超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第十四話  聖女の鞭と神への信仰

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 鈴の音が独特のいんかなでる中、鞭が肉を打つ痛々しい音とナスカの悲鳴が林を木霊する。

 空を切ってうなりを上げる鞭は、さすがに攻撃の時のように先端が音速を突破することはなかったが、乾いた音が派手にする度、《駄目男》の皮膚は痛烈に打ち据えられていた。

「ふむ……なかなか見事な治癒術式だな。あれほどの手並みを拝見するのは久方ぶりだ」

 どう見てもお仕置きタイムにしか見えないエルの耳に、カリアスの見当違いな台詞が届き、彼女はげんな顔で赤髪の剣士に問いかける。

「あの……コレのどこが治癒なの?」

「ん? ああ、信仰術の術式っていうのは、術者の、神への信仰を現すことで成立するのでな。信仰を表す方法は千差万別にして多種多様なのさ」

 カリアスはエルに対して、牧師が日曜学校の生徒を教えるがごとく、柔らかな声色で信仰術式の説明を施した。

 その内容は――――

 信仰術式は、ことだまを組み合わせたえいしようや人間が造った聖書を介したものが一般的だが、術符や歌、道具の配置や舞踊等いろいろ変わったものがある。

 高度な術式を行う場合は、通常長い言霊を複雑に組み替えて詠唱するか、神界に由来のある法具を媒介にすることが多い。
 
 だが、腕の立つ術者は独自の信仰表現で、その過程を圧縮して術式を組むことができ、そうすることで、幾人もの術者が協力するような大術式を一人で発動できるのだ。


 カリアスの説明を一通り聞いていたエルだったが、その柔らかな声で神の奇跡を説明されていることと、目の前の惨状が全く一致しない。

「それが……この鞭打ちなわけ? なんか……司祭様、やけに生き生きと、というかむしろこうこつになっているような気がするんだけど」

 エルの半眼が向ける視線の先では、妙に上気した顔のホーチィニが、薄笑いを浮かべて鞭を振るっている。

「……まあ、高度な術式ともなれば、術者は自らが執行する法術にのめり込んだり、フィードバックする法術の余波にアテあられて酔ったりすることもあるが……。
 取り敢えず、今あの鞭で打たれる度に、彼奴あやつの肉体は、その組織の細かい部分まで正常な状態に再構成されているぞ……ま、打たれる際の痛みは全く変わらんが……」

「うわぁ……、それって完全にていのいいお仕置きじゃん」

 ゲンナリするエルの眼前で、天罰イベントはしばらく続いた。




     ☆




  身体の芯が熱くくすぶっている感覚の中、緩んだ口元からはつやっぽいいきが漏れていた。

 全身から吹き出た汗の冷たさがこうようした肌を流れ、若い宮廷司祭がこうこつな快感に震えている。


――ちょっとクセになりそう。


 やはり、高度な信仰術式をやり遂げた満足感は何物にも代えがたい。


――まあ……あえて探してみると、これに近いというか、似たような感覚は、ナスカと口の中に鉄の香りが滲むまで濃厚な口づ……って、なに馬鹿なこと考えてるのか?


 妙なむずがゆさを覚えたホーチィニは、ナスカの方を「キッ」とにらむと、

「なんか雑念が入っちゃった……ナスカ、もうちょっと打ち込んでいい?」

「そ……それ、オレ関係ないんじゃねえかッ。つーか、まがりなりにも、オレの治療が目的だったんだよな、な?」

 ナスカは及び腰になりつつ、抗議の混じった問いかけを返す。

 その彼は、ズキズキと痛覚だけが未だに残っているくせに、全身の負傷箇所どころか疲労まで回復しているのを感じていた。

 恐らく、全身に痛覚を走らせることもまた、高度な信仰術の効果を肉体の深部や脳神経に至るまで伝播させるのに寄与しているのだろう。

「え? ――――――――あー、うん。そうね……。もう平気でしょ?」

「今の疑問調の『え?』と、その後の妙な『間』はなんだ? 目的よりも手段を重んじた結果、目的を忘れてなかったか、おいッ」

「問題ないよ。私と貴方の信仰は保たれたわ」

「答えにすらなってねぇッ」

 あきらめの悲痛が混じった声を張り上げるナスカ。

 その彼の声のせいだろうか、治療の後、エルの膝枕で寝たままだったダーンが身じろぎし、軽く呻いて目を開いた。

「あ、目が覚めたみたい。ダーン、大丈夫?」

 ほんの少しだけ照れたエルの声に、ダーンは数回瞬きをしてから、自分の置かれている状況を把握したようで、みるみるうちに、一時蒼白だった顔の血の気が戻る。

「ああ……大丈夫だ。……その、迷惑をかけた、すまない」

 イマイチ切れの悪い言葉で応じ、エルの膝から頭を起こして、気まずそうに彼女から半身を逸らしてあぐらをかいた。

 その姿は、端から見ていてもあまり格好の良いものではまかったが――――

「なんだ、それは? ……なさけない奴だな」

 あぐらをかいて地面に視線を向けていたダーンに、頭上からしんらつな言葉が降ってきた。

 ダーンは少しムッとして、視線を声のした方向に上げれば、確か気を失う前に視界に映った赤髪の男が、苦い顔でこちらを見ている。

「……なさけないのは認めるしかない。それで、貴方が俺を助けてくれたみたいですが……その……礼を言います」

 赤髪の剣士に頭を垂れるダーン、その姿を見て当のカリアスは口元を緩ませて、

「お! なんだ、兄貴分と違ってお前は礼節がそこそこなっているな」

「よく言われます」

「んだと、コラッ!」

 ダーンとカリアスのやりとりに罵声を投げかけるナスカだったが、その隣で、巻き取った鞭を胸に抱いた宮廷司祭が期待の籠もった瞳を輝かせる。

「はい、だからだからぁ……、今からそちらのしつけも兼ねて……」

「鞭はいらねぇからッ!」


「それでは、私が新たに開発した《真人間を目指すための人間矯正装置・魔改造型》を試してみるのはいかがでしょう?」


 いきなりナスカの背後、それも耳たぶの裏側辺りでささやくように――――ようえんな女性の声が響いた。


   
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