からは時々、神鳥リーンが運んでくれる手紙で惚気を伺ってますしね。――二人きりの時はカリアスがアーディって呼んでくれるようになったの――最後にハートマーク……とか』
『ぐぬぬッ』
そっぽを向きつつ、歯ぎしりをし始める《灼髪の天使長》。
『他にも、この場では精神波で語ることすら憚れるようなことも手紙にはありましたが……その、一言だけ…………燃え上がると熱いこと』
スレームの涼しい視線の先で、燃えるような髪を持つ男が、顔から火を出さんばかりになっていた。
「さて……」
神界の守護者としては最高位に立つ男を一通りからかってから、スレームは視線をナスカと孫娘のホーチィニに移す。
「ふむ……。どうやら、我が国の『主砲』について話を聞きに来ましたか?」
☆
「はぁ?」
スレームの言葉に、その場にいた全員が疑問調の言葉を発した。
「おや? 違いましたか……。えーっと、アークの『大艦巨砲』でしたっけ?」
右手を顎に添えて一人思案するような素振りを見せるスレームに、ナスカは怪訝な表情を顕わにする。
「何言ってんだ、アンタ……」
「フフフ……。『彼女』……我らが王国軍きっての才女たる《大佐殿》のあだ名ですよ。彼女を探していただけるのでしょう?」
スレームは薄笑いを浮かべて、少しからかうように問いかけてくる。
「そのつもりだが……なーんか、その態度に腹が立つッ」
若干悔しそうにも聞こえる語調で言い飛ばし、拳を握りしめるナスカ。
その彼の前で涼しげな笑顔を絶やさずに、スレームは続ける。
「いい男は、常に女性の前で優しい態度を保っていなければなりませんが……」
「ああ……いい女の前ではなッ」
「ならば、貴方の修行が足りていませんねぇ……」
「ケッ……言ってろッ」
「あのー……」
そっぽを向いたナスカの脇から、恐る恐る手を挙げるダーン。
「正直……今のままではラチがあかないので、もう少し具体的な情報が欲しいのですが……」
「なるほど、確かにそのとおりですね。……ああ、その見事な蒼髪……アナタガ、ダーンデスネ……オウワサハカナガネ、チョット、ウンザリスルホド、オウカガイシテマスヨ」
「なぜ片言の棒読み?」
抑揚のない無機質なスレームの言葉に、ダーンが少し身を退くようにして言葉を挟む。
「いえ、こちらのチョットした事情でして……。冗談はさておき、お目にかかれて光栄ですよ。そう……貴方がアレを陥落した男ですか……」
言葉に妙な含みを持たせ、スレームは目を妖しく細めて、ダーンを見据える。
「は?」
「オイッ……」
ダーンは困惑気味に疑問調の声を発し、スレームのとなりにいたナスカが、肘で彼女の脇を小突いた。
するとスレームは両腕で自らの身体を抱き、少し震えた声で――――
「あんっ……ナスカが孫のホーチだけでは飽き足りず、とうとう私にまで……」
「ナスカ、私刑…………」
「隊長、サイテー」
女性陣の冷たすぎる視線の中、ナスカは額に嫌な汗を滲ませつつ、スレームに、
「彼女の誓いを尊重するんじゃなかったのかよ……」
小声で耳打ちする。
「ふふふ……分かっていますよ」
スレームは軽くウインクして応じた。そして、彼女はダーンの方に向き直る。
「剣士ダーン、あなた方を信用していないわけではないのですが、《大佐殿》の詳しい情報は我が軍の守秘事項なのです。彼女は、王家直轄の特務隊に所属する者でして、私も王国軍中将の地位を戴いてはいますが、私の権限で開示できる情報ではありません」
「そんなんで、彼女を探して欲しいってのは、随分と都合のいい話じゃない?」
エルが不平を申し立てるが、スレームは涼しげな表情のまま軽く肩を竦め、
「おっしゃるとおりです。……そこで、私が知る限りで、彼女の風評などを伝えておければと思いましてね……」
「それで…………『主砲』?」
スレームの言葉に、ダーンは怪訝な顔で聞き返す。
「はい。……他にも『難攻不落の撃墜女王』とかいうのも聞いたことがあります。
これを聞いた時は、その身の防衛力と攻撃力を表現した見事な風評と、私も腹筋がキレるほど感心しましたが」
「なんか……女性でありながら凄い人ですね。聞くところでは、魔竜を一人で撃退されたとか」
ダーンがラバート王との会話を思い出し口にした言葉を、スレームはニヤリと笑みをこぼしつつ、
「ええ、その通りですよ。恐ろしい魔力を持った《魔竜人》を、一個艦隊が行動不能に陥るような火力を用いて罠に掛け、戦艦数隻を轟沈させるような一撃で翻弄、最後は彼女の最大の武器と我が研究所の最新鋭兵器を有効活用し、これを葬りました。
さすがに驚きました……私も最近は、彼女のその身に隠す凶器の成長には畏怖すら覚えていたのですが」
「凶器?」
ダーンの短い疑問に、スレームは微笑を絶やさずに応じる。
「ええ、見る者の心すら揺さぶるような」
「……精神攻撃の類いか」
魔竜すら貶めるほどのその凶器について、目を閉じ思案するダーンだったが、スレームはその彼から視線を外して、遠い空を見やると、口の中でひとり呟く。
「ある意味、貴方の言葉こそ、私の精神を擽ります……」
「は?」
「いえ、こちらの話です。……ナスカ、堪えきれずに表情筋と腹筋がピクピクしていますよ。流石に気持ち悪いので向こうでやって下さい」
スレームとダーンの会話を聞いては、妙に落ち着かない風のナスカは、軽い舌打ちをした。
「アンタ……完璧に楽しんでるだろ」
非難の視線を込め言い放つナスカに対し、スレームは肩に掛かった黒髪を片手で払いつつ、
「人生は常に楽しむべきですよ」
本当に楽しそうな語調で答えた。
その二人のやりとりに、ダーンは理解不能と言った面持ちだったが、その姿を見て、スレームは一度軽い咳払いをする。
「ああ、申し訳ありません。それで、彼女についてですが、恐らくは、ここから最寄りの街『アリオス』へ向かったと推測します。そしてダーン、貴方なら彼女を一目見れば、探している《大佐殿》とすぐに判るでしょう。彼女は目立ちますから、色々とね」
スレームは、なんとなくわざとらしい仕草で、自らの胸を抱きつつしたり顔で言った、
「その、せめて年齢とかは?」
せめてもう少しくらい情報が欲しいダーンの質問に対し――――
「女性に年齢を聞くなど、紳士にあるまじき行為ですよ」
「ぐ……。も、申し訳ありません」
謝罪しつつもダーンは、何となく奥歯にものが詰まったような感覚を払拭できなかった。
「まあ、私と同じく若い見た目ですけどね。おっと、失礼…………。因みに、私は二十四歳とウンヶ月というところから数えていませんので……」
さらりと言うスレームからそろりと離れたナスカは、憮然とした表情で近くに立っていたカリアスの方に近づいた。
「ウンヶ月の方が多いじゃねぇか、二十四年よりもはるかに……」
さらに、小声で耳打ちする。
ナスカの言葉に応じ、カリアスも口元を片手で覆いながら声を潜め応じる。
「ああ……一万ヶ月は軽く超えるはずだ」
「そこの二人……ちゃんと聞こえていますよ……」
やんわりと静かに響いてきたスレームの声に、茶髪と赤髪の剣士は、揃ってびくりと身体を硬直させるのだった。
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