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57. お昼ご飯

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 カバンからスマホを取り出して、時刻を確認する。先ほど時刻を確認してからものの2分しか経っていなかった。今の俺は、どうにも落ち着かない心境にいる。
 すると、後ろから数人のガヤガヤした声が聞こえて来たので、俺は反射的に後ろを見た。
「あれ?佐野、校門で何してるんだ?一緒に帰ろうぜ!」
「え?あ、ああ。でもごめん。ちょっと人待ってて…」
 来たのは、須山を含む同じ卓球部の同級生、4.5人だった。せっかく誘ってくれたのを申し訳なく思いながら、俺はその誘いを断った。
「んー?そっか。でも誰待ってるんだ?」
「あ、ワンチャン星本先輩だったりして!」
「ばかお前そんな訳…って、こいつの場合普通にあり得るんだよなぁ。一時期、先輩とデキてる疑惑出てたし。まあ、卓球部内ではその話題はまだ続いてるけど」
「…違うよ。普通に、あいつだよ」
 話を盛り上げる同級生に、俺は平静を装って、首だけを軽く動かした。
「…誰もいないけど?」
「…あ、そっか。あれだ、佐伯さんだろ?」
「あー!そうかそうか。佐野、いつも一緒に帰ってるもんな!」
「なるほど、あれだよな?須山が振られた」
「うるせえよ!あんまりいじるんじゃねぇ!」
 全く怒ってない顔でそうツッコむ須山。あれから、須山の告白はなぜか卓球部に広まり、こうして同級生からはイジられるようになってしまった。まあ、本人は気にしてないようにも見えなくはないが…?
「じゃ、まあ。とりあえず俺たちは帰るから。今日も暑いし、佐野も合流したら早く帰るんだぜー」
「おう、サンキュー。じゃあな」
 俺が軽く手を振るのを横目に、須山たちは同じ帰路を辿っていった。暑そうに、頭をタオルで拭きながら。
「…俺、嘘上手くなった?」
 セミの大合唱の中、俺は1人そう呟いた。なんとなく、あいつらがそう考えてくれて助かった。あのまま顔の表情を崩していたら、きっとバレてたかもな…。
 ちなみに茜の所属する部活、テニス部は卓球部と同じ時間に活動していない。あいつらが変に鈍くて助かった…。
「…あれ、なんで俺。バレるとかバレないとか…。隠したがってんだろ…」
 先ほど自分の中に生まれた、安心という感情。別に隠す必要もなく、一緒に帰るなら帰ると言ったらよかったのでは…?どうして──
「…………!」
 そんな考えを巡らせていた刹那、後ろから自転車のチェーンのような音が聞こえた。今度は話し声も聞こえない。俺はゆっくりと後ろを振り向いた。
「…ごめんっ!待たせたかな?」
 そこには、普段見慣れていない、制服姿の星本先輩の姿があった。そう、俺は今日。彼女と一緒に下校することになったのだ。信じられないかもしれないけど、そういうことらしい。
 そんな先輩は右手で小さく謝る仕草を見せた。俺は少しだけ、その姿に気圧されながら、
「い、いえいえ。待ってないですよ」
「そう?いや絶対嘘だよね?汗すごいよ?」
「え?いや、これは…。さっき水を頭からかぶったからでして…」
「じゃあ制服もっと濡れてるでしょ…。もっとマシな嘘つきなよ、もう。佐野くんは面白いなぁ、あはは」
 あれ、嘘がバレてしまった。やっぱり、俺まだ嘘つくのは苦手なのかな…?
「…ま、とりあえず行こっ!待たせた代償として、何か奢るよ!」
「いやいやそんな。こっちが誘われて待ってただけなのに…」
「私が誘ったからこそだよ!ほらほら、今日は私の奢りだー!」
「…奢るのにそんな元気な人っているんですね…」
 苦笑を零しながら、俺は先陣を切る先輩に着いていく。
「…先輩も、こっち方向なんですか?」
「ん?こっち方向って、帰る方向が?」
「はい。俺はこっちですけど…」
「そうなんだ!私もこっちだよー」
 前を指差しながらそう言う先輩。なんというか…、自転車を走らせるその姿も凛としている感じがする。
 するとそんな先輩は、右手につけている小さな腕時計をチラッと見て、
「それはそうと佐野くん。今、12時半くらいなんだけど…。お腹すかない?」
「言われてみれば…。確かに、空きましたね」
「よし、決まった!」
「え、決まったって…?」
 頭の上に疑問符を浮かべる俺に、指を鳴らして先輩は続けて言った。
「今から、お昼ご飯食べに行こう!さっき言った奢りは、それで大丈夫かな?」
「え、いやいや申し訳ないですよ…。そんなガッツリ昼ごはん奢ってもらうとか…」
「いいんだよいいんだよ!待たせてたぶんのお礼!」
「でも…」
 言葉に詰まらせる俺に、先輩は小さな微笑を浮かべ、言う。
「もー、佐野くんは謙虚だなぁ。先輩が奢るって言ったら素直に奢られればいいんだよ!さっきも言ったけど、待たせた分のお礼!それと、前の花火大会で、助けてくれた分の…、ね?」
「そ、そうですか?本当にいいんですか?」
「うん!よーし、じゃあ行こっか!」
 先輩は暑いとか感じないのだろうか。まるで自分の1番過ごしやすい気候が今であるかのような態度で先輩は俺と話している。強いなぁ、先輩は。
「…ところで、どこに行くつもりで?」
「ふふん、どこだと思う?」
「え、まさかのサプライズ系ですか?」
「そのまさかだよー。きっと佐野くんは、私のセンスに脱帽すると思うなー!?」
 自信満々に、意気揚々とそう言う先輩。まあでも先輩みたいな人はお洒落なお店、例えばカフェなどの1つや2つは知っているだろう。ここら辺ってそんなお店あったかな、そういうセンスが皆無な俺は、1人勝手に悲しくなった。
「お、おお…。それは楽しみですね」
「さ、じゃっ。行っくぞー!」
「お、おおーっ…?」
 妙にテンションの高い先輩に、俺は彼女の笑顔に釣られるように微笑を漏らすのだった。



「先輩…?」
「うん、どーしたの?」
「あのー、ここって…」
「いやー、やっぱり店内は涼しいねぇ。さっきまで吹き出すように出てた汗が一気に引いたよ!」
「ファミレスですよね!?」
 明後日の方角を見ながら誤魔化すように言う先輩に、俺は思わず苦笑いをしながら先輩にツッコんだ。
「しょ、しょうがないじゃん。私の知ってるカフェ、まさかの定休日だったんだし…。近くの空いてるお店がここしかなかったんだから…」
「ならもう少し探してもいいものを…」
「お腹空いてたんだからしょうがないでしょ?なに、文句あるの佐野くん???」
「いえ、なんでもありません…」
 とまあ、ジト目で俺のことを見てくるそんな先輩の凡ミスもあり、俺たちは今ファミレスにいる。特徴をあげるとするならば、あの某有名イタリアンファミリーレストランだ。まあ、そこまでファミレスが嫌って訳じゃないけど、先輩と2人で来るところではないと思ったことは口が裂けても言わないでおこう…。
「よろしいっ!じゃあ早速頼もうよ、私もうお腹と背中がくっつきそう…」
「それ、今まだ言う人いたんですね…。でも、俺もお腹は空きましたし、早いとこ頼んじゃいましょう」
 向かい合いに座る先輩に俺は苦笑しながら、テーブルの端にある、長方形の紙を1枚取った。すると、それを先輩は不思議そうに見て、
「え、佐野くん?ピンポン押して頼まないの?なにその紙」
「ああ。この店はですね、この紙に注文したいものを書いて、店員さんに渡すんですよ。ほら、よく見てください。メニュー表の食べ物の右下にアルファベットと数字が混ざった暗号みたいなものがあるでしょ?」
「あ、ほんとだ。じゃあこれに私と佐野くんの注文するものを書いていけばいいんだね!」
「そういうことです!ちなみに、先輩はなに頼むんですか?」
 メニュー表を眺める先輩に俺はそう尋ねた。
「んー私は…、LC14!」
「いや、コード名で言わないでくださいよ…」
「いいじゃんいいじゃん!来てからのサプライズだよっ」
「まあ、いいですけどね…。じゃあ俺は、これかな」
「佐野くんは何にしたの?」
「俺は…、MTO1ですね」
「何よー、教えてよ!」
「ちょっと、身を乗り出してまで俺のメニュー表見なくてもいいでしょ…。あと近い!近いです!」
 ちょっと先輩をからかうつもりでいた俺だったが、俺が先輩をからかえるほど自分の心臓はタフではなかったようだ。いつものことながらこの人には異性に対する距離感というものは存在しないのだろうか…。
 互いに一つずつ注文をしたので、俺は店員さんにその紙を渡し、それぞれ頼んだものが来るまで、しばし暇になった。といっても、どちらもスマホとかを触るわけではなく、そうなれば暇を潰す方法は一つしかないようで…。
「ねぇねぇ佐野くん」
「はい、なんでしょう?」
「今日の部活の途中でさ、佐野くん私に聞いたよね?好きな人いたんですかって。いや、正確には誰が好きだったのか、だったかな?」
「ま、まあ…。聞きましたけど、急ですね先輩。あはは…」
「ん、笑って誤魔化そうとしてるな~??さては自分がしたその質問、今になって恥ずかしくなってるでしょ?」
 先輩のそんな言葉に俺は思わず肩を動かした。いや、正確に言えば、ビクッと動いてしまった。先輩はふふっ、と小さく微笑して、小悪魔的な笑顔を浮かべながら言う。
「…図星だね、その反応は」
「は、はは…。そ、そうっすね」
「なんで佐野くんが恥ずかしがる必要があるのか…。答えるのは私なんだよー?」
「で、でも別に。無理に答えてもらう必要はないっていうか…。なんかもう、無意識に聞いちゃったみたいな質問なんで、はい」
「ふーん、本当にいいんだ?…じゃあ私から佐野くんに質問!」
「え、は、はい…」
 まるで授業中のような手の挙げ方をする先輩。それ、店員さんが勘違いしてこの席に来ちゃいますよ…?
 違う意味で慌てる俺に、先輩は俺の目を見ながら尋ねた。
「佐野くんは、好きな人いるの?」
「え?」
 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ちょっと…。固まらないでよ、さっき佐野くんが私に聞いた質問と同じ内容だよ?」
「い、いや…。まさか、そんなことを聞かれるとは思ってなかったんで…」
「…というか、それよりもだよ。いるの?いないの?どうなの?」
 身を乗り出して、俺に迫ってくるように尋ねる先輩。あれ、何かデジャヴのような…。
「な、なんか気になってもらってるところ申し訳ないんですけど…。俺、恋をしたことなくて…」
「え?それほんと?」
「は、はい。だからその…、友達として好きな人と、恋愛的に好きな人の区別の付け方がちょっと分からないんですよ…」
「…うーん、それさ。自分が認めてないだけなんじゃないの?」
「…認めてない?」
 首を傾げる俺を見ながら先輩は、水を一口含んだあと、続けた。
「…うん。本当は、ある女性に心を奪われかけてるけど、自分がただ頑なにその気持ちを拒否し続けてるんだよ。これは完全に私の憶測だけど…。佐野くんが転校してきてから少なくとも何回かは、今までにない複雑な感情みたいなものが心に突き刺さったこと、あったんじゃないかな?」
「そ、れは…」
 あった。それも何回も。その相手というのは、俺の隣に住む、茜、雫…。それに、今目の前にいる先輩にも該当することで…。
「ふふっ、あったんじゃない?まあ、無理強いするわけじゃないけど、きっとその複雑な気持ちが私や茜ちゃんが君に尋ねた、恋って気持ちのことなんじゃないかな」
「なんか先輩って…。すごいですね」
「えっ?何が?」
「だって、ちゃんと恋って気持ちの語源化ができてるし…。さすが先輩だなって感じです」
「あはは、なにそれ。どーいうこと?」
「いえいえ何も…」
 数多くの男の人を落としただけあるって言おうとしたけど、何か失礼なのでやめておいた俺の判断はきっと正しかっただろう。
「…じゃあさ、好きな人、とまでは行かなくても。気になる人くらいならいるんじゃないの?」
「気になる人、ですか…」
「…ほら、なんか顔赤くなってない?佐野くん」
「そ、そんなことないですよ…。まあでも…、先ほどの先輩の言うことを参考にするなら。いないことは、ないと思いますけど…」
「え、本当!?じゃあ教えてよ佐野くん!」
「いやぁ、ちょっと…」
「えー?何よ、佐野くんのケチ!」
 頬を膨らましながら不貞腐れる先輩。この先輩の様子を見て、5歳児の相手をしているように感じたのは俺だけではないと信じたい。
 しかしこうもからかわれてばっかりじゃ、どこか分が悪く感じるな…。ここは一つ、大きく出てみるのもアリかも…?
「…じ、じゃあ。先輩はどうなんですか」
「え?私?」
「先輩ばっかり弾丸質問してきて…。こっちの質問にも答えてもらいますよ!先輩は今、好きな人いるんですか?」
 来たぞ来たぞ、俺のターン!あえて冷静を装いつつ、そのトーンから繰り出されるやや答えづらい質問!さあ先輩。俺のように慌てふためくがよいっ…!
 すると先輩は、一瞬ぽかんとした表情になったあと、口角を少し上げて、俺の目をじっと見据えながら言った。
「いるよ、私。好きな人…。それはね…?」
「へっ…?」
 あまりにもとろんとした瞳で見つめられたものだから変な声が出てしまった。
「…あはは!その質問で私を恥ずかしめるつもりだったのかな?ざーんねん、私のガードは硬いのだー!」
「や、やられた…。じゃあさっきまでの行動は全部…」
「そうだね、演技だよ、嘘!ふふっ、真っ直ぐ見られて照れちゃったかな?まだまだ佐野くんは子供ですねぇぇ」
 にひひと笑う先輩に俺は思わず微笑が溢れた。さすが、経験値の多い先輩ですね…。
「…でもね」
 すると、先輩は再び俺の目をじっと見て、
「えっ?」
「好きな人がいるのは、本当だよ?」
 首を僅かに傾けながら先輩はそう言った。自分のことを言われているわけじゃないのに、不意に心臓が跳ねてしまった。
「…高校最後の夏だから。自分のこの気持ちは部活引退までに伝えたいと思ってるんだけど…。できるかな?」
「で、できるかなって俺に言われても…」
「ふふっ、そうだよね、ごめんごめん!」
 ニッと笑う先輩。その謝罪の言葉には、本来の意味がこもってなかった。微笑を浮かべる先輩に、それに軽く気圧されながら彼女を眺める俺。この状況を説明できるほど、俺に語彙力は備わっていなかった。
 その後も雑談を続けていると、やがて食事が届いた。ちなみに俺が頼んだのはハンバーグ。先輩のお財布事情を多少加味した400円のものだ。お次に先輩の頼んだものがロボットみたいなものに乗ってやってきた。彼女が頼んだのはカルボナーラだった。どこか先輩らしいなってそう思う俺とそんな先輩は、箸とフォークを持って顔を合わせる。
「じゃあ食べようか!」
「はい!」
 2人で同時に手を合わせて、俺たちは合唱するのだった。
「「いただきます!」」
 と…。



「先輩、お昼ご飯本当にありがとうございました」
「いいんだよいいんだよー!色々楽しい話もできたしね!」
「まあ、俺は問い詰められまくりましたが…」
「結局詳しくは喋ってくれなかったじゃん!佐野くんー。いつか聞きだしてやるんだから!」
「自転車乗ったまま、指刺さないでください…。危ないですよ。もうっ」
 ショートボブの茶髪を風になびかせながらそう言う先輩に、俺は思わず笑い混じりな言葉を漏らした。
「というか、佐野くんちってこっちなの?」
「え?はい、そうです。…あれ?前メールで言ってませんでしたっけ?」
「メール?」
 不思議そうに首をかしげる先輩。そんな些細なことも、ふと可愛いと思えてしまうのは、この人自身の魅力なんだろうか。
「俺、双子の姉妹の茜と雫の家の隣なんですよ」
「え、そーなの!?」
 この反応からするに、俺は言ってなかったな。俺は目が点になっている先輩を見ながらそう思った。
「昔、茜たちと関わりがあったなら、この地域は少し見覚えが残ってるんじゃないですかね」
「…うん。ここら辺は、記憶に深いよ」
 先輩はどこか感慨深そうにそう言う。
「…そうですか。あ、その目の前の一軒家が俺の家です」
「ああ、このベージュっぽい色の家?ほんとだ、佐野って書いてる」
「そんな人の家の表札をまじまじと見ても何もないですよ…」
 自転車を止めながら俺は先輩に軽くツッコむ。そして、俺はドアの前に立ち、
「それでは、今日は本当にお昼ご飯ありがとうございました。この分はいつか…」
「…ううん」
 すると先輩は俺の言葉に首を振った。
「…まあ、"この分"っていう気持ちがあるなら、部活で今以上にやる気出して、夏休み入る前の元気な佐野くんにまた戻ってくれるなら。私はそれでいいかな!」
「…先輩」
 暑い日差しをそのまま跳ね返しそうな輝く笑顔を俺に向けた先輩。なんだかんだ言って、俺のことを気にしてくれてたってことなのかな…。今までの気の抜けたプレイをしていた自分が不意に恥ずかしくなった。
「は、はいっ!頑張ります」
「あははっ。何それー、急に固くならなくてもっ」
「そ、それは…」
「…まあ、とりあえず。私の方こそ今日はありがとうね。色々話できたし、それに、楽しかったよ。"また“、時間があれば行こっ?」
「……はいっ!」
 また行こう。その言葉に俺は何故だか少し心が嬉しくなった。ほんと、理由はない。ただ今のこの状況が少し夢のように思える自分がいた。
「…じゃあ、バイバイだね。部活もハードだったし、よく休むんだよ?じゃあね!」
「はい、お疲れ様でした!」
 俺の言葉を背に、先輩は自転車を走らせていった。姿が見えなくなったのち、俺はドアを閉めて、リビングに向かう。今は家に俺1人。
「…はぁ、ほんと」
 クーラーの効いていた部屋で、クッションを頭に抑えながら俺は呟く。
「…慣れないよ。本当に」
 今日、みんなが憧れていると言ってる先輩とただの高校2年の俺は一緒に下校した。それがなんだか嬉しくて、胸が苦しくて…。まるで絵の具の全部の色をぐちゃぐちゃに混ぜたかのような心境になった。
「…あれ、そういえば」
 そんな謎色の心の中、俺は1つ思うことがあった。
「先輩が本来行くつもりだった場所、聞くの忘れた…」
 という、今考えては遅すぎることを…。



「そろそろ大丈夫かな」
 佐野くんと別れた後、彼の気配がなくなったと感じた私は、スマホのアプリを起動した。
「ここら辺の土地は知ってるつもりだったけど…。5年も経つと変わっちゃうんだよね…。ここから家までの道のりを調べないと…」
 到着地に自分の家を設定して、ナビを起動させる。
「ここからは家までは30分か。よし、行くか」
 スマホをポケットにしまって、私はペダルに足を乗せる。来た道を戻っているので、先程見た佐野くんの家が再び見えてきた。
 私はその佐野くんの家を見上げながら、1人小さく呟くのだった。
「…佐野くん。こっち方向は、遠回りだよ」
 …と。
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