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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十一話 傭兵隊長の奇策と、曇る剣
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斬りかかってくる金属兵を素早い剣戟で翻弄し、ホーチィニの鞭の動きに合わせては、エルの弓矢の射線に無防備の敵をたたき込む。
一応優勢に戦闘をこなしているダーンだったが……背後から聞こえてくる『音』に歯がみしていた。
背後からの『音』は、剣と斧が激しくぶつかり合う金属を打ち合う轟音で、伝わってくる闘気の膨らみ方とあわせ、義兄と人狼が凄まじく高次元の戦闘をしているのがわかる。
――何が違うんだ……。
魂の籠もっていない金属兵の一撃を受けつつ、ダーンは思案する。
自分が相手にしているこの金属兵どもは、確かに強敵で数も多いが、ナスカが一人で相手にしている人狼はさらにやっかいな相手だ。
先ほどまで、ナスカは人狼の攻撃をなんとか凌いでいたが、仮に自分だったらそれが出来ただろうか……。
今に至っては、どうやらほぼ互角に斬り合っているようだが、聞こえてくる剣戟の音は先ほどとはレベルの違う激しさだ。
――俺には、無理だ!
颯刹流剣法という、アテネに古くから伝わる実戦型の剣術を幼いときから学び、その訓練中に、歴代訓練生最年少の免許皆伝者となった。
三年前、齢十四で、もはや達人と称される剣の強さを誇っていたが――――
その時に、成り行きでナスカと実戦に近い形で試合をしたことがある。
結果的には勝利したが、ダーン自身は完璧に敗北感を味わっていた。
共に傭兵の仕事として、魔物の駆除依頼をこなしたりもし、訓練試合でも最近は五分の戦果だったが、やはり、ナスカには及ばないと感じている。
ただ――。
――まさか……ここまで差があるとは。
筋力も剣技も、それほど実力差があるとは思えない。
だが実戦になると、ナスカの強さは自分が到底及ばない高みにあった。
――一体、何が違うんだ、俺とナスカは……俺に足りないものは何なんだ。
☆
身体の奥底から、魂の内側から、自分自身であって自分でない強大な何かが沸き上がりつつあるのを感じる。
胸の奥、心臓の辺りが燃えているように感じられ、振るう剣は軽く、踏み込む大地は非道く脆いものの様に錯覚していた。
《神龍の血脈》としての力を僅かに解放し、自分の肉体が崩壊し始めるギリギリのところで、溢れくる力の鼓動を抑えながら、ナスカは巨大な戦斧を振るう人狼と互角に斬り合っている。
右手だけで長剣を握りこみ、刃に幾重にも練った闘気を伝わせて斬撃を見舞うが、人狼の戦闘能力も大したもので、なかなかクリーンヒット出来ないでいた。
人狼も、両手で戦斧を巧みに操り、細かな打ち込みをしてくるが、流石に先ほどのような大振りはしてこない。
大きく振りかぶれば、確実に開いた脇や胸部にナスカの致命的な一撃が飛び込んで来るからだ。
すでに数え切れないほどの剣と斧の衝突だったが、ナスカの長剣には刃こぼれ一つなく、逆に、人狼の戦斧の方が、ブレード部分に細かな刃こぼれを起こしていた。
自分の力に応えてくれ、重量では何倍もある戦斧に打ち勝つほどの相棒を握りしめながら、ナスカはその剣に絶対の信頼を置いている。
ナスカの父レビン・カルド・アルドナーグが旧知の間柄で、その筋では高名な東方の鍛冶職人から購入した長剣だったが……。
そのレビンが「三下馬鹿息子が持つにはもったいないほどの業物だ」と評していたのも頷ける。
さらに――まあついでだが、「綺麗な剣だから、私にも磨かせて」などと妙な言い訳をして、実の兄でも未だに不可解な『能力』を使ってやたら強化しまくってくれた金髪のツインテールにも、一応感謝しておく。
――あれさ……未だにオレが気付いてないと思ってんのかねェ……。
さて、人狼との斬り合いはほぼ互角。
このままではなかなか決着がつかないが、時間がかかれば、身体への負担が徐々に増していく状態のナスカが不利になっていく。
――そろそろ仕掛けるぜ。
ナスカは人狼の切り上げてくる戦斧に剣を打ち付けて、その反動を利用し、人狼の頭上に舞い上がった。
「フッ……空中に躍り出るとは正気ですか」
鼻から抜ける笑みと共に言い放ち、人狼が戦斧を力任せに振り上げ、空中で自由な動きの出来ないナスカに仕掛ける。
人狼の動きを見て口角をつり上げたナスカは、
「そらよッ」
空中に跳んだ直後に左腰の革ケースから抜き出し、左手の指の間へ挟むように握っていた投擲用の小型ナイフ三本を、手首と痛む肘のスナップで人狼の顔めがけて投じる。
迫る銀色のナイフに、人狼は素早く反応し、振り上げていた戦斧を強引に両手で引き戻し、ブレード部分でナイフすべてを、顔の直前で受け止めた。
軽い金属音が短く三回響き、人狼がブレードの影から鋭い眼光を見せて、ナスカの動きを捉えようとした。
その瞬間に――――
ナスカは人狼の方に落下しながら、左手の親指と掌で器用に挟んで持っていた茶色い小瓶を、人狼の眼前に掲げる戦斧へと投げつけたのだった。
☆
人狼の唸るような悲鳴が周囲の木々を振動させて、辺りに冷たい刺激臭が立ちこめた。
「やっぱ、点眼はなしだよなァ……」
茶色い小瓶が戦斧で割れて、中身のハッカ油を両目と突きだした鼻にかぶった人狼は、戦斧さえも手放して、両目と鼻を両手でこすりながらもだえ苦しむ。
刺激の強いハッカ油が目の中に入ったこともさることながら、人と狼の合成種族である人狼の嗅覚は、人よりは狼のそれに近い。
一説には数千倍とも数万倍とも言われている。
ナスカがハッカ油の小瓶をホーチィニのポケットからくすねて持っていたことは、きっと人狼の嗅覚ならば、蓋を閉めても僅かに漏れ出す臭気で気付くことが出来ていただろう。
ただし、この不意打ちを狙ったナスカが、左肘にわざわざ同じような臭気を強く放つ軟膏を塗っていなければであったが。
かくして、その敏感な鼻に、人間でも悲鳴を上げる様な刺激が与えられた。
想像を絶する苦痛が人狼を襲っていることだろう。
苦しむ人狼を見据え、ナスカは長剣を構えると、無慈悲に人狼の胸部を狙って突きを放った。
「グウぅぅぅぅゥッ!」
苦しいうなり声を洩らしつつ、迫る長剣の気配を頼りに身をひねって躱す人狼……急所を僅かに逸らせ、左胸部の肩の付け根辺りに、ナスカの長剣が突き刺さった。
「……流石だな」
ナスカはさらに追撃をかけようとするが、人狼は力任せに後方へ飛び退き間合いを空けた。
そして、姿勢も充分でないままに、一気に息を吸い込むと、全身の筋肉を隆起させる。
「やばいッ……おいッ、みんな散れぇぇッ!」
慌てて身を躱すナスカの怒声が森に木霊した直後、人狼はナスカの怒声の数千倍はあろうかという轟音で咆哮した。
☆
人狼が凄まじい咆哮を挙げるその瞬間、ダーンは自らが放つ剣戟に苛立ちを覚えていた。
宮廷司祭と弓兵との連携により、敵の金属兵は半数まで撃破し、このままいけば勝利は目前だった。
しかし、少し離れたところで繰り広げられている人狼とナスカの戦いは、自分の戦いとはまるで次元の違うもので、ダーンは一人の剣士として非道い劣等感に苛まれている。
これまで、自分の剣にある程度の自負があった。
颯刹流剣法を習得し、傭兵として少年剣士としてはあり得ないほどの実績を重ねてきた。
年期の違いから、傭兵隊長のナスカには及ばないまでも、彼と同等の戦力を誇っていると信じていた。
それが、実際は違っていたようだ。
今回の人狼の様に常軌を逸した敵が相手となれば、かくも差が出てしまうとは。
剣の訓練や、試合をしてナスカの強さはある程度知っている。
さらに、それほど詳しいわけでもないが、《神龍の血脈》についても、ナスカ本人に聞いていて知っている。
かつて彼らの父、レビン・カルド・アルドナーグが魔竜戦争での英雄であることも、ダーンは知っている。
だから、いざとなれば、ナスカは強力な龍の闘気を扱えると知っていたし、それをやると肉体に深刻なダメージを得ることも知っていた。
人狼との戦いに、ナスカはその龍の闘気をある程度解放していることは、何となく察していたが、その闘気の違いがここまでの差になるのだろうか?
――いや、そんなに単純な差じゃない。
戦いにおいて、筋力や闘気などはもちろん重要な要素ではあるが、剣の戦闘は単なる力比べではないし、より高度な戦闘では、様々な要素が複雑に絡み合うことになる。
ナスカの剣戟には、闘気の強さや剣の技といった単純な要素の優越ではなく、もっと剣士としての根幹の部分で、自分よりもはるかに勝っているものを感じるのだ。
それは一体何なのだろうか。
ナスカに流れる神龍の血……赤ん坊の頃に養子としてアルドナーグ家に引き取られた自分とは違う、英雄の息子としての血統が、そもそもの違いなのだろうか。
思い起こせば幼少の頃、自分が養子であると知り、非道く傷ついた。
それでも、血の繋がりがないことを明かしても、自分を本当の家族だと抱きしめてくれた養母。
お前も英雄の息子なのだと剣の基礎をたたき込んでくれた養父。
育ての両親達の言葉はとても嬉しかったし、おかげですぐにその傷は癒えた。
兄弟という関係はどうでもいい、背中を預けられる関係になれりゃいいさと言って、共に父の稽古を受けたナスカに勇気づけられた。
ダメ兄貴と違う血が流れているのは私得ッ! とかうまく理解できない言葉を言って、抱きついてくる金髪ツインテールには――まあ……その、若干苦い和みをもらった。
そんなわけで、今まで意識していなかったのだが、今この瞬間に、ダーンは考えてしまっていた
生まれの違いなのか……と。
その考え方自体が、見当違いにも程があるということは、ダーン自身にもわかっていた。
そんな考え方をする自分自身が、大事な家族の気持ちを裏切っていることもわかっていた。
だから、彼は、苛立ちながらも自分の剣戟に意識を集中しようと躍起になっていたのだ。
一撃一撃に意識を集中し、目の前の敵を翻弄し、自分の剣に足りないものを探していた。
それが今回、彼にとっての致命的な要因となる。
☆
金属兵との交戦で一番後方、つまりはナスカに一番近い場所にいた弓兵のエルは、「みんな散れ」というナスカの言葉にいち早く反応できていた。
彼女が後方を確認する暇も惜しんで左方へと大きく飛び退くと、その彼女が立っていた場所から右前方、鞭を巧みに操っていた宮廷司祭も、同じタイミングでその場から右方に飛び退いている。
次の瞬間、耳鳴りのする獣の咆哮がして、左右に飛び退いた二人の女性の間を、衝撃波を伴った音の塊が迸った。
人狼の放ったその咆哮には、聞こえてくる轟音の他に、人の可聴域超えている音域、超音波の塊が混じる。
放たれた超音波は、轟音全体に指向性を与えて、物理的破壊力を秘めた強力な音波ビームとなって突き進み、金属兵数体と剣戟を繰り出している蒼髪剣士の方へと向かっていった。
そして――――
自らの剣戟に集中しすぎていたダーンと、その相手をしていた金属兵三体が、音の濁流に呑み込まれるのだった。
一応優勢に戦闘をこなしているダーンだったが……背後から聞こえてくる『音』に歯がみしていた。
背後からの『音』は、剣と斧が激しくぶつかり合う金属を打ち合う轟音で、伝わってくる闘気の膨らみ方とあわせ、義兄と人狼が凄まじく高次元の戦闘をしているのがわかる。
――何が違うんだ……。
魂の籠もっていない金属兵の一撃を受けつつ、ダーンは思案する。
自分が相手にしているこの金属兵どもは、確かに強敵で数も多いが、ナスカが一人で相手にしている人狼はさらにやっかいな相手だ。
先ほどまで、ナスカは人狼の攻撃をなんとか凌いでいたが、仮に自分だったらそれが出来ただろうか……。
今に至っては、どうやらほぼ互角に斬り合っているようだが、聞こえてくる剣戟の音は先ほどとはレベルの違う激しさだ。
――俺には、無理だ!
颯刹流剣法という、アテネに古くから伝わる実戦型の剣術を幼いときから学び、その訓練中に、歴代訓練生最年少の免許皆伝者となった。
三年前、齢十四で、もはや達人と称される剣の強さを誇っていたが――――
その時に、成り行きでナスカと実戦に近い形で試合をしたことがある。
結果的には勝利したが、ダーン自身は完璧に敗北感を味わっていた。
共に傭兵の仕事として、魔物の駆除依頼をこなしたりもし、訓練試合でも最近は五分の戦果だったが、やはり、ナスカには及ばないと感じている。
ただ――。
――まさか……ここまで差があるとは。
筋力も剣技も、それほど実力差があるとは思えない。
だが実戦になると、ナスカの強さは自分が到底及ばない高みにあった。
――一体、何が違うんだ、俺とナスカは……俺に足りないものは何なんだ。
☆
身体の奥底から、魂の内側から、自分自身であって自分でない強大な何かが沸き上がりつつあるのを感じる。
胸の奥、心臓の辺りが燃えているように感じられ、振るう剣は軽く、踏み込む大地は非道く脆いものの様に錯覚していた。
《神龍の血脈》としての力を僅かに解放し、自分の肉体が崩壊し始めるギリギリのところで、溢れくる力の鼓動を抑えながら、ナスカは巨大な戦斧を振るう人狼と互角に斬り合っている。
右手だけで長剣を握りこみ、刃に幾重にも練った闘気を伝わせて斬撃を見舞うが、人狼の戦闘能力も大したもので、なかなかクリーンヒット出来ないでいた。
人狼も、両手で戦斧を巧みに操り、細かな打ち込みをしてくるが、流石に先ほどのような大振りはしてこない。
大きく振りかぶれば、確実に開いた脇や胸部にナスカの致命的な一撃が飛び込んで来るからだ。
すでに数え切れないほどの剣と斧の衝突だったが、ナスカの長剣には刃こぼれ一つなく、逆に、人狼の戦斧の方が、ブレード部分に細かな刃こぼれを起こしていた。
自分の力に応えてくれ、重量では何倍もある戦斧に打ち勝つほどの相棒を握りしめながら、ナスカはその剣に絶対の信頼を置いている。
ナスカの父レビン・カルド・アルドナーグが旧知の間柄で、その筋では高名な東方の鍛冶職人から購入した長剣だったが……。
そのレビンが「三下馬鹿息子が持つにはもったいないほどの業物だ」と評していたのも頷ける。
さらに――まあついでだが、「綺麗な剣だから、私にも磨かせて」などと妙な言い訳をして、実の兄でも未だに不可解な『能力』を使ってやたら強化しまくってくれた金髪のツインテールにも、一応感謝しておく。
――あれさ……未だにオレが気付いてないと思ってんのかねェ……。
さて、人狼との斬り合いはほぼ互角。
このままではなかなか決着がつかないが、時間がかかれば、身体への負担が徐々に増していく状態のナスカが不利になっていく。
――そろそろ仕掛けるぜ。
ナスカは人狼の切り上げてくる戦斧に剣を打ち付けて、その反動を利用し、人狼の頭上に舞い上がった。
「フッ……空中に躍り出るとは正気ですか」
鼻から抜ける笑みと共に言い放ち、人狼が戦斧を力任せに振り上げ、空中で自由な動きの出来ないナスカに仕掛ける。
人狼の動きを見て口角をつり上げたナスカは、
「そらよッ」
空中に跳んだ直後に左腰の革ケースから抜き出し、左手の指の間へ挟むように握っていた投擲用の小型ナイフ三本を、手首と痛む肘のスナップで人狼の顔めがけて投じる。
迫る銀色のナイフに、人狼は素早く反応し、振り上げていた戦斧を強引に両手で引き戻し、ブレード部分でナイフすべてを、顔の直前で受け止めた。
軽い金属音が短く三回響き、人狼がブレードの影から鋭い眼光を見せて、ナスカの動きを捉えようとした。
その瞬間に――――
ナスカは人狼の方に落下しながら、左手の親指と掌で器用に挟んで持っていた茶色い小瓶を、人狼の眼前に掲げる戦斧へと投げつけたのだった。
☆
人狼の唸るような悲鳴が周囲の木々を振動させて、辺りに冷たい刺激臭が立ちこめた。
「やっぱ、点眼はなしだよなァ……」
茶色い小瓶が戦斧で割れて、中身のハッカ油を両目と突きだした鼻にかぶった人狼は、戦斧さえも手放して、両目と鼻を両手でこすりながらもだえ苦しむ。
刺激の強いハッカ油が目の中に入ったこともさることながら、人と狼の合成種族である人狼の嗅覚は、人よりは狼のそれに近い。
一説には数千倍とも数万倍とも言われている。
ナスカがハッカ油の小瓶をホーチィニのポケットからくすねて持っていたことは、きっと人狼の嗅覚ならば、蓋を閉めても僅かに漏れ出す臭気で気付くことが出来ていただろう。
ただし、この不意打ちを狙ったナスカが、左肘にわざわざ同じような臭気を強く放つ軟膏を塗っていなければであったが。
かくして、その敏感な鼻に、人間でも悲鳴を上げる様な刺激が与えられた。
想像を絶する苦痛が人狼を襲っていることだろう。
苦しむ人狼を見据え、ナスカは長剣を構えると、無慈悲に人狼の胸部を狙って突きを放った。
「グウぅぅぅぅゥッ!」
苦しいうなり声を洩らしつつ、迫る長剣の気配を頼りに身をひねって躱す人狼……急所を僅かに逸らせ、左胸部の肩の付け根辺りに、ナスカの長剣が突き刺さった。
「……流石だな」
ナスカはさらに追撃をかけようとするが、人狼は力任せに後方へ飛び退き間合いを空けた。
そして、姿勢も充分でないままに、一気に息を吸い込むと、全身の筋肉を隆起させる。
「やばいッ……おいッ、みんな散れぇぇッ!」
慌てて身を躱すナスカの怒声が森に木霊した直後、人狼はナスカの怒声の数千倍はあろうかという轟音で咆哮した。
☆
人狼が凄まじい咆哮を挙げるその瞬間、ダーンは自らが放つ剣戟に苛立ちを覚えていた。
宮廷司祭と弓兵との連携により、敵の金属兵は半数まで撃破し、このままいけば勝利は目前だった。
しかし、少し離れたところで繰り広げられている人狼とナスカの戦いは、自分の戦いとはまるで次元の違うもので、ダーンは一人の剣士として非道い劣等感に苛まれている。
これまで、自分の剣にある程度の自負があった。
颯刹流剣法を習得し、傭兵として少年剣士としてはあり得ないほどの実績を重ねてきた。
年期の違いから、傭兵隊長のナスカには及ばないまでも、彼と同等の戦力を誇っていると信じていた。
それが、実際は違っていたようだ。
今回の人狼の様に常軌を逸した敵が相手となれば、かくも差が出てしまうとは。
剣の訓練や、試合をしてナスカの強さはある程度知っている。
さらに、それほど詳しいわけでもないが、《神龍の血脈》についても、ナスカ本人に聞いていて知っている。
かつて彼らの父、レビン・カルド・アルドナーグが魔竜戦争での英雄であることも、ダーンは知っている。
だから、いざとなれば、ナスカは強力な龍の闘気を扱えると知っていたし、それをやると肉体に深刻なダメージを得ることも知っていた。
人狼との戦いに、ナスカはその龍の闘気をある程度解放していることは、何となく察していたが、その闘気の違いがここまでの差になるのだろうか?
――いや、そんなに単純な差じゃない。
戦いにおいて、筋力や闘気などはもちろん重要な要素ではあるが、剣の戦闘は単なる力比べではないし、より高度な戦闘では、様々な要素が複雑に絡み合うことになる。
ナスカの剣戟には、闘気の強さや剣の技といった単純な要素の優越ではなく、もっと剣士としての根幹の部分で、自分よりもはるかに勝っているものを感じるのだ。
それは一体何なのだろうか。
ナスカに流れる神龍の血……赤ん坊の頃に養子としてアルドナーグ家に引き取られた自分とは違う、英雄の息子としての血統が、そもそもの違いなのだろうか。
思い起こせば幼少の頃、自分が養子であると知り、非道く傷ついた。
それでも、血の繋がりがないことを明かしても、自分を本当の家族だと抱きしめてくれた養母。
お前も英雄の息子なのだと剣の基礎をたたき込んでくれた養父。
育ての両親達の言葉はとても嬉しかったし、おかげですぐにその傷は癒えた。
兄弟という関係はどうでもいい、背中を預けられる関係になれりゃいいさと言って、共に父の稽古を受けたナスカに勇気づけられた。
ダメ兄貴と違う血が流れているのは私得ッ! とかうまく理解できない言葉を言って、抱きついてくる金髪ツインテールには――まあ……その、若干苦い和みをもらった。
そんなわけで、今まで意識していなかったのだが、今この瞬間に、ダーンは考えてしまっていた
生まれの違いなのか……と。
その考え方自体が、見当違いにも程があるということは、ダーン自身にもわかっていた。
そんな考え方をする自分自身が、大事な家族の気持ちを裏切っていることもわかっていた。
だから、彼は、苛立ちながらも自分の剣戟に意識を集中しようと躍起になっていたのだ。
一撃一撃に意識を集中し、目の前の敵を翻弄し、自分の剣に足りないものを探していた。
それが今回、彼にとっての致命的な要因となる。
☆
金属兵との交戦で一番後方、つまりはナスカに一番近い場所にいた弓兵のエルは、「みんな散れ」というナスカの言葉にいち早く反応できていた。
彼女が後方を確認する暇も惜しんで左方へと大きく飛び退くと、その彼女が立っていた場所から右前方、鞭を巧みに操っていた宮廷司祭も、同じタイミングでその場から右方に飛び退いている。
次の瞬間、耳鳴りのする獣の咆哮がして、左右に飛び退いた二人の女性の間を、衝撃波を伴った音の塊が迸った。
人狼の放ったその咆哮には、聞こえてくる轟音の他に、人の可聴域超えている音域、超音波の塊が混じる。
放たれた超音波は、轟音全体に指向性を与えて、物理的破壊力を秘めた強力な音波ビームとなって突き進み、金属兵数体と剣戟を繰り出している蒼髪剣士の方へと向かっていった。
そして――――
自らの剣戟に集中しすぎていたダーンと、その相手をしていた金属兵三体が、音の濁流に呑み込まれるのだった。
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