超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
上 下
41 / 165
第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第十四話  聖女の鞭と神への信仰

しおりを挟む

 鈴の音が独特のいんかなでる中、鞭が肉を打つ痛々しい音とナスカの悲鳴が林を木霊する。

 空を切ってうなりを上げる鞭は、さすがに攻撃の時のように先端が音速を突破することはなかったが、乾いた音が派手にする度、《駄目男》の皮膚は痛烈に打ち据えられていた。

「ふむ……なかなか見事な治癒術式だな。あれほどの手並みを拝見するのは久方ぶりだ」

 どう見てもお仕置きタイムにしか見えないエルの耳に、カリアスの見当違いな台詞が届き、彼女はげんな顔で赤髪の剣士に問いかける。

「あの……コレのどこが治癒なの?」

「ん? ああ、信仰術の術式っていうのは、術者の、神への信仰を現すことで成立するのでな。信仰を表す方法は千差万別にして多種多様なのさ」

 カリアスはエルに対して、牧師が日曜学校の生徒を教えるがごとく、柔らかな声色で信仰術式の説明を施した。

 その内容は――――

 信仰術式は、ことだまを組み合わせたえいしようや人間が造った聖書を介したものが一般的だが、術符や歌、道具の配置や舞踊等いろいろ変わったものがある。

 高度な術式を行う場合は、通常長い言霊を複雑に組み替えて詠唱するか、神界に由来のある法具を媒介にすることが多い。
 
 だが、腕の立つ術者は独自の信仰表現で、その過程を圧縮して術式を組むことができ、そうすることで、幾人もの術者が協力するような大術式を一人で発動できるのだ。


 カリアスの説明を一通り聞いていたエルだったが、その柔らかな声で神の奇跡を説明されていることと、目の前の惨状が全く一致しない。

「それが……この鞭打ちなわけ? なんか……司祭様、やけに生き生きと、というかむしろこうこつになっているような気がするんだけど」

 エルの半眼が向ける視線の先では、妙に上気した顔のホーチィニが、薄笑いを浮かべて鞭を振るっている。

「……まあ、高度な術式ともなれば、術者は自らが執行する法術にのめり込んだり、フィードバックする法術の余波にアテあられて酔ったりすることもあるが……。
 取り敢えず、今あの鞭で打たれる度に、彼奴あやつの肉体は、その組織の細かい部分まで正常な状態に再構成されているぞ……ま、打たれる際の痛みは全く変わらんが……」

「うわぁ……、それって完全にていのいいお仕置きじゃん」

 ゲンナリするエルの眼前で、天罰イベントはしばらく続いた。




     ☆




  身体の芯が熱くくすぶっている感覚の中、緩んだ口元からはつやっぽいいきが漏れていた。

 全身から吹き出た汗の冷たさがこうようした肌を流れ、若い宮廷司祭がこうこつな快感に震えている。


――ちょっとクセになりそう。


 やはり、高度な信仰術式をやり遂げた満足感は何物にも代えがたい。


――まあ……あえて探してみると、これに近いというか、似たような感覚は、ナスカと口の中に鉄の香りが滲むまで濃厚な口づ……って、なに馬鹿なこと考えてるのか?


 妙なむずがゆさを覚えたホーチィニは、ナスカの方を「キッ」とにらむと、

「なんか雑念が入っちゃった……ナスカ、もうちょっと打ち込んでいい?」

「そ……それ、オレ関係ないんじゃねえかッ。つーか、まがりなりにも、オレの治療が目的だったんだよな、な?」

 ナスカは及び腰になりつつ、抗議の混じった問いかけを返す。

 その彼は、ズキズキと痛覚だけが未だに残っているくせに、全身の負傷箇所どころか疲労まで回復しているのを感じていた。

 恐らく、全身に痛覚を走らせることもまた、高度な信仰術の効果を肉体の深部や脳神経に至るまで伝播させるのに寄与しているのだろう。

「え? ――――――――あー、うん。そうね……。もう平気でしょ?」

「今の疑問調の『え?』と、その後の妙な『間』はなんだ? 目的よりも手段を重んじた結果、目的を忘れてなかったか、おいッ」

「問題ないよ。私と貴方の信仰は保たれたわ」

「答えにすらなってねぇッ」

 あきらめの悲痛が混じった声を張り上げるナスカ。

 その彼の声のせいだろうか、治療の後、エルの膝枕で寝たままだったダーンが身じろぎし、軽く呻いて目を開いた。

「あ、目が覚めたみたい。ダーン、大丈夫?」

 ほんの少しだけ照れたエルの声に、ダーンは数回瞬きをしてから、自分の置かれている状況を把握したようで、みるみるうちに、一時蒼白だった顔の血の気が戻る。

「ああ……大丈夫だ。……その、迷惑をかけた、すまない」

 イマイチ切れの悪い言葉で応じ、エルの膝から頭を起こして、気まずそうに彼女から半身を逸らしてあぐらをかいた。

 その姿は、端から見ていてもあまり格好の良いものではまかったが――――

「なんだ、それは? ……なさけない奴だな」

 あぐらをかいて地面に視線を向けていたダーンに、頭上からしんらつな言葉が降ってきた。

 ダーンは少しムッとして、視線を声のした方向に上げれば、確か気を失う前に視界に映った赤髪の男が、苦い顔でこちらを見ている。

「……なさけないのは認めるしかない。それで、貴方が俺を助けてくれたみたいですが……その……礼を言います」

 赤髪の剣士に頭を垂れるダーン、その姿を見て当のカリアスは口元を緩ませて、

「お! なんだ、兄貴分と違ってお前は礼節がそこそこなっているな」

「よく言われます」

「んだと、コラッ!」

 ダーンとカリアスのやりとりに罵声を投げかけるナスカだったが、その隣で、巻き取った鞭を胸に抱いた宮廷司祭が期待の籠もった瞳を輝かせる。

「はい、だからだからぁ……、今からそちらのしつけも兼ねて……」

「鞭はいらねぇからッ!」


「それでは、私が新たに開発した《真人間を目指すための人間矯正装置・魔改造型》を試してみるのはいかがでしょう?」


 いきなりナスカの背後、それも耳たぶの裏側辺りでささやくように――――ようえんな女性の声が響いた。


   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火曜日に更新を予定しています。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

処理中です...