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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第四十四話 待ち受ける悪意
しおりを挟む「あ、帰ってきた」
水神の姫君の神殿、その中に設けられた東屋で一息ついていたルナフィスが、こちらに歩いてきたステフ達を発見する。
ルナフィスは、スレームが待機していてくれるなか、一人神殿内の温泉に浸かり、身体についた返り血を流してきた後だった。
その身は、ステフが貸してくれた薄い蒼紫色のワンピースで包まれている。
ルナフィスのその姿を見つけたステフが小走りにやってくる。
「契約は無事にできたわ。うん、やっぱ似合うじゃない」
ステフは早速自分が貸し与えたワンピースを着たルナフィスを褒める。
途端に、ルナフィスの顔が羞恥に染まる。
「い……いや、だから、こういう短いのはどうかと思ったけど、アンタこういうのしかもってないし……」
ステフ達が祭壇へと向かう前、ルナフィスに貸す衣服をステフはバックごとルナフィスに渡したのだが。
バックの中を見て、ルナフィスがかなり狼狽したのは、ステフも覚えている。
バックの中には、ワンピースが一着と、ブラウスが二着、Tシャツが一着、スカートも二着入っていたが、それ以外はなかった。
ルナフィスは、その上半身が血糊で汚れていたが、実際確かめてみると、穿いていたズボンも、ベルト回りの部分まで血がしみていたため、ズボンを借りようとしたのだが――――
ズボンは一着もなく、スカートは彼女が今まで履いたことがない、かなり短めの丈だった。
――膝上のヤツなんか、数えるくらいしか穿いたことないし。
よって、下は諦めてTシャツだけ借りて、ステフにバックを返そうとしたところ、ステフが首を横に振ってバックの受け取りを拒否
さらに、ルナフィスの身体を軽く見回した後、ステフはこのワンピースをバックから出してルナフィスに押しつけたのだ。
結果、ルナフィスは入浴後このワンピースを着るしかなくなったのである。
スレームもルナフィスのとなりまでやってきて、
「元々、お二人のウエストや肩周りは同じくらいでしたし、身長差も僅かです。このワンピースは一応マクベイン財閥の既製品ですので、ある程度適合サイズに幅を持たせてありましたから、ルナフィスにもぴったりだったのでしょう」
「でも、なんかヒラヒラで、足下も気になっちゃって」
『おや? まさか穿いてないのですか?』
「穿いてるわよッ」
ソルブライトの無遠慮な質問に、ルナフィスがいきり立つ。
「何をだ?」
「ダーン……黙って。じゃないと風穴空けるわよ」
ステフの凄みのきいた言葉に、ダーンは「スミマセン」と漏らしつつ怖ず怖ずと脇へ引っ込む。
そのダーンを半目で追った後、ステフはルナフィスに近付いて声をひそめて耳打ちする。
「ルナフィス、その、上の方は?」
「うん、ブラも真っ赤だったから外したけど、Tシャツを下に着てるし、スレームが持っていた応急用の包帯を胸に巻いてる。これでなんとか戦闘になっても大丈夫だと思うわ」
「ならいいけど……変に揺れて擦れちゃうと痛いし」
「そうなのよね……それで私、鎧とか着なくなったの。一度ヒドイ目にあってさ。胸部プレートの裏側で擦れちゃって……」
「うわぁ……痛そう」
「汗も滲むから、それが滲みちゃってもう悲惨……シャワー浴びたときにも痛みでつい悲鳴あげたわ」
「ひゃーッ……」
ダーンの聞こえない会話の内容で盛り上がるステフとルナフィス……その二人のやり取りを見ながら、ダーンは安堵する。
ちょっと信じられないほどに打ち解けたこの二人、同年齢の女の子同士という事や、先日のアリオスの街であったやり取りから、敵対関係がなくなればあっさりと距離が縮まったようだ。
それに、ステフ自身は気がついていないだろうが、端から見ていた彼は気がついていた。
ステフは、先の戦闘の後、ルナフィスが彼女に気を許し、むしろ好意を抱くほどの言葉を投げかけたのだ。
あれを無意識ですんなりと言えてしまう彼女だからこそ、惹かれるものがあるのだろう。
そんな風に考えていたところで、不意に、彼の背筋に凄まじい悪寒が走った。
瞬間、その場にいた全員が動きを止めて息を呑む。
ケーニッヒが護りについている、神殿の外側から凄まじい《魔》の気配が漂ってきていたのだった。
☆
急ぎ外に出たダーン達が目にしたのは、やはり予想通りの人影だった。
血の色の紅い髪に、その全身から禍々しい《魔》の波動を放つ女。
悪魔の女――――魔神リンザー・グレモリーが武道台の岩床の上に立っていた。
「やあ、ダーン。意外と早かったじゃないか」
その女と対峙するように立っていたケーニッヒが、ダーンに声をかける。
「ああ、思いのほかあっさりと終わってね。それより……もしかして今度こそ本体か?」
ダーンの問いかけに、ケーニッヒは肩を竦めるだけだったが、当のリンザー・グレモリーが応じてきた。
「私みたいな幼気な女を化け物みたいに言うのは感心しないわぁ、色男さん。たしか……ダーン・エリンとかいったわね。そっちの金髪のは……」
「ケーニッヒ・ミューゼルだ」
リンザーの問いかけるような言葉に、ケーニッヒが涼しい声色で名乗る。
「ケーニッヒね……。ダーン、ケーニッヒ、一応聞いておくわ。ところで――――そんな小娘達なんかほっといて、私の元へ来ない? あなた達なら、すぐにでも私の軍で《魔将》になれるわよ……。戦いと強奪は思いのまま……女も酒も何もかもを他者から強引に奪い、欲望の限りを尽くせる素敵なお仕事を紹介するわン……どうかしらぁ?」
猫なで声で誘いかけてくる悪魔の女に、ケーニッヒは冷笑し応じる。
「なる程、やはり君の目的はそれか……。異界での大戦争を勝つため、自軍の戦力を求めてこちらに来たのだね。君の作ったあの魔法の矢も、そのための実験なんだろう」
「あらん……どうやら私達についてそこそこ詳しいようね……その通りよ。ついでに言うとぉ、うふふん……そこにいるアークの巨乳ちゃんも、同じ理由で欲しいのだけど?」
口の端をつり上げて、リンザーは神殿の出入り口に立つ蒼髪の少女を見る。
その視線に絡みつくような悪意を感じ、身の毛のよだつ思いをしたが、ステフは毅然とにらみ返した。
そのとなりで、ルナフィスが挑むような視線を返し、ステフをかばうように立ってレイピアを抜く。
「よく判らないが……結局のところステフを狙っているという事だけで、お前は俺たちの敵って事だろう。ビジネスの話は、たとえ俺たち傭兵でも最低限の信頼関係が欲しくてね。お前みたいなクライアントは、どんなにいい報酬を積まれても願い下げだ」
ダーンは言い放って闘気を解放し、抜刀した。
並び立つようにしていたケーニッヒも、レイピアを抜き放ち、冷徹な殺気をリンザーに放つ。
「そう……わかったわン。だったら、この場で二人とも殺してあげるぅ。今回はちょっと本気のオモチャだから、覚悟してねン」
リンザーが嘲笑し、その悪意に歪む表情の眼前に、緋色の光を放つ宝玉が浮かび上がる。
その宝玉が、ゆっくりとリンザーの胸元まで降りてくると、リンザーの両手から左右二本、小さな紅い魔法の矢が浮かび上がり、リンザーの両肩と両膝にその矢がそれぞれ突き刺さる。
すると、膨大な《魔》の波動が放たれ始め、リンザーの胸元に浮いていた紅い宝玉が閃光を放ちながら、その胸に食い込んでいった。
あたりの空気がよどみ、その場に居合わせた者達の胸元を、吐き気を催す悪意で締め付ける不吉な気配。
リンザーの肉体が虚空に浮かびあがり、耳障りな嘲笑が耳朶を打った。
目を背けたくなるような光景が、彼らの眼前に展開される。
紅い髪の女、その肉体は不気味な音と共に歪に膨れあがり、質量を何十倍にも増大させ、武道台に異形の魔人として降り立ったのだった。
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