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63. 本当の気持ち

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 先輩が何かを言おうとしていた。俺はそれを思わず固唾を飲み込みながら待っていた。スローモーションのように流れるこの部屋で、時間はついに動き出す。
「──私、もう学校に行けないんだ」
「…え?」
「……いやまあ、明日は行くよ?…でも多分きっと。明日で学校に登校できる、最後の日になると思う」
「そ、そうなんですか…。それが先輩の──」
「そう、伝えたかったことだよ。……というかあれれ?もしかして……」
 途端、真剣な顔からいつも俺が知ってる表情に変わる先輩。な、なんでニヤニヤしてるんだ…。
「な、なんすか…」
「…他のこと、期待してた?そうだなぁ、例えば…。私に、告白される、とかっ?」
「ば、バカなこと言わないでください!そんなこと全然考えてなかったですから!あと、話を逸らさないでください!」
「…あははっ、冗談だよジョーダン。動揺しすぎでしょ佐野くん。それじゃ期待してましたって言ってるようなものだよ?」
「ぐ、ぐぐぐ…」
 正直、ちょっとだけだけど期待してたかもしれない。何かそういう関連のことを言われるのかなって。見事に図星をつかれたので、いつものコミュ症が発動してしまった。自分でも分かるくらいの動揺に自分で引いてしまう。
「まあ、そんな冗談は置いておいてー」
「…先輩、なんか随分と元気ですね」
「え?」
「…いや、もし自分が先輩の立場になったらーなんて考えると…。少なくとも今の先輩のような振る舞いはできないと思いまして…」
「…そうかな。これでも悲しい方だよ?」
「……今の俺にはそうは見えませんけどね…」
 小さく苦笑いしながら俺は先輩にそう言った。先ほどまで、どこかぎこちなく感じていた先輩の笑顔。それは多分、学校に行くことができないためなのだろうか。でも、今の先輩を見ると。どうにもそのことじゃない気がするんだよな…。
「…なんで、学校に来れないんですか?」
「あー、やっぱり。気になってるんだ!ふふん、じゃあ特別に私が教えてあげよう!」
「…あの、さっきからキャラブレッブレですが大丈夫ですか…?」
「…そんなことないよー。じゃあまあ、私がもう学校に行けなくなる理由を教えるね?」
 そう言ったあと先輩は一拍置いて、再び真剣に見える表情をしながら話し始めた。
「…まあ妥当な理由としては引っ越しとかだよね」
「え、じゃあ先輩は引っ越すんですか?」
「話を最後まで聞けーい。妥当な理由って言ったでしょ?私は別にここから引っ越さないよ」
「…そうですか」
「……私さ、ここ1週間近く。学校休んでたんだよ。まあ顧問が自分の担任の先生だから、あの人から私が欠席してるってのは聞いてると思うけど、そうだよね?」
「はい、聞いてます。理由は体調不良って言ってた気がしました」
「…だよね」
 すると先輩は再び押し黙った。先ほどまで賑やかに感じたこの部屋の空気が一気に変わっていくような感覚がした。チッ、チッと。1秒1秒を刻む時計の音だけが今は耳に入ってくる。やがて、軽く咳をした先輩は話し続ける。
「……その休んでる間にね。私、長山中央病院に行ってきたんだ。佐野くんは、ここに引っ越してきてまだ半年ぐらいしか経ってないと思うけど、流石にこの市の一番大きい病院だから、その病院のことはわかるでしょ?」
「…はい、花粉症の薬をもらいにいく時、ちょっとだけお世話になりました」
「…そっか。…まぁそれでね、私はちょいと身体を見てもらったの。その時は、体調が悪いって理由で病院に行ってね、ちょうどいい機会だからってレントゲンもそのままとったんだ。そしたらね──」
 すると、先輩は俯いてしまった。俺はどうして良いか分からず、そのまま固まってしまっていた。先ほどから聞こえていた、時計の秒針の音が耳に入らなくなっていた。それはきっと、目の前の彼女の言葉を最優先に聞き取ろうとしていたからなんだと思う。
 そして、先輩は言った。その、事実を。

「──癌が、見つかったんだ」

「えっ…」
「それはそれは、病院の先生にも驚かれたよ。肺の位置に黒いものが見えるって。そして、その数十分後に、癌ですって。突拍子もなく突然そう言われたんだ」
「…そ、それ。みんなに言ったんですか」
 俺がそう先輩に尋ねると、先輩は小さく微笑しながら、
「…まさかー、言えるわけないよ。卓球部キャプテンの私がわざわざみんなに迷惑や心配書けるわけにも行かないしね。あ、でも。一応顧問の先生には言ってる。癌が見つかっちゃって、明後日から緊急入院するから、もう明日以降は学校に行けませんって」
「…そう、ですか…」
「いやー、おかしいと思ったんだよね。…佐野くんがタオル探しにきた、あの部活の放課後の時間あったじゃん。あの時さ、実はかなり身体限界だったんだよね。なんでだろってずっと考えてたんだけど、この癌のせいだったみたい」
「いや、この癌のせいだったみたいって…。先輩、ことの重大さが分かってるんですか…?」
 思わず少し声を荒げながら俺は先輩にそう言った。俺は理解ができなかった。先輩のその態度が。もし自分が癌だって言われたなら、こんなテンションを保ってなんかいられるはずもない。というか、普通人間はそうなるはずなのだ。
 …そもそもとして、今日先輩の家に訪れてから俺は先輩の態度に少し疑問を浮かべていた。それは表情。今日もいつものように見せてくれる笑顔を俺は見たのだが、満面の笑みというわけではなく、どこか何か心の中に何かが突っかかっているかのような笑みのように感じた。だが、それは一転。先輩はまるで癌に対して痛くも痒くもないような態度をとっているのだ。
 本当に、本当になぜ、こんなにも先輩は…。
「──分かってるよ。だけど、もうなっちゃったもんはしょうがないし…。こうやって開き直った方が、気持ちは楽でしょ?ねっ!」
「…先輩」
 先輩が俺に見せたその笑顔は、最初に思った痛々しく感じるものに似ていた。でも、先輩自身はまるで癌なんて気にしてないというような態度をとっているように思えた。なっちゃったものは仕方ない…か。こんなにも冷静でいられる人が、先輩の他に存在するのだろうか。
「……ま、とりあえずまとめると。…明日が学校に行ける最終日になると思うんだ。理由は癌が見つかって、明日から緊急入院するから」
「…はい」
「…あと、言い忘れてたけど…。私の癌はステージIIIなんだ。簡単に言えば、ちょびーっとやばい状態にあってね」
 聞きなれない単語に、俺は眉を顰めた。
「ステージIII…?やばい状態…?」
「あ、ああ。そうだよね。ちゃんと説明するね?…癌ってのは、重度の度合いによって5個のカテゴリーに分けられるんだ。その度合いをステージって言って、単位は"期"で表すことができるんだ…。ここまで、分かるかな?」
「…はい」
 というか、俺は癌になってしまって精神的に苦しい状態にある先輩に、自分を辛い状態に蝕む癌について話してもらっていていいのだろうか。なんか、罪悪感で心が満たされてしまっている気がする…。
 そんな俺の心中の言葉なんて、先輩に伝わるはずもなく、心優しい先輩は俺に癌についての説明を続ける。
「…それで、さっき私が言ったステージIIIの癌って言うのは、1番重度のIV期の癌の一個下。言うなれば、まあまあやばい重度の癌ってことになるんだ。生存率も低くて、完全に治療できる可能性も低い。その生存率は治療を成功させる確立を上げるために、私は明後日から入院するってわけ。だから、もし仮にだけど、また学校に戻ってこれるなら、もう時期は冬になってる頃かもね…」
「…そんな」
「…あとね。私、肺に癌が見つかったんだけど、見つかる時期がちょいとばかり遅かったみたいで…。なんか、カミングアウトの連続になっちゃうんだけど、私喘息持ちだったの」
「…えっ。そうだったんですか」
「…佐野くんは覚えてないかもしれないけど。私と君が最初に会った時、私今と同じように咳をしていたんだ。それは喘息によるもので、本来ならスポーツは控えるように言われてたんだけど…。どうしてもって無理言って、薬飲んでずっと部活やってたの」
 そういえば、記憶の奥深く。最初に先輩に会った時、俺は先輩に呼び出された。その時は、確か茜との関係について尋ねられた気がするが…。言われてみれば、何回か咳をしていたような気がする。
「…でも、無理矢理部活をやってたのが悪影響だったのか、それとも単純に神様の悪戯なのか。どっちにしても、私の肺から癌が見つかった。今考えてみれば、喘息持ちの時から怪しかったのかなってそう考えるようになってる」
「……………」
 俺は、先輩の言葉を聞くとともに、ある1つの悲しい事実に気づいてしまった。きっとこれは、先輩自身も分かっているんだろうけど、敢えてこのことを言わずに黙っているように感じた。多分、先輩はこう考えているのだろう。このことを言ったら、俺含め、他の部員の士気が下がってしまうと。でも、今はそんなことどうだっていいんだ。俺は、今の先輩の気持ちが聞きたい。今だけは、その優しさは…いらない。
「…あっ。ごめんね?私1人でぶつぶつと。わざわざ佐野くんには家に来てもらってるんだから、こんな暗い雰囲気にしちゃ、ダメだよね──」
「──新人戦」
「えっ?」
「…先輩は、その癌のせいで、先輩が1番楽しみにしてた新人戦に出られないって、ことなんですか」
「…………」
 俺のその言葉に、先輩は無言を返した。
「…サーブ練をしていたあの日も、先輩は新人戦に向けて、意気込んでたじゃないですか。癌のせいでその新人戦に出られなくなっちゃって、なんでそんなに笑顔でいれるんですか…。俺には、分かりません」
「……さっきも言ったでしょ。なっちゃったものはしょうがないって。そうやって、割り切るしかないんだよっ。あ、そうだ!佐野くん、喉乾いたでしょ。下からお茶入れてくるからちょっと待っててっ!」
 そう言って、先輩はこの部屋を後にした。部屋に残った俺は、1人、こう呟くのだった。
「…だからなんで…。そんなに優しいんだよ…」
 と、少しだけ声を震わせながら。



「……よっと」
 リビングに降りる。付けっぱなしだった電気を少しだけ眩しく思いながら、私は冷蔵庫へ向かう。リビングの電気が付けっぱなしなのは、単純な防犯対策のため。これは、両親がいつもやってるので、私も自然と身につく形になった。
 キッチンへと着く。2人用のコップを出す。ゆっくりと…。机に、置く…。
「…………」
 後ろを振り向く。リビングのドアは閉まっている。人の気配は特別しない。これで、私も…。
 ──もう、笑顔を張らなくて、いいんだ。
「………っ」
 心の中で、いろいろな思い出が走馬灯のように流れる。卓球部に入った1年の春。初めての大会で県ベスト16まで行ったこと。期待されながら、次の大会では初戦敗退したこと。…3年になってから、新しい出会いがあったこと。久しぶりの人との再会を喜んだこと。
「……なんで」
 頭の中では、主に部活での思い出が反芻された。それはやっぱり、自分が自分自身の最後の大会に向けて、頑張って練習してきたからなんだろうか。
「…なんで、私がっ」
 今の私は、癌になってしまったことよりも新人戦に出られないことが、何よりも悔しかった。朝、誰よりも早く学校に行って、苦手だったサーブの練習をして。部活でも1番遅くまで残って、得意なスマッシュの練習をして…。
「……もう、いいよね。ダメだ、私…」
 部活での日常を考えれば考えるほど、自分の涙腺が震えているのが分かった。もう一度、ドアの方を確認する。人の気配はない。すると、私の中で何かがプツン、と切れた音がした。…そして私は、
「…………っ」
 取り止めもなく、泣いた。自分の努力が報われなくて、でも自分の癌のせいで部活ができないのはもうどうしようもないことで。どれだけ自分の運命を嘆いても、それはどこにも届かないことで。
「……あんなに、私」
 …部員に、私はなんで言えばいいんだろう。いつもみんなには笑顔を見せてきたつもりだったけど、私のこんな姿なんて見たら…。きっと、失望するよね。だから、上で待ってる佐野くんのところに行く時は、この情けない涙も引っ込めないと…。
「…………っ!」
 そう思った矢先、ふと人の気配がした。そして、すぐさま私は、自分の涙を引っ込めようとしたけど。
 人の涙というのは、一度溢れてしまえば止まらないということを。私は今この瞬間知った。……でも、よくよく考えてみれば、この家に今上がってもらっている、彼になら。別に私の涙が見られても…構わないと、思った。だから、私はボヤける視界の中、開こうとしているドアへと視線を向ける──。



「……すいません、せんぱ──」
 恐る恐る階段を降りて、すぐのところにあるドアをゆっくりと開けながら俺はそう言ったのだが、ドアを開けた先の光景は、俺が思っていたのと異なっていた。目の前には、恐らく涙を袖で拭いながらも泣く先輩の姿があって、俺はどうすればいいのか分からず、固まってしまっていた。
 先輩もきっと、下に降りてくる俺のことに気づいていただろう。だって、ドアを開けたときに、崩れ切った表情でこっちを悲しそうに見ていたんだから。
「………ちぇっ。マズいところを見られちゃったな」
「あ、えっと。すみません先輩。えっと、その、本当に、ご、ごめんなさい」
 こういう場面の最善解はなんなのだろう。涙をこぼしながらも、なんとか笑おうとする先輩に、俺はしどろもどろしてしまう。
「……君は、さ」
「は、はい」
「…こんな情けない私の姿見て、失望したかな?」
 先輩のそんな問いに、俺は迷いなく答えた。
「…いえ、失望するわけないじゃないですか。…先輩は悲しいから泣いてるんでしょ?背負ってきたものが大きすぎるから泣いてるんでしょ?なら、決して恥ずかしいことじゃないし、むしろ当然のことだと思うので…。あぁ、すみません勝手につらつらと…」
「…そっか。佐野くん、君は…。優しいんだねっ…」
「……何言ってるんですか、優しいのは先輩の方ですよ…」
「えっ…?」
「部活でも、日頃でも。先輩自身が1番きついはずだったのに、いつもみんなに笑顔を向けて…。癌だって知って、新人戦に出られないって分かって。…それなのに今日は俺にずっと笑顔を向け続けていましたよね…?きっと、先輩が俺たち卓球部にいなかったら部活は今ほど和気藹々とやってないですよ?それは、やっぱり先輩が向ける笑顔によるものが大きいんですよ!?…チームや俺の気持ちを落とさないために、笑顔をずっと表面に貼り続けて…。周りのこと考えすぎなんですよ、優しすぎるんですよ!先輩はっ!」
 そうなのだ。優しすぎる。目の前の卓球部のエースは、俺たちに優しすぎるのだ。それはそれはもう、笑顔ではない時を見たことがない、と口を揃えてそう言う部員がたくさんいてもおかしくないくらいに。
「…でも今は、私。泣いてるよ…?佐野くんに、心配させちゃってるよ?」
「……俺にとって、ずっと自分の気持ちを心の中に隠している先輩の状態の方が、よっぽど俺を心配させてます。だからその、なんというか…」
 うまく言葉をまとめられない俺は、一拍置いて続ける。
「もっと、自分に正直になってください。もう少し、優しくなくなってください…」
「……優しくなくなってくださいって。あははっ」
 するとどうしたことか。先輩は笑った。だけど、その笑顔は涙も混じっており、まだ泣いている割合の方が高いように感じる。
「──いいの?私が、優しくなくなっちゃったら。それはつまり、私のもっと情けない姿を見ることになっちゃうよ?」
「…むしろ、そうなってくださいって俺は言ってるんです。今みたいに涙を見せてくれた方が、俺も、他の卓球部員もみんな。安心すると思います」
「……流石に、みんなにはこの顔を見られるわけにいかないかな…。仮にもキャプテンだしねっ?…だけど、」
 すると、先輩は涙を含むその眼で、俺のことをじっと見て、
「…佐野くんになら、いいかな。君には一度、私が泣いてるの見られてるし。私の中で、信頼もしているし。……じゃあ、佐野くん──」
 先輩は続けて、告げた。
「──もう私は、君に甘えても。いいのかな」
 甘えても、いいのかな。そんな先輩の問いに、俺は一瞬無言を返した。俺に、その質問に答える権利があるとは正直自信を持って言えない。だけど、今先輩は俺を頼ってくれていて、俺の荒削りな説得にも耳を傾けてくれた。そもそもとして、先輩はさっき言ってた。佐野くんなら、いいって──。
 かつて俺は、決して驕らずに、謙遜を続けていこうと思った。でも、今だけは。自分のことを、自分で。頼られたという事実を。先輩に認められた現実を。自信に持ちたいと思う。
「……はい」

「ありがとっ──」

 刹那、先輩は俺に歩み寄ってきた。そして、ゼロ距離に俺たちはなって。先輩は俺の胸に、顔を埋めた。いつもなら近いと言って先輩と距離を取る場面だけど、今回は自分が了承したから。そんなこと言う筋合いは俺にはない。大前提に、俺が言い出したことでもあるし…。
 先輩は、俺の胸でまるで5歳児のように泣きながら、恐らく今まで俺含め部員に隠していた、思いを吐露した。
「…佐野くんっ。私、わたし…。新人戦、出られなくなっちゃった」
「…はい」
「…悔しいよ、私。あんなに…、あんなに練習していったのに…。その権利すら貰えないなんて…わたしっ」
 震える声に、鼻を啜る音。先輩の胸に頭を押し付ける力が強くなっていく。
 かつて先輩が、こんなに表情を崩した時があっただろうか。ここまで、自分の感情に素直になって。ここまで、自分のことを悔やんで。逆に言えば、ここまで俺たちを心配させないために笑顔を振る舞っていたんだ。先輩は、自分がもともと患っていた喘息と個人的に戦い、絶対自分で辛いはずなのに…。自分よりも周りに気を使う人間だった。
 俺はここで、先輩を励ますとか、茜の時みたいに軽く身体を抱き締めるとか。そんなことができるメンタルを持ち合わせていない。だから、今は静かに先輩に胸を貸して先輩に思う存分泣いてもらおう。それがきっと、今俺が先輩にできるたった一つのことなのだから──。



「もう大丈夫なんですか、先輩」
「…うんっ。とりあえず、一段楽ついたかな。本当に、感謝してるよ。佐野くん」
 薄暗いリビングで先輩に胸を貸すこと約10分。ことが落ち着いたのか、先輩の表情には先ほどまでとは異なる、真紅の笑顔があった。泣いた後だというのに、それでも可愛らしいと思える先輩のその顔面偏差値の高さは、もう白旗を上げるほかないのかもしれない。
「……恥ずかしいところ見られちゃったけど、でも。ちょっとだけ、スッキリしたかな」
「…少しでも気持ちを晴らすことができたなら、俺はそれで満足です」
 ちなみに俺たちが話しているのは先輩の家の玄関。先ほど、先輩のスマホに親からの帰宅の連絡が来た。流石に、先輩の親と鉢合わすのは抵抗を感じた俺は、先輩の家を後にしようとしていたのだ。
「……もう時間も8時半か…。長いこと付き合わせちゃったね…」
「大丈夫ですよ。親には部活の子とご飯行くって連絡してるんで、この時間に帰ってきても先輩の家に寄ってきたとは思いもしないでしょうから」
「……そうだね。ていうか、そもそもの目的は君が私に明日提出用の書類を渡すことだったよね?私は明日学校に行けるから、その時に先生に渡せばいいんだね?」
「…はい、住田先生はそう言ってました」
「分かった。ありがとっ、佐野くん。…じゃあそろそろ親も帰ってくるだろうし…。バイバイしよっか」
 これは俺が勝手に感じたことだが、先ほどの先輩のありがとうには、書類を渡してきてくれてありがとうという意味だけでないように感じた。まあ、少し前までの俺なら、きっとそう解釈していたことに違いなかったのだが…。
「…はい、それでは。また明日、部活で」
「うんっ」
 先輩のそんな返事を背に、俺は玄関のドアを開けて、真っ暗に染まった外の世界から、自分の家に向かって自転車を走らせるのだった。
「……先輩」
 と、ポツリと呟きながら。
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