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第五章 姫君~琥珀の追憶・蒼穹の激情~
第二話 遠方からの威圧
しおりを挟むルナフィスの辛辣な言葉に、ダーンは逃げ出したい気分になった。
それでも、まさかこんなことでその場から退散するわけにもいかず、なんとかして応じる。
「と、とにかく、彼女はアークの王女で、俺は同盟国とはいえ他国の傭兵に過ぎない。それがはっきりしたから、その……そう、お互い自分の立場をわきまえて行動しただけだ」
結局、ダーンは言葉に詰まりながらも少し不機嫌を混じらせた声色で応じ、ルナフィスの後方を歩き出した。
「だーかーらー! それが変にこだわってるって言ってんのよッ。今まで一緒にいた人間が別人になったわけじゃあるまいし、何だってそんな風に態度変えてんの」
「それは……確かにそうなんだが。一応、俺にも立場ってものがあるんだ。ここでいちいち説明するのもなんだけどな……」
「はあ?」
ダーンの言葉に、不機嫌と怪訝な気分をドロドロに混ぜ込んだような声で疑問調に返すルナフィス。
ふと、彼女は妙に引っかかるものを感じた。
ダーンの言う立場だとかなんとかという話がいちいち説明するに面倒な話なのかと。
この男は妙に素直なところがあって、こういうときに間に合わせていい加減なことを言わない。
だとすると、やはり彼にとって、ステファニーが王女であった場合、その彼女と打ち解けた関係になるのは好ましくない事情があるのだろうか。
しかし、仮にそうだとしてさらに引っかかる。
そんなに小難しい事情を、あのとき、あの短い時間で彼は思い悩んで判断し、あのような言動をとったのか?
普通は、相方がいきなり他国の王女様だと聞かされれば、何か悩むような余裕はなく驚愕するだけか、そんな大事なことを自分に隠していたと怒り出すかだろう。
あの時の、ステファニーに対するダーンの余所余所しい態度から、てっきり後者のパターンとばかり思っていたが。
ルナフィスが、その疑問をダーンにぶつけてみようかと思い始めたところで、不意に別の声が差し込まれた。
「お立場と言えば、確かにダーンは難しいところでしたね」
ダーン達が追いつくのを待っていたスレームの言う言葉だ。
その言葉を聞いて、ダーンがなんとなく気まずくて視線を遊歩道の周囲へそらし、ルナフィスが先を促すようにスレームを見たことで、彼女はその先の言葉を続ける。
「ダーンはアルドナーグ家の養子でしたね。アルドナーグ家はアテネ王国の王家直系の貴族です。同盟国とはいえ他国ですから、現在王位継承権を持つ皇太子やその候補がない我が国の姫に、そのような方がお近づきになれば、あらぬ邪推をされることでしょう」
スレームの言葉に、ダーンは苦虫を噛む気分でいた。
彼女の言う通りだ。
王家の直系貴族でしかもその養子というのは、政略的な『手駒』として疑われても仕方がないだろう。
しかも、自分の出自は一切不詳なのだから、場合によってはアテネ王国の不誠実な政略ともとらえかねられない。
さらに、ダーンとしてはあの時、ステフにあのような言動をして突き放してしまった最大の理由が、自分自身に向けてあるのだが――――
――それをここで言えるわけがない!
ダーンは臍をかみ俯いていた。
ルナフィスは横目でそんなダーンを流し見つつ、やはり妙な疑いを持つ。
ダーンはあの時、あの瞬間にこんな政治的な判断を下したのか……と。
そして、ふと……あの月夜を思い出していた。
ステフと宿屋の調理場を借りてカレーを共作したあの夜、食後に宿の屋根の上でダーンと話したことを。
あの夜、月明かりの下で彼が話していたことは、今思うと――――
何かがおかしい気がする。
ルナフィスは漠然と自分のなかで折り合いの付かない思考に、若干苛立ち始めていた。
「それと……釈明するようでなんですが……。ステフ・ティファ・マクベインという特務隊の大佐は、確かに我が軍に存在します。無論、姫本人です。後々に、我が国の王家の慣習についてお教えしますが、彼女に悪意がないことだけは理解していただきたいですね」
「わかっているさ、そんなことは。……だから――――」
その後に続く言葉をダーンは飲み込んだ。
自分に対しての激しい憤りとどうしようもない後悔を胸に、せめてその胸中を探られないように視線を上方のあらぬ方向に向ける。
その先に、白銀に輝く高層建築の『王宮』があり、視線を思い切ってあげたダーンにその最上階の一角が目にとまった。
その瞬間――――!!
「かはッ……!」
ダーンの心臓が見えない何かに鷲づかみにされたかのような錯覚。
いきなり呼吸が止まりかけ、意識が飛びそうになるのを必死に抑えて、ダーンはその姿をかすむ視界にかろうじてとらえた。
最上階の窓辺に立つ、緋色の服を着た男の姿。
距離にして二百メライ(メートル)あるため、その人相はつかめないが……。
――今のはッ……なんだ? 殺気……いや違う、もっと曖昧な……敵意とも違う……まるで、そうだ、ただ試すかのように見られただけの、そんな意図だ。
明確な敵意でもない、そんな曖昧な視線がこの距離でここまで――――まるで蛇ににらまれた蛙のようになってしまうものなのだろうか?
ダーンは不可解な疑問を残したまま、その男の姿を見つめ、気圧されないように気を張る。
その視線は、物理的にかなり高い位置からのものだったが、ダーンにとっては、心情的にもはるか高みから見下されるものだった。
剣士としての本能が察知してしまう。
あそこにいる男は、自分よりもはるかに強い!
いや、比較することがそもそも困難な程に、その存在感は圧倒的だった。
このような気分は、それこそ天使長カリアスや未だに実力の底が見えないケーニッヒに剣気をあてられたときにも感じなかったのだが。
「いかがなさいましたか、ダーン?」
スレームの怪訝なまなざしでこちらを見て尋ねる声に、ダーンは彼女を見る。
すると、途端に気が楽になり、もう一度視線をあの窓に戻すと男の姿は消えていた。
「あ、いや。何でもないんだ、気にしないでくれ」
額に脂汗を滲ませ、その場のお茶を濁すダーンに、ルナフィスは彼の体調を心配する素振りを見せたが――――
黒い髪を肩口にそろえた女性、スレームは、口の端を僅かに緩ませて少しあきれるような声でつぶやく。
「陛下も、あいかわらずですね。もう少し落ち着いていただけると気楽なのですが……」
その声は、口の中で言ったようなもので、ダーン達には聞こえていなかった。
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