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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第三十二話 それは幼き日の記憶
しおりを挟むそれは、ルナフィスが今よりももっと背の低かった頃の記憶。
最北の海に浮かぶ人の寄りつかない孤島。
そこにひっそりと住む魔竜戦争の敗残兵達。
すでに竜の巨体を捨て、また敗残兵といっても故郷に帰ることが物理的に不可能になってしまった者達――――
《魔竜人》達が共同生活をしているその島で、赤みかかった銀髪を持つ少女は、周囲の魔竜人に丁重に扱われつつ、ささやかな幸せを感じて生きていた。
竜界での生活や、自分が魔竜の身体を捨て、人間と同じ姿を得た際の記憶は無い。
彼女が思い起こせる記憶は、人と同じ肉体で過ごした日々のもの。
年中冬の季節である島の生活は、工夫次第で暖かな雰囲気を創り出すことができていた。
人数にすれば、十五人にも満たない部落であったが、狭い島の中かえって家族のような温かさがあったのだ。
ルナフィスは好きだった。
その島での生活が。
島のみんなと生きていくことが。
それと――――
時折やってくる人間の貿易商人の一人、栗色の髪にエメラルドの瞳を持つ優しい女性から、料理やお化粧の仕方を習うのも、少女にとっては新鮮だった。
習った料理を魔竜人の仲間達に振る舞うと、皆が感激して褒めてくれた。
お化粧をして、貿易商の女性にもらった服を着ておめかしすると、すれ違う仲間達から「綺麗だね」ともてはやされた。
ルナフィスは、人間の村落で言えば『村一番の別嬪さん』という扱われ方だったのだ。
今だからわかることだが、当時の生活は、人間の世界ではありふれたものだったらしく、魔竜人の集落だからといって、人の生活と特段変わることは無かった。
ルナフィスは、今後いつまでもこの温かいささやかな幸福が続いていくと思っていた。
しかし――――
ルナフィスが今の背丈まであと少しという頃、徐々に変化がおとずれた。
それはほんの僅かな軋みだった。
集落の代表として村を取り仕切り、みんなに優しかった兄が少しずつ陰りを見せはじめたのだ。
それまでまったく無かった『吸血衝動』を露わにし、島を外出して人間を襲おうとし始めた。
村の者達でなんとか押さえ込み、吸血衝動が収まるまで館の岩牢に軟禁したこともある。
また、ルナフィス自身の魔竜人化が不安定だったこともあり、吸血の洗礼を定期的に兄から受けていたので、吸血衝動の発作の際は、彼女が血を差し出していた。
そんな僅かな歪みが影響したのか、しばらくして島の仲間達が段々減っていくこととなる。
兄の豹変ぶりに嫌気が差したのか、新たな集落を求めて島を出ていったらしい。
そして昨年――――
島には、ルナフィスとその兄サジヴァルド、人狼のディンの3人だけになってしまった。
その頃には、兄は虚ろな視線で何やらうわごとを言うようになり、人狼はなるべく館の外に兄を出さないように配慮し、その傍ら、ルナフィスの剣の稽古に付き合う頻度も増えていく。
元々人狼は、兄からルナフィスの身の回りの世話や戦闘技術を指南する役目を仰せつかっていたらしく、幼少の頃からちょくちょく稽古していたのだが。
島に三人だけとなってしまったので、外敵が島にあらわれた場合、自分自身は自ら守らなければならない。
人狼は、実戦形式でルナフィスを鍛え上げた。
ルナフィスに真剣を使わせて、決して小さくない怪我をしたこともある。
そんな人狼との実戦稽古……。
始めた頃は人狼の膂力と鋼のような剛毛に随分と手を焼かされたものだ。
彼の肉体にダメージを与えるには、深く懐に飛び込みつつ、体重と闘気を乗せた強力な一撃をたたき込む必要があった。
しかし、彼の戦闘センスはずば抜けていて、長い戦斧を巧みに操って懐に入る隙を一切作らせなかったのだ。
既に《固有時間加速》のサイキックを扱えるようになっていたルナフィスは、速度で人狼を圧倒しようとしたが――――
人狼は致命的なダメージだけを避けるように防御し、決定打を許さないばかりか、速度を逆手に取って反撃するなど、戦闘経験の圧倒的な差を見せつけてきた。
そんな人狼との稽古を重ねる中で、ルナフィスはその剣の腕を磨き上げる。
どんなに剣の腕を上げようとも、その剣術をいつ誰に習ったのかはわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。
ただ単に、稽古の相手である人狼から一本取るために、稽古を重ねた。
その結果――――
ルナフィスはとあるサイキックを活かす戦術をもって、遂に人狼に有効な一撃をたたき込むことに成功する。
その戦術とは――――
☆
かつての稽古相手、人狼戦士ディンを彷彿とさせつつも、明らかにそれを上回る戦闘能力の持ち主。
圧倒的な闘気を纏う蒼髪の剣士を前に、ルナフィスは人狼に打ち勝った戦術を用いることを決断する。
正直、この戦術は剣士としての決闘では卑怯ではないかとすら考えていたので、これまで用いなかったのだが……。
――このままじゃ勝負にならなくなるし……出し惜しみしている相手じゃない。私の持てる全てをぶつけないと。
時間を制御するサイキックとは別の、ルナフィスが得意とするもう一つのサイキック。
重力を制御し、自在に大空を舞うことのできる能力――――《空戦機動》である。
ルナフィスは《固有時間加速》を若干弱めて、《空戦機動》を発動した。
自在に、しかも高速に宙を舞い、剣戟に空間的な要素を取り入れていく。
地に足を着けて戦う剣士にとって、それはなかなか予期できない攻撃だった。
人間の死角はその構造上、足下はよく見えるが上には死角が多く、直上からの攻撃には弱い。
さらに、高速でヒット・アンド・アウェイを行い、離れる際は相手の攻撃の届かない上空に退避できる。
そうなると、剣戟戦の主導を完全に握ることができるのだ。
以前会話したところから、ダーンには空中戦の手立てがないようだったので、少しフェアではないかもしれないが、これで形成は逆転できる。
飛翔し高速の一撃を加え、ダーンが苦し紛れに長剣で防御するのを視界に納めながら、ルナフィスは上空に舞い上がり勝機が見えてきたと感じた。
そんな瞬間だった。
ダーンが思い切り武道台の岩床を蹴り、こちらに飛び上がってきたのだ。
ルナフィスのいる高さは、ダーンのような闘気を操って常人にない瞬発力を持つ者なら、確かにギリギリ届く程だったが……。
――焦ったわね、ダーン!
ルナフィスは素早く右に水平移動し、ダーンの攻撃を躱す。
そうなれば、攻撃をし損じたダーンは重力によって自由落下するしかない。
動きが単純で簡単に予測できる自由落下、さらに着地時には絶対的な隙が生まれる。
その瞬間に、高速の強力な一撃を浴びせればルナフィスの勝利だ。
上昇の頂点に達し、落下し始めようとするダーンを、少し寂しい気分で見つめるルナフィス。
あっけないし、なんかつまらない決着だと感じていた。
だが、勝負は勝負だ。
勝てる瞬間に勝たなければならない。
まさに勝機と強力な一撃のために力を溜めようとした矢先────
ルナフィスはその視界に、想像し得なかったダーンの動きを捉えることとなる。
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