142 / 165
第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第三十七話 彼の確信
しおりを挟む「私が……人間?」
ダーンの告げた真実に、完全に放心状態になってしまったルナフィス。
その様子に肩を竦めて視線を交わすダーンとケーニッヒ。
そもそも、ルナフィスが人間である事に気がつき、それを確認すべく色々対策を練ったのはここにいるメンバーでは、ダーンとケーニッヒ、そしてカレリアの三人である。
ルナフィスに告げたとおり、彼女が人間であると最初に疑ったのはダーンだ。
アテネ王国アリオスのガーランド親子が営む宿の一室で、一番初めに彼女と対戦した時の事だ。
ダーンは、魔竜人との戦闘経験は皆無だったが、それでも天使長に与えられた知識から、その存在がどういうものか理解していた。
人類が竜界と呼ぶ異世界からこちらの世界に侵攻してきた魔竜。
そのうち、竜の巨体を捨てて魔神達と契約し魔力により成形された人間型の肉体を持つのが魔竜人だ。
だから、魔竜人の肉体には常に《魔》の気配が感じられるはずなのだが。
ルナフィスからは、魔法を使う瞬間などの一時的なもの以外で《魔》の気配を感じなかった。
戦いながら、彼女の銀閃に込められた意志の力を感じ、その剣戟が闘神剣と同じく闘気をサイキックで精錬し制御する技であると判断する。
また、彼女が発動していた《固有時間加速》がサイキックだった。
だから、ステフから彼女が魔竜人と聞かされたものの、それについて疑問に感じていたのだ。
サイキックとは、精神波によりこの世界を構成する活力や摂理に直接働きかけて超常現象を引き起こす異能の力だ。
その力を行使するには、この世界との深い縁を必要とする。
そうでないと、何の媒介もなしに世界の根幹たる活力に働きかける精神的経路が開かない。
また、強引に精神的経路を繋げたとしても、具現化する現象のイメージが働きかける対象に通じないのだ。
少し思い切った要約をすると、文化や言葉の違う相手に対し、思い描いた複雑な形の構造物の設計図を、自分の国の言葉で無理矢理伝えようとしても、相手には全く伝わらない。
そういった感じだ。
つまり、サイキックを発動できるのは、この世界で連綿と生きてきた人類に、精霊などの因子が溶け合い、それが極端に発現してしまった者である。
もしくは、この世界の構成や維持に直接関与した神界の神々や天使達も強力なサイキックを発動できる。
それ以外には、この世界でサイキックを発動することは有り得ない。
当然魔竜人も、元々別の世界からこちらに来たものだから、この世界には縁が無く、この世界の活力に直接働きかけるサイキックを扱えるはずがない。
また、魔竜人は魔力による肉体を得ているが、これは本来の生物的なものとは大きく異なる。
栄養を食事で摂取することはできるが、そういった活動に関する生物的プロセスのみで、生物の根幹たる遺伝子を持たない。
つまり、生殖能力が無いのだ。
一応、生殖能力ではないが、享楽としての生殖行為自体は可能のようだが……。
魔竜人がこの世界で子供を成し育てたというなら、万が一にもその子に精霊の因子が溶け込むということはあるかもしれないが、魔竜人は子供を産むことすらできないのだから、この線は絶対にない。
ルナフィスについて話を戻すと、彼女の持つ気配も、魔力をもって肉体を維持しているものとは思えなかった。
それこそ、あの人狼戦士ディンの方がよほど強い《魔》の気配を感じたくらいだ。
彼女から《魔》の気配を感知したのは、ステフを夜襲した際に眠りの魔法を使おうとした瞬間と、ステフが放ったサイコ・レイを彼女がエナジードレインで無効化した瞬間だけだ。
奇妙な食事会となったあの月夜に、宿の屋根にあがるため浮遊してきた時も、重力の制御はサイキックだった。
ダーンはこの時点でルナフィスが人間であると確信した。
あとは、アークへ来たあと、ケーニッヒとの訓練中に彼に状況を説明し、さらにはケーニッヒを仲介する形でカレリアにも協力してもらって、ルナフィスが人間と証明するため、彼女が完全に魔力を失うように《罠》をはったのである。
一応、彼女がもしも魔竜であるなら、あの水上アスレチックで魔力喪失による消滅を防ぐ為、一緒にいたケーニッヒが何かしらの対処をすることとなっていた。
また、彼女自身に感づかれないように、スレームの意見も取り入れてわざわざけったいな水上競技を用意し、コトを運んだ。
結果的ではなるが、ルナフィスは水上競技の間に魔力を失う代わりに、《魔》の蝕みから解放され、人間としての息吹を取り戻した。
それが幸いし今回、本人が驚くほど闘気やサイキックの冴えを生んでいる。
なお、ステフに今回の事情を最後まで黙っていたのは、彼女にはその時点で話すことができない重要な理由があったためだ。
よってダーンは土壇場になって、ステフには地下の温泉でルナフィスが人間であると説明し、リンザー・グレモリーが彼女を狙うであろうことやその際の対処についての作戦を伝えたのである。
やはり事情があって、カレリアが一枚かんでいることは伏せたが、ケーニッヒと何か企んでいると疑っていたステフは、やっぱりと嘆息しつつダーンの脛を蹴飛ばした。
あくまでも現時点では敵であることから、ステフに無用な心配をさせずに最終的な判断ができるまで黙っていたと謝罪を込めつつ説明すると、なんとか協力を得られることとなったが。
ダーン達は、ルナフィス自身が自分を魔竜人と思い込んでいる事が、彼女を自分たちの敵とたらしめている一因と考えていた。
また、彼女が雇い主であるリンザーに嫌悪しているという事も、完全に予測していた。
そして、リンザーもルナフィスが人間であることを知っているとも確信していた。
本来人間であるルナフィスをリンザーが今後どう扱うかは、今までのあの女の行動を思えば容易に想像できた。
特に、今回のように一騎打ちによる仕合をするとなれば、必ずあの女はこちらが最も嫌悪する形で介入してくるだろうとも。
ディンの時と同じように、この場の誰もが油断しているかリンザーの事を意識から外してしまう瞬間に、必ず女は仕掛けてくる。
だから、ダーンはその瞬間を自ら演出した。
自分とルナフィスの勝負が決まる決定的な瞬間に、ルナフィスの背後に隙を作らせて、尚且つ自分が彼女の背後を守ることができる状況を。
さらに、ステフにはうそをついたが、自分が派手に負傷することも、リンザーの一瞬の隙を作ることに寄与するように。
本当の意味で、敵に勝つために。
後に――――
ダーンのこの時の確信がなければ、ルナフィスだけの問題ではなく、ステフ達が対処している問題――――活力流失によるこの世界の崩壊も、防止することができなかったと判明することとなる。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
散々利用されてから勇者パーティーを追い出された…が、元勇者パーティーは僕の本当の能力を知らない。
アノマロカリス
ファンタジー
僕こと…ディスト・ランゼウスは、経験値を倍増させてパーティーの成長を急成長させるスキルを持っていた。
それにあやかった剣士ディランは、僕と共にパーティーを集めて成長して行き…数々の魔王軍の配下を討伐して行き、なんと勇者の称号を得る事になった。
するとディランは、勇者の称号を得てからというもの…態度が横柄になり、更にはパーティーメンバー達も調子付いて行った。
それからと言うもの、調子付いた勇者ディランとパーティーメンバー達は、レベルの上がらないサポート役の僕を邪険にし始めていき…
遂には、役立たずは不要と言って僕を追い出したのだった。
……とまぁ、ここまでは良くある話。
僕が抜けた勇者ディランとパーティーメンバー達は、その後も活躍し続けていき…
遂には、大魔王ドゥルガディスが収める魔大陸を攻略すると言う話になっていた。
「おやおや…もう魔大陸に上陸すると言う話になったのか、ならば…そろそろ僕の本来のスキルを発動するとしますか!」
それから数日後に、ディランとパーティーメンバー達が魔大陸に侵攻し始めたという話を聞いた。
なので、それと同時に…僕の本来のスキルを発動すると…?
2月11日にHOTランキング男性向けで1位になりました。
皆様お陰です、有り難う御座います。


金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。
そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。
彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。
そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。
しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。
戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。
8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!?
執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

そして、アドレーヌは眠る。
緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。
彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。
眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。
これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。
*あらすじ*
~第一篇~
かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。
それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。
そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。
~第二篇~
アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。
中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。
それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。
~第三篇~
かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。
『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。
愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。
~第四篇~
最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。
辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。
この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。
*
*2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。
*他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。
*毎週、火曜日に更新を予定しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる