超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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序章  朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~

第三話  緋色の瞳

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 アテネ王宮の南側、オリン海の岸から一〇カリ・メライ(キロ・メートル)離れた沖に、ぽつりと小さな火山島がある。

 島の周囲は五カリ・メライ程度ではあったが、中央の火山が洋上から三百メライ(メートル)ほど突き出ていた。

 現在も島の中心にある火山は、その山頂から静かに煙を噴き続けている。
 その噴出量はそれほど多くはなかったが、島自体は人々が生活するには適さない環境で無人となっている。
 
 ただ島の近海では、火山近くの海底から暖められた海水にプランクトンがよく発生していた。
 さらに固まった溶岩が複雑な岩礁を築いていて、多くの魚介類が集まってくる。

 そのため、アテネから岩礁地帯に影響しにくい小舟でこの島に渡ってきて、釣りを楽しむ者たちも多い。
 現に、今も海上にはいくつかの小舟が揺れていた。

 その海上の小舟達が見下ろせる場所――中央の火山北側中腹部に、金色の長い髪が二条、ゆらゆらと風に揺れていた。

 傭兵隊訓練場の様子を遠くから眺めていた少女は、ため息交じりに小さく笑った。

 少女の前には、紫光を放つプラズマが方形に枠を形成している。
 その大きさは大人が両手を広げたほどだ。
 その枠の中、陽炎のように訓練場の様子が映像として浮かび上がっていた。

 その少女の傍らで、銀色の大きな狼が腹部を地に着け、気怠そうにその顎先を自らの太い前足の上に置くように寝そべっている。

 ふさふさした美しい銀色の長毛、小さな熊のような巨体を誇る銀色の狼は、おおよそ十代初期の身丈しかない少女を見上げた。

『興味深いな、今の決着は』

 銀狼が人語を口にする。

 いや、正確には口にしていない。
 しゃべってはいないが、脳に直接言葉が聞こえてくる。

「ナイトは、どっちが勝ったように見える?」

 金細工のような美しく長い金髪、その艶やかさをツインテールに結い上げたその少女は、神秘的な緋色の瞳を銀狼に向けた。

『見たままだな……訓練の勝敗と言うなれば、あの蒼髪であろう。しかし、剣が折れたのでは無く砕けたことに別の意味がある。二人とも実戦用の自分の得物を使っていたらどうなったか』

「多分死人が出るよ。それも、観覧者の中にね」

 少女は、目の前に浮かぶプラズマのスクリーンに手をかざし、その手を軽く払った。

 ぷつりと小さな音を立てて、目の前のスクリーンが消滅する。

 その光景を見ている者がいたならば、必ず驚くだろう。
 何故なら、世界中どこを探しても、今少女が行った様に、空中に離れた場所の映像を映し出す様な《理力器》は存在しない。

「でも……もし仮に、二人とも私がこっそり鍛えた剣を使って本気の勝負をしたら、勝つのはどっちだと思う?」

 少女は銀狼にいたずらっぽく薄笑みを浮かべながら問う。

 その瞳の色が瞬時にルビーのような緋色からエメラルドの美しい碧へと変わる。

『お主のこっそりとやらは、あの二人にはバレていると思うが……』

 質問に答えずにいた銀狼を見下す瞳が緋色に変わる。

 ――おい……待て待てッ、我が悪かった、と言わんばかりに、銀狼は頭を怖ず怖ずと下げ始める。

「ふーんだッ。別にいいのよ、バレてても。可愛い妹が、お兄ちゃん達のことを案じて、密やかに甲斐甲斐しく剣の手入れをすることに意味があるんだから。むしろ、そのことに気づきながら黙っている、お兄ちゃん達の優しい兄妹愛……」

 自分の言葉に陶酔し始めるツインテールを、銀狼は冷めた目で見上げ、

『自身で可愛いと言うか……やっておることは、お主の力――超高次元のプラズマで剣の素材そのものの原子配列をいじって強化とか、末恐ろしいことなのだが』

「ナぁイトぉ……貴方の脳みそも強化してアゲルぅ」

 金色のツインテールが紫電を纏い宙に浮かび上がっていく。

『……可愛い、可愛いぞ! まさに最強の妹――いや、究極の妹の姿がここにある』

 精神波で会話しているのに、思わず慌てて「ガウウッ」と唸ってしまった銀狼――その姿を緋色から碧に変化した瞳が捉え、ツインテールからプラズマが霧散する。

「どうせ、私の電撃効かないクセに。ワザとらしいんだから……」

『いや……結構痛いのだがな』

「どーだか……」

 少女は鼻腔から熱した息をつきつつそっぽを向いたが、その下で銀狼が
『興味深いことには変わらぬな』
とまじめな調子で話し始めたので、耳だけ貸すことにする。

『茶髪の剣が砕けたのは、持ち主の闘気が濃すぎて、剣の金属が燃焼し脆くなったからだ。だが、相手剣士の蒼髪が尋常ならざる力の持ち主であったが故に、茶髪は闘気を高めたのであろう。先の訓練、お互いの実力を理解した上で、おそらく相手の剣を破壊した方の勝利――というつもりのものであるな』

「そうね、いつもどちらかの剣が壊れて終了みたい」

『その二人が本気でやり合うことも無かろうが、今の段階では、あの茶髪に蒼髪の実力が迫りつつある状況に見える。そして二人ともその実力は人智を超えたもののようだ。――さすがはアルドナーグ家の男達と言うべきか』

「うん……いい子ね、よくできました」

 銀狼の言葉に機嫌をよくした少女は、輝くような笑顔を浮かべた。
 そのまま銀狼の鼻先にしゃがみ込んで、小さな手で狼の頭を撫ではじめる。

 しかし、銀狼の方はなんだか不機嫌そうに、

『我は犬では無いぞ? その扱い方は気に食わぬ』

 抗議する銀狼に、少女はさらにもう片方の手で顎を愛撫しつつ、

「神王の眷属、偉大なる《銀の神狼》ナイトハルト……せめて、嬉しいときに尻尾振るの、我慢できる様になってから格好つけましょうね」

 銀狼は無言で目を閉じつつも、見事な毛並みのその尻尾は、ぱたぱたとして止まることは無かった。
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