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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第一話 アテネの国王
しおりを挟む女弓兵の視界に、銀製の甲冑や装飾豊かな騎士の盾など、およそ実用品としては役に立たない高価な装備や、剥製の大熊、鷹の彫像、その他にも今まで目にしたこともない調度品の数々がある。
アテネ王宮の応接室の一室に通されたエルは、入室した瞬間から言葉を失っていた。
部屋の中央に分厚い板で作られた楕円状の机が置かれ、その周囲に豪華な椅子が八脚ある。
その一つに座り、先ほどから天井のシャンデリアや、室内の調度品の豪華さに心あらずといったところだ。
その右隣に蒼髪碧眼の剣士ダーンが座り、さらにその右へ傭兵隊長ナスカが着座している。
本日早朝、傭兵隊に緊急招集がかかり、具体的な命令を詰め所で待っていたところ、この三人が王宮に呼び出されたのだが……。
ここに呼び出されてから間もないが、どことなくナスカの機嫌が悪い。
時折「あのクソ中年……」などと呟いては、舌打ちしているが一体どうしてなのだろうか?
ダーンも、ナスカの不機嫌さに気がついているようだが、特に彼を諫めるわけでもなく、ただ苦笑いを浮かべる程度だ。
傭兵隊の三人がそんな風にして待つこと数分、応接間の入り口、その重たい木製扉が開き、意外な人物が入室してきた。
純白の絹服に、豪奢な金の刺繍飾りがあちこち施された紫のマントを身につけた壮年期の男だ。
「おお、ナスカ、相変わらずの馬鹿面だなァ、オイ!」
入室してきた壮年期の男は、見事なあごひげをさすりながら、ナスカの顔を見るなりいきなり罵声をぶつけて近づき、持っていた錫杖の先端で彼の頬をぐりぐりと小突いた。
「カ~ッ……この不良国王がッ! こんな朝早く人を呼びつけといて、いきなり何しやがるッ」
ナスカは錫杖をたたき払うと、座席から立ち上がり壮年の男を睨め返した。
その姿にエルの表情は凍り付く。
「な……なにやってんですか! 隊長、その方は……」
エルの金切り声に、ナスカではなく壮年期の男が反応し、何かに気がついたように目を丸くする。
「ん? ああ、すまんすまん。そう言えば、傭兵隊の部下を連れているんだったな。いやァ、失礼したお嬢さん。オレはこの《駄目男》の叔父でな、ジオ・ザ・ラバート・アテネだ。その、このとおり、むさいおっさんだがよろしく頼む」
壮年の男はにっかりと笑って、ナスカの頭を軽くげんこつで小突きつつ、エルの前まで歩いてくる。
その姿を瞳に捉えながら、エルは、――そう言えば、アルドナーグ家は王家の親戚と説明されていたっけ……などとぼんやり考えていた。
そんな彼女に近づいた髭面国王は、不意に彼女の眼前に錫杖を持っていない右手を差し出す。
「ふえっ? あ……あの……えっと……エル・ビナシスで……す……よろしくお願いします」
頭の中で、――国王が叔父ってことは……もしかして隊長、あんなんで実は王位継承権とかあるの? うわぁ……今まで邪険に扱いすぎてるかな私……などと色々混乱しがちだったエル。
そのため、何も警戒することなく、眼前に差し出された王の右手につられるように握手に応じた。
「うーんッ。よい手だ! みずみずしい十代の肌に白く細い指先。傭兵などと、あんな《駄目男》のもとで働くなぞもったいない。どうだ? オレの親衛隊に所属変えないか?」
「へ? な、何を……」
王の言葉に驚き声のトーンが上がってしまうエル。
「陛下ッ! いきなり怪しい勧誘しないで下さいッ」
遅れて入室してきた宮廷司祭ホーチィニが、血相を変えて王の暴挙を制止する。
彼女の右腰には、傭兵のエルも初めて見るタイプの黒い長鞭が丸めて括り付けられていた。
「チイッ……堅物の宮廷司祭がもう来やがったか……」
ホーチィニの姿を半目でうざったく見る国王。
さらに今度はナスカの方に視線を移し――――
「おい、ナスカ……お前もこんな『鋼鉄の処女』相手じゃつまらんだろうに……。いい加減、目ぇ覚まして女変えた方がよいぞ。
そぉだ! アークのリドルんトコの娘なんかどうよ? 政略的にウチの国にもおいしいし、お前もウハウハだ。なんたって、アイツの娘な、双子の美人姉妹……しかも、『たゆん、たゆんっ』で有名らしいぞぉ」
「え? マジ?」
いやらしく目尻を垂れ、頬を若干朱にしつつ、自分の胸部付近に豊かなバストのラインを両手で描く髭面の国王。
その国王の言葉に若干鼻の下を伸ばしかけた傭兵隊長。
その二人の間に、アーク王国製の特殊な樹脂で作られた鞭の先端が、超音速の衝撃波を纏って横切った。
「……まだ、続ける?」
凄む宮廷司祭に、髭面国王と《駄目男》は首を横にぶんぶん振って、二人は怖ず怖ずと座席に座っていく。
「……いい加減、その擬音には腹が立つ……こほんッ。えー、アテネ国王ジオ・ザ・ラバート・アテネ陛下より、傭兵隊への極秘任務があります。陛下に代わって僭越ながら、私から状況の説明を行います」
凜とした声で言い、集まった面々を見渡す宮廷司祭に、何故かこの場では最も威厳があるように感じられる。
国王と傭兵隊長、そして宮廷司祭の酷いやり取りに、初めて見るエルが唖然として、ダーンが苦笑いを浮かべるのだった。
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