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56. 相談
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「おい、おい佐野?」
「えっ?あ、ああ須山か。どうした?」
「いや、どうしたはこっちのセリフだって。お前最近ずっと上の空じゃないか?」
「そ、そうか?」
「誰の目から見てもそうだって答えるぜきっと。夏休みも真ん中らへんにさしかかって、俺らの新人戦も近づいてるっていうのに…。一体どうしたんだ佐野」
割と本気で心配しているかのような目で俺を見る須山。俺はそんなにボケっとしてたかなと不思議に思いながらふと右手のラケットを見つめた。
卓球場の外からは限られた7日間に文句をぶつけ、嘆いているような蝉の大合唱が耳を刺激する。この卓球場の中は熱がこもっているので、窓を開けているから余計に蝉の鳴き声がうるさく感じた。
今は8月中旬。1年の中では暑さのピークに差し掛かると言っても過言ではない時期だろうか。外でボールを蹴ったり打ったりしているサッカー部や野球部には1番頭が上がらない季節だ。
さて、先程須山は俺を心配したが、俺はいたって正常だ。正常な、はずなのだが…。
「あ、ヤベッ」
「おいおい佐野。今はスマッシュの練習だぜ?パサーのお前が失敗してちゃ本末転倒じゃねえかよ」
「あ、ああ…。すまんすまん」
「…お前本当にどうしたんだよ。最初の頃はめちゃくちゃ卓球うまいやつだなって個人的には思ってたけど、ここ数週間のお前はまるで別人がプレイしてるみたいだぞ?」
黄色のピンポン玉を軽く握りしめ、須山は俺にそう言う。すると、須山は俺の目をじっと見て、
「佐野、お前。今現在進行形で俺の話頭に入ってないだろ」
「え、いやいや聞いてるよ聞いてる」
「じゃあさっき俺が言ったこともう一度言ってみろよ」
「え、っと…。それ、は…」
「…ほら見ろ、流してるだけじゃねえか。そもそも、目の焦点が俺にあってないんだよ今のお前は」
やや呆れ気味にそう言う須山。ちょっとイラッとしたけど、こいつがこんなことを言っているのは俺のせいなので、何も言い返せない。
「そんなわけないだろ、見てるよ俺はお前のことを」
「いや、見てないね。確かに今、俺たちは目を合わせている。だけどお前の目は俺の目を見ていない。焦点が俺にあってないんだよ。もう一度言うぞ?焦点が、目にあってないんだ」
目に合っていない?それはおかしい。俺は今須山を見てるんだ。絶対に彼のことを見てるんだ。なんでそんなことが言える。なんで──
「…佐野。一度、顔を洗ってこい。きっと今のお前も俺のこの話が頭に入ってないはずだ。せめて、顔だけでもシャキッとした方がいいぞ?」
きっと俺とペアを組んでいる須山も、多少は腹立っている部分があるだろう。だけど、目の前の少年は俺に微笑をこぼした。
「俺は、お前に期待してこう言ってるんだ。新人戦、いいとこまで行きたいからな!」
「お、おお…。本当にすまんな…」
彼の笑顔に申し訳なさと情けなさを感じながら俺はテーブルにかけてあったタオルを持って卓球場を一時的に後にした。
確かに、今の自分はどこか精一杯のプレイができていない気がする。ボールを空ぶったり、スマッシュが全然決まらなかったり。何か、8月が始まる頃からずっと、心の中にモヤモヤが残ってるんだよな…。
「俺、よくここにくるよな…。ははっ」
水道の前に立って、俺は1人小さくそう呟いた。
「ま、とりあえず早く顔洗って須山のとこ帰らないと…」
蛇口を捻って、水を出す。最初は顔だけ濡らしていたが、汗をかいた頭も気持ち悪かったので、この際頭も濡らすことにした。今の季節からすると、本当に蛇口の水は気持ちよく感じる。このまま、俺の心も気持ち良く晴れてくれたらいいんだけど…。
「っと…。タオルどこだタオル…」
「はい、タオルはここだよ。どうぞ」
「ああ、ありがとう…。え?」
手探りでタオルを探してた俺の手にタオルがポンと置かれた。感謝を述べようとした俺は聞き覚えのある声に一瞬耳を疑った。
タオルで頭の水を軽く拭いてからボサボサの髪で横を見る。
「せ、先輩!?」
「やっほー、佐野くん。元気かな?って言っても元気じゃないのは目に見えて分かるけど」
そこには、やっぱりピンクのヘアバンドをした星本先輩の姿があった。
「ああ、すいませんさっき思いっきりタメ語で…」
「あはは、大丈夫だよ。誰だか分かんなかったでしょ?」
「ええまあ…。ところで、先輩はどうしてここに?」
俺が卓球場を出た頃には先輩はまだペアの人とスマッシュ練習をしていたはずだ。先輩も顔や頭を洗いに来たのか…?
「ちょっと、佐野くんが心配でさ…。最近、ずっとぼーっとしてない?」
「す、すいません…。やっぱりそうですよね…」
先輩の目にも、そう映ってしまっていたか…。改めて反省の余地ありありだな…。
「あのさ、佐野くん」
「は、はい…」
すると先輩は今までにあまり見なかった真剣な表情を俺に向けた。やっぱり、俺の練習の態度が悪かったのが原因で怒られるのかな…。そう思った俺は思わず少し怯んだ返事をしてしまった。
「これ、間違ってたらごめんなんだけど…。私と雫ちゃんが2人で帰った後、佐野くんと茜ちゃんの間に何かあったでしょ?」
「いっ!?」
「…やっぱり。何かあったんだね?」
「いやなんで嬉しそうなんですか…」
すぐに顔に笑顔を浮かべる先輩。表情筋どうなってるんですか?
というか…。そうか、この心の中に残ってるモヤモヤって、あいつと…。
「…まあまあ、それで?何があったの?正直に話してごらんなさい?」
「えっと、実は花火大会が終わってから茜と一回も喋ってなくて…」
「えっ?一回も喋ってない?メールでも?」
「はい、メールでも。祭りの集合時間伝えて、そこで会話が一段落したので終わったんですよ」
「ほえー、なるほどなるほど…」
顎に手をやりうんうんと頷く先輩。
「今って夏休みじゃないですか、あいつテニス部なんですけど、部活が始まる時間お互いに違うから一緒に学校にもいけないし。そもそもメール送ってもいいのかも分かんないし…」
「なんで分かんないの?なんか佐野くんいけないことしちゃったの?」
「いや、それは…」
ふと、俺は約2週間前の花火大会のことを思い出す。1番初めに出てきたのはやっぱり茜と2人きりになった時の会話だ。
あの時は、茜に恋のことについて尋ねられ、彼女は好きな人がいる、と俺に言った。あいつが先に帰ってしまった後、1人その好きな人の考察や、どことない虚しさに俺は悶え苦しんでいたのだが…。
「…え、佐野くん?なんか顔赤くない?」
「…え、ええ?そ、そっすか?」
「ほらほら明らかに動揺してるじゃん…。やっぱりいけないことしちゃったんでしょ!」
「いやっ…。いけないことっていうか、そもそもとしてあいつが…」
すると先輩はそんな俺を見て、ふっと吹き出した。
「あはは、面白い佐野くん!問い詰めてごめんね、実は佐野くんと茜ちゃんの間にあった出来事、全部私知ってるんだよね!」
「えっ?」
「うん、そりゃそんな反応にもなるか。実はちょっと前に茜ちゃんからメールが来てね、あ、メールは雫ちゃんと交換してたからそれを茜ちゃんにも共有してもらって繋がったわけなんだけどー!」
「あ、ああはい」
元気よく話す先輩に俺は少し押されながら返事をする。そんな俺の様子に先輩も気付いたのか、ごめんごめん、と軽く謝って話を続けた。
「茜ちゃんから、私たちが帰った後何があったかメールが来たんだよ」
「え、ってことは…」
「うん。須山くんが茜ちゃんに告白したってことを佐野くんに言ったってこととか、茜ちゃんに好きな人ができたってこととか…。大まかな内容は聞いたよ」
「そ、そうですか…」
「でね」
すると先輩はそう話を一度切り上げ、俺の目をじっと見つめた。その瞬間、綺麗な二重だなと感じた俺は本当にここ最近の部活に対して無関心だったんだなと感じた。
「茜ちゃんは一つ、私に尋ねてきたんだ」
「…はい」
「佐野くんは、今どんな感じって」
「え?」
なんで俺の名前が?と、一瞬にして疑問の感情が頭の中を駆け巡る。
「茜ちゃん、花火大会が終わってから今までの2週間、佐野くんと全く喋ってないって言ってて、何か少し元気がないように感じた」
「…………」
「それと、ほぼ自分のせいなんだけど、今ちょっと気まずくなっちゃってる状況を直したいって言ってた。電話もした、そこで私は相談を受けた」
首にかけたタオルを取りながら先輩は言う。
「恋の気持ちって、どんなものなのか。って」
「恋の…、気持ち」
「茜ちゃん自身、自分の中にあるこの気持ちは恋だって悟ったみたいだよ。だけど、やっぱり初めての感覚だから相談せずにはいられなくなってる状態にいるらしい」
先輩のその言葉に、俺は2週間前の茜と2人で喋ったあの時を思い出した。あの時茜は俺に、恋とはどのような気持ちなのかを尋ねた。自分が抱くこの気持ちは恋なのかどうかを確信づけるために。
だけどあろうことか、自分の望む返事が返ってくると思いきや、俺から言われたのは"分からない"。俺があいつの立場になると、そりゃ第三者に相談したくなるよな…。
「な、なるほど…。と、というか先輩は」
「うん?どうしたの?」
「先輩は、その茜の質問に。どう答えたんですか?俺はあの時、茜に対して彼女自身が望んでない答えを返してしまいました。なら、先輩は…、どう──」
「その人のことをずっと考えちゃって、頭から離れないけど、決して苦しく思わなくて。ずっとそばにいたいって思う気持ちって、私は答えたよ」
顔に小さな微笑を浮かべながら先輩はそう言った。その答えはまるで…、茜が俺に教えてくれた、恋というものの理由に似て…。
「ちょ、ちょっと。黙らないでよ!恥ずかしいじゃない!」
「え、あ、ああ。すいません…。あまりに模範解答のような言葉が返ってきたもんで…」
「模範解答?あはは、これがそうなら誰だって模範解答を出せるよ。恋の感じ方は、人それぞれだからね!その人が思う最適な言葉が、自然と模範解答になっていくんだよ」
白い歯を見せながらそう言う先輩。そうか、恋の感じ方は人それぞれ。茜然り、先輩しか…、
「先輩って誰のことが好きだったんですか?」
「え?」
あれ、ちょっと待て。俺さっきなんて言った?目の前では先輩が素っ頓狂な顔でこっちを見ている。思い出そう、つい先ほど俺は、先輩に…?
「…す、すいません!俺、めちゃくちゃな質問を…!」
思い出した瞬間、冷や汗が止まらなかった。なんで俺みたいなただの卓球部の平社員のようなやつが先輩の恋愛事情気にしてるんだよ!
「…私の好きだった人ねぇ…。誰だと思う?」
「え?」
すると先輩はニヤッとどこかで見覚えのある表情を見せながら俺にそう尋ねた。
「だ、誰も何も…。俺は多分というか絶対知らない人ですし…」
「いや、聞いたの佐野くんじゃん!おもしろ!」
「ちょっと笑わないでくださいよ…。もうっ」
俺の突拍子な質問に、先輩は俺を軽くからかったのち、分かりやすくお腹を抱えて笑い出した。先輩のその笑い顔には俺がこれまで聞いてきた、先輩がモテる理由が詰まっているように感じた。反射的に俺は目を少し逸らしてしまう。
「あ、ちょっと待って。私たち結構喋ってない?」
「え、そうですかね?えーっと」
ここ、卓球場の近くの水道の場所は少し顔を見上げると、卓球場の中の時計が窓を通して見えるようになっている。だから俺は少し首を伸ばしてその時計を見てみたのだが…。
「…確かに、俺がここにきてからもう15分経ってますね」
「それはいけない…。早く戻らないと」
そう言って、頭につけたヘアバンドを軽くいじる先輩。こんな調子の先輩だけど、今日このわずか15分間で、俺の心は少しだけ晴れた気がした。この目の前の人のおかげで。同時に、もう少し頑張っていかないとと、勇気を与えてくれたように感じた。明日あたり、メールでも…。
「あっ、そうだ」
「ん?どうしたんですか、先輩」
「…さっき、まだ話の途中だったよね?ああでも、もう戻らないと顧問の住田先生うるさいし…」
何か1人で葛藤している様子の先輩。
「じゃあ、あとはメールで済ませばいいじゃないですか?」
「…いや、これは結構大事な話だから直接話したほうがいいと個人的には思うんだよね…」
「う、うーん。そうですか、じゃあまた後日聞きますよ、その話」
乾きかけの髪をもう一度タオルで拭い、俺は先輩にそう言って、先にこの水道の場を後にしようとした。すると、背中にかかる声がひとつ。
「…佐野くん」
「はい…?」
思わず振り向いた俺に、先輩は俺の目をじっと見て、
「このあと、空いてる?」
「え?ま、まあ。空いてますけど…?」
すると、先輩は一瞬そっぽを向いたあと、微笑しながら首を小さく傾げて言った。
「…今日、一緒に帰ろっ?」
そんな彼女の言葉に俺は、
「え?」
と、思わず素っ頓狂な声を出したのだった。
「えっ?あ、ああ須山か。どうした?」
「いや、どうしたはこっちのセリフだって。お前最近ずっと上の空じゃないか?」
「そ、そうか?」
「誰の目から見てもそうだって答えるぜきっと。夏休みも真ん中らへんにさしかかって、俺らの新人戦も近づいてるっていうのに…。一体どうしたんだ佐野」
割と本気で心配しているかのような目で俺を見る須山。俺はそんなにボケっとしてたかなと不思議に思いながらふと右手のラケットを見つめた。
卓球場の外からは限られた7日間に文句をぶつけ、嘆いているような蝉の大合唱が耳を刺激する。この卓球場の中は熱がこもっているので、窓を開けているから余計に蝉の鳴き声がうるさく感じた。
今は8月中旬。1年の中では暑さのピークに差し掛かると言っても過言ではない時期だろうか。外でボールを蹴ったり打ったりしているサッカー部や野球部には1番頭が上がらない季節だ。
さて、先程須山は俺を心配したが、俺はいたって正常だ。正常な、はずなのだが…。
「あ、ヤベッ」
「おいおい佐野。今はスマッシュの練習だぜ?パサーのお前が失敗してちゃ本末転倒じゃねえかよ」
「あ、ああ…。すまんすまん」
「…お前本当にどうしたんだよ。最初の頃はめちゃくちゃ卓球うまいやつだなって個人的には思ってたけど、ここ数週間のお前はまるで別人がプレイしてるみたいだぞ?」
黄色のピンポン玉を軽く握りしめ、須山は俺にそう言う。すると、須山は俺の目をじっと見て、
「佐野、お前。今現在進行形で俺の話頭に入ってないだろ」
「え、いやいや聞いてるよ聞いてる」
「じゃあさっき俺が言ったこともう一度言ってみろよ」
「え、っと…。それ、は…」
「…ほら見ろ、流してるだけじゃねえか。そもそも、目の焦点が俺にあってないんだよ今のお前は」
やや呆れ気味にそう言う須山。ちょっとイラッとしたけど、こいつがこんなことを言っているのは俺のせいなので、何も言い返せない。
「そんなわけないだろ、見てるよ俺はお前のことを」
「いや、見てないね。確かに今、俺たちは目を合わせている。だけどお前の目は俺の目を見ていない。焦点が俺にあってないんだよ。もう一度言うぞ?焦点が、目にあってないんだ」
目に合っていない?それはおかしい。俺は今須山を見てるんだ。絶対に彼のことを見てるんだ。なんでそんなことが言える。なんで──
「…佐野。一度、顔を洗ってこい。きっと今のお前も俺のこの話が頭に入ってないはずだ。せめて、顔だけでもシャキッとした方がいいぞ?」
きっと俺とペアを組んでいる須山も、多少は腹立っている部分があるだろう。だけど、目の前の少年は俺に微笑をこぼした。
「俺は、お前に期待してこう言ってるんだ。新人戦、いいとこまで行きたいからな!」
「お、おお…。本当にすまんな…」
彼の笑顔に申し訳なさと情けなさを感じながら俺はテーブルにかけてあったタオルを持って卓球場を一時的に後にした。
確かに、今の自分はどこか精一杯のプレイができていない気がする。ボールを空ぶったり、スマッシュが全然決まらなかったり。何か、8月が始まる頃からずっと、心の中にモヤモヤが残ってるんだよな…。
「俺、よくここにくるよな…。ははっ」
水道の前に立って、俺は1人小さくそう呟いた。
「ま、とりあえず早く顔洗って須山のとこ帰らないと…」
蛇口を捻って、水を出す。最初は顔だけ濡らしていたが、汗をかいた頭も気持ち悪かったので、この際頭も濡らすことにした。今の季節からすると、本当に蛇口の水は気持ちよく感じる。このまま、俺の心も気持ち良く晴れてくれたらいいんだけど…。
「っと…。タオルどこだタオル…」
「はい、タオルはここだよ。どうぞ」
「ああ、ありがとう…。え?」
手探りでタオルを探してた俺の手にタオルがポンと置かれた。感謝を述べようとした俺は聞き覚えのある声に一瞬耳を疑った。
タオルで頭の水を軽く拭いてからボサボサの髪で横を見る。
「せ、先輩!?」
「やっほー、佐野くん。元気かな?って言っても元気じゃないのは目に見えて分かるけど」
そこには、やっぱりピンクのヘアバンドをした星本先輩の姿があった。
「ああ、すいませんさっき思いっきりタメ語で…」
「あはは、大丈夫だよ。誰だか分かんなかったでしょ?」
「ええまあ…。ところで、先輩はどうしてここに?」
俺が卓球場を出た頃には先輩はまだペアの人とスマッシュ練習をしていたはずだ。先輩も顔や頭を洗いに来たのか…?
「ちょっと、佐野くんが心配でさ…。最近、ずっとぼーっとしてない?」
「す、すいません…。やっぱりそうですよね…」
先輩の目にも、そう映ってしまっていたか…。改めて反省の余地ありありだな…。
「あのさ、佐野くん」
「は、はい…」
すると先輩は今までにあまり見なかった真剣な表情を俺に向けた。やっぱり、俺の練習の態度が悪かったのが原因で怒られるのかな…。そう思った俺は思わず少し怯んだ返事をしてしまった。
「これ、間違ってたらごめんなんだけど…。私と雫ちゃんが2人で帰った後、佐野くんと茜ちゃんの間に何かあったでしょ?」
「いっ!?」
「…やっぱり。何かあったんだね?」
「いやなんで嬉しそうなんですか…」
すぐに顔に笑顔を浮かべる先輩。表情筋どうなってるんですか?
というか…。そうか、この心の中に残ってるモヤモヤって、あいつと…。
「…まあまあ、それで?何があったの?正直に話してごらんなさい?」
「えっと、実は花火大会が終わってから茜と一回も喋ってなくて…」
「えっ?一回も喋ってない?メールでも?」
「はい、メールでも。祭りの集合時間伝えて、そこで会話が一段落したので終わったんですよ」
「ほえー、なるほどなるほど…」
顎に手をやりうんうんと頷く先輩。
「今って夏休みじゃないですか、あいつテニス部なんですけど、部活が始まる時間お互いに違うから一緒に学校にもいけないし。そもそもメール送ってもいいのかも分かんないし…」
「なんで分かんないの?なんか佐野くんいけないことしちゃったの?」
「いや、それは…」
ふと、俺は約2週間前の花火大会のことを思い出す。1番初めに出てきたのはやっぱり茜と2人きりになった時の会話だ。
あの時は、茜に恋のことについて尋ねられ、彼女は好きな人がいる、と俺に言った。あいつが先に帰ってしまった後、1人その好きな人の考察や、どことない虚しさに俺は悶え苦しんでいたのだが…。
「…え、佐野くん?なんか顔赤くない?」
「…え、ええ?そ、そっすか?」
「ほらほら明らかに動揺してるじゃん…。やっぱりいけないことしちゃったんでしょ!」
「いやっ…。いけないことっていうか、そもそもとしてあいつが…」
すると先輩はそんな俺を見て、ふっと吹き出した。
「あはは、面白い佐野くん!問い詰めてごめんね、実は佐野くんと茜ちゃんの間にあった出来事、全部私知ってるんだよね!」
「えっ?」
「うん、そりゃそんな反応にもなるか。実はちょっと前に茜ちゃんからメールが来てね、あ、メールは雫ちゃんと交換してたからそれを茜ちゃんにも共有してもらって繋がったわけなんだけどー!」
「あ、ああはい」
元気よく話す先輩に俺は少し押されながら返事をする。そんな俺の様子に先輩も気付いたのか、ごめんごめん、と軽く謝って話を続けた。
「茜ちゃんから、私たちが帰った後何があったかメールが来たんだよ」
「え、ってことは…」
「うん。須山くんが茜ちゃんに告白したってことを佐野くんに言ったってこととか、茜ちゃんに好きな人ができたってこととか…。大まかな内容は聞いたよ」
「そ、そうですか…」
「でね」
すると先輩はそう話を一度切り上げ、俺の目をじっと見つめた。その瞬間、綺麗な二重だなと感じた俺は本当にここ最近の部活に対して無関心だったんだなと感じた。
「茜ちゃんは一つ、私に尋ねてきたんだ」
「…はい」
「佐野くんは、今どんな感じって」
「え?」
なんで俺の名前が?と、一瞬にして疑問の感情が頭の中を駆け巡る。
「茜ちゃん、花火大会が終わってから今までの2週間、佐野くんと全く喋ってないって言ってて、何か少し元気がないように感じた」
「…………」
「それと、ほぼ自分のせいなんだけど、今ちょっと気まずくなっちゃってる状況を直したいって言ってた。電話もした、そこで私は相談を受けた」
首にかけたタオルを取りながら先輩は言う。
「恋の気持ちって、どんなものなのか。って」
「恋の…、気持ち」
「茜ちゃん自身、自分の中にあるこの気持ちは恋だって悟ったみたいだよ。だけど、やっぱり初めての感覚だから相談せずにはいられなくなってる状態にいるらしい」
先輩のその言葉に、俺は2週間前の茜と2人で喋ったあの時を思い出した。あの時茜は俺に、恋とはどのような気持ちなのかを尋ねた。自分が抱くこの気持ちは恋なのかどうかを確信づけるために。
だけどあろうことか、自分の望む返事が返ってくると思いきや、俺から言われたのは"分からない"。俺があいつの立場になると、そりゃ第三者に相談したくなるよな…。
「な、なるほど…。と、というか先輩は」
「うん?どうしたの?」
「先輩は、その茜の質問に。どう答えたんですか?俺はあの時、茜に対して彼女自身が望んでない答えを返してしまいました。なら、先輩は…、どう──」
「その人のことをずっと考えちゃって、頭から離れないけど、決して苦しく思わなくて。ずっとそばにいたいって思う気持ちって、私は答えたよ」
顔に小さな微笑を浮かべながら先輩はそう言った。その答えはまるで…、茜が俺に教えてくれた、恋というものの理由に似て…。
「ちょ、ちょっと。黙らないでよ!恥ずかしいじゃない!」
「え、あ、ああ。すいません…。あまりに模範解答のような言葉が返ってきたもんで…」
「模範解答?あはは、これがそうなら誰だって模範解答を出せるよ。恋の感じ方は、人それぞれだからね!その人が思う最適な言葉が、自然と模範解答になっていくんだよ」
白い歯を見せながらそう言う先輩。そうか、恋の感じ方は人それぞれ。茜然り、先輩しか…、
「先輩って誰のことが好きだったんですか?」
「え?」
あれ、ちょっと待て。俺さっきなんて言った?目の前では先輩が素っ頓狂な顔でこっちを見ている。思い出そう、つい先ほど俺は、先輩に…?
「…す、すいません!俺、めちゃくちゃな質問を…!」
思い出した瞬間、冷や汗が止まらなかった。なんで俺みたいなただの卓球部の平社員のようなやつが先輩の恋愛事情気にしてるんだよ!
「…私の好きだった人ねぇ…。誰だと思う?」
「え?」
すると先輩はニヤッとどこかで見覚えのある表情を見せながら俺にそう尋ねた。
「だ、誰も何も…。俺は多分というか絶対知らない人ですし…」
「いや、聞いたの佐野くんじゃん!おもしろ!」
「ちょっと笑わないでくださいよ…。もうっ」
俺の突拍子な質問に、先輩は俺を軽くからかったのち、分かりやすくお腹を抱えて笑い出した。先輩のその笑い顔には俺がこれまで聞いてきた、先輩がモテる理由が詰まっているように感じた。反射的に俺は目を少し逸らしてしまう。
「あ、ちょっと待って。私たち結構喋ってない?」
「え、そうですかね?えーっと」
ここ、卓球場の近くの水道の場所は少し顔を見上げると、卓球場の中の時計が窓を通して見えるようになっている。だから俺は少し首を伸ばしてその時計を見てみたのだが…。
「…確かに、俺がここにきてからもう15分経ってますね」
「それはいけない…。早く戻らないと」
そう言って、頭につけたヘアバンドを軽くいじる先輩。こんな調子の先輩だけど、今日このわずか15分間で、俺の心は少しだけ晴れた気がした。この目の前の人のおかげで。同時に、もう少し頑張っていかないとと、勇気を与えてくれたように感じた。明日あたり、メールでも…。
「あっ、そうだ」
「ん?どうしたんですか、先輩」
「…さっき、まだ話の途中だったよね?ああでも、もう戻らないと顧問の住田先生うるさいし…」
何か1人で葛藤している様子の先輩。
「じゃあ、あとはメールで済ませばいいじゃないですか?」
「…いや、これは結構大事な話だから直接話したほうがいいと個人的には思うんだよね…」
「う、うーん。そうですか、じゃあまた後日聞きますよ、その話」
乾きかけの髪をもう一度タオルで拭い、俺は先輩にそう言って、先にこの水道の場を後にしようとした。すると、背中にかかる声がひとつ。
「…佐野くん」
「はい…?」
思わず振り向いた俺に、先輩は俺の目をじっと見て、
「このあと、空いてる?」
「え?ま、まあ。空いてますけど…?」
すると、先輩は一瞬そっぽを向いたあと、微笑しながら首を小さく傾げて言った。
「…今日、一緒に帰ろっ?」
そんな彼女の言葉に俺は、
「え?」
と、思わず素っ頓狂な声を出したのだった。
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