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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
プロローグ~色気ババアからの依頼~
しおりを挟む遮光カーテンの隙間から、月の銀光が差し込み、木目の床を照らしていた。
アルドナーグ邸二階の一角――
来客用に用意された寝室には、三つのベッドが用意されており、南側の窓から枕を東に向けて並べられている。
その中で、一番窓際にツインテールを解いた金髪の少女リリス、真ん中を空けて、廊下側に黒髪の少女ホーチィニがそれぞれベッドに横たわっていた。
本来、この家の住人であるリリスは、同じ二階にある自分の部屋に寝るべきなのだが、ホーチィニがここに泊まるときには、こうして二人、この部屋で一緒に寝ることが習慣となっていた。
リリス曰く、『アテネの聖女を《駄目男》から守るため』だそうだが……。
そのリリスが月が夜天に南中する現在、一人、目を覚ましベッドの上で上体を起こすと、窓のカーテンを少し開いて、空に高くある月を仰ぎ見る。
廊下側のベッドには、ホーチィニが穏やかな寝息を立てていたが、リリスは険しい表情をしていた。
『やはり、目を覚ましたか、リリスよ』
リリスの頭脳に銀狼の言葉が届く。
彼女は憮然としたまま、精神波での会話を始めた。
『まったく……乙女の目覚め時にいきなり話しかけてくるなんて、いつまでたってもデリカシーのないヤツね、あんたは』
『フンッ。デリカシーなぞ我にとっては大きなお世話というものだ。それに、一応早急に伝えねばならんと思うてな……』
『私にとってはとっても大事な部分なんだけど……まあ、いいわ。それで、この月の女神の動揺ぶりは何?』
『うむ。このアテネの地で、魔竜の魔術師が月の《活力》を大量に搾取しておる。場所は北の国境付近、アリオスとかいう小さな街の付近だ。近くに湖があるが、そこで戦闘があった』
『アリオス湖か……』
『戦闘はもう終わっておるが、魔竜の相手は……』
『待って。ホーチさんが目を覚ましたわ』
銀狼の言葉を制し、リリスは廊下側に視線を向ける。
もそもそと身体を起こし片手で眠い目をこするホーチィニの姿を、エメラルドの瞳に捉えた。
「どうしたの、リリス……眠れない?」
半ば怪訝な表情を織り交ぜて訪ねてくるホーチィニ、彼女は寝ていたために少し乱れたその濡れたような黒髪を手ぐしで整えている。
「あ……うん、そうね。ホーチさんが寝る前にどうしても教えてくれなかったこと、気になっちゃって」
寝間着の襟元から覗く自分の鎖骨あたりを指さしつつ、にっこりと笑って話すリリスの視界に、みるみる顔を朱に染める宮廷司祭の姿があった。
それは夕食が終わり、弓兵の少女をナスカとダーンに送らせている間に、二人で母屋の一階にある浴場で入浴した際の出来事――
目敏いリリスがホーチィニの鎖骨付近にある、真新しい小さな皮下出血を発見。
これについて、大いに会話が弾んだ……と言うより、リリスがホーチィニに原因を追及しまくったのだが……。
結局、ホーチィニは曖昧な回答しかしないまま必死になって誤魔化し、なんとかうやむやにしたのだが。
「あの、ほら、あれは虫刺されだって、ちゃんと説明したでしょ」
俯いて胸元でもじもじと指をこね始めるホーチィニ。
「たかが虫刺されに、どうしてホーチさんが顔を真っ赤にしているのかが、私にとって謎なんですけどぉ? うちの玄関先にいた虫は、よっぽど《悪い虫》だったんだね」
「うー……」
ホーチィニがたまらず恨みのこもった目線を送るその後方で、無線通信用の《理力器》が呼び出し音を奏で始めた。
その理力通信機は一般家庭にはない機種で、ホーチィニがここに来るようになってから、この部屋に置くようになったものだ。
「こ……こんな時間にどうしたのかしら?」
話題を変えられることに安堵しつつ、ホーチィニはいそいそと通信機のもとに駆け寄る。
この通信機を使って連絡をしてくるのは、今のところ一人しか思い当たらないが。
『……ああ、やはりこちらでしたか』
通信の相手は、ホーチィニの祖母スレームだ。
「何か急用でもあったのですか? お婆さま」
『ええ……。実は、私の孫娘が、たった一人でアテネの地を歩き回り、非常に危険な行動をとっていまして。是非ともあなた方のバックアップをお願いしようかと……』
「は? 私、別に危険なことしてないと思うのですけど……」
怪訝な……というよりは、むしろまた悪質な嫌がらせが仕組まれているのではないかという懸念を隠せないホーチィニの横に、自分のベッドから移動してきたリリスが腰掛けると……。
「ある意味、その貞操は常に危険に晒されているのでは?」
「ちょっ……リリス!」
『おや。リリス、やっぱりそこにいるのですね。貴女の相方がさっきこちらの様子を覗いに来てましたが……』
「え? それではスレーム先生、このアテネにいらっしゃるのですか」
『はい。今回はレイナー号の客室乗務員として、急遽……』
と、応えるスレームの後ろで、初老の男性のものと思われる声が、なにやら罵倒を浴びせているようだが。
「話が恐ろしく脱線しそうなので、用件のみをお願いします」
祖母とその子供版の二人だけで会話をさせていたら、いつまでも本題に入れないことだろう。
『ああ、はいはい。で、私の孫のことなのですが……』
「それはいいからッ」
またも孫娘と言い出すスレームに、ホーチィニが苦笑しつつも肩を怒らせる。
『さて、どう説明しましょうかね……。先に断っておきますが、この通信、盗聴されている可能性もありますので、あまりありのままに言えないのですよ。一応、暗号化とスクランブルを掛けていますが』
「この通信機の特殊機能でしたっけ。他の通信機で盗聴すると、全く他の会話に変換されちゃうっていう」
目の前の通信機は、アーク王国王立科学研究所製のものだ。
理力通信機自体は、世界中の理力先進国に広く活用されているため、通信は傍受されることが多い。
だが、この通信機は特別だ。
専用の機種間でしか通信できないように、暗号化され、信号パルスもアナグラム化されて送信され、定期的に暗号化パターンを変更し機密性を保持している。
『はい。ちなみに、こちらからの会話は、すべて、湿り気のある男性の声で、極めて変質的な語りかけをし、そちらからは、声質はそのままに言葉と言うよりは、むしろ、抑え込もうにも漏れ出してしまったあえぎ声というか……』
「壊します。今すぐズバンと浄化の一撃を……」
ホーチィニは、微笑とともに目尻に涙を浮かべつつ、いつの間にか右手に愛用の鞭を手にし、髪を逆立てるような勢いで通信機に凄む。
『冗談ですよ。まあ、ともかく、万が一にも聞かれてはまずいことなので、保護対象の名前などは伏せなければならないのですが……アークの戸籍上、私の養子だった娘の長女のことですよ』
スレームの言葉に、ホーチィニはきょとんとして、
「あの……私、そのこと知らないんですけど」
『あれま……貴女にも話していませんでしたか。うーん……確かにこの事は国家機密でしたし、言ってなかったかもしれませんね。
ああ……そうでした、リリス、貴女の好敵手のことですけど、わかります?』
「……先生、それって……擬音系で表現すると『たゆん、たゆんっ』?」
若干、ダメ声になりつつ、半目で応えるリリス。
『はい、正解! さすがリリスです。具体的な人着を表現できないこの状況下で、彼女の人物像を示すに、見事な上ある意味哀れなほど的確ですね』
「あ……哀れは余計ですッ! それで、ちょっと一人異国の地を歩き回るには洒落にならない彼女が、一体この国で何しようって言うのですか?」
『それは本人に聞いて下さい。守秘事項ですのでね』
「うーん、それ、多分無理ですよ先生。私、明日の昼には出発だから、今回は彼女と会えないと思います」
『ああ、あちらに行かれるのですね。そうなると、ホーチにお願いするほかありませんが……』
「あのー、私、全然会話について行けないんですけど……」
左手を肩の辺りに挙げて、他二人の会話が理解できないことを露わにするホーチィニに、隣に座ったリリスが振り向くと――
「えーと……要するに、やたら揺れまくる女をとっ捕まえればいいの。いうこと聞かないとか、面倒だったら、ホーチさん得意の鞭でズバンと一発かませばいいと思うよ」
真剣な眼差しで言い聞かせ、ホーチィニの右手に握られた鞭を指さした。
「え?」
リリスの気迫に一瞬気後れするホーチィニ。
『あはははっ……コンプレックスって時々狂気の元になりますねぇ』
理力無線機のスピーカーからは、本当に愉快そうで軽快な笑い声が流れていた。
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