超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
上 下
124 / 165
第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第十九話  神殿の入り口

しおりを挟む

 早朝――――

 ステフとダーン、そして二人のサポート役として同行してきたスレームとカレリアの四人がセイレン湖の湖面を見つめていた。

 今日は、セイレン湖が最も水位を下げる日である。

 セイレン湖のほとりには、湖を遊覧できる貸しボートやその発着のための桟橋などがあるが、早朝のためかあたりに人気はない。

 日が昇って間もない時間、未だ肌寒い朝の空気は、湖面から立ちの上った淡い霧に濡れていた。


 湖のほぼ中央には、丸い小さな島があり、その表面にはそこそこ幹のしっかりした樹木が生い茂っていて、まるで湖面に浮かぶ大きなブロッコリーのようだ。

 その中央の島に向けて、僅かに路面が水に浸っている大理石の架け橋がまっすぐと伸びていた。

「昨日までは、この橋も水中に沈んでいましたが、日が昇ると共に一気に水位が下がってこのような状態になります。とても自然の神秘とは考えにくいですね……」

 解説をするスレームが自ら先頭に立って、細い大理石の橋の上を歩いて行く。

「というと、人為的なものなのか?」

 ダーンが最後尾で警戒しつつスレームに尋ねれば、その彼の前を歩くカレリアがわずかに振り返り、

「人為的というと、果たして人ならざる者のワザもそう言うのならば、その言い方で良いと思いますが……。これは《水神の姫君》様の施したものと、この地方には伝わっているそうです」

 そのカレリアの説明に、《水神の姫君》という言葉をオウム返しに聞くダーン。

 カレリアは、これから向かう《水霊の神殿》の祭壇でたてまつられた女神だと説明する。
 つまりは、ステフがソルブライトを通じて契約すべき精霊の王である。

「その名は《サラス》よ、ダーン。まあ、あたしがお母様の手記から知っている女神は、《大地母神ガイア》と《水神姫サラス》の二柱だけ。あとの二人は、たまたま水に濡れたか何かで、文字がにじんでいて読めなかったの……。まして、五柱目……月の女神なんてその存在すら知らなかったわ」

 先頭から二番目を歩く蒼い髪の少女ステフは、少しむくれた顔のまま話してきた。

 彼女がむくれているのは、今ここに妹のカレリアが同行しているからだ。

 一時間ほど前、研究所のエレベータホールでダーンと待ち合わせていたのだが、そこにダーンと一緒に現れたのは、スレームとカレリアだった。

 スレームが付いてきそうなのは、ステフの予想していたことで、さらに、最近ダーンと親しく稽古をしていた『金髪の優男ケーニツヒ』も、もしかしたらしゃしゃり出てくるかと思っていたが、まさかカレリアが付いてくると言い出すとは……。

 当然のように、ステフは猛反対した。

 カレリアも一通りの戦闘訓練をこなしているのは知っていたが、彼女は軍籍ではないし、銃器の扱いも平均以下のレベルだ。


 まともに戦力にはならないばかりか、万が一の際には確実に足手まといになる。


 そう主張した姉に対し、当の妹はその場で姉の度肝を抜いて見せた。

 いきなり、その場で人の背丈はある氷の柱を作りだして見せたのだ。

 つまりは、氷系統のサイキックである。

 驚き言葉を失う姉に、カレリアはそっと近付き、「最近、なんとなく試してみたらできるようになっていました。もっとも氷だけですけど、大気中の窒素を液化するくらいはできますよ」と、さらりと告げた。

 それは、氷系統ならば、完全に姉のステフを超える力量だった。

 それでも、思い出したように反対し続けたステフに対し、スレームやダーンまでもがなだめてきて、カレリアが同行することを認めたのである。

 姉としては、非常におもしろくない。

 これなら、「今回は水没していた神殿でしょ、ボクはカビくさいところは苦手なんだ……アハハハハッ」とふざけた笑顔で見送った金髪優男ケーニツヒが付いてきた方がまだマシだ。

 ああ……そう言えば――――その金髪優男ケーニツヒの言葉に、カレリアが妙に暗い笑顔で何かを呟いていたのは印象深かったが、はて? あれはどういうことなのか……。

 いや、そんなことはどうでもいい。


――あの娘は、王宮の奥で大事に大事に育てられた箱入り娘なのよ……何かあったらどうすんのよ。


 自分の事は全く棚に上げて、そんな風に不機嫌をつのらせていたステフ。
 その彼女に反論の余地を与えなかった一言は、スレームから耳打ちされた。


――――「昨日、派手に吹き飛ばしていただきました施設の修繕ですが……。一応、妹君の計らいで、新兵器開発時のトラブルとして処理されています。……借りっぱなしっていうのも、どうでしょう?」


 つまり昨日、ものの勢いでぶっ放したブラスター・ショットの件をもみ消す代わりに、カレリアの意見を承諾しろと言うのだ。

 元々、《企画7課》のあるあの施設は、アーク王家ではカレリアの管轄するもの。

 そこを施設の一部分とはいえ破壊してしまった負い目もあり、ステフは渋々了承したのだった。


 そういった経緯で、現在《水霊の神殿》に向かうメンバーはこの4人となった。

 そして、この場にはきっとあの銀髪の剣士、ルナフィス・デルマイーユも現れることだろう。


――本当に警戒すべきは、『あの女』だが……。


 赤い髪の女に対する警戒を強めるダーンは、これから先の神殿や今歩いている細い橋の上に注意を払い、全身の感覚を研ぎ澄まして不意の襲撃に備えているが、現在のところ《魔》の波動などは感知していない。

 まあ、強いて言うなら、違和感があったのは周囲の湖面だ。

 美しい湖面からは、《魔》波動とは違う独特の波動を感じる。

 そう言えば、この感覚は魔法剣士ケーニツヒが使っていた古代神魔法の波動に近い。


――なるほど……つまりは、《水神の姫君》とやらが仕掛けたのは、湖の水そのものに施す魔法ということか。


 このあたりを流れる地脈からの活力を応用し、水にかけられた術式を発動させて、この超自然的な湖水位の変動を引き起こしているのだろう。

 ただし――――

 この水位の変動は何のためなのか?

 神殿の存在をひた隠しにするためなら、何も水位を変動させることなく神殿の入り口を水没させたままにしておけばいいではないか。

 そんな風に色々と推論していたダーンの目の前に、やがて霧の向こうに隠れていた中央の島、その深い樹木の緑とそこに建立された構造物が見えてきた。


「なんだ? これ」

 ダーンは目の前――――というよりも頭上に現れた赤い奇妙な形の構造物を見上げつつ言葉を漏らす。

「これは、鳥居というそうですよ、ダーン様。《水神の姫君》様は、海の向こうのアスカ皇国では、このような構造物の奥に神殿を築いて奉っているそうです。また、イディア地方などでは、《サラスヴァティ》とも呼ばれている女神のようですが……」

 ダーンの疑問に答えつつ、カレリアはすっと、鳥居の向こうに見えた木造の門を指し示した。

 その門は、大人が肩車をして三人並んでいてもすんなりとくぐれる大きさがあった。

 その門の上には、何やら文字が刻まれていて、さらに門のくぐった先には、少し大きめのほこらがある。

 祠の前には、紅白のひもをより合わせて作られた縄が天井の方から垂れ下がっていた。

 その紅白の縄の先、天井の付近には、大きな金色の鈴が二つ付いている。

「門の上に刻まれたのは古代語ですが、解読はされていますの。意味は、『真の愛に祝福を』だそうですわ」

 悪戯っぽい笑顔を向けて、カレリアが補足説明してきた。

 つまりは、ここは愛を誓い合う男女にとっては、それを確かめ合う儀式の場所なのだという。

 二人で願いを込めて、紅白の縄を引き、その先に設けられた大きな鈴を鳴らせば、《水神の姫君》が祝福をしてくれる……らしい。

「なかなか、ロマンティックな迷信ね……で、この縄がその迷信のものとして……入り口はどこよ? 確か、ここから神殿の中に進めるって話だったけど……」

 ステフが紅白の縄の奥、木製の祠の方を覗うが、その祠は小さくとても人が侵入できるような神殿などではない。

「そこは、あなた達二人っきりで探検したあの大地母神の神殿と同じでしょう……」

 スレームは随分と『二人きりで』を大げさに強調し言うが。

 確かに、大地母神の神殿の時は、ダーンと二人で遺跡を調査している際に、別の世界に――――というよりも、大地母神ガイアたる、ミランダ・ガーランドが構築した具象結界に取り込まれたのだった。

 今回も、同じように具象結界なり異次元の狭間なりに案内される展開なのだろうか?

「折角ですから……お姉様、こちらの《誓いの鈴》をダーン様と鳴らしてみてはいかがでしょう」

「はい?」

 カレリアの提案に、ステフはかなりわざとらしく、大げさに聞き返すが――――

 あえて、その《誓いの鈴》とやらを意識しないように……というか、意識していない風を見せていたことは、付き合いの長い双子の妹には、見え見えだった。


「そうだな……試してみるか」

 意外なことに、ダーンがカレリアの提案に乗ってきて、紅白の縄に手をかけるではないか。

「え……うそ……なんかアンタらしくないって言うか………………ちょ、ちょおっと待って!」

 ステフは片手でダーンの方を制止しつつ、視線を逸らして何やら考えはじめた。

『面倒くさい子ですね……』

「全くですわ……お姉様、はやくしないと私がダーン様と鈴を鳴らしちゃいますよー」

 ソルブライトの溜め息交じりの言葉に、カレリアが応じて、さらにステフにあおりをかける。

「わ、わかったわよッ、やります、やればいいんでしょう」

 そう必死にわめき立てるが、赤い顔をして妙に照れとほころびそうになる表情をして、ステフはダーンの持つ縄に手をかけた。

「じゃあ、行くぞ。多分、これが神殿への侵入方法だ」

 ダーンの言葉に「え、誓いは?」と、半ば抜けた言葉を口にするステフ。
 
 そして、昨夜まで湖面に沈んでいたはずなのに一切濡れていない、紅白の縄を引き鈴を鳴らせば、その場の四人の視界がホワイトアウトしていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

聖人様は自重せずに人生を楽しみます!

紫南
ファンタジー
前世で多くの国々の王さえも頼りにし、慕われていた教皇だったキリアルートは、神として迎えられる前に、人としての最後の人生を与えられて転生した。 人生を楽しむためにも、少しでも楽に、その力を発揮するためにもと生まれる場所を神が選んだはずだったのだが、早々に送られたのは問題の絶えない辺境の地だった。これは神にも予想できなかったようだ。 そこで前世からの性か、周りが直面する問題を解決していく。 助けてくれるのは、情報通で特異技能を持つ霊達や従魔達だ。キリアルートの役に立とうと時に暴走する彼らに振り回されながらも楽しんだり、当たり前のように前世からの能力を使うキリアルートに、お供達が『ちょっと待て』と言いながら、世界を見聞する。 裏方として人々を支える生き方をしてきた聖人様は、今生では人々の先頭に立って駆け抜けて行く! 『好きに生きろと言われたからには目一杯今生を楽しみます!』 ちょっと腹黒なところもある元聖人様が、お供達と好き勝手にやって、周りを驚かせながらも世界を席巻していきます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火曜日に更新を予定しています。

処理中です...