超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第二十二話  金と銀の邂逅

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 朝の涼やかな空気に、溜め息がむなしく溶けていく。

 赤みのかかった銀髪を、腹ただしく掻きむしるルナフィスは、目の前に垂れ下がる紅白の縄を睨み付けていた。


――出遅れた……完璧に。


 彼女の計画では、今日ここを訪れるダーン達を、《水霊の神殿》の入り口、つまりはこの場で迎え撃つつもりだったが……。

 赤い髪の悪魔、リンザー・グレモリーが用意した魔物達との訓練を昨日の夜遅くまでハードにやっていたせいか、今朝は随分と目覚めが悪かった――――というか、完全に熟睡し、朝日が上がるまで目覚めることができなかったのだ。

 目を覚ました頃には辺りは白んでおり、夜明け前に先回りしてここで待ち受ける計画や、ここ数日間で考えていた、ちょっともったいぶった台詞でふっかけてやろうという目論見は、実行することなくたんしてしまった。


 まあ、充分な睡眠をとれたせいか、体調も気力も万全だったが……。

 それだけに、ここで一人取り残されてしまったことが、悔しくてならない。


 先程、彼女がセイレン湖のほとりにたどり着いたときには、ダーン達がまさに白い霧に包まれてどこかに転送されていくところだった。

 その後、目の前の紅白の縄を引いて、頭上の鈴を何度か鳴らしているが、ダーン達のように他の場所に転移することはない。

 その度に、少し鈍い鈴の音が、霧の向こうに消えていくだけ。

「あー、もうッ! せつかくここまで出向いたってのに、これじゃあバカみたいじゃないのよッ」

 誰に言うわけでもなく、その場で愚痴る少女だったが――――

 その彼女の耳に、場違いな笛の音が優しいメロディーをかなででて聞こえてくる。

 不審に思って背後を振り返ってみれば、湖にかかる橋を渡って、白い服装で固めた男が横笛を吹いて近付いて来ていた。

「何? 誰よアンタ」

 横笛を吹く男の姿が、思っていたよりも自分に近付いていたことに半ば動揺しつつ、ルナフィスは警戒をこわに乗せてすいする。

 すると、笛の音が止み、その男はったらしく長い金髪を片手で払いつつ――――

「やあ、美しい女性が何やらお怒りのようだったので、ボクが自慢のフルートでおいさめしようと思ってね……。フッ……どうやら随分とお困りのようだけど、ボクでよければ力になろうじゃないか」

 銀に輝く笛を腰元にしまいつつ、りゆうちようささやくような声を届けてくるその男。

 身長は、あの蒼髪の剣士と同じくらいか……。

「何者よアンタ……」

 さらに警戒心を露わにして詰問するルナフィスは、するりと腰のレイピアを抜いてみせる――――と言うよりも、彼女は剣を抜かされていたと言うべきだ。

 目の前の男は、明らかに腕の立つ剣士だ。
 彼の腰にも、こちらと同じ細身の剣が少し飾り気の多いさやに収まっている。
 その物腰は一見柔らかそうだが、妙な存在感を抱く。

 なにより、この男はここまで近付くまで全く気配を感じさせなかったのだ。

 せめて剣を抜き放っておかなければ、対峙するにも不安を感じる。

「ああ、ボクはね、アーク王国の王立科学研究所ロイヤル・ソサエティで一時的にやつかいになっている科学者にして、実質はろうの剣士さ。といっても、君とやりあう予定はないよ。ボクは君のような美しいミステリアスな女性とお話しすることが大好きでね。あと、最近は蒼髪の色男君とも過ごすのがボクの趣味になりつつある――――って……あれ? どうして切っ先をこちらに向けてくるのかな……。その、あんまり怒るとせつかくぼうが……」

「うるさいッ」

 男のどこか遠慮のない物言いにいらち、ルナフィスは高速の突きをその男に放つ。


――当たるわけはない。


 そう考えて放った突きは、確かに男を捕らえることはなかった。

 だが、突きを放ったルナフィスは、心臓が凍り付くような思いを抱くこととなる。

「ダメじゃないか……折角の素敵な出会いなんだから、もっとエレガントにいかないと」

 柔らかなささやきが間近で聞こえ、同時に赤みのかかった銀髪を軽く触れられる感触。

 それらは、まるで鋭利な刃物を肌に押し当てられているかのようなせんりつを覚えさせた。

 そしてレイピアを突き出した姿勢のまま、ルナフィスは軽く硬直してしまう。

 男は、剣を抜くこともなくルナフィスの連続突きをかわし、彼女にすら捉えられない動きで彼女の後方に回り込んでいた。

 さらに、耳元に顔を寄せてささやきつつ、彼女の長い銀髪を手で撫でたのだ。


 屈辱。


 ルナフィスが感じたものを一言で表せば、この言葉につきる。
 
 それにしても――――

「どういうつもり? 今のタイミング、アンタの腕なら私の首をねることなんか簡単でしょ?」

 こちらも本気ではなかったとはいえ、やはりまともに戦ったら勝ち目がなさそうだ。

 反撃をせずにこちらの髪を撫でるようなことをしてきたことには腹立たしい限りだが、半ば腹いせに剣を振るったルナフィスには、遊ばれたことに文句を言う気にもなれなかった。

「首を刎ねるって……? 冗談きついね、君は。まだボクは君に名乗ってもいなければ、君から名前すら聞いていないんだよ。もしかしたら、これからくるめく素敵な恋の始まり……その記念すべき運命的な出会いかもしれないのに……」

 男は肩をすくめつつ、若干困ったような薄笑いを浮かべて言う。

 その男の態度と言葉に、ルナフィスは軽く舌打ちをした。

「バカなの? 私は魔竜よ。人間のアンタと……しかも、アーク王国に属している男と私がそんな関係になることなんか、あり得ないでしょうがッ」

 からかわれていると思いつつも、まともに言い返すルナフィス。

「いやいや……恋には障害はつきものさ。むしろその障害が大きければ大きいほど……」

 少しこうちようして、大げさに両腕で自身を抱きながら身悶える仕草をするその男。

 対するルナフィスは、男に軽蔑を含んだ眼差しを送りつつ、声のトーンを低くして、

「ふーん、で、何時まで茶番を続けるの?」

「あれ? ホントに連れないなあ……。わかったよ、君には少し提案したことがあってここに来たんだ。率直に言うとね、一時的にボクと手を組まないか?」

 あまりに唐突な申し出に、ルナフィスはげんな視線を男に向ける。

「言っている意味がよく判らないんだけど?」

「なーに、要はこの先の《水霊の神殿》に入る方法……というか、条件を教えてその条件も満たしてあげるから、ボクと一緒に神殿に入って欲しいんだ」

「ということは、アンタは神殿への侵入方法がわかるっての? でも、ここって、あの蒼い髪のが契約する女神の管理してる場所でしょ。そう簡単に敵である私が入れるとは思わないんだけど」

「それならば、君は大丈夫だよ。むしろ神殿の方が君を迎えてくれるはずさ」

 思わせぶりな台詞を吐き、男はしたり顔をするが……。

「なによ、それ? まあ、それよりも一番気になっていることは、なんでアンタは私に協力を申し出てるのかってことよ。神殿の中に入る方法がわかっているなら、別に一人でいけば……」

「それが一人じゃダメなんだ。ここに入るには、最低でも一組以上の男女がいなけりゃなんだよ」

「は? なんで?」

 怪訝な表情で問い詰めてくるルナフィスに、ケーニッヒは柔らかに笑って応じる。

「ここは、《水神の姫君》の趣味の為に造られた神殿でね……。恋愛ごとに絡むイベントを体験し、男女のカップルがお互いの仲を確認し、将来を誓い合うためや、さらにその二人を祝福する者たちが参加でき、あるいは恋敵として勝負を挑んでみるようなイベントもあるようなんだ」

「つまり、あんたがしきりにウザイほど私との恋物語をでっち上げようとしたのも、神殿に入るための布石なわけね」

「あははははッ……それはハズレ。ボクの魂が君にかれているのはまぎれもない事実。そして、君もきっとすぐにボクにがれていき……」

 少し朱のさした顔で色目を向けるケーニッヒ、その彼に対し――――

「殺意に焦がれているのは確かね……。私がどれだけ焦がれているのか、確かめてみる?」

 半眼でめ上げて、洗練された闘気が込められた銀閃の切っ先を男の方に向けるルナフィス。

「スミマセン、調子に乗りました」

 おそらくは、何もおどしにはなっていないはずなのだが、男は向けられたら切っ先におどけて、怖ず怖ずと両手を挙げてみせた。

 その仕草が妙に憎めないと感じてしまうルナフィスは、つい口元をほころばせると、

「わかった……一時的に協力してもらうわ。私はルナフィス・デルマイーユよ……あんたの名前は?」

 ルナフィスは切っ先を降ろし、そのまま納刀する。

「ケーニッヒ・ミューゼルさ。協力に感謝しよう」

 ケーニッヒと名乗った金髪の男は、わざとらしく胸を撫で降ろした。

「でも、妙なことしたら、遠慮なく斬り捨てるからね」

「それは気をつけないとね。でも多分、今から向かうところ自体が妙なところなんだけどね……」

 ケーニッヒの言葉に怪訝な顔をして「どういう意味なの?」と問いかけるルナフィス。

 そんな少女の緋色の瞳に、意地悪な笑みを返しつつ、ケーニッヒは、「行けばわかるさ」と応じると、ルナフィスの背後に垂れ下がった紅白の綱を手に取った。

「いいわ。毒を食らわば皿までよ」

 ルナフィスも意を決しケーニッヒの手にした綱を手にすると――――

 金髪の剣士と銀髪の剣士は、お互いに相手の瞳を見てうなずきあうと、タイミングを合わせて綱を引く。

 ガラン、ゴロン……

 湿った辺りの空気に少し鈍い鈴の音が溶け、二人の剣士が白い霧に包まれていった。



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