158 / 165
第五章 姫君~琥珀の追憶・蒼穹の激情~
プロローグ~はるか高みからの視線~
しおりを挟む理力スピーカーから軽快なメロディーが流れる。
その曲調を耳にして僅かに頬を緩めながら、男は手元の『応答』のスイッチを押下した。
呼び出し音として流れていたメロディーは止まり、一拍無音の状態になる。
交信相手がしゃべり出す合間の僅かな瞬間に、男はもう少し応答を待てばよかったと後悔した。
理力無線の着信音として設定したのはお気に入りの歌だ。
それがすぐに応答したため、前奏で終わってしまった。
もう少し待てば、『ロイヤルビブラート』などと賞されている愛娘の歌声が聞けたのに。
『陛下、定時報告でございます』
スピーカからはかしこまった男性の低音が響く。
もう二十年来の付き合いになる元海兵の声だ。
「ここで聞こえるのがお前の声というのが、まさに『頭がふらつく程に絶望』な気分だな」
妙に貫禄のある独特の中低音で言い放ち、盛大なため息をつく男。
その身を包んでいるのは、動きやすいがそれなりに豪奢な装飾が施された、緋色の絹服だった。
『……あ? なに言ってんのか全然わかんねぇぞワレ! わざわざ律儀に定時報告してんだ。国王らしく真面目に受けやがれッ』
スピーカーからの口調は、その声の主が変わっていないのに、全く違う人物のようになってしまった。
それを聞き、男は満足そうに口の端をつり上げる。
「なに? わからんのか、リーガル。最近うちの娘が軍の慰問ライブで歌ったやつのフレーズだ。フリフリの衣装でな……こう、くりくりっと可愛く腰振って、もう可愛いくってなぁ」
おおよそ、その声色や人相からは想像できない調子で、その可愛い動きとやらを実演しつつ言うが。
男のほかに部屋には誰もいないのが唯一の救いだった。
その男のこのような姿をアーク国民が見れば、失意のどん底に墜ちて国民全員で隣国へと集団移民しかねない。
『知るかッ! 俺はまだ軍に戻ってねーんだ』
無線交信の相手である、レイナー号船長ジョセフ・レオ・リーガルも男がそんな動きをしているとは思ってはいないが、軍が開催したイベントなど知るわけもなく、怒気を含んでそのことを訴えてくる。
「お、そうかそうか。そういえば、貴様は俺の嫁の名前がついた船に未練がましく乗ってたか」
男は言葉あと、緩やかにのどを鳴らして含み笑った。
『ぐ……てめぇ~、いつか泣かしてやる』
「それで、順調なんだな」
唐突に真面目な落ち着いた声で聞き返す男に、リーガルはしたたか息を呑み、その後舌打ちをする。
『チッ……ああ、その通りだぜ。予定航路を航行中だ……招待客の方も皆問題ない。そういやあ、久々にミランダ嬢ちゃんと話したが、あれだ、随分見違えたぜ』
「それはそうだろう。嬢ちゃんって歳じゃないんだからな」
『まあな。しっかし、大地母神とはよく言ったもんだ。まさに大地の恵みって感じでな……凄い育ってたぞ、つーか、揺れてたぜ!』
「おいおい、船長。貴様、その職について随分紳士的になったって聞いていたが、昔と全然かわらんじゃないか」
リーガルをからかうように、言葉の声色に含みを持たせながら言い、男は大きめのガラスをはめ殺しにした窓際へと歩いて行く。
『うるせーな、元・変態王子が。これでも客やクルーの前では気をつけてるが、まあどうせこの航海で最後だ。気取るのはもうヤメだ』
リーガルの自嘲気味な声を聞きつつ、特殊な防弾性の強化ガラス越しに男は遠くの街並みを眺める。
その場は地上二十階建ての建造物、その最上階の一室だった。
そのため、眼下に広がる王都を一望できる。
「フッ……それでも若い奴らの前じゃ気取ってやってくれ。貴様の本性を前にしたら、さすがにうちの娘もチビっちまうかもしれん」
少し皮肉っぽく言った男の言葉に、リーガルはすぐに応じず、一度考え込むような間が生じた。
その間ができたことに、リーガルをよく知る男は一瞬怪訝な表情で無線機のスピーカを凝視する。
『……そいつは過小評価だな。まあ、相手は上官だ。気を遣うようにするが』
「うむ、それについてだが……本当にいいのか? 貴様なら中佐どころか大佐を飛び越えて准将に任じてもおつりが来る功績だが……」
『かまわねー。てめぇの娘は大した女だ。昔のてめぇを思い起こさせるくらいにな。それから、レビンの息子も間違いなくいい器だ、俺が保証するぜ』
「レビンの息子……か。もう一人、育てた男がいるんだったな……。うちのアレをおとしたとか聞いたが、会うのは七年ぶりか」
黒い口ひげを指でなでつつ、男は視線を窓の外へ向ける。
窓の外、眼下には整備された宮廷の庭園とそこを縦断する遊歩道。
その遊歩道に、ここからでも目立つ蒼髪の男が、銀髪の少女と並んでこちらの建物の玄関口まで歩いてきている。
その彼らを案内して、二人の数歩先を王立科学研究所長のスレームが歩いているのも見えた。
スレームから、蒼髪の男や銀髪の少女について報告を受けている。
無論、大事な愛娘との関わりについても……だ。
男はその身に抑えきれない闘気を燻らせて、そのせいで周囲の空間が歪む。
「とりあえず……これまでの礼をたっぷりとしてやらんとな。楽しみにしているぞ、少年――――」
つぶやいた言葉を無線越しに聞いたリーガルが怪訝に聞き返してくるのを、こちらの話だとはぐらかしつつ――――
アーク王国国王リドル・アーサー・テロー・アークは、口元を凄みのある笑みで崩していた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました
Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。
男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。
卒業パーティーの2日前。
私を呼び出した婚約者の隣には
彼の『真実の愛のお相手』がいて、
私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。
彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。
わかりました!
いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを
かまして見せましょう!
そして……その結果。
何故、私が事故物件に認定されてしまうの!
※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。
チートな能力などは出現しません。
他サイトにて公開中
どうぞよろしくお願い致します!

パイロキネシスの英雄譚ー電撃スキルの巫女姫の騎士ー
緋色優希
ファンタジー
禮電焔(らいでんほむら)は異常なまでの静電気体質。そして、それは人体発火現象の原因であるとも言われてきた。そして、ついに彼にも『その時』は訪れたのだった。そして燃え尽き、死んだと思ったその時、彼は異世界の戦場の只中にあり、そしてそこには一人の少女がいた。彼はそこで何故か電撃発火の能力、強力なパイロキネシスを使えていた。少女はブラストニア帝国第三皇女エリーセル。その能力で敵を倒し、迎え入れられたのは大帝国の宮殿だった。そして彼は『依り代の巫女』と呼ばれる、その第三皇女エリーセルの騎士となった。やがて現れた巨大な魔物と戦い、そして『神の塔』と呼ばれる遺跡の探索に関わるようになっていく。そして始まる異世界サイキック冒険譚。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜
和歌
ファンタジー
「アリシア・フィルハーリス、君の犯した罪はあまりに醜い。今日この場をもって私レオン・ウル・ゴルドとアリシア・フィルハーリスの婚約破棄を宣言する──」
王宮の夜会で王太子が声高に告げた直後に、凄まじい地響きと揺れが広間を襲った。
※恋愛要素が薄すぎる気がするので、恋愛→ファンタジーにカテゴリを変更しました(11/27)
※感想コメントありがとうございます。ネタバレせずに返信するのが難しい為、返信しておりませんが、色々予想しながら読んでいただけるのを励みにしております。

ゾンビパウダー
ろぶすた
ファンタジー
【第一部】
研究員である東雲は死別により参ってしまった人達の精神的な療養のために常世から幽世に一時的に臨死体験を行える新薬【ゾンビパウダー】の開発を行なった。
東雲達は幽世の世界を旅するがさまざまな問題に直面していく。
神々の思惑が蠢くこの世界、東雲達はどう切り抜けていくのか。
【第二部】
東雲が考えていた本来のその目的とは別の目的で【ゾンビパウダー】は利用され始め、常世と幽世の双方の思惑が動き出し、神々の陰謀に巻き込まれていく…。
※一部のみカクヨムにも投稿

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる