Blackheart

高塚イツキ

文字の大きさ
上 下
3 / 61
世は強い者が得る

第3話

しおりを挟む
 主人が引き返してきた。白馬を止めるやひらりと飛び降りた。手綱を引いて空き地に入る。白い陣羽織。下に鎖帷子を着けている。鎖の布が膝の上まで垂れている。鉄の脛当てに拍車のついた長靴。騎士様だ。
 鼻面をなでて褒めている。カイは見とれた。こんなにきれいな人はいまだに見たことがない。父さんがさぼるとみんなの前で鞭を打った。休みたいと言っても聞かなかった。父さんは脚を悪くした。
 戦士たちは眠ったダークエルフを縄で縛っている。白ローブの男は倉庫の壁に寄りかかって腕を組んでいる。こっそりアデルに目をやる。股引のぼろで前を隠している。黒エルフが引き裂いた。やられてしまったのだろうか。うつむいて頬を拭っている。泣いている。それに怒っている。
 主人が目の前に立った。カイは驚いてあとじさった。
 手袋を脱ぎながら言った。
「おまえは見たことがある。二匹とも始末したのか」
「一人だけです。背を刺しました」
 アデルがすかさず口を挟んだ。
「わたしも一人倒しました。弓で」
 主人は月の眉を持ち上げた。黒の髪が胸のあたりまで伸びている。染みも汚れもない肌。整った鼻に緑の瞳。きれいなのは偉い人だからだ。
 脱いだ手袋をぱたぱたと振った。指の部分をつまんで伸ばす。
「ただ屋根の上にいればよかったものを。とにかく作戦どおり、黒エルフを生け捕りにできた。倉に麦を入れると、このようにのこのことやってくる。おかげで根城をつぶせる」
 アデルが思わずといった調子で歩み寄った。カイも気づいた。囮だった。
「どうして教えてくれなかったんですか。こんなやつといたんですよ、ずっと」
「教えたら言うことを聞かなかっただろう。簡単な話だ」
 カイは主人にたずねた。
「笛の音は聞こえましたか」
「聞こえた。だが遠くにいた。まあ、命が助かってよかったな」
 不思議そうに見下ろしている。汚い顔をしているのだろう。カイの頬に触れた。掻き傷が痛んで思わず顔をしかめた。親指で目の下あたりをこする。カイは黙って耐えた。主人の手は温かい。革と鉄のにおいがする。
 強くこすった。垢をこそげ落としている。
「ときに、どのようにして倒した。主人に教えてくれ」
 カイは説明した。主人は口の中に指を入れた。上唇を持ち上げる。腰を折ってじっと見つめる。なにをやっているのだろう。豚の品評会か。
「いくつだ」
「十五です。たぶん」
「少し遅めだが、がんばれば騎士になれる。次の日曜から城で暮らせ」
 カイは耳を疑った。騎士は村の王様だ。百姓が小麦やら卵やら雄鶏やらを持ってくる。働かずに食える。たっぷり食える。
 アデルがカイを指さして言った。
「どうしてこいつなんですか。屋根の上で見てただけですよ。わたしがこんなになるまで」
「そしておまえを助けに下りた。そんな格好になったのは自業自得だ。わたしは勇気が欲しい。蛮勇はいらん」
「騎士になりたい。わたし、もうすぐ結婚するんです。商家の嫁なんていやなの。お願い」
 そうだったのか。カイは主人を見上げた。
「アデルを城に連れていってください。ぼくはたぶん、無理です」
 主人は唇をひん曲げて片眉を上げた。変な顔だ。思わず笑った。
「おまえのそれは優しさではないぞ。世は強い者が勝ち、強い者が得る。農奴ならわかっているはずだ。機会をつかんだら、他者を殺してでも幸せになるのだ。たとえ惚れた女だろうと」
 アデルがわめいた。前を隠しながら主人に詰め寄る。カイは白い尻を見た。丸くて柔らかそうだった。考えたとたん眠くなってきた。腹が減った。
 髭面の戦士が呼ばわった。針のような長い剣を担いでいる。
「おい小僧。だったら冒険者になるか。稼ぎは悪いが自由だ。儀礼など糞食らえ」
 主人は振り向いて戦士を見た。気のない様子で肩をすくめた。
「わたしはあんな冒険者ごろつきどもすら必要としている。まあ、弓使いの女が一人増えても問題ないだろう。はやく一人前になってくれ」
 アデルが歓声を上げた。前が落ちた。あわてて拾って隠した。戦士たちが笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

処理中です...