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第一章 王国軍大佐~超火力で華麗に変態吸血鬼を撃つ~
第十話 逃走する彼女と揺れる視界
しおりを挟む自らの肉体を傷つけた光の棘と、残り少ない魔力を削り取る僅かな清水。
この二つの戒めに、吸血鬼たる彼は、かつて無い屈辱と暗い憤怒を胸に抱いていた。
――相手は、かつて我が同胞達を次々と撃破した怨敵、その愛娘だ。
だが彼女は、恐るべき戦闘力を誇っていた父親とは違い、ただ賢しいだけが取り柄の人間で、青臭い小娘のはず。
小面倒な策を弄さずとも、我らが本気になれば一瞬で血煙と化す、ひ弱な小娘ではないか。
いくら生け捕りが目的で、出来れば傷つけること無く連れ去り、あわよくば、我が眷属に仕立て上げてやろうと、軽い戯れの腹積もりだったとはいえ、かくもこれほどの狼藉を許すこととなろうとは――
吸血鬼は、爆発的に膨らむ怒りを解放するように、全身の筋肉を隆起させ、熱された……まるで炎の息のように、灼熱の吐息を怒声と共に吐きだした。
ふくれあがった魔力と全身からあふれ出す怒り、そして灼熱の息が、彼を濡らしていた清水を一気に蒸発させる。
清水が消えたことで、さらに月からの活力を大量に受け、彼に莫大な魔力が蓄えられていく。
周囲を見渡せば、あの賢しい小娘の姿は無い。
――本当に賢しい娘だ。
不意打ちのようにサイキックでこちらにダメージを与えながらも、そのままではいずれ敗北することを悟っていたのだろう。
こちらが思いもしなかったダメージを受け、動けなくなっている僅かな隙に、逃亡を選択したのだ。
彼女の逃亡先は、あの白亜の大型客船以外にない。
しかし、広大な湖の沖に浮かぶあの船に逃げ込むには、先ほど見かけた黒い潜水艇を使うしか有るまい。
いくら何でも、泳いで行くには岸から遠すぎるのだ。
ここで彼女を襲う前、あの潜水艇については、コウモリ達に調べさせてある。
まさに、要人用の脱出艇なのだろう。
船体は特殊な合金で出来ており、とてつもなく頑丈だが武装の類いは一切なく、念のため調べたところ、湖上で派手に爆発していた高性能の理力爆弾も搭載していなかった。
やっかいなのは、アークの理力科学技術が生み出した兵器だ。
先の人間達との戦争でも、アークの理力兵器に、我らが軍勢は苦戦を強いられ、結果敗北を喫した。
全くもって、人間共の知恵だとかは忌々しいが、今夜のところは、小娘の策も尽きたことだろう。
潜水艇には兵器はなく、予備の武装があるとすれば、沖に浮かぶ白亜の客船内。
そして、いかにサイキックが我らに有効とはいえ、小娘の力量では、先ほどの不意打ちが手一杯だ。
弱点とはいえ、我が魔力を持ってすれば、予め魔法による対抗策を備えておき、受けるダメージを最小限に押さえ込める。
今まともに戦えば、さしたるダメージも受けることなく確実に勝つことが可能だろう。
つまり、彼女があの潜水艇にたどり着く前に、こちらがその潜水艇にたどり着けば、こちらの勝ちだ。
いや、彼女が乗り込む寸前のところで、ハッチの前に仁王立ちして姿を現し、「お待ちしていました」とでも告げてやれば――――
あの生意気で澄ました美しい顔を、今度こそ、恐怖と絶望に染めてやることも出来よう。
再びこみ上がってくる愉悦に唇を大きく歪め、吸血鬼は静かに月の夜空に舞い上がっていった。
☆
視界が奇妙に揺れている。
満月の冷たい光と、それを時折遮る周囲の木々の影。
その微妙な明暗が平衡感覚を狂わせている。
極度の緊張の中、睡眠不足の気怠い身体に鞭打って、息を切らせながら走り続けて数分、《大佐殿》は、今にもその場で倒れ伏しそうな感覚に奥歯を強く噛んで耐えていた。
先ほど、あの吸血鬼には強がって見せたが――今のあたしが魔竜クラスとまともに戦えるわけがない。
得意とする光のサイキックが、たまたま相手の弱点だったが、さっき発動した《サイコ・レイ》の上位発動《輝く棘の檻》は、発動者の精神を非道く消耗させる。
本来、サイキックの上位発動は、今の自分の力量で安易に使いこなせるものではなかった。
――いくつもの属性を発動できるのがあたしの強みだけど……無理しすぎた。
力量にそぐわないサイキックを発動したため、精神の消耗は激しく、油断すれば嘔吐しかけそうなほど目眩も非道かった。
だが、今はとにかく全力で走らなければならない。
湖にまでたどり着けば、乗ってきた潜水艇がある。
吸血鬼の回復力も定かではなかったが、とにかく潜水艇まで無事にたどり着きさえすれば、何とかできるんだ。
そのためにも、死にそうなほど苦しいけど、今は全力で逃げるしかない。
夜露に濡れた下草が、蹴り足を滑らせて、思うように早く走れないことがもどかしい。
さっきまで肌寒かったのに、今はのどが渇いて仕方がなかった。
スカートの丈も、結構意識して短いものを選んだのに…………。
――あっ……べ、べつに、特定の誰かに、もしかしたら会えるかもしれないからとか、そういうの全然ないんだけどッ……。
とにかく、それでさえも汗ばんで太ももに纏わりつき、走りにくくて仕方がない。
正直――胸も、もの凄く揺れて邪魔ッ。
こんな時、魅力的なエメラルドの瞳と金細工のような金髪ツインテールが綺麗だったあの娘くらいなら、きっと走りやすくていいのに――――
――あー。……まあ、あれだとチョット寂しいかな、うん。……っていうか、この前だって、フライパン振るときこの胸が邪魔でしょうがなくて、微妙に火のまわりが均一にならなかったのよねー。
なんて……頭の中、色々雑念混じっちゃってるけど、とにかく息が苦しい。
――この辺りの空気、ホントは酸素薄いんじゃないだろうか。
やばい……ホントにもう走れそうにない。
でももう、いいかもしれない。
あの吸血鬼も結構消耗していたし、さっきのサイキックのダメージでしばらく動けないのではないだろうか。
せめて、ほんのちょっとだけ、歩いてもいいのではないか――
そんな誘惑と戦いつつ、《大佐殿》は走る速度を緩めなかった。
目的地である潜水艇はもう目の前に迫っている。
上下に揺れる視界の中、林の影を抜けると、母の名を冠した白亜の船が見えてきた。
――あともう少しだ。
砂浜にたどり着き、今度は乾いた細かい砂に蹴り足を取られそうになる。
前に転びそうになりつつ、片方の足を大きく前に踏み出し、何とかバランスを立て直して、あと十数歩。
ようやく、たどり着き、両手を両膝にあて、崩れそうになる上体を支えながら、荒い息を整える間もなく、彼女は視線を潜水艇のハッチがある方へと向けた。
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