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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第三十七話 彼の確信
しおりを挟む「私が……人間?」
ダーンの告げた真実に、完全に放心状態になってしまったルナフィス。
その様子に肩を竦めて視線を交わすダーンとケーニッヒ。
そもそも、ルナフィスが人間である事に気がつき、それを確認すべく色々対策を練ったのはここにいるメンバーでは、ダーンとケーニッヒ、そしてカレリアの三人である。
ルナフィスに告げたとおり、彼女が人間であると最初に疑ったのはダーンだ。
アテネ王国アリオスのガーランド親子が営む宿の一室で、一番初めに彼女と対戦した時の事だ。
ダーンは、魔竜人との戦闘経験は皆無だったが、それでも天使長に与えられた知識から、その存在がどういうものか理解していた。
人類が竜界と呼ぶ異世界からこちらの世界に侵攻してきた魔竜。
そのうち、竜の巨体を捨てて魔神達と契約し魔力により成形された人間型の肉体を持つのが魔竜人だ。
だから、魔竜人の肉体には常に《魔》の気配が感じられるはずなのだが。
ルナフィスからは、魔法を使う瞬間などの一時的なもの以外で《魔》の気配を感じなかった。
戦いながら、彼女の銀閃に込められた意志の力を感じ、その剣戟が闘神剣と同じく闘気をサイキックで精錬し制御する技であると判断する。
また、彼女が発動していた《固有時間加速》がサイキックだった。
だから、ステフから彼女が魔竜人と聞かされたものの、それについて疑問に感じていたのだ。
サイキックとは、精神波によりこの世界を構成する活力や摂理に直接働きかけて超常現象を引き起こす異能の力だ。
その力を行使するには、この世界との深い縁を必要とする。
そうでないと、何の媒介もなしに世界の根幹たる活力に働きかける精神的経路が開かない。
また、強引に精神的経路を繋げたとしても、具現化する現象のイメージが働きかける対象に通じないのだ。
少し思い切った要約をすると、文化や言葉の違う相手に対し、思い描いた複雑な形の構造物の設計図を、自分の国の言葉で無理矢理伝えようとしても、相手には全く伝わらない。
そういった感じだ。
つまり、サイキックを発動できるのは、この世界で連綿と生きてきた人類に、精霊などの因子が溶け合い、それが極端に発現してしまった者である。
もしくは、この世界の構成や維持に直接関与した神界の神々や天使達も強力なサイキックを発動できる。
それ以外には、この世界でサイキックを発動することは有り得ない。
当然魔竜人も、元々別の世界からこちらに来たものだから、この世界には縁が無く、この世界の活力に直接働きかけるサイキックを扱えるはずがない。
また、魔竜人は魔力による肉体を得ているが、これは本来の生物的なものとは大きく異なる。
栄養を食事で摂取することはできるが、そういった活動に関する生物的プロセスのみで、生物の根幹たる遺伝子を持たない。
つまり、生殖能力が無いのだ。
一応、生殖能力ではないが、享楽としての生殖行為自体は可能のようだが……。
魔竜人がこの世界で子供を成し育てたというなら、万が一にもその子に精霊の因子が溶け込むということはあるかもしれないが、魔竜人は子供を産むことすらできないのだから、この線は絶対にない。
ルナフィスについて話を戻すと、彼女の持つ気配も、魔力をもって肉体を維持しているものとは思えなかった。
それこそ、あの人狼戦士ディンの方がよほど強い《魔》の気配を感じたくらいだ。
彼女から《魔》の気配を感知したのは、ステフを夜襲した際に眠りの魔法を使おうとした瞬間と、ステフが放ったサイコ・レイを彼女がエナジードレインで無効化した瞬間だけだ。
奇妙な食事会となったあの月夜に、宿の屋根にあがるため浮遊してきた時も、重力の制御はサイキックだった。
ダーンはこの時点でルナフィスが人間であると確信した。
あとは、アークへ来たあと、ケーニッヒとの訓練中に彼に状況を説明し、さらにはケーニッヒを仲介する形でカレリアにも協力してもらって、ルナフィスが人間と証明するため、彼女が完全に魔力を失うように《罠》をはったのである。
一応、彼女がもしも魔竜であるなら、あの水上アスレチックで魔力喪失による消滅を防ぐ為、一緒にいたケーニッヒが何かしらの対処をすることとなっていた。
また、彼女自身に感づかれないように、スレームの意見も取り入れてわざわざけったいな水上競技を用意し、コトを運んだ。
結果的ではなるが、ルナフィスは水上競技の間に魔力を失う代わりに、《魔》の蝕みから解放され、人間としての息吹を取り戻した。
それが幸いし今回、本人が驚くほど闘気やサイキックの冴えを生んでいる。
なお、ステフに今回の事情を最後まで黙っていたのは、彼女にはその時点で話すことができない重要な理由があったためだ。
よってダーンは土壇場になって、ステフには地下の温泉でルナフィスが人間であると説明し、リンザー・グレモリーが彼女を狙うであろうことやその際の対処についての作戦を伝えたのである。
やはり事情があって、カレリアが一枚かんでいることは伏せたが、ケーニッヒと何か企んでいると疑っていたステフは、やっぱりと嘆息しつつダーンの脛を蹴飛ばした。
あくまでも現時点では敵であることから、ステフに無用な心配をさせずに最終的な判断ができるまで黙っていたと謝罪を込めつつ説明すると、なんとか協力を得られることとなったが。
ダーン達は、ルナフィス自身が自分を魔竜人と思い込んでいる事が、彼女を自分たちの敵とたらしめている一因と考えていた。
また、彼女が雇い主であるリンザーに嫌悪しているという事も、完全に予測していた。
そして、リンザーもルナフィスが人間であることを知っているとも確信していた。
本来人間であるルナフィスをリンザーが今後どう扱うかは、今までのあの女の行動を思えば容易に想像できた。
特に、今回のように一騎打ちによる仕合をするとなれば、必ずあの女はこちらが最も嫌悪する形で介入してくるだろうとも。
ディンの時と同じように、この場の誰もが油断しているかリンザーの事を意識から外してしまう瞬間に、必ず女は仕掛けてくる。
だから、ダーンはその瞬間を自ら演出した。
自分とルナフィスの勝負が決まる決定的な瞬間に、ルナフィスの背後に隙を作らせて、尚且つ自分が彼女の背後を守ることができる状況を。
さらに、ステフにはうそをついたが、自分が派手に負傷することも、リンザーの一瞬の隙を作ることに寄与するように。
本当の意味で、敵に勝つために。
後に――――
ダーンのこの時の確信がなければ、ルナフィスだけの問題ではなく、ステフ達が対処している問題――――活力流失によるこの世界の崩壊も、防止することができなかったと判明することとなる。
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