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聖女のつくりかた
第9話
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豚が百匹。ものの数に入らない。砦近くの林道で出くわした。冒険者たちは次々と殺していく。豚は弱い。慣れればどうということはない。カイは五匹殺すと決めた。柄をしっかりと握る。腹に突き刺す。短い腕に短い手斧。剣のほうが間合いが広い。だから恐れず踏み込む。豚の面を切り裂く。すばやく構え直す。一の次は二。獲物を見つける。刺す。豚は怖くない。楽しくて仕方がない。
死体の山ができあがった。武器を掲げて歓声を上げる。カイは七匹も殺した。冒険者が話しかけてきた。名と生まれを教えてくれた。短剣使いのガモ、片手剣の名手ボーモン、斧槍を持つクロード。みんな仲間だ。一人前の男になれた。
林道を抜けたあたりで従士たちが死んでいた。ラロシュが死んだ。オブルスも死んだ。カイはぞくぞくした。もう仕えなくていい。ふと気づいた。アデルをロベールに渡さなくてもよかったのか。悪いことをした。
ラロシュの死に顔を見つめる。喉が裂けている。腕っぷしは強いのに豚に負けた。どうしてだろう。弱いからだ。本当は弱かったのだ。弱い者は死ぬ。世はそれだけだ。
砦の手前に幕屋があった。黒エルフと裸の娘が血溜まりのなかで死んでいた。主人が待っていた。全身真っ赤だった。カイは思わず駆け寄った。姉に対するように話しかける。
「豚を七匹殺しました」
血塗れの顔で見下ろす。ひょいと片眉を持ち上げた。
「戦は数の勉強にもなるのか。まあいい。はやく帰って風呂に入りたい」
砦に着いた。門前で冒険者たちが囃し立てる。出てこい。魔物が来たぞ。食ってやる。やがて門扉がひらいた。男の顔がのぞいた。上品な顔に髭が伸び放題伸びている。
主人が言った。
「王代官殿か。助けに来た」
よろよろと扉の隙間から出てきた。神の奇跡を見た男の顔。主人の前に両の膝をついた。セルヴがカイの背をたたいた。カイはたすきにかけた革の水筒を外した。栓を抜いて男に渡した。
王代官は受け取るなり天を仰いで飲んだ。あふれたブドウ酒が髭を濡らす。しずくがぽたぽたと滴る。それでもやめない。
主人は優しい口調で語りかけた。
「ミュレー殿。神はあなたの苦難を天上より見ていらっしゃった」
ミュレーはようやく水筒を下ろした。わななく息をついた。膝をついたまま地べたを見つめる。
ゆっくりとぬかずいた。肩を震わせて泣きはじめた。
「食糧は尽きておりました。井戸の水は赤く汚れ、もはや自ら命を絶つ以外に道はない。わたしはグリニーの民を見捨て、数人の者と逃げ出したのです。その者たちはいま、わたしの腹の中におります。わたしは恐るべき罪を犯した。だが神はわたしを赦された。今後二年、わたしは院に入り、肉を断ち、祈りと瞑想の日を」
主人は膝をついて手を取った。
「代官殿の命は千の民の命に値するぞ。贈り物を持ち、王に会っていただきたい。伝えてほしい。わたしは勇敢に戦い、黒エルフを倒し、あなたを救った、と。ついでにもうひとつお願いがある」
「なんなりとお申し付けください。あなた様のためならばこの命さえ投げ打ちましょう」
「妹がいるそうだが。こちらの小僧の母にしたい」
ミュレーは面を上げた。目をぱちくりさせた。
「なんの話でしょう」
死体の山ができあがった。武器を掲げて歓声を上げる。カイは七匹も殺した。冒険者が話しかけてきた。名と生まれを教えてくれた。短剣使いのガモ、片手剣の名手ボーモン、斧槍を持つクロード。みんな仲間だ。一人前の男になれた。
林道を抜けたあたりで従士たちが死んでいた。ラロシュが死んだ。オブルスも死んだ。カイはぞくぞくした。もう仕えなくていい。ふと気づいた。アデルをロベールに渡さなくてもよかったのか。悪いことをした。
ラロシュの死に顔を見つめる。喉が裂けている。腕っぷしは強いのに豚に負けた。どうしてだろう。弱いからだ。本当は弱かったのだ。弱い者は死ぬ。世はそれだけだ。
砦の手前に幕屋があった。黒エルフと裸の娘が血溜まりのなかで死んでいた。主人が待っていた。全身真っ赤だった。カイは思わず駆け寄った。姉に対するように話しかける。
「豚を七匹殺しました」
血塗れの顔で見下ろす。ひょいと片眉を持ち上げた。
「戦は数の勉強にもなるのか。まあいい。はやく帰って風呂に入りたい」
砦に着いた。門前で冒険者たちが囃し立てる。出てこい。魔物が来たぞ。食ってやる。やがて門扉がひらいた。男の顔がのぞいた。上品な顔に髭が伸び放題伸びている。
主人が言った。
「王代官殿か。助けに来た」
よろよろと扉の隙間から出てきた。神の奇跡を見た男の顔。主人の前に両の膝をついた。セルヴがカイの背をたたいた。カイはたすきにかけた革の水筒を外した。栓を抜いて男に渡した。
王代官は受け取るなり天を仰いで飲んだ。あふれたブドウ酒が髭を濡らす。しずくがぽたぽたと滴る。それでもやめない。
主人は優しい口調で語りかけた。
「ミュレー殿。神はあなたの苦難を天上より見ていらっしゃった」
ミュレーはようやく水筒を下ろした。わななく息をついた。膝をついたまま地べたを見つめる。
ゆっくりとぬかずいた。肩を震わせて泣きはじめた。
「食糧は尽きておりました。井戸の水は赤く汚れ、もはや自ら命を絶つ以外に道はない。わたしはグリニーの民を見捨て、数人の者と逃げ出したのです。その者たちはいま、わたしの腹の中におります。わたしは恐るべき罪を犯した。だが神はわたしを赦された。今後二年、わたしは院に入り、肉を断ち、祈りと瞑想の日を」
主人は膝をついて手を取った。
「代官殿の命は千の民の命に値するぞ。贈り物を持ち、王に会っていただきたい。伝えてほしい。わたしは勇敢に戦い、黒エルフを倒し、あなたを救った、と。ついでにもうひとつお願いがある」
「なんなりとお申し付けください。あなた様のためならばこの命さえ投げ打ちましょう」
「妹がいるそうだが。こちらの小僧の母にしたい」
ミュレーは面を上げた。目をぱちくりさせた。
「なんの話でしょう」
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