Blackheart

高塚イツキ

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世は強い者が得る

第11話

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 がらんとした小部屋で主人を待つ。部屋は広間の右手にあった。丸い卓に蝋燭が一本灯っている。壁際には長椅子がしつらえてある。
 主人は来ない。城館は寝静まっている。少し迷ったあと長椅子に腰を下ろした。
 入ってきた。まだ怒っている。革の靴が木の床をごつごつと鳴らす。
 杯を卓に置いた。卓を持ち上げた。蝋燭の炎が揺らいだ。
「ここは女部屋だ。女がいないので使っていない。わたしも女だが、つまり、宮廷の女という意味だ」
 目の前にどすんと置いた。懐に手を入れてなにかを取り出した。
 手のひらを天板にたたきつけた。カイはびくりと震えた。
 手を持ち上げる。紙が乗っている。鵞鳥の羽根が一本、紙の上に横たわっている。
 カイは顔を上げた。主人は紙を指した。
「それがおまえの名だ。名を書く練習をしろ」
 紙に目を落とした。上のほうに字が書いてある。もちろん読めない。
「どうしてですか。強くなればいいんでしょう」
「騎士は判事でもある。字を覚え、書を読み、頭も鍛えなければならん。騎士は平和を尊ぶ。婦人を愛し、弱きを助ける。いまのおまえは獣だ。獣の心を学びで和らげろ」
「ラロシュさんがやろうって言ってきたんです」
「女を斬って喜んでいるようなやつは獣だ。どのような悪罵を受けようが獣だ」
 カイは気づいた。アデルが告げ口したのだ。
「剣の訓練などいらん。強くならずともいい。学べ。賢くなれ。戦うだけなら冒険者でもできる。強いだけの騎士などいらん。ましてや、怖じ気づくなど」
 錫の杯をあおった。男のように口を拭った。
 いきなり杯を壁に投げつけた。がしゃんと鳴って床に落ちた。かなり酔っている。
 カイは主人を見つめた。
「なにがあったんですか」
「わが従士どもは、主君の命にいやだと答えた。どれもこれもだ。優しい聖女様にでも見えたのかな。寛大な心で許すとでも思ったのかな。地下祭壇のダークエルフを殲滅したのも冒険者だった。おまえに言っても仕方がないな。酒はどこだ」
 よろめきながら長椅子に寄る。隣にすわった。カイは尻を浮かせて離れた。主人は菫のにおいがした。汗くさいアデルよりもいい。大人の女のにおいだ。
 さっと寄ってきた。肩に頭を預ける。柔らかな髪が頬をくすぐる。
「聞け。あの従士どもは、働きもせず、おまえら百姓がこしらえた麦を食って生きている。すべては立派な騎士になるためだ。どうだ。どう思う」
 答えられない。そういうものだと思っていた。城の人たちがなにをしようが関係ない。毎日生きていくだけだった。
 紙に目を落とす。蝋燭の明かりがおのれの名を照らしている。
 主人はさらに寄りかかってきた。目を閉じていた。酒くさい息を吐いた。
「魔物がもっと出てくればいい。この地を埋め尽くしてくれたらいい。そうすれば、やつらは男らしくなる。おまえも強くなる。わたしの騎士になる。わたしを守ってくれる」
 主人は酔いつぶれて眠った。カイはきれいな寝顔をしばらく見つめていた。
 目が覚めた。主人と肩を寄せ合いながら寝ていた。温かい。おそるおそる肩に触れる。そっと押した。まだ寝ている。かすかに微笑んでいた。従士たちは臆病者なのだろうか。主人の命令を聞かないなんて。
 自分なら死んでもいいと思う。ベアトリーチェを守って戦の中で死にたい。
 長椅子に横たえて中庭に出た。セルヴがいた。駆け寄って昨日の礼をした。
「魔法のおかげでまともに戦えました」
「ちがうぞ。短剣にかけたのは、相手を殺さない、って魔法だ。筋がいいよ。ご先祖様は立派な身分だったんじゃないかな」
「剣の使い方を教えてください。強くなりたいんです。戦に出て戦いたいんです」
 顎髭を掻いた。短くうなった。
「師匠ってがらじゃないが、いくつかは教えてやれる。代わりにお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれるか」
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