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第一章 王国軍大佐~超火力で華麗に変態吸血鬼を撃つ~
第八話 闇を撃つ彼女の光1
しおりを挟む初夏とはいえ、真夜中の風は少し肌寒い。
そんなひんやりとした空気の中、《大佐殿》は、夜の闇が与える冷ややかさとは別の干渉を受けて、背筋に悪寒を覚える。
彼女の前方二十歩程度の空間が、まるで陽炎のように揺れ始めていた。
「これは、失礼をしましたね、美しいお嬢さん」
纏わり付く陰湿な声が、月明かりだけでは照らしきれない林の影に木霊する。
前方の陽炎が漆黒の闇を生み出して、それが人型をかたどり、やがて一人の男が姿を現した。
「実を言うと、予想以上のダメージでしたのでねぇ……痛んだ身体と衣服を修復するのに時間が掛かってしまったのですよ」
その声を直に聞くのはこれが初めてだったが、その男の姿は先ほど潜水艇のモニターで嫌気が差すほど見ている。
《大佐殿》にとって、今一番会いたくなかった男だ。
スカートの中、銃把を握る手に力が入ってしまうが、《大佐殿》はすぐに相手を誰何することができない。
足下がおぼつかない感触を覚え、喉が異常に渇く感覚の中、琥珀の瞳だけは気丈にもその男の姿を捉え続ける。
「高貴な貴女とお目にかかりますに、乱れた格好で参上するのは失礼かと思いまして、こうして姿を忍ばせつつ、修復などを致していたところ、先ほどようやく準備が整った次第でして……」
姿を現した男は、嫌みなほど慇懃にその場で一礼する。
漆黒の外套に身を包んだ吸血鬼、サジヴァルド・デルマイーユだ。
「ホント、しぶといというか……私、しつこい男は嫌いなんだけど」
ようやくの思いで、嫌悪を込めた言葉をはき出した《大佐殿》は、抜いた《衝撃銃》をサジヴァルドに構えた。
襟元を大きなボタン一つで止めていただけの外套、その前のあわせが翻って、銃を保持する右腕の二の腕から先が、月明かりに晒される。
左肩にベルトを掛けていただけの背負いバックが足下に落ちた。
「なになに、すぐにわたくしめのことが、愛おしくてたまらなくなりますとも」
向けられた銃口に臆する素振りを微塵も見せずに、サジヴァルドはゆっくりと両手を広げた。
その周囲の空間に小さな波紋がいくつも出来上がり、その波紋の中心から、赤い目を光らせたコウモリ達が湧いて出る。
くちばしの先から耳障りな高音を吐き出しながら、月明かりの中に姿を現す様は、おぞましいほどの不吉な印象だ。
その数は二十羽以上で、そのまま吸血鬼の周囲を耳障りな羽音と共に舞い始めた。
「……貴方が私の趣味じゃ無いってこと、言葉で表現するより解りやすい様に、とっておきの一発を撃ち込んであげたんだけど?」
毒づきながら《大佐殿》は、銃把を握る手に汗が滲むのを感じていた。
現段階で、先ほど吸血鬼に放った対艦狙撃砲の一撃を超えるものは持ち合わせていない。
あのとっておきの一撃でとどめを刺せなかったとは――
相手は強大な戦闘能力を誇る魔竜、しかも人型ということは人智を超えた強大な魔力をもつ化け物だ。
その戦闘能力は、近代装備をそろえた一個師団が戦っても敵わないとまで言われている。
一般の理力銃よりも威力があるとはいえ、この《衝撃銃》だけで、目の前の吸血鬼を倒すことは不可能だろう。
「あれは、流石に効きましたねぇ……。この身も、今宵の満つる月が無ければ消滅してしまうところでしたよ。ですが、わたくしめは満月の夜において不死身ですので……そろそろ諦めて、わたくしめと共に来ていただきたいものです」
――やはりあたしの拉致が目的!
吸血鬼の言葉を聞き、予測していたとはいえ、敵の目的が自分自身であることに《大佐殿》は、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
だが、この状況においても、《大佐殿》は敵の意図をもっと知りたいと考えていた。
正直に思い返せば、今回自分がアーク王国を離れ、同盟国のアテネ王国に訪れたことは、簡単には察知されないかもしれないと、少し甘く考えていた節もある。
しかし仮に、これをアーク王国に仇成す敵が察知した場合、その敵が起こす行動を調べることで、その規模や構成、背後関係をあぶり出すという思惑もあったのだ。
その結果によって、今後の国防体制のあり方や、同盟国とのやりとりについても方針が決まってくるだろうと考えていた。
だから、危険を承知で、乗船名簿に名前が記載される民間船に乗船して出国したのだ。
水面下でアークに害をなそうとする動き、これを明るみに出すため、半ば、自分自身を囮としていたのである。
ともあれ、国の要職たる立場の思惑とは裏腹に、一人の女性としては、その身に降りかかる危険に対して臆するところは多分にあった。
すぐにも逃げ出したい衝動に耐えつつ、さらなる情報を引き出すためにも《大佐殿》はあえて相手を挑発する。
「デートにでも誘うつもり? とても、趣味が合うようには思えないんだけど、どこに連れて行こうって言うの?」
冷たい態度を維持し、その声に不安や戸惑いを全く滲ませること無く、気丈に振る舞い続ける。
「フッ……お解りでしょうに。もちろん、アメリアゴートですよ」
サジヴァルドの言葉にあった場所の名は、《大佐殿》の予想通りの国名だった。
そう、現時点で自分の身を拉致することに大きな意義を見いだすのは、アーク大陸の東に浮かぶアメリア大陸に広大な領土をもつあの帝国でしか無い。
アメリアゴート帝国――――
魔竜戦争終結後に成立し、その後急速に力をつけた帝国制をしく国家だ。
初代皇帝ルーク・アルガ・ヴォン・ゴートは、自分の帝国を樹立後二十年、かの国の皇帝として今も君臨し続けている男だ。
真偽の程は明らかでないが、かつてアーク王国の重鎮だったとの噂もある。
そのゴート皇帝は、隣国アーク王国について、その政治のあり方を間違っているものと糾弾していた。
特に、徐々に国民主権へと移行させようとしていることについて、国家のあり方として脆弱であると訴えているのだ。
さらに、王国の現体制に反旗を翻し亡命したアーク旧門閥貴族を、自らの帝国貴族として厚く迎え入れてもいる。
また彼は、この世界は強力な指導者的立場の国家が主導するべきだと謳い、自国の軍事力を強化した。
中央集権の強固な専制政治体制を確立し、国家樹立後、僅か数年でアーク王国に並ぶ軍事力を整え、年々アークへの牽制を強めている。
全く違う政治のあり方をそれぞれ主張し対立する、アーク王国とアメリアゴート帝国。
この二大大国の衝突は避けられないだろうと考えられているが……。
近年、アメリア大陸西部のアーク王国側沿岸には、大規模な軍事基地が建設され、帝国戦艦が軍事演習を実施しつつ、これ見よがしにアークの領海を侵犯する。
それに対し、アークは砲火を交えるような防衛行動には至らないまでも、領海内に無人の軍事偵察艇を多数配置し、帝国艦船の情報収集などに当たらせていた。
つまり、この二つの国は冷戦状態にあるのだ。
それが、最近になって、帝国側の示威行動がより活発となった。
アーク側の無人偵察艇が、いくつも砲撃を受けて破壊され、領海線付近での軍事演習が頻繁に行われるようになったのだ。
極めつけは、一週間前の首都ジリオパレスで起こった事件だ。
その事件は、帝国側のエージェントがスパイとして発見されたことに端を発する。
アーク側に発見された彼らがアーク警察隊と衝突し、結果、警察官と市民に重傷者が出たという内容だった。
スパイは全員逮捕され、首謀者はその場で自害したが、この事件の後、両国の緊張は一気に高まってしまった。
そのアメリアゴートに、魔竜達が関わっている。
《大佐殿》は自分自身が危険にさらされていることも忘れ、かつての人類共通の敵が、人類側の一国家に与している事実に対し、言い得ぬ大きな不安を覚えた。
「何故、魔竜の生き残りが帝国に協力しているの? それに、私を人質にでもして、アークとなんぞ交渉でもするつもり? 姿形だけでなく、策略なんかまで人間じみてるわ……落ちたものね、魔竜も」
「何分、利害が一致しているものですから。詳しくは、かの国に着いてからお話しして差し上げましょう」
「冗談は顔の化粧だとか、その変質者的装いだけにして頂戴。この私が帝国なんかに招待されて、はいそうですかと行くわけ無いでしょ。第一……エスコート役が最悪すぎるわ」
うんざりといった感じで、《大佐殿》は毒づき、吸血鬼を睨め返した。
「それでは、やはり力ずくとなりますねぇ」
サジヴァルドの言葉が終わるかどうかの時、《大佐殿》は《衝撃銃》の引き金を引いた。
蒼白い閃光を伴って、超音速の衝撃波がサジヴァルドに迫る。
だが、彼の頭部に直撃する寸前、その光が弾かれ霧散する。
霧散した衝撃波の余波が突風となって、《大佐殿》の外套に吹きつけ、かぶったフードがまくり上がった。
「おやおや、全く物騒な方ですね。もう申し上げずともお解りでしょうが、そのような豆鉄砲、この私には通じませんよ」
口元に笑みを浮かべつつ、両手を広げてゆっくりと《大佐殿》に近づく吸血鬼。
彼は、さらに芝居かかった哀れみの視線を《大佐殿》に向ける。
「正直申し上げまして……先ほど湖上で頂いた見事な一撃、あれによって、我が魔力の大半を奪っていかれましたが、それでも貴女一人捕らえるのは容易いのです」
「くっ……」
効果が無いことに歯がみしつつ、《大佐殿》は更に、サジヴァルドに向け引き金を引く。
六連射……一瞬にして六発の衝撃波が寸分の狂いも無くサジヴァルドの頭部へと放たれた。
しかし、結果は同じだった。
「大したものです。今の射撃、狙いが全く同一でした。お見事ですよ……意味はありませんが」
口の端を醜くゆがめて、サジヴァルドはゆっくりと《大佐殿》に歩み寄り始めた。
「寄らないでッ……この化け物」
顔面を蒼白にしながらも、《大佐殿》は銃を再び連射するが、四発ほど額でその衝撃をかき消した吸血鬼は、不意にその姿を消し――
「年頃の娘が、そんなものを撃ちまくるのは、感心しませんねぇ……。はぁい、お仕置きでぇぇす。その血ィ、いっただきまぁぁぁす」
心臓が凍り付くような雄叫びを上げ、突如《大佐殿》の背後に現れる。
そして、唾液が糸を引く上顎、その二本の牙を、彼女の白いうなじに突き立てようとした。
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