超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
上 下
12 / 165
序章  朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~

第十一話  アルドナーグ邸1~夕暮れ、ところにより紫電~

しおりを挟む
 アルドナーグ家――。

 アテネ王国でも有数の名家で、現アテネ王家の親類にあたる貴族だ。

 現当主はレビン・カルド・アルドナーグ。
 レビンは貿易商人として世界各地を妻ミリュウと渡り歩いているという。

 実際は、二人とも魔竜戦争時の英雄であった。

 現在も表向きは貿易商として世界を渡りながら、裏では魔竜軍残党の調査や彼らとの重要な交渉等を行っている。

 ただし、一般の市民達がそれを知ることはないだろう。

 アテネ王国首都アテネ市の最南端、海岸線に小さな岬がオリン海に突き出ている。

 その小さな岬は、オリン海に四〇〇メライ(メートル)ほど海に突き出していて、海面から三〇メライほどの高さに切り立った崖状になっていた。

 真上から望めば、東西に伸びる海岸線を二つに割るように隆起した大地が海に張り出しているように見えるだろう。
 
 その岬の先端には、《理力器》を利用した白い灯台があり、その北側の森林を切り分けた平地部にアルドナーグ邸がある。

 アルドナーグ邸は、南北に二〇〇メライ、東西に一五〇メライの長方形状だ。

 その敷地は低い石垣と鉄柵で囲まれ、敷地内にはいくつかの建物がある。

 住居である二階建ての母屋おもや
 商館と呼ばれる貿易商の本拠である事務棟。
 敷地内を管理する使用人の住居棟に、剣術道場など。
 敷地中心には、東洋の庭師達に作らせた庭園などもあった。

 城下町での買い物を済ませたダーンとリリス、そして客人として招かれたエルの三人は、
街から馬車で邸宅の正門前まで移動してきている。
 現在は、敷地を縦断する庭園の石畳を歩いていた。

 なお、リリスと一緒にいた銀狼は、馬車で邸宅の正門前までは彼らと一緒だったが、買ってやった鹿肉の塊を包みごと咥え、邸内に入らずにいずれかに立ち去っている。

 銀狼の存在は、街での買い物や馬車に乗るときも、街行く人々や店員、馬車の御者ぎよしやを驚かせていたが……。

 その度に、リリスが銀狼の太い首に抱きついて、
「この子、私の大道芸のパートナーなの。こう見えて芸人ならぬ芸犬よ」
などと説明しては、当の銀狼は微妙に嫌そうな唸りを小さく上げていた。


「話には聞いていたけど、すごい広さね。こんな庭園見たことないわ」

 異国の風情をかもし出す庭園の風景に囲まれ、エルは嘆息した。
 彼女の周囲は、夕日の赤を浴びて朱に染まっている。
 
 東方から持ち込まれた低木の垣根や、灯籠とうろうなどが朱を照り返し、庭園の中央のため池に夕焼けの空が揺れていた。

「実際は広いだけでね、俺たちはあまり利用してないところばかりさ。管理は親父達が雇った庭師とか使用人の仕事だし、商館の方なんか何やっているか見当もつかないよ。住んでる母屋なんか、半分は使われてなくて、使用人達が掃除するためにあるようなものかな」

 三人が横一列に並んで歩く中央、ダーンが肩をすくめながら話す。

「ちょっと疑問だったんだけど、使用人がいるなら、料理とか自分たちでしなくてもいいんじゃないの?」

 エルの疑問に、ダーンを挟んで反対側、彼の左腕をしっかりと抱いているリリスが応じる。

「父さんの方針でね、生活は自分たちでやらなきゃ生きてる楽しさも半減だ、ってことで、母屋の生活に使用する場所の管理や炊事洗濯は自分たちでやることになってるの。まあ、私がいるときは、もつぱら私の仕事になっちゃうけど。ナスカお兄ちゃんのはホーチさんがたまにいっぺんに片づけてくれてるみたいね」

 宮廷司祭ホーチィニは三年前からここの常連で、当然リリスとも親しいのだろう。

 ナスカが彼女を呼ぶ際の愛称ホーチにさん付けで宮廷司祭のことを語る。

 もっとも、当のナスカは人前で彼女をホーチとはあまり呼ばないようだったが。

 リリスの言葉を聞いたエルはふと、先ほどから気にかかっていた疑問を口にする。

「そういえば、リリスちゃんはしばらくここを留守にしていたみたいだけど、その……失礼かもしれないけど、貴女あなたいくつ?」

 先ほどの街道でのダーンは、彼女と会うのは二週間ぶりとか言っていた。

 彼女が犬呼ばわりしていた大きな銀狼を引き連れて、一人でアーク王国に旅をしていたようだが。
 
 身長にして一四〇セグ・メライ(センチ・メートル)を下回る程度しかない彼女。
 その見た目は十代初期のものだ。

 熊のような大きさの狼を連れ、外国に一人旅できるようにも思えない。

「これでも十六歳よ。背が小さいからもっと子供に見えたかもしれないけど」

 と、言ったリリスによく聞き及んだ念話が、距離を関係なく即座に届く。

『いや、胸で判断したのではないか?』



              ☆



 アルドナーグ邸の南側、高さ一五メライの白い灯台の屋上、その展望台で鹿刺しを咀嚼そしやくしていた銀狼が、雷雲のない天空から落下した突然の紫電に打たれていた。



              ☆



 エルは、横目に見るリリスの瞳が一瞬緋色に光った様にも見えたが、夕日の反射だろうかと思い直し、それ以上気にしなかった。

「最初は、親父おやじ達にくっついて旅行を始めたんだけどな。いつの間にか一人であちこち行くようになっちゃって……。最近じゃあ、各地で色々覚えてきてさ……さっきの大道芸とか。もう随分前だけど、あの銀狼もどっかで拾ってきたみたいだし」

 ダーンの言葉に、リリスは、

「あれは拾ってきたんじゃなくて、勝手に着いてきただけよ、お兄ちゃん」

と、ちょっと不機嫌に答える。

 隣を歩く義妹はそのまま一人「あの駄犬、いつか父さんの扱う毛皮商品にしてやる。……どうせ狼の毛皮なんか安物にしかならないけど」と小さく呟いているが。

――その割には、さっき高い鹿肉大量に買ってやったり、いつも帰ってくるたびに、リリスの服や頭髪に銀の毛が付いてたりするんだけど?

「そうそう、さっきの大道芸すごかったわ。ジョッキのオレンジジュースとかなんでこぼれないの? それに、あの狼の口に剣が突き刺さった様に見えたけど、あのときはびっくりしたわ。どんなトリックなの?」

 興味津々なエルの質問に、リリスは彼女の方を向き、エメラルドの瞳の片方を愛嬌あいきようよくつむって見せた。
 そして、ダーンの腕に巻かれた腕とは反対の左手人差し指を顔の前に『ぴっ』と立てるとこれ見よがしに言い放つ。

「乙女の秘密」

『フンッ。プラズマによる物質硬化に、リンゴの中で位相変換。《雷神王》のあんな過激な力を乙女の秘密などと……世界中のまともな乙女達に申し訳ないのではないか?』



              ☆



 アルドナーグ邸の南側、高さ一五メライの白い灯台の屋上、その展望台で少し焦げた元・鹿刺しである肉の塊を咀嚼していた銀狼が、雷雲のない天空から落下した突然の紫電に打たれていた。



              ☆



 「なんか遠くで雷みたいな音がしない?」

 ふと足を止めたエルが、南の空を仰ぎ見るが……。
 夕焼け空には雷雲など一つもなく、西から徐々に赤が薄まって東の群青へと変わるグラデーションが綺麗だった。

「そうかな……特に何も聞こえなかったよ。ええ、何も……」

 アルドナーグ邸と岬の先端との間に張った音波障壁を強めつつ、リリスは断言をする。

 三人が歩いて行く先に、重厚な金属製の両開きドアで設えた母屋の玄関が間近になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!

神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話! 『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください! 投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

追放されましたがマイペースなハーフエルフは今日も美味しい物を作る。

翔千
ファンタジー
ハーフエルフのシェナは所属していたAランクの勇者パーティーで魔力が弱いからと言う理由で雑用係をさせられていた。だが、ある日「態度が大きい」「役に立たない」と言われ、パーティー脱退の書類にサインさせられる。所属ギルドに出向くと何故かギルドも脱退している事に。仕方なく、フリーでクエストを受けていると、森で負傷した大男と遭遇し、助けた。実は、シェナの母親、ルリコは、異世界からトリップしてきた異世界人。アニメ、ゲーム、漫画、そして美味しい物が大好きだったルリコは異世界にトリップして、エルフとの間に娘、シェナを産む。料理上手な母に料理を教えられて育ったシェナの異世界料理。 少し捻くれたハーフエルフが料理を作って色々な人達と厄介事に出会うお話です。ちょこちょこ書き進めていくつもりです。よろしくお願します。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...