超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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序章  朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~

第八話  アテネの街にて1

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 アテネの城下町は世界有数の商業都市だった。

 海路や陸路を通じて大陸各地の名産品が集まり、アーク王国との交易に用いられる飛行船空路からは、アーク王国の加工品が届けられて、その流通が連日行われている。

 そんな活気あふれる街並みに、私服に着替えた傭兵二人の姿があった。

「隊長、今頃どんな悲鳴を上げてるのかな?」

 含み笑うかのような声。
 蒼髪の長身男に並んで歩く金髪の女弓兵は、その声の調子からもわかるとおり上機嫌だ。

「多分、そんなに非道いことはされてないと思うけどな。……多分……その……そうだったらいいな」

 言葉の最後は苦虫を噛んだ後、強引に愛想笑いしたような表情となってしまうダーン。

 ダーンとエルは、ナスカが丁重に王宮教会に連行されていくのを見送った後、共に夕飯の買い物をすることとなり、城下町の市場に足を運んでいた。

 その場に何故エルが同行しているのか?

 それは先の訓練におけるパンチラ騒ぎの後始末。
 加害者側二人が、今回は過失によるものだからと彼女に支払いの軽減を嘆願たんがん
 エルが渋々、夕食一食分ということで妥協に応じたためである。

 ダーンは町中を同年代の女性と並んで歩くことに、何となく新鮮な感覚を覚えていた。

 女性としては別に小柄な方ではないエルだったが、長身の彼からすると、彼女の頭頂部は肩の下に見下ろす位置にある。

 妙に上機嫌の彼女は、自分にかなり近づいてきては、洗髪料の甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「宮廷司祭様の場合、隊長のことキッチリ虐めてると思うわね。それで、ちゃんと夕飯は作ってくれるでしょうけど……あめむちを使い分けるタイプ?」

「彼女、あまり知られてないが、戦闘訓練なんかじゃ長鞭を使いこなしてる。洒落しやれにならないよ」

「ふーん、そうだったんだ。まあ……私は傭兵隊に入って三ヶ月だもの。あまり王宮の中までは入ったことないし、司祭様の訓練なんか見たこと無いから知らなかった。あッ……もしかして、夜な夜な隊長を相手にそんな訓練をッ」

「違うからッ」

「あら……つまんない」

「あのなぁ……」

「あれ? あの人だかり何かしら」

 エルの指さす先、理力ポンプを活用した大理石製の噴水がある。

 その噴水を取り巻くように石畳の街道が円状に広がっていて、その場はちょっとした公園のようになっていた。

 その公園のような場所は街道の中央に位置している。

 買い物途中の人々が休憩をし、そんな人々を相手に軽食の露天商が並んでいるのだが。
 特に、噴水の前には人だかりができ、時折拍手はくしゆ喝采かつさいがあがっている。

「まさか……」

 ダーンは何となく、思い違いならばいいな……でも多分……というか目眩めまいがするほどに思い当たることがあった。
 以前にも、こんな情景は見た覚えがある。 

 できるならば、興味を示したエルを強引に引き連れてその場から反転退却したい衝動に襲われた。



               ☆



 公園の噴水前を取り囲むように、街を行き交う人々が足を止めている。
 その中心に人々の視線を集めている仮面の人影があった。

 目元のみを覆う銀色の仮面には、白い鳥の羽が二本と薄紅色の花が飾り付けられている。
 身を包む外套マントは、襟元の蒼紫に染めたボア以外鮮やかな赤だ。

 外套マントの裾からのぞく膝下までのブーツも深紅に染めた革製。

 しかし、外套マントの中は淡い蒼と薄紫の布地を組み合わせ、ウェストのラインを際立たせる革製の飾りなどが特徴的なワンピースだった。

 ワンピースのスカート部分は布地を重ね、ひらひらと小さなフリルが付いていたが裾は短く、白い太ももをわずかに覆い隠す程度。

 金細工の様に美しい髪をツインテールに結い上げて、その結い上げた間に乗るように、頭頂部には、茶色いフェルト製のミニハットをかぶっている。

 目元を仮面で隠しているため、人相までは確認できないが……。

「女の子よね、あれ。随分背が低いけど何歳くらいかしら?」

 エルの問いに、ダーンは思わず……十六歳かなぁ、と答えそうになった。

 そんな二人と仮面の少女の間には、買い物客や買い付けを終え暇をもてあました行商人、逢い引きの若いカップルなどが集まっている。

 仮面の少女は、なめらかなステップで軽快に踊っていた。

 いや、それだけではない。

 ステップを踏みつつ、両手で細身の長剣や、リンゴ、銀製のナイフ、火のついた松明たいまつ、ガラス製のジョッキをジャグリングしていたのだ。

 その足下後方には、熊のように大きな銀狼が、若干退屈そうに寝そべっている。

「大道芸かぁ。アテネっていろいろな人が集まるんだね。結構すごいんじゃないかな、あれ。……あ、ジョッキの中なんか入ってるわ。オレンジジュース? でも、よくこぼれないわね」

 思いがけない生のパフォーマンスを見ることとなった幸運に、少々興奮気味のエル。

 対照的に、ダーンの表情は苦虫を無理に笑いながら咀嚼そしやくしつづけるものとなっていた。

 やがて、仮面の少女は、ジャグリングしていた松明だけを右手に持ち、左手だけで他の四つをジャグリングし続けつつ、足下のバケツの水に松明を突っ込んで消火。

 その後、ナイフの柄を右手に受けてから口に咥えて、そのナイフの背にリンゴを受け止める。

 そのまま、長剣を右手に提げ、左手にジョッキを受け止めると、観客の元に歩き出した。

 口元のナイフにリンゴを乗せたままの少女が、一番前に座っていた十歳くらいの男の子の前で片膝を着く。
 
 少しおどけるその男の子に、手にしたオレンジジュース入りのジョッキを手渡した。

「あ……ありがと、お姉ちゃん」

 何となく腰が引けていた男の子が、一拍おいて仮面の少女にお礼をする。

 小さな、それでいて誠実な謝辞に、仮面の少女は口元を綻ばせ、空いた左手でナイフを口元から取る。

 と、ナイフの背に乗っていたリンゴが転げ落ちるが、接地の寸前に長剣の先が突き刺さり、落下を防いだ。

「どういたしまして。濃縮還元の百パーセントオレンジジュースだったんだけどね、少しだけど水分が電気分解で無くなってるかもしれないから、ちょっと濃いめよ」

 仮面の奥でエメラルドの瞳がウインクし、男の子の顔がみるみる赤くなった。

 仮面の少女は優雅に回れ右をし、銀狼の元へと歩き出す。

 すると銀狼がゆっくりとまるで「やれやれ」と言わんばかりに身を起こした。

 仮面の少女がナイフを懐の鞘に収め、リンゴが剣先に刺さったままの細身の長剣を眼前に構えれば、――不意に銀狼が飛びかかってきた。

 仮面の少女は、頭上に飛んだ銀狼の下をくぐるようにして素早く噴水の前へと戻ると、リンゴ付きの切っ先を観客の手前で着地した銀狼に向ける。

 銀狼はゆっくりと反時計回りに歩き出して、観客から離れつつ、少女と対峙。
 牙を剥いて少女の方に駆けだした。

 少女はその銀狼の襟元に横薙よこなぎの一閃を浴びせるが、銀狼は寸前のところで跳躍、少女と交差し、着地とともに再度飛びかかる。
 
 小柄な少女とその身丈を遙かに超す巨体の銀狼。
 長剣と牙がお互いの身に触れそうで触れないぎりぎりの攻防に、観客は声を失う。

 一歩間違えば死に直結するのに、その場の少女と銀狼は、まるで舞い踊るかのように交差しては離れ、優雅に激しく活劇を演じていた。

 そして、少女は腰だめに長剣を構え、一気に銀狼ののど笛を貫きに行く。

 対する銀狼は一歩下がってあぎとを大きく開くと、迫る切っ先の赤いリンゴを咥えて受け止めた。

 少女が大きく剣を突き出し、銀狼がその先のリンゴを咥えたところで、両者の動きが止まる。

 一拍おいて観客から拍手が巻き起こるが……。

 突如、少女はさらに一歩踏み出した。

 銀狼の口の中、リンゴが鍔元の位置まで貫かれ、細身の白刃が銀狼の体内を貫いた瞬間――――
 拍手が、観客の息をのむ音に変わった。

「うそ……っちゃった……」

 ダーンの隣で喜んで拍手していたエルが、手を止め青ざめている。

 いくら熊のように大きな肉体とはいえ、口からまっすぐに長剣を突き刺されたら、のどや食道、胃などの贓物を切り裂かれ、あるいは貫かれているはずだ。

 貫かれたタイミングから動かぬ銀狼、その口元からリンゴだけを残し、少女は剣を素早く引き抜いた。

さらに――

「よしッ」

 銀狼の方に合図を送ると、銀狼は何事も無かったようにリンゴを咀嚼そしやくし始める。

 よく見れば、銀狼は特に怪我をした風でも無く、何より、少女が持つ長剣に血糊が一切付いていない。

 剣を腰のさやに収めつつ、少女がうやうやしく一礼すると、再び観客から拍手喝采が沸き起こった。

 咀嚼したリンゴを飲みほぐしながら、銀狼はその場で伏せ、仮面の少女はミニハットを脱ぎ手の中でひっくり返すと観客が彼女の元に集まっていく。

 観客達は、仮面の少女が手に持つひっくり返されたミニハットの中に、銅貨や銀貨を思い思いに入れていき、かたや、子供達が何の躊躇ちゆうちよも無く銀狼の毛並みを撫でては、その見事なもふもふ感に顔を埋めたりしていた。

 子供達が好き勝手に毛皮を撫で回すのをほっときつつ、銀狼は少女に念話を送る。

『まさかこの茶番の報酬がリンゴ一個とか言わぬだろうな?』

 少女は仮面の下から笑顔を銀狼に向け

「俗っぽい奴ね、《銀の神狼》の名が泣くわよ。ともあれ、二人で稼いだんだからちゃんと報酬は払うわ。豚肉だっけ?」

『鹿肉だ。出来れば刺身がいい。栄養価が高いからな鹿は。豚や牛も悪くは無いが……』

「私は鳥とか羊の方が好きなんだけどなぁ」

 などと小声でやりとりしているところへ、蒼い髪の男が銀貨を入れてきた。

 そして少女は――

「ただいま! ダーンお兄ちゃん」

 挨拶しつついきなりダーンの胸に飛び込み抱きしめた。
 その足下に、手にしていたミニハットが落ちて、中にぎっしりと詰まった硬貨が重そうな音を立てる。

「なッ……ええッ?」

 エルが驚きの声を上げた隣、ダーンは若干ゲンナリとした表情をし頭を掻いた。

『やれやれ……』

 銀狼は呆れたように少女から視線を外すと、これもサービスかと自分の毛皮に群がる子供達に応じてやることとした。
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