超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第十九話  神殿の入り口

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 早朝――――

 ステフとダーン、そして二人のサポート役として同行してきたスレームとカレリアの四人がセイレン湖の湖面を見つめていた。

 今日は、セイレン湖が最も水位を下げる日である。

 セイレン湖のほとりには、湖を遊覧できる貸しボートやその発着のための桟橋などがあるが、早朝のためかあたりに人気はない。

 日が昇って間もない時間、未だ肌寒い朝の空気は、湖面から立ちの上った淡い霧に濡れていた。


 湖のほぼ中央には、丸い小さな島があり、その表面にはそこそこ幹のしっかりした樹木が生い茂っていて、まるで湖面に浮かぶ大きなブロッコリーのようだ。

 その中央の島に向けて、僅かに路面が水に浸っている大理石の架け橋がまっすぐと伸びていた。

「昨日までは、この橋も水中に沈んでいましたが、日が昇ると共に一気に水位が下がってこのような状態になります。とても自然の神秘とは考えにくいですね……」

 解説をするスレームが自ら先頭に立って、細い大理石の橋の上を歩いて行く。

「というと、人為的なものなのか?」

 ダーンが最後尾で警戒しつつスレームに尋ねれば、その彼の前を歩くカレリアがわずかに振り返り、

「人為的というと、果たして人ならざる者のワザもそう言うのならば、その言い方で良いと思いますが……。これは《水神の姫君》様の施したものと、この地方には伝わっているそうです」

 そのカレリアの説明に、《水神の姫君》という言葉をオウム返しに聞くダーン。

 カレリアは、これから向かう《水霊の神殿》の祭壇でたてまつられた女神だと説明する。
 つまりは、ステフがソルブライトを通じて契約すべき精霊の王である。

「その名は《サラス》よ、ダーン。まあ、あたしがお母様の手記から知っている女神は、《大地母神ガイア》と《水神姫サラス》の二柱だけ。あとの二人は、たまたま水に濡れたか何かで、文字がにじんでいて読めなかったの……。まして、五柱目……月の女神なんてその存在すら知らなかったわ」

 先頭から二番目を歩く蒼い髪の少女ステフは、少しむくれた顔のまま話してきた。

 彼女がむくれているのは、今ここに妹のカレリアが同行しているからだ。

 一時間ほど前、研究所のエレベータホールでダーンと待ち合わせていたのだが、そこにダーンと一緒に現れたのは、スレームとカレリアだった。

 スレームが付いてきそうなのは、ステフの予想していたことで、さらに、最近ダーンと親しく稽古をしていた『金髪の優男ケーニツヒ』も、もしかしたらしゃしゃり出てくるかと思っていたが、まさかカレリアが付いてくると言い出すとは……。

 当然のように、ステフは猛反対した。

 カレリアも一通りの戦闘訓練をこなしているのは知っていたが、彼女は軍籍ではないし、銃器の扱いも平均以下のレベルだ。


 まともに戦力にはならないばかりか、万が一の際には確実に足手まといになる。


 そう主張した姉に対し、当の妹はその場で姉の度肝を抜いて見せた。

 いきなり、その場で人の背丈はある氷の柱を作りだして見せたのだ。

 つまりは、氷系統のサイキックである。

 驚き言葉を失う姉に、カレリアはそっと近付き、「最近、なんとなく試してみたらできるようになっていました。もっとも氷だけですけど、大気中の窒素を液化するくらいはできますよ」と、さらりと告げた。

 それは、氷系統ならば、完全に姉のステフを超える力量だった。

 それでも、思い出したように反対し続けたステフに対し、スレームやダーンまでもがなだめてきて、カレリアが同行することを認めたのである。

 姉としては、非常におもしろくない。

 これなら、「今回は水没していた神殿でしょ、ボクはカビくさいところは苦手なんだ……アハハハハッ」とふざけた笑顔で見送った金髪優男ケーニツヒが付いてきた方がまだマシだ。

 ああ……そう言えば――――その金髪優男ケーニツヒの言葉に、カレリアが妙に暗い笑顔で何かを呟いていたのは印象深かったが、はて? あれはどういうことなのか……。

 いや、そんなことはどうでもいい。


――あの娘は、王宮の奥で大事に大事に育てられた箱入り娘なのよ……何かあったらどうすんのよ。


 自分の事は全く棚に上げて、そんな風に不機嫌をつのらせていたステフ。
 その彼女に反論の余地を与えなかった一言は、スレームから耳打ちされた。


――――「昨日、派手に吹き飛ばしていただきました施設の修繕ですが……。一応、妹君の計らいで、新兵器開発時のトラブルとして処理されています。……借りっぱなしっていうのも、どうでしょう?」


 つまり昨日、ものの勢いでぶっ放したブラスター・ショットの件をもみ消す代わりに、カレリアの意見を承諾しろと言うのだ。

 元々、《企画7課》のあるあの施設は、アーク王家ではカレリアの管轄するもの。

 そこを施設の一部分とはいえ破壊してしまった負い目もあり、ステフは渋々了承したのだった。


 そういった経緯で、現在《水霊の神殿》に向かうメンバーはこの4人となった。

 そして、この場にはきっとあの銀髪の剣士、ルナフィス・デルマイーユも現れることだろう。


――本当に警戒すべきは、『あの女』だが……。


 赤い髪の女に対する警戒を強めるダーンは、これから先の神殿や今歩いている細い橋の上に注意を払い、全身の感覚を研ぎ澄まして不意の襲撃に備えているが、現在のところ《魔》の波動などは感知していない。

 まあ、強いて言うなら、違和感があったのは周囲の湖面だ。

 美しい湖面からは、《魔》波動とは違う独特の波動を感じる。

 そう言えば、この感覚は魔法剣士ケーニツヒが使っていた古代神魔法の波動に近い。


――なるほど……つまりは、《水神の姫君》とやらが仕掛けたのは、湖の水そのものに施す魔法ということか。


 このあたりを流れる地脈からの活力を応用し、水にかけられた術式を発動させて、この超自然的な湖水位の変動を引き起こしているのだろう。

 ただし――――

 この水位の変動は何のためなのか?

 神殿の存在をひた隠しにするためなら、何も水位を変動させることなく神殿の入り口を水没させたままにしておけばいいではないか。

 そんな風に色々と推論していたダーンの目の前に、やがて霧の向こうに隠れていた中央の島、その深い樹木の緑とそこに建立された構造物が見えてきた。


「なんだ? これ」

 ダーンは目の前――――というよりも頭上に現れた赤い奇妙な形の構造物を見上げつつ言葉を漏らす。

「これは、鳥居というそうですよ、ダーン様。《水神の姫君》様は、海の向こうのアスカ皇国では、このような構造物の奥に神殿を築いて奉っているそうです。また、イディア地方などでは、《サラスヴァティ》とも呼ばれている女神のようですが……」

 ダーンの疑問に答えつつ、カレリアはすっと、鳥居の向こうに見えた木造の門を指し示した。

 その門は、大人が肩車をして三人並んでいてもすんなりとくぐれる大きさがあった。

 その門の上には、何やら文字が刻まれていて、さらに門のくぐった先には、少し大きめのほこらがある。

 祠の前には、紅白のひもをより合わせて作られた縄が天井の方から垂れ下がっていた。

 その紅白の縄の先、天井の付近には、大きな金色の鈴が二つ付いている。

「門の上に刻まれたのは古代語ですが、解読はされていますの。意味は、『真の愛に祝福を』だそうですわ」

 悪戯っぽい笑顔を向けて、カレリアが補足説明してきた。

 つまりは、ここは愛を誓い合う男女にとっては、それを確かめ合う儀式の場所なのだという。

 二人で願いを込めて、紅白の縄を引き、その先に設けられた大きな鈴を鳴らせば、《水神の姫君》が祝福をしてくれる……らしい。

「なかなか、ロマンティックな迷信ね……で、この縄がその迷信のものとして……入り口はどこよ? 確か、ここから神殿の中に進めるって話だったけど……」

 ステフが紅白の縄の奥、木製の祠の方を覗うが、その祠は小さくとても人が侵入できるような神殿などではない。

「そこは、あなた達二人っきりで探検したあの大地母神の神殿と同じでしょう……」

 スレームは随分と『二人きりで』を大げさに強調し言うが。

 確かに、大地母神の神殿の時は、ダーンと二人で遺跡を調査している際に、別の世界に――――というよりも、大地母神ガイアたる、ミランダ・ガーランドが構築した具象結界に取り込まれたのだった。

 今回も、同じように具象結界なり異次元の狭間なりに案内される展開なのだろうか?

「折角ですから……お姉様、こちらの《誓いの鈴》をダーン様と鳴らしてみてはいかがでしょう」

「はい?」

 カレリアの提案に、ステフはかなりわざとらしく、大げさに聞き返すが――――

 あえて、その《誓いの鈴》とやらを意識しないように……というか、意識していない風を見せていたことは、付き合いの長い双子の妹には、見え見えだった。


「そうだな……試してみるか」

 意外なことに、ダーンがカレリアの提案に乗ってきて、紅白の縄に手をかけるではないか。

「え……うそ……なんかアンタらしくないって言うか………………ちょ、ちょおっと待って!」

 ステフは片手でダーンの方を制止しつつ、視線を逸らして何やら考えはじめた。

『面倒くさい子ですね……』

「全くですわ……お姉様、はやくしないと私がダーン様と鈴を鳴らしちゃいますよー」

 ソルブライトの溜め息交じりの言葉に、カレリアが応じて、さらにステフにあおりをかける。

「わ、わかったわよッ、やります、やればいいんでしょう」

 そう必死にわめき立てるが、赤い顔をして妙に照れとほころびそうになる表情をして、ステフはダーンの持つ縄に手をかけた。

「じゃあ、行くぞ。多分、これが神殿への侵入方法だ」

 ダーンの言葉に「え、誓いは?」と、半ば抜けた言葉を口にするステフ。
 
 そして、昨夜まで湖面に沈んでいたはずなのに一切濡れていない、紅白の縄を引き鈴を鳴らせば、その場の四人の視界がホワイトアウトしていった。
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