超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第五章  姫君~琥珀の追憶・蒼穹の激情~

第七話  憂鬱は柔らかな湯に溶けて

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 少女は全身を柔らかく包む暖かな幸福感に、思わず声に出し溜め息をついた。

 少しだけ艶っぽい声はたっぷりと濡れた空気にとけて、大理石の壁や柱で作られた浴場内を反響させる。

「なんか……すごく幸せそうな溜め息ね……」

 せっかくの幸福感だというのに、それを独り占めさせないかのような言葉に、緋色の瞳をろんげに向けると……。

 はすかいにすらりとした足を崩して湯床に腰を下ろしている蒼髪の少女と視線が合った。

 銀をまぶした蒼い髪は、湯面に浸かないように結い上げられていて、白く透き通るうなじがむき出しになっていた。

 僅かに飛散した湯しぶきが後れ毛の先から伝い、白い肌に玉となってきらめいている。
 絹のようになめらかで水を弾く肌。
 湯温に暖められて微かに上気した表情と相まって、こちらが女性の身であれどドキリとするほどに惹きつけられる。

 そして、湯面に浮かぶその白い双丘がどうしても視界に入って――――

「はぁぁぁ」

 赤みのかかった銀髪を結い上げていたルナフィスは、先ほどとは全く違う理由で盛大なため息をついた。

「ちょっ……なんか、感じ悪いわね……」

 ルナフィスの盛大な溜め息が、タイミング的に自分と視線があった直後だったためいぶかるステファニー。

「ああ……何というか、気にしないで。ただの自己嫌悪だから」

 言いながら、ルナフィスはもう一度ステファニーの方に視線を走らせてしまう。
 そう……どうしても視線がいってしまうのだ。

 正直、それを見てしまうとちょっとみじめな気分になってしまうのだが。

 例えるなら、絶対に手に入らないとわかっていても、目の前に至高の芸術があったら目がいってしまうといった感じで、ついつい彼女の胸元や艶やかな流線を描く肢体へと視線を向けてしまうのだ。

 そして得たステファニーの裸体に関する結論は――――コレは完全に反則よッ!

「……ねえ、やっぱりあたしが入ってきたの、嫌だった?」

 湯面に視線を落としながら、弱々しくステファニーが言う。

 ルナフィスが黙って少し気難しい表情を向けていたからか、ステファニーの表情も曇ってしまっていた。

 コンプレックスが、あからさまに表に出てしまったかと微妙に焦るルナフィスだったが、何とかその焦りは表に出さずに、ちょっとだけけんどんに切り返す。

「は? それこそ何言ってるのよ……ここはアンタの家でしょう。お風呂借りたのは私の方なのよ。……まあ、それもあのカルディーさんの強制だったけど」

 ルナフィスはあらぬ方向に向き直りながら口元をヒクつかせた。

 彼女たちが今いるのは、アーク王宮の中枢区画に位置する王家用の居住区に設けられた浴場施設だ。

 王家の女性とその親しい者しか立ち入ることはない場所で、贅沢なことにその湯は地下から汲み上げた天然温泉だ。

 アルカリ性単純泉のクセのない湯質は、美人づくりの湯として効能があるらしいが。

「美肌効果があるよっていわれたら、割とすんなり……」

「さあ、何のこと? 知らないわね」

 ステファニーの差し込んだ言葉に即座にとぼけるルナフィス。

 彼女たちが何故入浴中なのかは、先刻の応接室でリドルが発した言葉から始まる。

 その言葉とは、王家の事情から大々的には歓迎できないが、親しい者だけでささやかに宴をもてなす、というものだ。

 一応王宮の夜会である故、女性であるルナフィスにもパーティー用のドレスを用意するとまで言い放ったリドル……その脇に控えていた女中カルディーの瞳が嬉々として輝きを増し――――


「あっちこっちサイズを測られた上に、汗を流してこいって……ひん剥かれたまま、バスローブ姿でここの脱衣所に放り込まれるし……」

「あ……ははは……なんか申し訳ないけど。その、一応彼女は服飾の専門家でもあるから。特に下着関係は最高のオーダー品を作ってくれるの。きっとルナフィスにもちゃんとした……」

「ふーん。それはそれは……確かにアンタは特注の下着が必要でしょうしねぇ」

「う……そのぉ」

 言葉に詰まったステファニーだったが、彼女の胸元の宝玉に宿る神器の意識が、代わりにとばかりに応じる。

『そんなにひがむ程でもないでしょうに。確かにステフとは圧倒的な戦力差ですが、貴女あなたも充分に魅力的ですよ。その……全体的に慎ましやかなところが』

 ソルブライトの念話で、明らかにルナフィスの表情が引きつった。

「くっ。いちいち人の感情を逆撫でする神器ね! ええ……そうよ。アンタの契約者には胸も肌のつやも何もかもかなわないわよ! ったく、どうやったらそんなに何もかも備わるんだか」

「あ、あの……どう言い返せばいいのかわからないんだけど……」

「それにしても……そんだけ色々と武器があるんだから、この際正攻法でいけば?」

「へ? どういうこと」

 きょとんとして訪ね返してくるステファニーに対し、ルナフィスは少し意地悪な顔をして、

「あの朴念仁のことよ。……というか、そのことで話を聞いて欲しかったからここに来たんでしょ?」

「う……。その、ごめんなさい」

 顔を赤らめて、鼻先にまで湯面に沈み込むステファニー。

「図星か」

『まあ、私が同年代の女性である貴女あなたに相談してみてはと申し向けましたので。貴女あなたにご苦労をかけるとすれば私のせいとも言えますね。申し訳ございません』

 ソルブライトの言葉にルナフィスは少し面を喰らった感じになる。

「あら……いきなり殊勝な態度ね。ついさっきまで生意気だったのに、どういうこと?」

『いえ、私は事実をありのままに申し上げているだけですから。所詮は神器といえども道具の話すことです。目くじらたてる方が……』

「前言撤回。やっぱり殊勝じゃないわね」

 苦虫を噛み潰したように言い返すルナフィス。

『ええ、その通りです。私は殊勝でもなければ生意気でもありません』

「なんか……貴女あなたたちって、随分と打ち解けてない?」

 胸元のソルブライトとルナフィスの会話が妙に盛り上がっていることに、奇妙なくすぐったさを覚えたステファニーは、思った通りを吐露するが。

「何を聞いていてそう思うのよ? 完全に平行線でしょうが」

『全くです。ステフはもう少し人を穿うがった見方をする事も覚えた方がいいですね』

 当事者たちは、ステフの言葉を即座に否定するものの、二人に挟まれているような状況のステファニーからすれば、やはり随分と息があっているように感じた。

「ほら……やっぱり充分打ち解けているわ。お互い素直じゃないとことかそっくりで……」

「素直じゃないとかアンタに言われたくない!」
『素直じゃないなどと貴女あなたに言われたくないです!』

 同じようなことを同時に言ってくるルナフィスとソルブライトの反応に、ステファニーは軽く吹き出しそうになった。

 おかげで、昨日からため込んでいたゆううつが、柔らかい湯の中に溶け込んでいくようだ。

「……まあいいわ。ねえステフ、せつかくだし聞かせてほしいんだけど……アンタとダーンのこと。ここ一週間程度のことしか私は知らないけど、なーんかアンタ達って色々と抱え込んでない?」

 ルナフィスの言葉にステファニーは一旦は驚いた表情をすると、少しだけはにかんだ。

「鋭いなぁ……でも、ルナフィス、貴女あなたは私を『ステフ』って呼んでくれるんだ」

「そうね。私は噂程度に聞いていて、アンタが王女だってなんとなく知っていたし、そもそも元は敵よ。今さら遠慮なんかしないわ」

「……ありがと、ルナフィス」

「……なんか調子狂うわね」

『そうやって赤くなるところが可愛いですよ、ルナフィス』

「この~」

 ソルブライトのからかいに、ルナフィスは、拳を振り上げる仕草をして、ステファニーの胸元を睨むのだが。

『失礼しました。冗談はこのくらいにしましょう。ステフ、話してあげてはいかがですか? 貴女あなた達の過去に何があったのかを……。もう、ルナフィスは貴女あなたの信頼に足る友人といえますでしょう』

 ソルブライトの言葉に、さらに悪態を吐くつもりだったルナフィスが硬直して、気恥ずかしさに白い肌を朱に染めていく。

 そんな銀髪の少女を見て、貴女あなただってとんでもない破壊力の魅力を持ち合わせているなと思いつつ、ステファニーはゆっくりと吐息する。

「……もう、七年も前の話よ。あたしとダーンが初めて出会ったのは……」

「やっぱり、過去になんかあったんだ……」

「ええ……。ダーンは…………記憶を、その時の記憶だけを人為的に失わされているんだけどね。長い話よ……聞いてくれる?」

 ステファニーの自虐的な色を含んだ問いかける視線に、ルナフィスはゆっくりと首肯した。

 すると、蒼い髪の少女は視線をゆたう湯気の向こうに向けながら、懐かしむようにとうとうと語り出した。

 七年前のアテネでの思い出を――――


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