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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第五十話 剣と銃の二重奏2~信頼の協奏~
しおりを挟む右手の銃把から伝わる《白き装飾銃》の射撃反動、左腕の盾からの衝撃、それらはこの場で戦闘している実感をステフに感触として伝えていた。
そして、背後にはもっとも頼りにしている男の背中がある。
彼の放つ剣戟の空をさく斬撃音と、《光爆砲》の轟音も、時折支えてくれる背中の感触も彼女には心地よい刺激だ。
回転をしながらのその戦闘は、お互いの足並みがステップになって、銃撃音などの音がリズムになり、まるで一緒に踊っているかのようだ。
剣と銃の攻防が調律されて、まるで一つの楽曲を異なる楽器でともに奏でるかのようでもある。
激しい動きではあったが、息苦しさはあまり感じない。
むしろ胸の躍るような気分だ。
――まあ、随分踊るというか揺れてるけどさ……って、なに考えてるか? あたし……。
それに気がつかないほど鈍感でもないが、不思議と気になるほど派手に暴れていないことには安堵している。
以前は、戦闘訓練の際など、激しい動きをするといつも気になるのは胸の動きだったが、《リンケージ》状態の場合、随分と胸の動きが抑えられていて、しかも息苦しいほど締め付けるわけでもなく、かなり助かっている。
まあ、そんな個人的な悩みの解決以上に、ステフは自分の体の動きについても、今までとは違うことに気がついていた。
自身の体を駆け巡る生命力の流れが、筋肉の動きを補強し、激しい動きなどから生まれる骨格の負担を軽減している。
これは、ダーンやルナフィスがサイキックで行っていた闘気の制御に酷似している。
恐らく、《リンケージ》状態でのみ可能な状況だろうが、ダーンのように達人を超越した戦士ほどではないものの、ステフも並の戦士を超えた肉体の動きが可能となったのだ。
度重なるダーンとの戦闘訓練の影響で、隣でいつも感じていたダーンのサイキックによる肉体制御を、ステフも感覚として覚えていて、今回、あらゆる現象を『流体』として制御する《水神の姫君》と契約したことで、このような恩恵があったのだろう。
――あんまり影響ないって言ってたけど、実際には随分と影響あるじゃない……。まあ、嬉しい誤算ね。
ふと視線を周囲に巡らすと、自分たちの攻撃以外にも、スレームやルナフィス達の攻撃が無数の魔力球を次々と撃破し、魔人が生み出し続ける数を撃破する数が上回っていた。
先ほどから周囲の空気が微かに濡れている感覚を覚えているが、その湿り気からカレリアの思念の残滓も感じられる。
きっと、彼女の《魔》を洗い流す霧が魔人の力を弱めつつあるのだろう。
一方――――
ステフ達が調子よく魔力球を撃破し、時折魔人本体にも衝撃弾やダーンの放つ《光爆砲》が襲いかかって、緋色の魔人は防戦一方になりつつあった。
周囲を《水神の姫君》の力が充満し、魔力自体がわずかながら減衰していることも、魔人の感覚から伝わる情報で、それを操っているリンザー・グレモリー自身にも不快感を与えていた。
虚空に浮かんでいたリンザーの姿はまた消えていたが、彼女は戦場から離れた位置で、魔人に空間を超えた魔術リンクを形成してコントロールし、戦況を見つめている……。
先ほど……人間の小娘達とのやりとりから今に至るまで、リンザーはそうそう味わったことのない不快感を覚えていた。
あの場に用意した緋色の魔人は、彼女の実験魔人の中では最高クラスのものだ。
これまで使ってきた強力な《魔核》を形成する魔法の矢を四本も用いて、さらにその《魔核》から放たれる魔力を際限なく吸収し制御する、とっておきの『お宝』を投じているのだ。
これをあの小娘達に撃破されてしまったとあっては、正直ワリに合わない。
ここはなんとしてもあの小生意気な小娘に、一泡吹かせてやらねばならない。
リンザーは、戦場の中央を突破している二人の男女を注意深く観察する。
確かに見事なまでの連携だ。
銃と剣、性質の全く異なる武器を用いているが、お互いの長所を最大限生かし、足りない部分をカバーし合っている。
敵に徐々に接近しつつ、お互いが背中合わせに回転することで、視界の死角をなくし、剣の斬撃も回転方向に逆らうことなく斬撃することで、振り戻しの隙をなくしていた。
さらに、小娘の持つ小さな盾が、防御をより確実にし、男の《光爆砲》も攻撃の幅を広げているのだ。
厄介な相手だが、それでも魔人本体への攻撃は致命的なダメージになっていない。
おそらく、小娘達はこのまま魔人に接近戦を挑み、男の放つあの高威力の突き技と、小娘の白い銃が放つ高エネルギーの衝撃弾で、防御フィールドを抜き《魔核》を破壊する気なのだ。
しかし、今見る限りでは、あの白い銃からはそれほど高威力の光弾は出ていない。
ならば、自分が不覚をとった際のあの一撃は数発分のエネルギーを溜めて撃つものなのだろう。
男の突き技も、放つ前にはほとんど隙がなかったが、放った直後はやはり大きな隙が生まれることは、先ほど見たことで承知している。
ならば、あえてこちらから近接戦を仕掛けて、わざと隙を作り罠にはめてみるか……。
戦況を見据える悪魔の女、血の色をしたその唇が愉悦にゆがんでいた。
刀身に膨大な闘気を伝わらせ、いくつもの魔力球を切り裂きながら、ダーンも妙な高揚感に心が躍る気分だった。
その高揚感の源を確認するように、斬撃の合間に視界に映る彼女の姿を見ると――――
彼の蒼穹の瞳に、たわわな双丘が柔らかさを最大限に主張して鼓舞するかのように映り、彼の情操を根底から快楽的な理想幅で揺らした。
一瞬、ものすごく甘くて駄目な感覚に陥りそうになるのを必死に耐えて、ダーンは改めて剣を握り直す。
純粋に戦闘の高揚という意味で、最高の高揚感を覚えているのは確かだ。
ステフと戦場に立って戦うといつもこんな感覚になる。
特に、彼女が《リンケージ》状態の時は、よりダイレクトに彼女の動きが読み取れるため、背中を任せても、自分自身で自分の背中を守っているかのように安心感がある。
この感覚は、長く同じ戦場を戦ってきた経験のある、彼の義兄ナスカ・レト・アルドナーグとともに戦っていた時よりも確固たる信頼感が強い。
ダーンは心底認めていた。
今背中を預けている少女は、これまで一緒に戦ってきた誰よりも信頼できる。
そしてこの『信頼』は、彼女も自分に向けてきているとわかる。
――負ける気がしない。
そんな全能感に陶酔しそうになりながら、ダーンはいよいよこの戦闘に終局が見え始めていた。
彼の蒼穹の瞳に、しびれを切らしてこちらに突進してくる緋色の魔人、その異形の肉体を補足したからだ。
☆
周囲に魔力球を生み出すことをやめて、緋色の魔人は、ダーンとステフの二人に向け猛然と迫る。
右の拳には、濃密な魔力が纏い紫の焔をあげ、周囲の空間が揺らぐほどだ。
その拳を振りかぶり、接近戦に応じようと背中合わせの回転を止めた二人に向けて振り落とした。
その威力は、魔力の砲撃以上の魔力エネルギーと、魔人の筋肉が生み出す運動エネルギー、拳そのものの質量が重なり、超絶的な威力をはらむ必殺の一撃となっていた。
その速度は音速を超え、衝撃波を生みながら強引に空を裂いて標的に迫る。
魔人が――――愉悦に唇をゆがめたリンザーが狙ったのは、二人のうちでも少女の方、ステフの肉体だった。
これまで、リンザーはステフそのものを奪取したくて襲いかかっていたため、ステフには直接の危害を加えてこなかった。
だが、この一撃は完全にステフを狙った一撃だった。
今まであえて避けてきたステフへの攻撃、しかも即死させるほどの一撃で、リンザーは本気で彼女の命を狙った。
リンザーの思惑としては、たとえ今回の目的、ステフの身柄を拘束することが成就しなくても、この場で小娘どもの生意気な面が無残に潰せれば溜飲を下げられるというものだった。
本人は意識していないだろうが、それは追い込まれた彼女のヒステリーに近い衝動的なものだったが。
これまでの戦闘の流れとして、ステフそのものが狙われていなかったという状況に知らず知らずに慣れさせられていたダーン達には、まさに意表を突く攻撃になったし、それがリンザーを愉悦に導いた理由でもある。
自分たちの浅はかな考えをたっぷりと後悔し、死んでいけ。
まさに呪いの言葉を吐き出そうとしたその瞬間、リンザーは見た。
ステフの左腕から巨大な光壁が生まれて、魔人の一撃を受け止めていたのだ。
流体盾を最大駆動し、ダーンと自分を完全に敵から覆う光壁を生み出したステフは、緋色の魔人の絶大な一撃をその光壁で受け止めた。
「くぅ……お、重い」
光壁を最大にしながらも、ステフは《白き装飾銃》の撃鉄を右の親指で起こし、そのまま受け止めた威力に意識を集中する。
「今よ! ソルブライト」
『螺旋衝破』
ステフの合図とともに、ソルブライトが力ある言の葉を唱える。
魔人の攻撃の威力を吸収していた光壁が、突如輝きを強めて中心に螺旋を描いて集中すると、そのまま受け止めた威力ごと敵に向けて撃ち出された。
それは、《神器》が作り出した防御用の流体盾の奥の手だった。
それをすると、しばらく盾を起動できなくなるが、一度だけ近接した敵に最大限の理力エネルギーを衝撃波として炸裂させるものだ。
結果、魔人の体は大きく後ろに弾かれ、仰け反ったその肉体の周囲を防護する魔力障壁も破壊されている。
その一瞬の隙を使って、ステフは《白き装飾銃》の充填射撃をチャージする時間を稼ぐつもりだった。
ただし、今回の魔人の技も予想以上に威力があって、ステフの体も後ろに弾かれて、そのまま後方に吹き飛ばされそうになる。
それでもステフは照準を定めるために《白き装飾銃》を正面に構え続けた。
そのままでは後方に無防備のまま倒れ、後頭部を激しく岩床にたたきつけることになるはずだったが。
彼女は絶対にそんなことにはならないと信じていた。
その身のすべてを任せてしまうかのように――――ただ背中を抱かれることで胸が高鳴り過ぎないように心の準備をしていた。
そして、その背をふわりと支えてくれる逞しい腕と胸板の感触。
準備していたが、やっぱりその感触に甘い感覚が襲ってきて、戦闘中の最大限に集中すべき瞬間にもかかわらず、胸が高鳴ってしまった。
そんな少女を戒めるかのように、《神器》の意思が言葉にしないで《白き装飾銃》のチャージが完了したことを伝えてくる。
意識を射撃に集中し、魔人の左肩にある《魔核》に銃口を向けて引き金を引くと、それに合わせるようにダーンが魔人の右肩を狙って秘剣・崩魔蒼閃衝を放った。
次の瞬間、二つの蒼閃が湿度の上がった空気を劈く轟音をあげ、魔人の《魔核》を同時に砕いていた。
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