超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第十四話  道化師

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 ステフに追い出される形で、研究室の隣に設けられた休憩室に入っていたダーン。

 初めて訪れた研究所施設は、先ほどのエレベーターといい話に聞いていたが実際には見たことがない最先端施設ばかりで、一人にされた彼は気もそぞろに周囲を見渡してばかりだ。

 広めの室内には観葉植物などがいくつか置かれている。

 片隅には飲み物などがボタン一つで自動的に提供される装置《ドリンク・サーバー》などもあったが、ダーンには初めての機械で使い方がわからなかった。

 部屋の中央には、ローテーブルとそれをコの字に囲むように、革張りのソファーが置かれている。

 そのソファーに、ダーンが入ってくる前に座っていた先客があった。

「剣士殿、あちらで一杯お飲み物などいかがですか?」

 座っていたソファーから立ち上がり、ダーンの方を向くと、男は《ドリンク・サーバー》の方を手で指し示す。
 
 顔に刻まれた皺などから推測するに、その見た目は五〇歳ほどだろうか?
 くすんだ金髪は長く、背中まで伸びていて、それを襟元で一つにまとめている。

 柔らかな物腰で丁寧に話す男の声。
 しかし、気のせいかその声のトーンは見た目よりも若々しい。
 落ち着きのある柔らかな声色は、むしろ甘くささやくようにすら感じる。

 そんな目の前の男は、身長は高く、ダーンと同じような背丈だ。

 身長があるから、立ち上がればそれなりの迫力がある。

 いや――――

 どうやら、感じる迫力は高い身長からくるものだけではない。

 その肉体そのものから感じる雰囲気が、研究所の職員というイメージからかけ離れているのだ。

 よく見れば、王立科学研究所の作業着に包んだその身体は、服の上からでも鍛えられて引き締まったものと分かる。

 剣士特有の勘として、この男は達人クラスの武芸を持ち合わせていると感じるダーン。

 そして、それとは別に、ダーンには思い当たることがあって挨拶代わりに言葉を掛ける。

「……あの機械、使い方がイマイチ判らないんだ。できれば教えてもらえるかい? 運転手さん」

 ダーンの言葉を耳にし、男は少し口元を緩ませると、右手でくすんだ金髪の前髪をすくい上げた。

「私のことを憶えておいででしたか……いやはや、恐縮です」

 その男は、昨夜、ダーン達がエルモ市の入り口から温泉旅館に移動する際利用した、旅客自動車の運転手だ。

 昨夜の一連の出来事が、ステフの妹カレリアの差し金だったことをかんがみれば、この男も王立科学研究所の職員というのにも納得できる。

「昨日、このアークで出会った人物はごくわずかだからな。それにしても、昨日と雰囲気がまるで違う……。てっきり俺と同じ傭兵か軍人だと思ったけど」

「まあ、あたらずとも遠からずと言ったところでしょうか。一応、今の私はここの臨時職員ですから。……ところで、その剣は、アスカ皇国の刀匠チバ・ツクモの打ったものですな」

 男はダーンの長剣を指さしながら尋ねるが、ダーン自身はそのような刀匠の名に心当たりがない。

 ただ、彼の義兄ナスカ・レトアルドナーグが持つものと同様、東洋の有名な鍛冶師が打ったものとは聞いていたが……。

「あいにく、剣の作り手とかにはこだわってなくてね。正直言うと、義理の父親にもらった剣を気に入って使っているだけなんだ」

 ダーンの言葉に、男はもう一度くすんだ金髪の前髪を掻き上げると、肩を竦めて軽く笑った。

「でしたら、私の名も憶えていてはもらえそうにないですかな。私も一応剣の作り手なのです。あなたのように腕の立つ剣士殿には、是非とも私の剣を使ってもらって、名前を覚えておいていただきたいものですが」

「いや……このやり取りだけでも十年は忘れそうにないよ。なにせ、こうやって話していても、アンタから漂ってくる気配が半端ないものなんだが……」

 そう、目の前の男からは、迫力の様なものを感じている。

 それは、単純に『殺気』とも違うし、かといって闘気が溢れ出ているのでもない。

 言うなれば、圧倒的な存在感だ。

 さらに、何気なくちよりつしているだけのように見えるが、闘神剣を扱うダーンから見ても一分の隙もうかがえないのだ。


――最近、こんな化け物みたいな人ばっかに会うな……それとも、今まで気がつかなかっただけで、世の中って言うのは達人ばっかなのか?


 そんな風に考えていると、急に目の前の気配が軽くなる。

 そして、不意に男は右手を差しだし、

「そういえば……挨拶が遅れてしまいましたな。改めまして、ケーニッヒ・ミューゼルです。以後、お見知りおきを」

 あまりに自然体に差し出された右手に、ダーンはつい視線を泳がせ、握手に応じてしまう。

「……ダーン・エリン・フォン・アルドナーグだ。――――で、その顔はどういう……」

 自らの名を名乗りつつ、視線をケーニッヒと名乗った男に向けると、そこには五〇歳台の男の顔はない。

 ダーンの視界に飛び込んできたのは、大きな丸い赤い鼻、顔を白く塗って、目元は紫の縁取りをしているけったいな顔だった。

 まるで、大道芸の道化師だ。

 敵意は感じないものの、一瞬目を離した隙に顔が変わっていることに警戒感を覚え、男と握手していた手を離し、ダーンは素早く身を引く。

 そんなダーンの動きを見てか、男は少々残念そうに顔を歪め、肩をすくめた。

 次の瞬間、男が発した声色は実に軽薄なトーンだった。

「いやあ、どうか怯えないでほしいね……。ボクはこう見えても世界中を旅する《愛の探求者》にして、世界を嘲笑する《道化師》なのさ……。こうやって君に声をかけたのはね、君とあのアークの宝とまで唄われた『彼女』の甘酸っぱい青春劇に、思わずボクの魂が……って、ねえ、どうして剣を抜こうとしているのかな?」

「いや、なんか無性に抜剣したくなって……で、アンタ何者なんだ」

 弁解するように言って、ダーンは抜きかけた長剣を納める。

「ケーニッヒ・ミューゼルって、ちゃんと名乗っただろう。まあ、このとおり今の顔もさっきのおっさん顔も、ボクの本当の顔じゃあない。そういう意味では、本当に《道化師》さ。そして、ここで特殊な武器の開発に知恵を貸したり趣味で刀剣を鍛えたりしているのも本当さ」

 随分と軽薄に言葉を綴るケーニッヒに、ダーンは思わず溜め息をつき視線を床に落とした。

 と、次の瞬間にケーニッヒに視線を戻せば、彼の姿が忽然と消え大量の風船がその場で散らばりはじめているではないか。

「ボクとけいをしてくれないか、ダーン・エリン」

 ダーンの背後で先程とは違った、少し重みのあるケーニッヒの声がし、ダーンは心臓が跳ね上がる思いで、硬直する。

「いつの間に……気配もしなかった」

「ああ、ボクの《固有時間加速クロック・アクセル》は、君たちのとは少々違うからね。さて、『彼女』は新しい《装飾銃おもちゃ》にご執心で、あれの訓練やら調整にしばらく時間もかかるだろうし、今のところ君はヒマしてるだろう? 君の剣士としての腕に興味が湧いたのも本当だからさ、是非付き合ってくれないかな」

 そう言うと、ケーニッヒは、ダーンから離れて《ドリンク・サーバー》の方に歩いて行く。

 そして、機械の裏の壁に隠すように立て掛けてあった細身の剣を取った。

 その剣を見て、ダーンは確認するような口調で――――

「レイピアか?」

「そのとおりさ……さあ、ここのさらに地下のフロアーに特殊な鍛錬場があるから、ついてきたまえ。ボクの華麗な剣舞で、君をとりこにしてあげよう」

 道化師の顔がはにかむような表情をして、ウインクを投げかけてくる。

 それをまともに見てしまったダーン。

 ちょっと背筋が冷たくなり、色々な意味で身の危険を感じた。

 そしてもう一度溜め息を大きく吐いて、長剣の納まる鞘を強く握りしめる。

「相手がレイピアというなら、こっちには好都合か……」

 数日後に対戦する銀髪の女剣士と同じレイピアの使い手、しかも、どうやら《固有時間加速クロック・アクセル》の使い手だ。

 ダーンの呟きにニヤリと笑うケーニッヒは、きびすを返しダーンが入ってきた扉とは反対側に設置された扉に向かう。

 廊下に出ていくケーニッヒの後に続いて、ダーンも休憩室をあとにするのだった。

 
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