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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第四十二話 水の精霊王4
しおりを挟む《水神の姫君》の祭壇――――
そこは、この神殿ではおなじみとなったクリスタルに似た素材、水を凍らせることなく固めた建材で象られた床や柱で構成されていた。
逆四角錐の頂点に向かって大瀑布が注ぐその上空に、浮き上がる形で建造された場所。
広さにして二十メライ(メートル)四方といったところか……その正方形状の足場の一辺に、高さ三メライ程度の祭壇があった。
その祭壇は、大小様々な魚類やイルカなどのいわゆる水棲動物が半透明の彫像のように飾り付けられ、噴水と霧氷の噴出するオブジェで構成されているなど、いかにも水の精霊王らしい作りだ。
「さて、到着したのですが……お姉様、一度《リンケージ》を解いていただけますか。契約に支障をきたしますので」
祭壇の付近に立ち、こちらを振り向いたカレリアはステフに申し向ける。
「う……また裸になるのね。はあ……」
溜め息混じりに応じて、ステフは胡乱げにとなりのダーンを睨め付ける。
「あー。俺は……じゃあしばらく向こうに行ってるから……」
《リンケージ》の変身やその解除の際に、一瞬ではあるもののステフが裸体を晒すため、ダーンは今来た螺旋階段の方に歩いていこうとする。
そのダーンの手を握って、ステフが待ったをかけた。
「ステフ?」
「ここにいていいわ。離れてたって、コッチをのぞかれたら一緒だし。背中向いていてくれればいいから」
少し羞恥心で顔を朱に染めつつ、ステフは言う。
「お、おう、わかった」
ダーンは少し緊張気味に答え、そのままぎこちない動きで回れ右をすると、律儀に目まで瞑った。
そんな彼の動きが可笑しくもあり、ちょっと嬉しくて、ステフは柔らかく笑い、ソルブライトに《リンケージ》の解除を命じた。
纏っていた白い防護服が淡い燐光となって散り、一瞬、双子の妹ですら惚けそうになる程の美しい裸体を晒すが、瞬時に元々来ていた彼女の衣服がその身体を包む形で再生される。
「ふう……もういいわ」
ステフに言われて、ダーンはゆっくりと振り返る。
その視界に映ったステフは、手を後ろに組み、そっぽを向いて恥ずかしそうな表情をしていた。
「まあ……お姉様、どうせならもっと見せつけるようにしてみてはいかがでしょう? 一緒に全裸で温泉に入り、あまつさえ、湯の中でタップリと愛撫をなされた仲と伺っていますけど」
祭壇にいるカレリアが喜々としてからかってくる。
「あ……あのねッ、そういうんじゃないのよ! あれはそんないやらしい意味じゃ……」
「え……? あ、あのぅ……冗談……でしたのに……本当に全裸で触ったんですか? 全身?」
慌てふためいたステフの反論に、信じられない事実を聞かされたような声で、カレリアが聞き返してくる。
驚きのあまり少しワナワナと震えて、口元を両手で覆う姿は、たった今知り得た姉の行動に恐怖すら覚えたような感じだ。
その予想外の反応に、ステフが困惑し絶句する。
『サラス、未だ穢れを知らない御身にはご想像にもし難いほどに、念入りに隅々まで触れておりますよ』
不意にソルブライトが念話で語り出し、ステフとダーンが慌て始める。
「そういう言い方しないでよッ……っていうか、貴女がやれって言ったんでしょッ」
ステフの抗議にソルブライトは素知らぬふりで、『あのような触り方までは言及しておりません』などと溜め息まじりな言葉を漏らす。
途端に、カレリアが朱い顔をして黄色い歓声をあげ、ステフは言葉に詰まりながら、完全に意味不明な反論をわめき、手のひらで神器たるペンダントを弄び始めた。
一方女性陣が妙に浮つくなかで、当のダーンだけが羞恥心と居たたまれなさに苛まれて、やはり螺旋階段の方に非難すべきだったと後悔を始める。
その後――――
実の妹からの執拗な質問攻めに、羞恥で真っ赤になったステフが、必死に声を抑えつつ言い訳じみた事を早口で答えたり、妙な手振りで『何か』を表現しようとする妹の姿をダーンから見えないように身体を盾にして隠したりするのが覗えた。
さらに、ソルブライトの『各部位の体表面積あたりの所要時間で換算した順位について……』等々の念話の後、ステフが素っ頓狂な声を叫き散らすまでが聞こえてきたが、ダーンは数歩後ずさったところで、聞こえないふりなどをするのに苦労したのだった。
☆
予期せぬタイミングでの女性陣による妙な盛り上がりは、「やはり両手で包み込む必要はなかった」という結論を2対1で決したところで、突如カレリアの一言で幕を閉じる。
「このような事をお話しする場合ではないのですわ」
「ちょッ……カレリア、それは」
酷くない? と二の句が繋がらないほど疲弊したステフを尻目に、カレリアは涼しい顔でダーンの方に歩いて行く。
「まあ……実を言うと、姉が貴方とどのような一時を過ごしたのか、それを聞いて契約の最終判断をしましたの。もちろん、少しは異性交遊にも興味ありましたけど……」
ダーンに囁くように言って、カレリアは舌先を悪戯っぽく出して見せた。
『失礼ながら、絶対に後半の方がメインでしたよね?』
「そんなことはありませんわ……。コホンッ……さて、私の判断は合格です。さあ、お二人とも祭壇の前に」
ソルブライトの突っ込みに微妙にバツの悪い表情をしたが、咳払いと共に、カレリアは再び涼しげな表情に戻って、ダーンとステフを祭壇の方へと導こうとする。
「むー。あとで覚えてなさいよぉ……カレリア」
小声で悪態をついて、ステフはダーンと共に祭壇へと移動する。
祭壇の前に立つと、カレリアはステフに相対するように立ち、右手を差し出してきた。
「お姉様、手を握ってください」
ステフは頷くと、カレリアのその手を取る。
触れた瞬間に、ステフへと様々な情報が流れ込んだ。
ただ、様々な情報と言っても、イマイチ曖昧なイメージでしかなかった。
水の流れるようなイメージや、分子の運動が停止することで凍結現象を引き起こすイメージ、あるいは水に限らず『流れ』の現象のイメージについてなどだ。
それによって、ステフは水の精霊王たる《女神サラス》が何を司る存在なのか、その本質を見抜いた。
「そっか……水の精霊王って、単に『水』の制御だけじゃない。その本質は『流体制御』ね」
「ご名答ですわ。もちろんこの惑星を覆う最も代表的な《流体》の『水』は、一番影響を与えるので水の精霊王などと呼ばれていますけど……。さあ、お二人とも大地母神様の時のように、ソルブライトをお互いで握ってください」
ステフは首からネックレスを外し、右手に握るとその手をダーンの方に差し出す。
ダーンも応じて、左手でソルブライトを挟むように彼女の手を取った。
『それでは……契約を始めます』
ソルブライトの言葉と共に、ステフとダーンはお互いの体温以上に、暖かな温もりを手のひらに感じる。
「契約者よ……汝が進む道と我が本質を調律し、ここに詠うがよい」
声の質は間違いなくよく知った妹のものなのに、この一瞬、その声の主からは圧倒的な存在感を得ていた。
そのことに、少しだけ寂しさを感じつつも――――いや、だからこそステフは彼女の本質を改めて捉えることになった。
十七年前の冬、共に生を受ける直前には、お互いが一人の『個』として存在していた。
しかし、彼女たちは元々一つだったのだ。
髪の色が違い、声の質も微妙に違う二人だが、実は一卵性双生児である。
二つに分かれたとき、医学的には説明がつかない《要因》によって、僅かな個性の違いがあらわれた。
その《要因》とは、精霊王としての因子だったかもしれない。
あるいは、母親の素性が原因だったのかもしれないが――――
父親だって、それこそ存在そのものが超常と噂される男だった。
それら全てが、自分と妹を別の存在としたのだろうか。
――でも、今さら気にすることもないかな。
ステフは瞳だけ動かして、ダーンの横顔を見る。
あの時、カレリアが精霊王であることを認めたときに、彼が言ってくれた言葉は嬉しかった。
――どんな存在であれ、私達の関係が壊れることはないわ。
胸に温かいものが沸き上がる。
――きっと、『私達』もそうだよね。
ステフは、静かに深く深呼吸をすると、その場で言葉と旋律を編み上げるようにして詠いはじめる。
「――――共に在りし波に揺られ、流れ別れた鼓動よ、其は万物の流れにたゆたう我が水鏡。水神の姫君よ、我が理に至る奔流へと共にあらんことを……」
ステフの透き通る抑揚に、カレリアは微笑んでステフの左手を握った。
「無事契約は成されましたわ……。でも、やっぱり何にも変わりませんでしたね……。てっきり、契約と共に、お互い大っきな翼が背中から生えて、唄いながら大空でも舞うことになるのかと、ドキドキしていたんですけど……」
カレリアはおどけて言ってみせ、姉から「また子供の頃見たアニメの話なの」と呆れ声で突っ込まれたが、少し涙声になってしまっていたことは誰にも咎められなかった。
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