38 / 165
第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十一話 傭兵隊長の奇策と、曇る剣
しおりを挟む
斬りかかってくる金属兵を素早い剣戟で翻弄し、ホーチィニの鞭の動きに合わせては、エルの弓矢の射線に無防備の敵をたたき込む。
一応優勢に戦闘をこなしているダーンだったが……背後から聞こえてくる『音』に歯がみしていた。
背後からの『音』は、剣と斧が激しくぶつかり合う金属を打ち合う轟音で、伝わってくる闘気の膨らみ方とあわせ、義兄と人狼が凄まじく高次元の戦闘をしているのがわかる。
――何が違うんだ……。
魂の籠もっていない金属兵の一撃を受けつつ、ダーンは思案する。
自分が相手にしているこの金属兵どもは、確かに強敵で数も多いが、ナスカが一人で相手にしている人狼はさらにやっかいな相手だ。
先ほどまで、ナスカは人狼の攻撃をなんとか凌いでいたが、仮に自分だったらそれが出来ただろうか……。
今に至っては、どうやらほぼ互角に斬り合っているようだが、聞こえてくる剣戟の音は先ほどとはレベルの違う激しさだ。
――俺には、無理だ!
颯刹流剣法という、アテネに古くから伝わる実戦型の剣術を幼いときから学び、その訓練中に、歴代訓練生最年少の免許皆伝者となった。
三年前、齢十四で、もはや達人と称される剣の強さを誇っていたが――――
その時に、成り行きでナスカと実戦に近い形で試合をしたことがある。
結果的には勝利したが、ダーン自身は完璧に敗北感を味わっていた。
共に傭兵の仕事として、魔物の駆除依頼をこなしたりもし、訓練試合でも最近は五分の戦果だったが、やはり、ナスカには及ばないと感じている。
ただ――。
――まさか……ここまで差があるとは。
筋力も剣技も、それほど実力差があるとは思えない。
だが実戦になると、ナスカの強さは自分が到底及ばない高みにあった。
――一体、何が違うんだ、俺とナスカは……俺に足りないものは何なんだ。
☆
身体の奥底から、魂の内側から、自分自身であって自分でない強大な何かが沸き上がりつつあるのを感じる。
胸の奥、心臓の辺りが燃えているように感じられ、振るう剣は軽く、踏み込む大地は非道く脆いものの様に錯覚していた。
《神龍の血脈》としての力を僅かに解放し、自分の肉体が崩壊し始めるギリギリのところで、溢れくる力の鼓動を抑えながら、ナスカは巨大な戦斧を振るう人狼と互角に斬り合っている。
右手だけで長剣を握りこみ、刃に幾重にも練った闘気を伝わせて斬撃を見舞うが、人狼の戦闘能力も大したもので、なかなかクリーンヒット出来ないでいた。
人狼も、両手で戦斧を巧みに操り、細かな打ち込みをしてくるが、流石に先ほどのような大振りはしてこない。
大きく振りかぶれば、確実に開いた脇や胸部にナスカの致命的な一撃が飛び込んで来るからだ。
すでに数え切れないほどの剣と斧の衝突だったが、ナスカの長剣には刃こぼれ一つなく、逆に、人狼の戦斧の方が、ブレード部分に細かな刃こぼれを起こしていた。
自分の力に応えてくれ、重量では何倍もある戦斧に打ち勝つほどの相棒を握りしめながら、ナスカはその剣に絶対の信頼を置いている。
ナスカの父レビン・カルド・アルドナーグが旧知の間柄で、その筋では高名な東方の鍛冶職人から購入した長剣だったが……。
そのレビンが「三下馬鹿息子が持つにはもったいないほどの業物だ」と評していたのも頷ける。
さらに――まあついでだが、「綺麗な剣だから、私にも磨かせて」などと妙な言い訳をして、実の兄でも未だに不可解な『能力』を使ってやたら強化しまくってくれた金髪のツインテールにも、一応感謝しておく。
――あれさ……未だにオレが気付いてないと思ってんのかねェ……。
さて、人狼との斬り合いはほぼ互角。
このままではなかなか決着がつかないが、時間がかかれば、身体への負担が徐々に増していく状態のナスカが不利になっていく。
――そろそろ仕掛けるぜ。
ナスカは人狼の切り上げてくる戦斧に剣を打ち付けて、その反動を利用し、人狼の頭上に舞い上がった。
「フッ……空中に躍り出るとは正気ですか」
鼻から抜ける笑みと共に言い放ち、人狼が戦斧を力任せに振り上げ、空中で自由な動きの出来ないナスカに仕掛ける。
人狼の動きを見て口角をつり上げたナスカは、
「そらよッ」
空中に跳んだ直後に左腰の革ケースから抜き出し、左手の指の間へ挟むように握っていた投擲用の小型ナイフ三本を、手首と痛む肘のスナップで人狼の顔めがけて投じる。
迫る銀色のナイフに、人狼は素早く反応し、振り上げていた戦斧を強引に両手で引き戻し、ブレード部分でナイフすべてを、顔の直前で受け止めた。
軽い金属音が短く三回響き、人狼がブレードの影から鋭い眼光を見せて、ナスカの動きを捉えようとした。
その瞬間に――――
ナスカは人狼の方に落下しながら、左手の親指と掌で器用に挟んで持っていた茶色い小瓶を、人狼の眼前に掲げる戦斧へと投げつけたのだった。
☆
人狼の唸るような悲鳴が周囲の木々を振動させて、辺りに冷たい刺激臭が立ちこめた。
「やっぱ、点眼はなしだよなァ……」
茶色い小瓶が戦斧で割れて、中身のハッカ油を両目と突きだした鼻にかぶった人狼は、戦斧さえも手放して、両目と鼻を両手でこすりながらもだえ苦しむ。
刺激の強いハッカ油が目の中に入ったこともさることながら、人と狼の合成種族である人狼の嗅覚は、人よりは狼のそれに近い。
一説には数千倍とも数万倍とも言われている。
ナスカがハッカ油の小瓶をホーチィニのポケットからくすねて持っていたことは、きっと人狼の嗅覚ならば、蓋を閉めても僅かに漏れ出す臭気で気付くことが出来ていただろう。
ただし、この不意打ちを狙ったナスカが、左肘にわざわざ同じような臭気を強く放つ軟膏を塗っていなければであったが。
かくして、その敏感な鼻に、人間でも悲鳴を上げる様な刺激が与えられた。
想像を絶する苦痛が人狼を襲っていることだろう。
苦しむ人狼を見据え、ナスカは長剣を構えると、無慈悲に人狼の胸部を狙って突きを放った。
「グウぅぅぅぅゥッ!」
苦しいうなり声を洩らしつつ、迫る長剣の気配を頼りに身をひねって躱す人狼……急所を僅かに逸らせ、左胸部の肩の付け根辺りに、ナスカの長剣が突き刺さった。
「……流石だな」
ナスカはさらに追撃をかけようとするが、人狼は力任せに後方へ飛び退き間合いを空けた。
そして、姿勢も充分でないままに、一気に息を吸い込むと、全身の筋肉を隆起させる。
「やばいッ……おいッ、みんな散れぇぇッ!」
慌てて身を躱すナスカの怒声が森に木霊した直後、人狼はナスカの怒声の数千倍はあろうかという轟音で咆哮した。
☆
人狼が凄まじい咆哮を挙げるその瞬間、ダーンは自らが放つ剣戟に苛立ちを覚えていた。
宮廷司祭と弓兵との連携により、敵の金属兵は半数まで撃破し、このままいけば勝利は目前だった。
しかし、少し離れたところで繰り広げられている人狼とナスカの戦いは、自分の戦いとはまるで次元の違うもので、ダーンは一人の剣士として非道い劣等感に苛まれている。
これまで、自分の剣にある程度の自負があった。
颯刹流剣法を習得し、傭兵として少年剣士としてはあり得ないほどの実績を重ねてきた。
年期の違いから、傭兵隊長のナスカには及ばないまでも、彼と同等の戦力を誇っていると信じていた。
それが、実際は違っていたようだ。
今回の人狼の様に常軌を逸した敵が相手となれば、かくも差が出てしまうとは。
剣の訓練や、試合をしてナスカの強さはある程度知っている。
さらに、それほど詳しいわけでもないが、《神龍の血脈》についても、ナスカ本人に聞いていて知っている。
かつて彼らの父、レビン・カルド・アルドナーグが魔竜戦争での英雄であることも、ダーンは知っている。
だから、いざとなれば、ナスカは強力な龍の闘気を扱えると知っていたし、それをやると肉体に深刻なダメージを得ることも知っていた。
人狼との戦いに、ナスカはその龍の闘気をある程度解放していることは、何となく察していたが、その闘気の違いがここまでの差になるのだろうか?
――いや、そんなに単純な差じゃない。
戦いにおいて、筋力や闘気などはもちろん重要な要素ではあるが、剣の戦闘は単なる力比べではないし、より高度な戦闘では、様々な要素が複雑に絡み合うことになる。
ナスカの剣戟には、闘気の強さや剣の技といった単純な要素の優越ではなく、もっと剣士としての根幹の部分で、自分よりもはるかに勝っているものを感じるのだ。
それは一体何なのだろうか。
ナスカに流れる神龍の血……赤ん坊の頃に養子としてアルドナーグ家に引き取られた自分とは違う、英雄の息子としての血統が、そもそもの違いなのだろうか。
思い起こせば幼少の頃、自分が養子であると知り、非道く傷ついた。
それでも、血の繋がりがないことを明かしても、自分を本当の家族だと抱きしめてくれた養母。
お前も英雄の息子なのだと剣の基礎をたたき込んでくれた養父。
育ての両親達の言葉はとても嬉しかったし、おかげですぐにその傷は癒えた。
兄弟という関係はどうでもいい、背中を預けられる関係になれりゃいいさと言って、共に父の稽古を受けたナスカに勇気づけられた。
ダメ兄貴と違う血が流れているのは私得ッ! とかうまく理解できない言葉を言って、抱きついてくる金髪ツインテールには――まあ……その、若干苦い和みをもらった。
そんなわけで、今まで意識していなかったのだが、今この瞬間に、ダーンは考えてしまっていた
生まれの違いなのか……と。
その考え方自体が、見当違いにも程があるということは、ダーン自身にもわかっていた。
そんな考え方をする自分自身が、大事な家族の気持ちを裏切っていることもわかっていた。
だから、彼は、苛立ちながらも自分の剣戟に意識を集中しようと躍起になっていたのだ。
一撃一撃に意識を集中し、目の前の敵を翻弄し、自分の剣に足りないものを探していた。
それが今回、彼にとっての致命的な要因となる。
☆
金属兵との交戦で一番後方、つまりはナスカに一番近い場所にいた弓兵のエルは、「みんな散れ」というナスカの言葉にいち早く反応できていた。
彼女が後方を確認する暇も惜しんで左方へと大きく飛び退くと、その彼女が立っていた場所から右前方、鞭を巧みに操っていた宮廷司祭も、同じタイミングでその場から右方に飛び退いている。
次の瞬間、耳鳴りのする獣の咆哮がして、左右に飛び退いた二人の女性の間を、衝撃波を伴った音の塊が迸った。
人狼の放ったその咆哮には、聞こえてくる轟音の他に、人の可聴域超えている音域、超音波の塊が混じる。
放たれた超音波は、轟音全体に指向性を与えて、物理的破壊力を秘めた強力な音波ビームとなって突き進み、金属兵数体と剣戟を繰り出している蒼髪剣士の方へと向かっていった。
そして――――
自らの剣戟に集中しすぎていたダーンと、その相手をしていた金属兵三体が、音の濁流に呑み込まれるのだった。
一応優勢に戦闘をこなしているダーンだったが……背後から聞こえてくる『音』に歯がみしていた。
背後からの『音』は、剣と斧が激しくぶつかり合う金属を打ち合う轟音で、伝わってくる闘気の膨らみ方とあわせ、義兄と人狼が凄まじく高次元の戦闘をしているのがわかる。
――何が違うんだ……。
魂の籠もっていない金属兵の一撃を受けつつ、ダーンは思案する。
自分が相手にしているこの金属兵どもは、確かに強敵で数も多いが、ナスカが一人で相手にしている人狼はさらにやっかいな相手だ。
先ほどまで、ナスカは人狼の攻撃をなんとか凌いでいたが、仮に自分だったらそれが出来ただろうか……。
今に至っては、どうやらほぼ互角に斬り合っているようだが、聞こえてくる剣戟の音は先ほどとはレベルの違う激しさだ。
――俺には、無理だ!
颯刹流剣法という、アテネに古くから伝わる実戦型の剣術を幼いときから学び、その訓練中に、歴代訓練生最年少の免許皆伝者となった。
三年前、齢十四で、もはや達人と称される剣の強さを誇っていたが――――
その時に、成り行きでナスカと実戦に近い形で試合をしたことがある。
結果的には勝利したが、ダーン自身は完璧に敗北感を味わっていた。
共に傭兵の仕事として、魔物の駆除依頼をこなしたりもし、訓練試合でも最近は五分の戦果だったが、やはり、ナスカには及ばないと感じている。
ただ――。
――まさか……ここまで差があるとは。
筋力も剣技も、それほど実力差があるとは思えない。
だが実戦になると、ナスカの強さは自分が到底及ばない高みにあった。
――一体、何が違うんだ、俺とナスカは……俺に足りないものは何なんだ。
☆
身体の奥底から、魂の内側から、自分自身であって自分でない強大な何かが沸き上がりつつあるのを感じる。
胸の奥、心臓の辺りが燃えているように感じられ、振るう剣は軽く、踏み込む大地は非道く脆いものの様に錯覚していた。
《神龍の血脈》としての力を僅かに解放し、自分の肉体が崩壊し始めるギリギリのところで、溢れくる力の鼓動を抑えながら、ナスカは巨大な戦斧を振るう人狼と互角に斬り合っている。
右手だけで長剣を握りこみ、刃に幾重にも練った闘気を伝わせて斬撃を見舞うが、人狼の戦闘能力も大したもので、なかなかクリーンヒット出来ないでいた。
人狼も、両手で戦斧を巧みに操り、細かな打ち込みをしてくるが、流石に先ほどのような大振りはしてこない。
大きく振りかぶれば、確実に開いた脇や胸部にナスカの致命的な一撃が飛び込んで来るからだ。
すでに数え切れないほどの剣と斧の衝突だったが、ナスカの長剣には刃こぼれ一つなく、逆に、人狼の戦斧の方が、ブレード部分に細かな刃こぼれを起こしていた。
自分の力に応えてくれ、重量では何倍もある戦斧に打ち勝つほどの相棒を握りしめながら、ナスカはその剣に絶対の信頼を置いている。
ナスカの父レビン・カルド・アルドナーグが旧知の間柄で、その筋では高名な東方の鍛冶職人から購入した長剣だったが……。
そのレビンが「三下馬鹿息子が持つにはもったいないほどの業物だ」と評していたのも頷ける。
さらに――まあついでだが、「綺麗な剣だから、私にも磨かせて」などと妙な言い訳をして、実の兄でも未だに不可解な『能力』を使ってやたら強化しまくってくれた金髪のツインテールにも、一応感謝しておく。
――あれさ……未だにオレが気付いてないと思ってんのかねェ……。
さて、人狼との斬り合いはほぼ互角。
このままではなかなか決着がつかないが、時間がかかれば、身体への負担が徐々に増していく状態のナスカが不利になっていく。
――そろそろ仕掛けるぜ。
ナスカは人狼の切り上げてくる戦斧に剣を打ち付けて、その反動を利用し、人狼の頭上に舞い上がった。
「フッ……空中に躍り出るとは正気ですか」
鼻から抜ける笑みと共に言い放ち、人狼が戦斧を力任せに振り上げ、空中で自由な動きの出来ないナスカに仕掛ける。
人狼の動きを見て口角をつり上げたナスカは、
「そらよッ」
空中に跳んだ直後に左腰の革ケースから抜き出し、左手の指の間へ挟むように握っていた投擲用の小型ナイフ三本を、手首と痛む肘のスナップで人狼の顔めがけて投じる。
迫る銀色のナイフに、人狼は素早く反応し、振り上げていた戦斧を強引に両手で引き戻し、ブレード部分でナイフすべてを、顔の直前で受け止めた。
軽い金属音が短く三回響き、人狼がブレードの影から鋭い眼光を見せて、ナスカの動きを捉えようとした。
その瞬間に――――
ナスカは人狼の方に落下しながら、左手の親指と掌で器用に挟んで持っていた茶色い小瓶を、人狼の眼前に掲げる戦斧へと投げつけたのだった。
☆
人狼の唸るような悲鳴が周囲の木々を振動させて、辺りに冷たい刺激臭が立ちこめた。
「やっぱ、点眼はなしだよなァ……」
茶色い小瓶が戦斧で割れて、中身のハッカ油を両目と突きだした鼻にかぶった人狼は、戦斧さえも手放して、両目と鼻を両手でこすりながらもだえ苦しむ。
刺激の強いハッカ油が目の中に入ったこともさることながら、人と狼の合成種族である人狼の嗅覚は、人よりは狼のそれに近い。
一説には数千倍とも数万倍とも言われている。
ナスカがハッカ油の小瓶をホーチィニのポケットからくすねて持っていたことは、きっと人狼の嗅覚ならば、蓋を閉めても僅かに漏れ出す臭気で気付くことが出来ていただろう。
ただし、この不意打ちを狙ったナスカが、左肘にわざわざ同じような臭気を強く放つ軟膏を塗っていなければであったが。
かくして、その敏感な鼻に、人間でも悲鳴を上げる様な刺激が与えられた。
想像を絶する苦痛が人狼を襲っていることだろう。
苦しむ人狼を見据え、ナスカは長剣を構えると、無慈悲に人狼の胸部を狙って突きを放った。
「グウぅぅぅぅゥッ!」
苦しいうなり声を洩らしつつ、迫る長剣の気配を頼りに身をひねって躱す人狼……急所を僅かに逸らせ、左胸部の肩の付け根辺りに、ナスカの長剣が突き刺さった。
「……流石だな」
ナスカはさらに追撃をかけようとするが、人狼は力任せに後方へ飛び退き間合いを空けた。
そして、姿勢も充分でないままに、一気に息を吸い込むと、全身の筋肉を隆起させる。
「やばいッ……おいッ、みんな散れぇぇッ!」
慌てて身を躱すナスカの怒声が森に木霊した直後、人狼はナスカの怒声の数千倍はあろうかという轟音で咆哮した。
☆
人狼が凄まじい咆哮を挙げるその瞬間、ダーンは自らが放つ剣戟に苛立ちを覚えていた。
宮廷司祭と弓兵との連携により、敵の金属兵は半数まで撃破し、このままいけば勝利は目前だった。
しかし、少し離れたところで繰り広げられている人狼とナスカの戦いは、自分の戦いとはまるで次元の違うもので、ダーンは一人の剣士として非道い劣等感に苛まれている。
これまで、自分の剣にある程度の自負があった。
颯刹流剣法を習得し、傭兵として少年剣士としてはあり得ないほどの実績を重ねてきた。
年期の違いから、傭兵隊長のナスカには及ばないまでも、彼と同等の戦力を誇っていると信じていた。
それが、実際は違っていたようだ。
今回の人狼の様に常軌を逸した敵が相手となれば、かくも差が出てしまうとは。
剣の訓練や、試合をしてナスカの強さはある程度知っている。
さらに、それほど詳しいわけでもないが、《神龍の血脈》についても、ナスカ本人に聞いていて知っている。
かつて彼らの父、レビン・カルド・アルドナーグが魔竜戦争での英雄であることも、ダーンは知っている。
だから、いざとなれば、ナスカは強力な龍の闘気を扱えると知っていたし、それをやると肉体に深刻なダメージを得ることも知っていた。
人狼との戦いに、ナスカはその龍の闘気をある程度解放していることは、何となく察していたが、その闘気の違いがここまでの差になるのだろうか?
――いや、そんなに単純な差じゃない。
戦いにおいて、筋力や闘気などはもちろん重要な要素ではあるが、剣の戦闘は単なる力比べではないし、より高度な戦闘では、様々な要素が複雑に絡み合うことになる。
ナスカの剣戟には、闘気の強さや剣の技といった単純な要素の優越ではなく、もっと剣士としての根幹の部分で、自分よりもはるかに勝っているものを感じるのだ。
それは一体何なのだろうか。
ナスカに流れる神龍の血……赤ん坊の頃に養子としてアルドナーグ家に引き取られた自分とは違う、英雄の息子としての血統が、そもそもの違いなのだろうか。
思い起こせば幼少の頃、自分が養子であると知り、非道く傷ついた。
それでも、血の繋がりがないことを明かしても、自分を本当の家族だと抱きしめてくれた養母。
お前も英雄の息子なのだと剣の基礎をたたき込んでくれた養父。
育ての両親達の言葉はとても嬉しかったし、おかげですぐにその傷は癒えた。
兄弟という関係はどうでもいい、背中を預けられる関係になれりゃいいさと言って、共に父の稽古を受けたナスカに勇気づけられた。
ダメ兄貴と違う血が流れているのは私得ッ! とかうまく理解できない言葉を言って、抱きついてくる金髪ツインテールには――まあ……その、若干苦い和みをもらった。
そんなわけで、今まで意識していなかったのだが、今この瞬間に、ダーンは考えてしまっていた
生まれの違いなのか……と。
その考え方自体が、見当違いにも程があるということは、ダーン自身にもわかっていた。
そんな考え方をする自分自身が、大事な家族の気持ちを裏切っていることもわかっていた。
だから、彼は、苛立ちながらも自分の剣戟に意識を集中しようと躍起になっていたのだ。
一撃一撃に意識を集中し、目の前の敵を翻弄し、自分の剣に足りないものを探していた。
それが今回、彼にとっての致命的な要因となる。
☆
金属兵との交戦で一番後方、つまりはナスカに一番近い場所にいた弓兵のエルは、「みんな散れ」というナスカの言葉にいち早く反応できていた。
彼女が後方を確認する暇も惜しんで左方へと大きく飛び退くと、その彼女が立っていた場所から右前方、鞭を巧みに操っていた宮廷司祭も、同じタイミングでその場から右方に飛び退いている。
次の瞬間、耳鳴りのする獣の咆哮がして、左右に飛び退いた二人の女性の間を、衝撃波を伴った音の塊が迸った。
人狼の放ったその咆哮には、聞こえてくる轟音の他に、人の可聴域超えている音域、超音波の塊が混じる。
放たれた超音波は、轟音全体に指向性を与えて、物理的破壊力を秘めた強力な音波ビームとなって突き進み、金属兵数体と剣戟を繰り出している蒼髪剣士の方へと向かっていった。
そして――――
自らの剣戟に集中しすぎていたダーンと、その相手をしていた金属兵三体が、音の濁流に呑み込まれるのだった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

追放されましたがマイペースなハーフエルフは今日も美味しい物を作る。
翔千
ファンタジー
ハーフエルフのシェナは所属していたAランクの勇者パーティーで魔力が弱いからと言う理由で雑用係をさせられていた。だが、ある日「態度が大きい」「役に立たない」と言われ、パーティー脱退の書類にサインさせられる。所属ギルドに出向くと何故かギルドも脱退している事に。仕方なく、フリーでクエストを受けていると、森で負傷した大男と遭遇し、助けた。実は、シェナの母親、ルリコは、異世界からトリップしてきた異世界人。アニメ、ゲーム、漫画、そして美味しい物が大好きだったルリコは異世界にトリップして、エルフとの間に娘、シェナを産む。料理上手な母に料理を教えられて育ったシェナの異世界料理。
少し捻くれたハーフエルフが料理を作って色々な人達と厄介事に出会うお話です。ちょこちょこ書き進めていくつもりです。よろしくお願します。
元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌
紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。
それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。
今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。
コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。
日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……?
◆◆◆
「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」
「紙でしょ? ペーパーって言うし」
「そうだね。正解!」
◆◆◆
神としての力は健在。
ちょっと天然でお人好し。
自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中!
◆気まぐれ投稿になります。
お暇潰しにどうぞ♪
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

帰ってこい?私が聖女の娘だからですか?残念ですが、私はもう平民ですので 本編完結致しました
おいどんべい
ファンタジー
「ハッ出来損ないの女などいらん、お前との婚約は破棄させてもらう」
この国の第一王子であり元婚約者だったレルト様の言葉。
「王子に愛想つかれるとは、本当に出来損ないだな。我が娘よ」
血の繋がらない父の言葉。
それ以外にも沢山の人に出来損ないだと言われ続けて育ってきちゃった私ですがそんなに私はダメなのでしょうか?
そんな疑問を抱えながらも貴族として過ごしてきましたが、どうやらそれも今日までのようです。
てなわけで、これからは平民として、出来損ないなりの楽しい生活を送っていきたいと思います!
帰ってこい?もう私は平民なのであなた方とは関係ないですよ?

異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる