超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第六話  森の中にて~傭兵隊長の考察~

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 日差しが高くなりつつあるが、草原から森の中に入ると、その空気は朝の冷たさを残していた。

 おのおのの荷物を持ちつつ足早に移動してきた傭兵隊の面々は、衣服に染みた汗が冷えていくのを感じる。

「今のところ追撃の動きはないな」

 先行するダーンが、双眼鏡と自己の勘に基づいて索敵しつつ、後続の動きに合わせて慎重に進んでいた。

「それにしても、イマイチ敵の実像が掴めないね。いきなり私達に攻撃してくるくらいなら、先にアリオス湖に到着している騎士団にも攻撃してきそうなものだけど」

 操縦していた飛空挺を落とされた事もあり、エルの言葉は何となく棘があるが、彼女の疑問はもっともだとナスカは思う。

 彼らが国王に招集された頃には、国境警備隊に配属された騎士団一個中隊が、《レイナー号》と接触していたはずだ。

 先着した騎士団は、ナスカ達が王宮を発つ前に、乗員名簿に記載された人員を確認し、船の乗務員と連携して必要な復航作業をしている。

 それなのに、未だ何らかの襲撃を受けたという連絡はない。

「そもそも……敵はオレらがどういった任務を帯びているかもわかってないはずなんだがなァ」

 前を歩く二人の女性、その柔らかなでんのラインをこっそりと鑑賞しつつ、ナスカは呟いた。

 目の前に、擬音系で表現すると「ぷりっぷりっ」なおしり達が、エルの短いスカートとホーチィニのちょっとは短くしてみろよ的な長いスカートの中で揺れている。


 敵の襲撃が予測される際の部隊運用において、この順番と配置がベストと考えて、とっさに決めたものだったが――ナイス判断、オレ! 


 最後尾の《駄目男ばか》は、視覚以外の感覚を部隊の後方警戒に向けつつ、視線は前方を注視し、キッチリと秘匿セクハラモードだった。


 そんなお楽しみ中のナスカだったが、同時に今回襲撃してきた『敵』についても思考を巡らす。  

 敵は恐らく魔竜かそれに類する化け物の類いだ。

 上空から確認した範囲で、飛空挺を狙った投石機の類いはなかった。

 ならば、どうやって大きな岩を上空に射出したのか?


――おっ……ホーチのヤツ、長い丈のスカートで護りは万全と思いきや……ぬふふッ、生地が薄かったなッ! 微妙に下着のラインがッ!


 考えられるのは、『信じがたい怪力をもって投げつけた』だろう。

 そうなると、相手は魔竜クラスの敵と考えるのが妥当だ。

 では、この地に魔竜クラスの敵がいるとして、昨夜襲った《レイナー号》を復旧させている騎士団を狙わず、どうして傭兵隊を狙ったのか。

 魔竜の《レイナー号》を襲った目的が、オレたちの捜索している要人の拉致や暗殺だったならば、何となく予想が付く。

 すでに《レイナー号》には、マクベイン大佐がいないのだから、魔竜達があの旅客船を狙う必要がないが、脱出した彼女を捉えるため、密かに周辺を探しているはずだ。

 そんな中、オレたちが……《神龍の血脈》たるこのオレが乗った飛空挺が現れた。

 騎士団程度ならば、奴らが活動するのに支障はないし気にもしないだろうが、平常時にも《神龍の血脈》たるオレが発する独特の気配に、奴らが過剰反応した可能性は高い。

 あるいは、自分と同クラスの剣士であるダーンの闘気に反応したかもしれないが……。


――エル、こんな森の中をその短いスカートで行軍ってのは、自慢の生足を披露したいとゆーけしからん素敵な作戦か? きっとそうだなァ、おいッ!


 アークの要人を襲ったのは魔竜だったと聞いて、何となく違和感を抱いていた。

 というのは、オレが知る限り魔竜戦争終結後、魔竜は積極的な敵対行動を人間達にはとらないようになっているからだ。

 そもそも、先の戦争終結後、魔竜の残存兵は自分たちの世界に帰還したわけではない。

 奴らは帰りたくても帰れない状況にあるのだ。

 何故なら、彼らの世界と、人間達が住む世界を繋ぐ境界回廊を、先の戦争中に四英雄達が塞いでいるからだ。

 そんな中、敗戦とともに好戦的主導者を失った彼ら魔竜は、人類側との戦闘を止めて人間があまり立ち入らない、極寒の大陸や未開の無人島に生活していると聞く。

 そして、ごく一部の貿易商人によって、暗黙の和平を条件に、人間社会との交易が秘密裏に行われているのだ。

 そんな彼ら魔竜が、アーク王国の要人を襲う理由は何だろうか?


「この先は少し急な登りになっている。雨水が流れた跡のせいで、木の根が張り出しているから、気をつけてくれ」

 先頭のダーンが、女性陣二人を振り返りつつ注意喚起する。

 蒼髪剣士の行く先に、言われたとおりの木の根が張り出した急な上り坂がある。

 その急な登りをちょっと憂鬱そうな仕草で見上げる女性陣を、ナスカは視界に捉えた。


生足楽園パラダイスへの登坂きたぁ――――ッ?」



 
     ☆




 次の瞬間、秘匿していたセクハラモードを歓喜の声と共に露見させた《駄目男ばか》が、いつの間にか彼の背後に移動した宮廷司祭の正義の鞭に打ち飛ばされ、露出したいくつかの木の根でバウンドしつつ、土の上り坂を転がり上っていった。




     ☆




 宮廷司祭の鞭の一撃で、先頭にいたダーンを一気に抜き去り、森の中に出来た小さな丘の上に至ったナスカは、土の上に大の字になっていた。

 今ので少しばかりの打撲と皮下出血が手足に出来上がっていたが……。

 金属製のプレートで覆われている上半身は、プレートに黒い土がこびり付いた程度で、特に負傷していない。

 宮廷司祭の鞭は派手な音を立てながらも背中部分のプレートを打っていたし、彼女も本気で打ち付けていない――と信じるが、とにかくナスカのダメージは本当にたいしたことはなかった。

 そのナスカだが、頭を転がってきた方向に向け、土の上に仰向けで白目を剥いている。

 かなり派手な吹っ飛び方だったので、一応心配になったダーンが一番初めにナスカの元に来ていたが、ダーンは遅れて丘に登ってきたホーチィニ達に向かって、

「ホーチィニさん、ナスカが地味に気を失っているんだが……」


「え? 私、今の甘打ちだったけど」


――あれでか?

 と思っても口にはせずに苦笑いを噛みつつ、ダーンは倒れているナスカの頭の前にしゃがみ込み助け起こそうとする。

 すると、ナスカの表情が苦いものとなった。

 どこか身体が痛むのかと案じたダーンだったが、近づいてくる女性陣に聞こえないくらいの音量で、

「どけ……邪魔だバカ」

 一瞬だけ白目から復帰したナスカの青い瞳がダーンを捉え、小声であるものの強い語調で告げてくる。

 生死が掛かっているかのような真剣みのある言葉に怯みつつ、ダーンは少しだけ離れ、彼の右側に移動。

 ダーンが動いた事で、丘を登ってきた二人の女性の姿がナスカの視界に映り込んできた。



 白目を剥いているので半分は霞んでいるが――――問題はない。

 このまま気絶したふりをして、ローアングルからの素敵な世界を楽しみ、期待はあまり出来ないが、ホーチが罪悪感に苛まれて頭を抱きかかえてくれたら、ちょっとだけ物足りないかもしれない柔らかな天然クッションに頬擦りしよう。

 ゆっくりと近づいてきた宮廷司祭は、紺色のプリーツがない薄いロングスカートに、焦げ茶色の革製エプロンを着けている。

 身体の前面を防護する軽量の防具だが、先ほど確認したとおり背面の防護はない。


――あ、アレじゃあ頬擦りしても柔らかくねぇぞ! よし、作戦変更。抱きかかえてくれたら、防護のないおしり側の下着ライン撫で撫でだッ。

 宮廷司祭がナスカの頭の前にかがむが、そのせいで、彼女の後方に立つ女弓兵の生足が、ナスカの視界に入らない。


 二人の内どちらかがあと少し横移動すれば、生足どころではない素敵な情景が覗えるのにッ。


「司祭様、隊長、大丈夫ですか?」

 ホーチィニの影から、上半身を乗り出してナスカの様子を覗うエル。

 ホーチィニは軽く溜め息を吐いて、スカートのポケットに右手を突っ込み、

「これは色々とダメね。気付け薬が必要と判断。折角白目向いてまぶたが半開きだから……」


――――まさかの点眼ですか……


 いぶかるナスカの半端な視界の中で、ホーチィニは不敵に薄笑いをしつつ茶色い小瓶を開けていた。

 森の中を歩いて少し汗ばんだ彼女の甘い香りにくすぐられていたナスカの鼻腔を、ハッカ油の冷たく痛い香りが刺激する。

「ごめんなさい。もうしませんから、それだけは勘弁……」

 気絶しているふりを完璧に看破した宮廷司祭の《駄目男ばか》に対する本気を感じたナスカは、白目からこんがんする子犬のような瞳になって、宮廷司祭を見上げた。

「あら……残念。もうちょっとだったのに」

 半目になって見下す宮廷司祭に、ナスカは冷や汗を頬に伝わらせた。

 ハッカ油の入った小瓶のふたを閉め、右のポケットにしまいつつ、宮廷司祭は、半身を起こしかけたナスカの左肘にそっと左手を添え、べつを含んだ瞳をゆっくりと閉じる。

「このくらい平気だって……」

 すぐそばにいるホーチィニだけに聞こえるように小声でささやくナスカの、左肘の鈍い痛みが消えていく。

 数秒後、ナスカの治癒が終わるとホーチィニは彼の襟首を掴んで、自分の眼前に彼の顔を引き寄せると、鋭い視線を向けて、

「《駄目男ばか》をしつけるには『飴と鞭』の使い分けが重要なの」

彼だけに聞こえるように甘く囁いた。

「あのなぁ……出来ればもう少しまともな愛情表現を……」

 と芽生えた気恥ずかしさを紛らわすように文句を言いかけて、ナスカは息を詰まらせる。


 言いようのない不快な感覚。


 次の瞬間にナスカは、ホーチィニのちょっと朱が差した顔の向こう、雲の少ない青い空にチカチカと銀の輝きがいくつも明滅するのを見た。

「みんな、急いでこの場を離れろッ! 上からなんか来るぞ」

 突然の大声に身をすくませるホーチィニを、素早く立ち上がりながら両手で抱き上げて、ナスカは飛ぶように走り出す。

 すぐそばにいたダーンとエルも彼の後方を追いかけるように、全力で駆け出せば、上空から何かが落下してくる風切り音が、森に届き始めていた。

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