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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十二話 起死回生~秘められた剣~
しおりを挟む音の濁流に呑み込まれる瞬間、ダーンは自分の未熟さを呪いながらも、身を固くするようにして、咄嗟に最低限の防護しようとしていた。
そこへ衝撃波を伴った音の塊が到達し、彼の身体を打ち付ける。
発生していた衝撃波はそれほど強くなく、音圧が異常なまでに高かったとはいえ、所詮は音だ……鍛え上げた剣士の肉体を大きく傷つけるには至らなかった。
だが、一緒にダーンを呑みこんだ超音波の塊は違った。
その超音波がダーン身体を呑みこむと、彼の聴覚に……いや、耳骨とその先の神経や三半規管そして脳髄までもを、激しく揺さぶったのだ。
数メライ(メートル)吹き飛ばされたダーンは、非道い目眩と頭痛、手足のしびれを覚え、その場に仰向けに倒れたまま起き上がれなかった。
右手には愛用の長剣が握られていたものの、その感覚すら朧気だ。
どうやら、軽い脳震盪も起こしているようで、倒れた前後が不覚となっていた。
混濁する意識の中、遠くから自分の名を呼ぶ義兄と弓兵の声が聞こえる。
彼らの声は随分と緊迫したものだったが、何をそんなに慌てているのか?
いや、そもそも、自分は何故こんな風に地べたに寝転んで空を眺めているんだ?
やがて、昏倒する蒼髪剣士の朧気な視界に、鈍色の不吉な光が揺らめいて差し込んだ。
一緒に音の塊に吹き飛ばされた金属兵が、何事もなかったように立ち上がり、手にした曲刀を振り上げている……と、ダーンは悟るが、どうしようもなかった。
まともに防御も反撃も出来ず、まるで他人事のように揺れる視界に振り下ろされる曲刀の光を捉えるだけだった。
――あっけないな……。
そんな風に考えて、ダーンは諦めるように瞳を閉じる。
暗くなる視界……。
間もなく本当の闇が彼を包もうかという刹那、彼の脳裏にふと浮かび上がった情景――――
いつか夢で見た艶やかな黒髪を持つ幼い少女。
一瞬が永遠に知覚されるような感覚の中、その琥珀の瞳がこちらを見つめていた。
――諦めちゃうの?
☆
何故かと問われれば、彼は答えることが出来なかっただろう。
何故、目前に迫る死に対して、諦めて受け入れようとしたその瞬間に、会った覚えのないその少女の姿を思い浮かべたのか。
何故、少女の瞳が諦めてしまうのかと問いかけつつ、暗に少女自身は絶対に諦めないと訴えていたと感じたのか。
何故、その少女の訴える瞳に、心が突き動かされたのか。
何故、諦めて閉じた瞳を見開いて、再び闘志が宿ったのか。
何故、絶望的な状況で起死回生のその一撃を放てたのか。
瞬間、その魂に燻っていたものが一気に爆発した。
長剣を握ったまま感覚が乏しくなった右腕に力が宿る。
大地に仰向けで倒れた状態から、右片腕で強烈な突きを放つ為、全身の筋肉がその組織を自ら破損させる程に急激に収縮し、半身をひねって起き上がる。
突発的に高まった闘気と、迫る死に抗うべく突き貫く意志が、突き上げるその剣先に集中し、その刀身が蒼白い輝きを孕んだ。
ほぼ無意識に放ったダーンのその一撃は、彼が今まで放ってきた剣撃にはない何かを纏っていた。
瞬間的に音速をはるかに超えた剣先は、幾重もの強力で鋭利な衝撃波を放ち、剣に纏った何かがその衝撃波を剣先の方向へと螺旋を描くように収束していく。
蒼白い閃光のごとく、その剣は曲刀を打ち下ろし始めていた金属兵の胸部を貫いた。
突き放たれた剣は一瞬にして金属兵の胸を穿ち、そのまま発生した衝撃波が、打ち下ろしていた曲刀もろとも、金属の身体をねじ切るように空中へと吹き飛ばすと、金属兵は断末魔さえ挙げることも出来ずに消滅する。
不自然な姿勢からかつてない強烈な一撃を放ったダーンは、未だ意識が混濁しながらも、更に身体をひねって、起き上がった。
しかし――――
やはり先の人狼の咆哮をまともに受けた影響が残っていた。
ひどい船酔いのような状態で、視界がグラグラと乱雑に揺れ、まともに立っていられず片膝を大地に着いてしまう。
その彼に、別の金属兵が二体、頭上に向けて曲刀を打ち付けてきた。
「クッ……」
何とか金属兵の一撃を、転がって避けるが、ダーンの全身に鋭い痛みが走った。先ほどの無理な姿勢からの一撃、そのツケが祟ったのだ。
痛みで一瞬動きを止め、たまらず大地に両膝を落としてしまうダーン。
その彼に金属兵二体が急接近し、激痛に顔をしかめて動くことが出来ない彼の頭上に曲刀を高らかと振り上げた。
――クッ……躱せないッ!
ある程度のダメージを覚悟しつつも防御の姿勢をつくろうと、残る限りの闘気を込めた両腕を曲刀が振り挙がった方に構えるダーン。
そのダーンに対し、二体の金属兵が一斉に曲刀を振り下ろそうとした瞬間――――
一瞬煌めいた赤い閃光が、鈍色の肉体を引き裂いた。
「なん……だ?」
苦痛と乱れ踊る平衡感覚に呻きつつ、ダーンは赤い閃光が走ってきた方向を覗う。
――赤……?
意識が朦朧とするダーンの視界に、緋色の刀身を右手に提げた長身の男が立っていた。
その男は、燃えるような赤い髪、額に掛かるその前髪を左手で掻き上げながら、片膝を着き今にも地べたに倒れ伏そうとするダーンを見下ろす。
赤い頭髪の燃えるような印象とは対照的な、冷たく凍るアイスブルーの双眸がダーンに厳しい視線を向けて、
「やれやれ……何とも情けないが、まあ、今の一撃はなかなかのものだった」
赤髪の剣士のその言葉をかろうじて聞き取ったが最後、ダーンの意識は闇に落ちていった。
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