超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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序章  朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~

プロローグ

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 人肌の感触と、穏やかだが力強いどう――――

 微かに鼻腔をくすぐるなたの匂いと、閉じたぶたごしに感じる日差し――――


 目覚めた少女は、ゆっくりと目蓋を開いていくと、予想通りの景色が視界に入ってきた。

 規則的に上下するたくましい胸板と、その胸元からやや下に掛かる薄手の毛布。

 その毛布は普段少女が愛用している、桜並木の絵柄が描かれたもので、少女の肩口にもそれが掛かっている。

 間違いなく、ここは自分の部屋――――

 てんがいのあるごうしやなクイーンベッドの上だ。

 ここで目覚めるのは、双子の妹と別々の部屋に寝るようになった頃から九年近く、毎日経験する当たり前のことだったが。

 今、この瞬間に枕にしているモノは、このベッドに常時あったモノではない。

 それは『彼』の鍛え抜かれた胸板だ。

 しかし、少女は妙に落ち着いていた。

 ほんの一週間程度前ならば、意識が覚醒した瞬間に、けたたましく悲鳴を上げて飛び起きていたところだが、今朝は微かに落ち着かない気分になりつつあるものの、取り乱すことはなかった。

 むしろ――――


――これはチャンスよ!


 未だに寝息を立てている『彼』が、この状況で目覚めたときにどんな反応を示すのか。

 少女は含み笑いそうになるのをこらえて、未だ目覚めていない状態をよそおうため目を閉じる。

 ほどなくして…………一糸まとわない素肌に触れた彼の肉体、その感触から彼がかくせいしていく兆候を感じて、少女は微かに緊張を覚えた。

 ふと、銀をまぶした蒼い髪が数本、自分の唇に張り付いているのが気になってしまったが、我慢して規則正しい寝息を演出する。

 さあ、彼が目覚める――――


――あたしとコイツがこんなに近くにいるなんて、ちょっと前じゃ考えられなかったな。


 耳と頬を直に叩いてくるような熱い鼓動で、彼の覚醒を認識しながら、少女はほんの十日前のこと――――

 アテネ王国への旅立ち直前、あの昼下がりを思い出していた。




     ☆




 太陽が正中からわずかに西に動いた頃。

 腐食に強い特殊な合金で作られた《空港》に、少女はいた。

 目の前には白亜の大型客船が、出港間近で各部の点検を整備員達が実施している。


「姫、そろそろご乗船を……」

 少女の背後から、落ち着いた男性の声が聞こえてくるが……少女は何食わぬ顔で晴れ渡った青空を眺めている。

 その視界の端に映る大陸間大型飛行客船《レイナー号》のブリッジには、数十羽の小鳥が群れを成してとまっていた。

「あの……姫様?」

 返事すら返さない少女に、いぶかしめに再度問いかける男の声。

 少女はわざとらしく深い溜め息を吐いて、後方を振り返った。

 身体を振り向かす弾みで、彼女の長い髪がふわりと広がってひるがえす。

 初夏の陽光を、銀を孕む蒼い髪が照り返し、少女の後方に控えていた男の網膜を微かに焼いた。

「リーガル船長殿! たとえ他に誰もいないときでも、『約束』は守って欲しいのですが……」

 不機嫌そうに、琥珀の瞳で白い制服に身を包んだ男をめ付ける。

「これは……失礼しました、《大佐殿》……。どうしても、これまでのくせが出てしまいましてな」

 リーガルと呼ばれた、《レイナー号》の船長は、さして表情を崩すことなく丁寧に一礼した。

 その見た目は、少女の父親と同年代か僅かに年上、初老の域に達している感じだ。

 その物腰や言動も、見た目通りに大人の落ち着きと貫禄をもっており、少女の感覚として、第一印象は『渋いおじさま』だ。

「クセって……貴方は私とは初めて会うと思うのだけれど?」

 少女はげんな表情で問い詰める。

 彼女の記憶では、目の前の男は初対面のはずだ。

「お父上と、かつてともに戦わせていただきましたからな。そのよしみで、貴女あなたがご幼少の頃、何度かお目にしておりますれば……」


――お父様とともに戦ったということは、魔竜戦争時代の戦友ということね。


 少女は、父がかつての戦友を、何人か自室や応接間に呼んでいたのを思い出す。

 その戦友の内、確かにアークの退役軍人がいたような気がするが、名前がリーガルとは呼ばれていなかった。

 たしか……『獅子レオ』と呼ばれていたはずだ。

「あ、そうか……」

 少女は、先ほど聞いた船長のフルネームがジョセフ・レオ・リーガルと思い出して、納得する。

「どうやら、覚えておられましたかな」

「ええ、まあ……正直に言いますと微かにですけど」

 ちょっとぎこちなく笑いかけて、少女は――確か、もっとな感じの人だったような――といぶかるが、それも十年近く前の話なので、記憶も曖昧なら人柄も変わる年月だろうと思い直した。

「それでは《大佐殿》、まもなく出港です。特等客室の方へご案内しましょう」

 再び丁寧に一礼して、船長はすぐそばの乗船用タラップを昇っていく。

 少女も、船長の後を追ってタラップに足をかけたところで――――少女に筆舌にしがたい感慨が湧き上がった。

 彼女にとって、その船に乗るのは実に七年ぶりのことだった。

 その船は、大型の理力エンジンを利用した、大陸間を飛行して航行できる国際飛行旅客船だ。

 《理力》――――

 惑星の豊潤な《活力マナ》を取り込み利用する万能な制御器《理力器》が生み出す奇跡の力だ。

 理力文明の最盛期にさしかかったと言われて久しいが、これほどの航空理力エンジンは、このアーク王国の科学技術をもってしなければ運用することはできないだろう。

 少女がこの船に最初に乗ったのは、この船が最新鋭旅客飛行船として完成したころだ。

 そして、その行き先は今回と同じく――――


――アテネ王国…………ホントに久しぶりだわ。今回は一人だし、色々不安もあるけど、でも…………

 
 タラップを昇りながら、少女は淡い期待がどんどん膨らんでいくことを自覚していた。


――もしかしたら……


 見上げたそうきゆう……その蒼と同じ色の髪と瞳を持つ少年を想い、少女は微かに笑うのだった。



 物語は――――

 蒼い髪の少女が向かうアテネ王国から始まる。


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